災厄の探究者⑥
あたしの姿が滑稽だったようで、長殿はえくぼを作るくらいに笑みを強くした。
性格悪いなこいつ。
「推測ですが、君たちに刻まれた宿意の紋が関係しています。ミロノとリヒトは……」
「それやめて」とあたし。
「父上、止めてください」とリヒト。
二人同時に注意されて、長殿はきょとんと目を丸くしてから、「うーん」と唸った。
「では勇者Aと勇者Bで」
あたし達は同時に頷いた。
同じ名前のせいで、こっちが言われているようで嫌な気分になるんだ。
「勇者たちは本人の意思に反して強制的に儀式を行われ、災いを成す精霊として生まれてしまった。黒幕はミウイ。勇者たちは彼女の望みを叶えるための傀儡ですね。さてそこで」
長殿はあたし達を指し示した。
「生まれ変わりである君たちの話になります。最初に言っておきましょう。呪印を宿して生まれた人間は君たち達が初めてです」
あたしとリヒトは「は?」と異論の声を出す。
「待ってください。前例がないのに何故生まれ変わりだと言えるのですか? 誰がそんなふざけた……いえ、仮説をだしたのですか?」
とリヒトが反論する。納得いかないのか語尾が強い。
「精霊と話しできた孫、ルネリリー=ルーフジールです。当時は7歳でしたか。突然、精霊と話ができたとセアに伝えたそうです」
『呪われた人間が精霊に変化しようとしている。狂わされた彼らは、なけなしの理性と良心で人間への転生を試みている』
『でもあれは失敗する。失敗すると解っていても彼らは転生を試すしかない』
『最後に残る心を使い、呪いを解く鍵として、最終手段として、我らの父母から逃げるために生み出そうとしている』
『成功すれば心は彼らの肉体になるだろう。心の宿った肉体は呪いを破壊することが出来る武器になる』
『だが皮肉な事に、心の宿った肉体は呪いの力に十分耐えうる器にもなれる』
『どちらに転ぶかは心が決めるだろう』
『呪いが刻まれた力で呪いを無にする。その強い意思が灯る心が、いつか現世に降り立つ日がきて、彼らを解放して無に帰すはずだ』
「これを聞いたセアはすぐに兄たちのことだと思い、彼女の言葉を記録したそうです」
長殿の話を聞いて、リヒトがため息をつきながら首を左右に振った。
「それだけの理由で?」
「まさか。君たちに浮かんだ宿意の紋に魔王の器としっかり書かれていました」
リヒトは目を伏せる。あたしはもう一度「まじかぁ」と嘆いた。
薄々気づいていたが、魔王たちが探していたのはあたし達の体ってことだ。乗り移って現世に蘇るつもりなんだな。ふざけんな。
「リヒトが今でも疑うように、私も半分信じていませんでした。でも現にリヒトとミロノさんが同時に生まれ、宿意の紋が刻まれたのを目撃して……本音でマジか!? って思いましたよ。ルゥファスも慌てて連絡してきますし」
「そうよねー。双子じゃないのに双子なのかとか。ミロノちゃん女の子なのにどーいうことだって、あの時は両家で大慌てだったわね」
ネフェ殿が懐かしそうに目を細める。
「ルーは解決策求めて必死で書物探したり、ファスさんは魔王が襲撃するかもとテンパって戦の準備したり……てんやわんやだったわ」
親父殿の慌てっぷりが目に浮かぶようだ。
長殿は実際に目撃したからとリヒトに言い聞かせていた。
あたしは鉄当てを触る。今は熱を持っていないので浮き出ていないけど。
「悪口が紋じゃないよな?」
「違います。名をつけても、呪いが消せなかった部分です。本来の形は水と火の形が組み込まれていました。性質を決めるためのものでしょう」
水と火が描かれた紋。あれ、どっかでみたような気がするけど。気のせいだろうか?
「呪いをかけた者がつけた勇者Aを現す記号でしょう。第一印象がそうだったのかもしれませんね」
「俺たちに勇者の名前を付けた理由はなんですか?」
リヒトが質問する。言葉の語尾は強いが、再確認するような響きがある。
「名をつけることで唯一の存在にする。もし万が一、魔王に乗っ取られた時に完全に飲み込まれるのを防ぐかもしれない。最低でも混ざるだけで済むかもしれない。そんな仮説がありました。同一人物と世界がはんだんするかもしれません。別の名前よりも遥かに安全だと仮説がでていたので、それに倣ったまで。まぁ現に、勇者の名を付けると紋の威力が抑えられ薄まりました。だから魔王に見つからず幼少を過ごせたのです」
「あとは勇者の名はメジャーだから沢山いるの。それに紛れるかなと。名前を隠すなら同じ名前の中!」
いやそれ、木を隠すには森の中では?
ネフェ殿がドンと胸を張ったので、あたしたちはその動作をジッと見た。
数秒間を開けてから、あたしは挙手する。
「まとめるぞ。あたしたちは魔王の器として生まれてきたから『生まれ変わり』。呪印は魔王の器という目印であると同時に、繋がっているから攻撃が効くので魔王を殺せる。呪印が消えるまで魔王を狩るか、器になってしまうかの二択の人生かな。以上!」
ってことはほぼ間違いなく呪印消えないじゃん!
ぽこぽこ生まれる魔王をどうやって全滅させればいいだよ!
詰んだ……。グッと言葉に詰まったように渋い顔になってしまう。
長殿から憐れむ様な視線が来たが、いらねー。ほっといてくれ。
「魔王と呼ばれている災厄は依代を求めている。各地で条件に合った人間が依り代になり、ミウイ姫のために動いている」
リヒトがぽつりと呟いてから、長殿を凝視する。
「父上、分からないことがあります」
長殿は手で、どうぞと示す。
「文献では災厄は自然鎮火することもあると書かれていました。長期間にわたるものと短期間で終わるもの、その違いはなんでしょうか?」
「その辺りはまだわからない。だけど、依り代になったと思われる人物の調査は必ず行うよう示唆されていました。早い段階で『願いの種類』により災い期間に幅があることがわかっています」
「トリガーは慈愛もしくは愛情、それと復讐心や妬みであり、依代が願いを成就する期間により災いの期間が変わってくる」
リヒトが探るように投げかけると、長殿がいびつな笑顔を浮かべた。分かっているなら聞くなとでも言いたげだ。
「災いが起こる前と後で変化があるのかどうかを教えてください」
長殿は優雅な動作でカップに口を付けた。
「それを話すとなると、かなり長くなります。あとで話しましょう」
「書物はありますか?」
「あります。史書から探してください」
「わかりました。聞きたいことは以上になります」
リヒトはスッと言葉を切った。そのまま口を閉ざす。長殿が呼びかけてもツーンとして無視している。
本当にこいつの聞きたいこと済んだんだな。態度に出しすぎだろ。
結局、分からない事は分からないままで終わった。
ネフェ殿を見ると我関せずな顔をしてお茶を飲んでいた。あたしと目が合うといそいそとカップにお茶を注いでくれる。
違う、お代わりを要求したんじゃない。
でも入れてもらったので飲んだ。
お茶を一口飲んで口腔を潤す。
室内は無言となった。小休憩というよりも話は終わったという雰囲気である。
あたしも聞きたいこと終わったからな。っていうか、一度に沢山聞きすぎて耳から抜けているんだけど。落ち着いたときにやりとり反芻して質問が浮かんだら聞くか。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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