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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック⑧

 正座して、土下座して、ひとしきりネフェ殿に謝り倒した長殿が、「参った参った」と言いながら戻ってきて、座っていたソファーに深々と腰を下ろす。


「いやぁ。時間とらせて申し訳ないミロノさん。普段は温厚なんですが、怒らすととても怖くて。私いつも頭が上がらないんです」


 困った様に言いながらも長殿は笑顔だ。怒られていたけどネフェ殿に構われて嬉しいのか……これがマゾというものか。


「妻だからです」


 長殿から睨まれてやや強めの口調がやってきた。

 嫌だったようだ。それもそうだよなぁ。


「あなた? 大人げないわよ」


 ネフェ殿が長殿の態度を一蹴する。彼女はあたしの真隣に座って長殿と対面していた。


「……そうでした」


 長殿から険がとれた。完全に尻に敷かれている。親父殿を見ているようだ。

 ピクリ、と長殿の眉間にシワがよって表情が引きつった。怒りたいけど怒れないやつだなあれ。


 だから思考を読まなければいいのに。失礼な事を考えても聞き流すのが配慮じゃないのか。

 口に出してないんだから、あたしは悪くない。


「ファスそっくりです」

「リーンそっくりね」


 同時にツッコミがきただとっ!

 二人共苦笑いを浮かべて、やれやれと脱力しているんだけどっ

 あたしの批判なのか、親父殿達に対するものなのか分からないっ!


 どう返事していいのか分からないので、「はぁ…」と適当に相槌をうった。

 長殿とネフェ殿はにこっと笑うが、笑顔が怖いな。


「ミロノさんの反応が愉快だったのでからかってみましたが、いつもはしっかり無視するので安心して下さい」


 信用できないけど頷くしかない。


「先にリヒトから聞いたと思いますが、貴女を調べた結果、淀んだ異物はないようですので一安心です」


 だから、そーいうとこだよ! 前半の言葉いらねーだろ!

 そろそろツッコミしたくなってきたぞ畜生!


 無表情を装うが、どうしても口元が引きつってしまう。


 「それで……」と長殿が話続けようとしたが、


 ゴホン!


 とネフェ殿がわざとらしく咳ばらいをした。瞬きを繰り返して長殿に合図を行っているようだ。

 長殿は先ほどより口の端を緩ませて、笑うのを堪えるような表情になる。


「釈明しておきますが、異物を探っただけで貴女の記憶は殆ど見ていないのでご安心下さい」


 声が上ずっているんだけど……何を安心しろと言うんだ……。


「どちらかといえば、読んだというよりも攻撃したようなものなので大丈夫です」


 何を、どう、大丈夫と?

 そっちの方がやばいくないか?


 疑いの眼差しで眺めていると、長殿が顔を横に向けて「んんん」と噴出しかけた。

 あたしはチラッとネフェ殿を盗み見する。彼女は目力を強めながら『うんうん』と大きく頷いて長殿を激励している。十代の女子かな?


「ぶふふ……な、なので説明を飛ばして突然の精神攻撃、申し訳ございませんでした」


 長殿がテーブルに両手をつけて頭を下げて謝罪したが……笑っていることがバレないように隠しているようにしか見えない。っていうか、滅茶苦茶言わされている感じだよな。

 長殿は悪いと思っていない。バレバレだぞ。

 誠心誠意全く籠ってない謝罪だよ……。謝らなくていいよ別に……。


 それよりもネフェ殿の動作が可愛いのと、操られたように動く長殿が滅茶苦茶面白いから困る。

 吹き出しそうになるのを必死で堪えてるんだよ。謝罪を受けるのに笑うのはマズイだろう? 真面目な顔を作っているんだよこっちも。まったく、とんだ茶番だぞ!


 あたしは小さめの深呼吸を数回行って精神を落ち着かせる。


「気にしてない、大丈夫」


 ややうわずった声になりつつ答えると、ネフェ殿がぱぁっと表情を明るくさせた。


「許してくれてありがとう!」


 にこにこにこ、とネフェ殿から笑顔攻撃がくる。輝きが凄い。目が痛い。


「ね。ルーもわかったでしょ? ミロノちゃんは素直だから余計な入れ知恵しちゃだめよ? もう二度と読まないでね。私とのお約束、守ってくださいますよね?」


「わかっています」


 この茶番はいつまで続くんだ? もういいから、早く話を始めてほしい。

 リヒト早く戻ってこい。あんたの両親は横道に逸れてしまうと自力で戻って来ないぞ。


 ガチャ。


 ドアが開く音がして、リヒトがスッと入ってきた。


「急に席を外してすいません、所用は終わりました」


 憮然とした表情だったが、ネフェ殿が座っているのを見て首を傾げる。


「母上も……参加されるのですか?」


 ゆっくり言葉をかけながら長殿をチラッとみつつ、ソファのー空いているスペースへ座る。

 あたしとリヒトでネフェ殿を挟む感じになった。密着感は強いが、狭くはない。


「時間が許す限り一緒にいるわ。約束は取り付けたけども、また粗相するかもしれませんから」


 ネフェ殿は当然と言わんばかりに胸を張りながら、優雅な動作で紅茶を口にする。

 「信用ないなぁ」と長殿が苦笑すると、ネフェ殿はやや冷たい視線を向ける。


「相手を思いやるよりも自分の行動を優先する人ですからね。いざと言うときは殴れないミロノちゃんやリヒトくんの代わりに私が殴ります!」


「お手柔らかに」


「でもルーの話は難しいので会話に入りません。お菓子食べて大人しくしています」


「うん、知ってる」


 ネフェ殿が堂々と参加拒否を出したが、長殿は慣れたように頷いた。

 本当に長殿が粗相をしたと思ったら殴る係になるんだな。と、ちょっと呆れた。

 母殿も似たようなことを言ってるのでデジャブが強い。


「母上。父上を殴るのは構いませんが、くれぐれも資料を破かない、汚さないようにお願いします」


 リヒトからツッコミのような念押しがきた。

 いやちょっとまって。資料も無事じゃすまない暴れ方するのかこの人……。人は見かけによらないな。


「分かってますよーだ」


 ネフェ殿が『ベー』と舌を出している。子供染みた動作だが可愛いな。


「……だと、良いですね」


 リヒトはため息を吐きながら頭を左右に振った。全く信用していないようである。

 その証拠に、ネフェ殿の目の前にあった資料をガッツリと自分の前に引き寄せて、うず高く積み上げている。万が一に長殿に殴りかかった際に本類の被害を最小限にするためだな。リヒトの態度から推測するに、ネフェ殿は過去に何度かやらかしたのだろうな。


「……」


 リヒトがチラッと目配せをした。これはあたし側にある本を保護しろってことだろう。

 あたしはネフェ殿の正面に残っていた本を引き寄せて、テーブルの端っこに置いた。


 ここに置いてあるのは災いや魔王関連が記されているはず。文字通り、時間と足で稼いだ貴重な情報だから丁寧に扱う物だ。

 劣化や虫食いを防ぐための技法がかけられているとしても、直接攻撃に耐えられるかどうかわからない。

 ネフェ殿が茶など零しそうになったり、テーブルに足を置きそうになったら、真っ先に資料を守ろう。


 確保した紙の束や本は全部、向きを揃えてバランスよく積み上げて50センチの高さにしてみた。

 よし、綺麗にまとまったぞ。

 この中から目的のモノを取り出すときは苦労するけどな!


「ミロノさん、それは全部私のほうに寄せてください。必要なものは手渡しでお見せしますよ」


「分かった」


 長殿に言われた通り、積み上げたモノをゆっくり前に移動させてテーブルの端に寄せた。

 これでネフェ殿とあたしの前に何もなくなった。


 あれこれって、あたしも資料を破損させる奴だって思われてる?

 一応、秘蔵書の取り扱い指導受けているんだけど……まぁ、どうでもいいか。


「やったー。いろいろ置けるわね!」


 テーブルにスペースができた途端、ネフェ殿がお菓子とお茶の陣地を広げた。あっという間に、あたしの前にも数種類の一口サイズのお菓子が置かれ、紅茶の入ったカップが添えられる。


 うっわー。ネフェ殿が本当にヤバイことやってるー。本の近くで飲食とか駄目なやつー!


 あたしは咄嗟に長殿の顔色を確認するが彼は全く気にしていないようだ。そればかりか、あたしが渡した積み上げた山から器用に何冊か本を抜き取る。シャ、シャ、と滑る様な音がする。積み上げたモノは少し揺れるだけでバランスは保たれたままだ。

 何気に神業やってやがる。


「四六時中、紙や本の整理をしているとできるようになりましたね。ミロノさんなら指の力も瞬発力もあるのですぐにできるようになります」


 あたしは口に出してないんだからスルーしろよ。


「父上、時間の無駄です。話を進めてください」


 なかなか本題に入らないので痺れを切らしたか、リヒトから冷たいツッコミが放たれた。

 長殿は笑顔のままリヒトを見る。

 しばし二人は無言になってしまったので、ネフェ殿のクッキーを砕く咀嚼音が響いた。


「いいから話を進めてください」


 リヒトが再度同じ言葉を発した。今度は強い怒気を籠めている。

 ネフェ殿が「んふふ」と含み笑いをした。


「貴方、つついちゃダメって言いましたよね?」


「久しぶりなんですから、このくらい許してください」


「んふ。ダメです。リヒトくんは真面目なんですから」


 にやにやっと意地悪く笑う二人に対して、苦虫を噛み千切ったような苦々しい表情のリヒト。

 とりあえず傍観しているが、会話について行けないのでテレパシーは勘弁してほしい。


「失礼。ミロノさんにはお耳汚しだったので」


 長殿が口元を手で隠すと、「チッ」とリヒトが舌打ちをした。


「そーいうのは後でやってくれ。あたしもそろそろ話を進めてほしいと心底思っている」


 長殿が話を横道にそらしている元凶だ。いい加減にしろと思いながら睨んだが、当然のように長殿に効果はない。彼は飄々と「貴女も真面目ですね」と口元を綻ばせた。


「さて、時間をとって申し訳ありません。本題に入りましょう」


 ほんとにそうだな。どれだけ時間を潰したよ。

 今からが本題だというのに、なんだかどっと疲れた。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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