鍛冶屋へ行く②
玄関を出ると雪深く、あたり一面白色に染まっていた。
歩道程度の広さに雪かきがされているが、住宅区よりもすこし離れたこの場所は、殆ど雪がうず高く積もっている。
白一色って初めて見たかも。
そっと触ってみた、粉雪でふわふわだ。わぁ。綺麗な雪がそのまま残っているって感激する。
里だと老若男女問わず、朝起きた者が雪で遊ぶのであっという間に泥にまみれた雪景色に変貌するからな。新雪で遊びたいなぁ。
庭を出る間ずっとキョロキョロしていたら、クルトが後ろを振り返った。
「あの、申し訳ありませんが、手をつないでください」
「は?」
「ミロノさん迷子になりそうなので」
「嫌だ」
即座に拒否すると、クルトが大きなため息をついた。どうしようかなと迷うように左右の景色を見てから、呆れたような表情を浮かべた。
「僕の姿が見えなくなったら声を……いいえ、心の中で僕の名を呼んでください。みつけますので」
そう言うと、クルトはスッと歩き始めた。雪の中を歩き慣れているのかスッスッスと歩いていく。
こいつ足が早いぞ。
雪はあたしの太もも、クルトだと腰まで積もっているのに、それを意に介していない動きだ。足腰を鍛えているんだなと感心する。
とはいえあたしも負けていない。雪を左右に蹴るように歩いているのでしぶきが飛んでいるが、スムーズに歩いている。
しばらく歩いているたら、急に歩道が広くなってきた。至る所で雪かきの跡が見られ踏みしめられた雪の上を歩く。うず高く積もる雪の背が住居に近づくにつれ低くなった。
「ここが村の中心です」
クルトがあたしの横に並んで、さらっと説明した。
住宅区の中は雪が殆どなかった。もこもこになるほど着込んだ者や薄着の者などが往来している。働き盛り世代が多いようだな。子供や老人の姿はない。
周囲からあたしに視線がくる。旅人が来ているなという好意的な雰囲気だが、時折、舐めるような視線も合った。きっと悪意がないかどうか探っているのだろう。
「えっと。一応。僕がシャットアウトしているので、他の人に読まれていません」
「……」
あたしが無言で睨むと、クルトが慌てて付け加えた。
「いえ、あの、ミロノさんはサトリの対処ができないと聞きました。ので、重要な事柄を知っているので保護するようにと、父上から……」
「そうか。まぁ読んだとしても一々ツッコミしないでくれ」
毎回突っ込まれるのは気分悪いからな。スルーしてくれた方が助かる。
クルトが「え?」と声を上げて、あたしの前に回り込んだ。
「読みません!」
大きな声だったので、あたしはびっくりして足を止める。
「人の心は読むなと母上から言われています。面白半分、興味本位で読むことは一切しません。それがマナーというものです。父上に散々やられたので疑心暗鬼になっているでしょうが僕は読みません。聞いたこと見たことを予想して動いているだけです」
周囲の目を引いた。あたしはすぐにクルトの口を手で押さえる。
「わかった。あたしが悪かったな」
「……」
コクコクとクルトが頷いたので、手を離す。
「いえ、こちらこそ。すみません」
バツが悪そうな表情になったクルトが早歩きになって先に進んだ。あたしは後ろから追いかける。
住宅街を抜けて畑が広がってきた。ぽつぽつ、と遠くに家が建っている。
誰もいない場所になるとクルトが足を止めて振り返った。
「先ほどはごめんなさい」
突然謝られたので、あたしは首を傾げる。
「なにが?」
「その、勘違いさせてしまったのは僕の方なのに、怒る様な言い方をしてしまいました。僕が生意気言ったことは、兄上に黙っていてもらえますか?」
「うん? あいつに言う事なんてなにもないが?」
「僕の態度について不満を述べるとか?」
「いや不満も何もないぞ。目的地に早く行きたいから歩きながら喋ろう」
あたしはクルトの手を取って歩き始めた。
クルトはびっくりした表情になって「え?」と疑問の声を漏らしている。
リヒトは喋っていたり考えていると動かないことがあるからな。
クルトも一緒なんじゃないか?
こんな寒い雪の中で立ち往生みたいな会話をしたくない。
「さて、話そう。あたしは別に告げ口をするつもりはない。あの程度は単なる会話だ」
「僕の態度、大丈夫でしたか?」
「なんで一々聞くんだ? 誰かに何か言われてるのか?」
クルトは「いえ」とか細い声で否定して、急に顔が真っ赤になった。
「すみません実はミロノさんとどう接していいのか分からなくて。距離を測っていました!」
「今更!? パーティーのときは今のように堅苦しくはなかったよな?」
「兄上と仲良く喋っているので、僕はどう対応すればいいのかちょっと考えてしまって」
「仲良く?」
予想外の単語が出てきて、あたしは首を捻る。
一瞬たりとも、仲良くした覚えがない。
「僕からみたらとても仲良しに見えます。だから」
クルトは下を向いたり、上を向いたり、「うーん」と唸る仕草をしている。
「まずミロノさんをどう呼べばいいか迷いました」
「ミロノでいい」
「次に、頻繁に話しかけたら兄上が怒るのではと思いました」
「怒らないだろ? 頻繁に話しかけろよ」
「旅の話が気になるけど聞いていいのかとか」
「滞在中なら旅の話くらいできる。あと、あいつも教えてくれるから聞いてみろ」
「兄上、教えてくれるのかな」
「ダメならあたしが文句言ってやる。けちけちすんな教えてやれってな」
クルトを引っ張ってたらなんか重いな。雪が沢山あるせいだよな。
「ちょっと担ぐぞ」
あたしはクルトの腰を持って肩に担いだ。話がしたいので顔が前、ケツは背中だ。歩くの楽になった。
「は!? え!? ちょ! 何が!?」
一瞬のことだったのでクルトは何が起こったか分からないようだ。
「それで、他に聞きたことは?」
「えっと……ミロノさんは結構距離感近くても大丈夫なんですね」
「まぁそうだな。あんたのこと嫌いじゃないから大丈夫だ」
里の子供達にはない可愛らしさがいいよな。中世的な顔立ちは可愛いと思えるし、素直でいい子だから、少々近くても大丈夫だ。
クルトの顔がまた赤くなった。これもしかして風邪引いたんじゃないか?
早く鍛冶屋につかないと。暖を取らせないとマズイぞ。
道分からないうちに走るのは駄目だろうなぁ。風も強まるからクルトの症状が悪化するかもしれない。
「鍛冶屋はどこにある? 距離はどのくらいだ?」
「この道を真っすぐ進んで、右手の家です。距離はえーと、一キロくらいかな?」
この道を真っすぐ……真っ白で道が分からないな。うっかり畑を踏まないように気を付けなければ。
「ちょっと走るぞ」
「わかりま……わああああ」
兎のように前に跳ねながらランニング速度で駆け出す。
ぴょんぴょんするたびにクルトが「わぁ」とか「うわぁ」と歓声の声を上げる。
楽しんでいるようでよかった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。




