災厄の探究者⑤
「大丈夫よルー、その問題は解消するわ。私が訓練するし、クルトくんにサトリ防御アイテム制作を頼むから」
ばちこん、とウインクするネフェ殿。長殿は目じりを下げてでれっとした締まりのない顔になった。
「君が訓練するのなら大丈夫だ。あとはそう、ミロノさんの口の固さですね」
「失敬な! 固いぞ!」
即座に言い返す。
どれだけ迂闊な人間と思われているんだろうか。
それでも長殿は首を縦に振らない。腕と足を組み、天井を見上げながら散々「うーん」と唸ってから、
「うーん。僕の判断じゃ難しいから、あとでリヒトに教えておくからあの子から聞くといい。必要なら教えてくれるはずだ」
妥協案としてリヒトに託すことにしたようだ。
ちょっと待てよ。そんなに信用されてないって逆に傷つくんだけど!
しかし反論したところで長殿が考えを変えるわけもない。
苛立ちのあまり、あたしはお菓子を手に取りもしゃもしゃと食べ始めた。そっちで勝手に決めろという意思表示である。
「というわけで、頼めるかな?」
「意向に従います」
リヒトは静かに頷く。素直な反応が面白かったのか、長殿がにやりと含み笑いをした。
「ミロノさんの事をよく解っているみたいだから安心です」
ドン! とリヒトが無言でテーブルを叩いた。一言多い、と抗議したようだ。
あたしは無視する。だって長殿の雰囲気が、揶揄う時の親父殿だもん。触るべからず。
「もーまた。思春期の男の子に構い過ぎです」
眉を吊り上げたネフェ殿が抗議する。
「いやいや。つい反応が楽し……嬉しくて」
長殿はにやにやしながら口元を押さえたので、ネフェ殿はぎゅっと眉間にしわを寄せた。
「折角素直になったリヒトくんがまたぐれちゃうでしょ! 次に戻ってこなかったらどうするの!? 一年以上戻って来なかったら、悲しくなってしまって……絶対に家を出て追いかけちゃうわ!」
リヒトはチラッと彼女をみると「……母上の顔を見に戻ってきます」と小声で呟く。
ネフェ殿はぱぁっと表情を明るくして両手を握りしめて「良かった!」と声を上げると、長殿が「良かったですね」と同意する。
リヒトは目つきを鋭くして「戻っても父上には会いません」と冷たく言い放ったので、長殿が「酷い!」とわざとらしく声を上げた。
家族だけの会話が始まったので、あたしはお茶を飲みながら考えをまとめる。
まず凶悪なる魔王とは、呪詛に浸食された勇者と讃えられる若者二人の成れの果てである。
年月が経過するにつれて勇者として讃えられる反面、魔王として恐れられる存在であり、今は大精霊へと進化を遂げている。
そしてあたしとリヒトは勇者が転生した人間であり、魔王を倒すことができる力を持っている。
「何故、あたしは魔王を倒すことができるのだろう。大精霊ほどの力があるのなら人の手で倒せるのは思えない。親父殿たちのように追い払うくらいが関の山だ」
お茶に視線を落としたまま、あたしは思いつく言葉を述べる。
声を出しながら喋って耳で聞く方が、色々考えが浮かぶからな。
「信仰や恐怖で力を得たのは理解できた。しかし人は、転生しても血肉のある生き物にしかなれないと聞いている。どうして人が精霊のようなモノになれたのかさっぱり分からない。しかも呪詛により輪廻転生の輪から外れて世界に固定されているのならば、リヒトとミロノが永遠に存在していることになる。ならばなぜ、あたしたちは生まれ変わりと呼ばれているんだ?」
新たな疑問点が浮かんだが、答えは何となくわかる。
「呪印だな。きっと呪印を持っているからだ。魔王を感知して倒せる力をここから得ているのは分かる。だが生まれ変わりの根拠はどこからやってきたんだ? 親父殿はいつか生まれ変わりが出現するという言い伝えがあると言っていた。あたし達以前に、呪印が出現した事があるのだろうか?」
「でかい独り言だな」
リヒトからツッコミがきたので、反射的に毒づく。
「うるせぇ。考え事に熱中すると声大きくなるの知ってんだろ? 無視しろ」
「ふむ、それも説明しないといけませんね」
長殿の言葉であたしは我に返り、勢いよく顔を上げた。
いつの間にか三人がこちらに注目している。思わずカップを置いて背筋をピッと伸ばした。
「考え事しててその、声でかかったか?」
ちょっとドキドキしながら聞いてみると、ネフェ殿が頭を撫でてきた。
何故撫でる? 犬じゃないんだけど。
でも悔しいことに落ち着く。
長殿は立ち上がって左横の本棚へ歩いた。上段から一冊の分厚い本を抜き出して、テーブルに置く。
分厚い皮の表紙が著者もタイトルも全部覆い隠していた。
「これは神聖な行事や礼法や祈願などを記した儀式本です。ミロノさん、宿意の紋は『人間が精霊になるための儀式』に用いられる術式……魔法陣です」
あたしは思わず額に手を添えた。
「この呪印が、精霊になるための儀式に使われるだって?」
想像とは違う答えが返ってきて、あたしは目を白黒させた。
「儀式に使われるモノだと思っていましたが、『人間が精霊になる儀式』とはまた傲慢な。神の意向に背く行為です」
リヒトが胸を手で押さえる。
「残念ですが、もともとの形はそんな悪口の形式ではありません」
「あってたまるか!」
あたしとリヒトが同時にツッコミを入れた。
長殿の説明はこれまた長かったので要約すると――
宿意の紋は魔術が発達していた時代に創造された魔法陣の一種である。
『紋』と呼ばれているが『陣の変格』を免れているため、『魔法陣(古代の失われた術式)』のまま発動する『レアロストマジック』である。
レアロストマジックは現代にも残っているが現存しているモノを使えるだけで、古代文字を解読するのは困難であるため仕組みが判明されておらず、新たに造ることはできない。
宿意の紋は、死後人間の魂を精霊に変換させるために開発されたものであり、陣の中に複雑な回路が組み込まれている。
なぜこんなものが作られたのか。
それは古来より精霊には寿命があり、世代交代があると思われているためだ。交代のタイミングで混ざれば人も精霊になれると信じられていた。
やり方はある意味簡単である。宿意の紋を体に刻み人生の終わりを待つだけだ。
死後、肉体は焼かれ、その灰は土や水や風に撒かれたら、精霊として生まれ変わるということだ。ただし、死者は語らないため、それが本当かどうか実証されたことはない。
「聞けば聞くほどうさんくさい」
あたしが突っ込むと、ネフェ殿が同意するように頷いた。
いつの間にかテーブルに置かれていた沢山のお菓子がなくなっている。話に集中している間に全部食べられてしまった。
まぁいいけど。
「気持ちは分かります」と長殿が頷いた。
「根拠がない。マホウの力を利用して精霊になるなんて信じれない。長殿も疑っているんだろ?」
聞くと、長殿がなんともいえない表情を浮かべた。疑い半分、信じる半分といったところのようだ。
「セアの孫の一人が強大なサトリでして、その証言ですが。勇者たちの儀式は成功して仲間が増えたという話を聞いたそうです。その時に宿意の紋の効果は本当かと問いかけたら、精霊はそうだと答えたそうです」
「ん、んー」
イマイチ信じられないので、腕を組みながら唸った。サトリではないので精霊の声を聞くとかさっぱりだ。
「あんたは聞けるのか?」
リヒトに呼びかけると、少しだけ視線を斜め上に向けてから、静かに顔を左右に振った。
「ぼそぼそと音がするくらいだ。聞き取れない」
「リヒトは練習あるのみですね」
「長殿は聞こえるのか?」
と横やりを入れてみると
「まさか。全く聞こえません」
しれっとした顔で言いやがった。
これ絶対ウソだな。
「私も精霊の言葉を全部理解しているわけではありません。アレの言葉は遥か昔の言語、全く聞き覚えのないものばかりです」
そうなんだと相槌をうったら、長殿が苦笑した。
「ミロノさんは私よりも精霊の声を聞く機会は沢山あります。そのうち他の精霊の声も聞こえるはずです。試してみて下さい」
「あたしが? 無理だろ? こいつなら可能性があるかもしれないけど」
リヒトが嫌そうに眉を顰めたが、あたしではなく長殿を睨む。
「何言ってるのですかミロノさん。貴女は精霊と話ができていますよ」
「は?」
疑いの眼差しを向けると、長殿はにこりと笑った。
「魔王も精霊ですから。私よりも素質があります」
「…………マジか?」
あれと話ができるのが稀な能力?
滅茶苦茶要らないんですけど!?
軽くショックを受けて言葉を失くす。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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