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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック⑥

 ゆっくり目を開けると、女性が心配そうにのぞき込んでいた。金髪のさらっとした髪があたしの額に垂れている。

 女性と目が合うと、彼女はホッとしたように笑みを浮かべた。


「ミロノちゃん、気づいた?」


 あれここはどこだ……?

 さっきまで母殿に抱きついて頭撫でてもらっていたんだが……。

 いやまて。いつの記憶だよ……。


「あー……と」


 ぐっちゃぐっちゃになった思考だが、女性が頭を撫でると、サッと整頓された気がした。


 たしか……長殿に魔王がいないか調べてもらったんだったな。頭痛に耐え兼ねて昏倒したけども。

 今はええと……女性の膝枕で寝ている。さっきまで座っていたソファーに寝かされているみたいだな。


「大丈夫? ミロノちゃん。私が分かる?」


 不安そうな声色をだして、女性があたしの頬を優しくなでる。

 この女性が誰か思い出した。


「ネフェ殿!?」


 あたしは目をぱっちりと開けて、驚きに声を上げた。


「そうですよ。ミロノちゃん、どこも痛くない?」


「あ、ああ……痛くない。だけど、何が……」


 頷くと、ネフェ殿が「よ、よかったあああ」と脱力して覆いかぶさるので、あたしの顔はネフェ殿の胸で潰された。柔らかい。良い匂い。でも苦しい。


「ネフェ殿!?」


「ごめんね! うちの馬鹿旦那がほんとうにごめんね!」


 ネフェ殿は体を起こすと、あたしの髪やら頬やらナデナデナデと撫でまくった。


「ごめんねごめんねごめんね!」


「いや。大丈夫。大丈夫だから、落ち着いてくれ」


 あたしは体を起こしてネフェ殿の横に座り直す。


「何があったんだ?」


 ネフェ殿がカッと目を見開いて口を大きく開けた。猫の威嚇のようだ。


「それはこっちのセリフです! すごい悲鳴聞こえて慌てて書斎入ったらミロノちゃん泡吐いてソファーに倒れてたのよ! リヒトくんはすっごい剣幕で旦那を怒ってるから理由聞いたら、旦那がミロノちゃんの思考を探ったんですって!? あの人加減ってもの知らなくてほんとごめんねええええええ!」


「うわ。悲鳴あげてたのか」


「全く、思考調べるくらいなら私を呼べばいいのに……。あの人ったらミロノちゃんが年頃の女の子だって分かってるのかしら」


 ネフェ殿が怒っている。

 よっぽど酷い状態だったんだなあたし。

 肉体攻撃はある程度耐えられるけど、精神攻撃は脆弱過ぎる。

 ちょっと長殿に鍛えてもらった方がいいのかもしれない。


「そんな事思っちゃだめよ! あの人はスパルタするからトラウマになっちゃう。それにミロノちゃんは女の子でしょ!? 男の人に頭の中を覗かせるのはメッッ!」


 ツッコミが鋭い! ネフェ殿もサトリだったな!


「いやしかし、魔王は精神攻撃もガンガンしてくるから、あたしも耐性つけないと。受けるたびに気絶していては戦闘にならないし殺されてしまう。背に腹は代えられない」


「やだもう血筋って嫌! そーいうことじゃないの! どうして母娘揃って同じこというの!?」


 どうやら母殿も同じようなことを言ったらしい。

 ネフェ殿は拳を握りしめた。


「リーンは思考も肉体関連が知られても全然平気とか言ってねぇ。そればかりか戦闘時には、デリカシーのないサトリにえろえろな妄想を発信したり、ケモノとの妄想とか拷問をサトリの思考に流し込んでみたり……ほんと好き勝手やって……」


 なんかとんでもないことやったんだな母殿……。


 遠い目をしたら、ネフェ殿は一瞬顔色を変えて、あたしを凝視した。


「ミロノちゃんに変な刺激を与えちゃった……あ、あのね、大人の汚い部分はまだ知らなくていいのよ」


「大人の汚い部分……」


「つまり! つまりね! 最低なサトリに読まれると不味いっていうのは、思考もだけど記憶とか体重とか月経の周期とか好きな人とか恋とか黒歴史とかあれやそれ!? 女の子は秘密ばかりでしょ!」


 しどろもどろで説明してくれるが、まぁ、言いたいことは分かる。

 男性に知られたくない情報も長殿に流出したということだな。


「だから旦那のやったこと、あれは完全にセクハラ! セークーハーラ! あとで緘口令を敷くから安心して!」


「安心してくれネフェ殿。あたしは武術ばかり興味があって女子らしい思考は持ち合わせていない、読まれて困る事は……」


 一つあった。シュダルのことだ。


 幼い頃の初恋なんて今考えても黒歴史だが、揶揄われないのであればダメージは殆どない。それに失恋をして分かったことがある。男は顔や強さじゃなくて性格が一番ってことだ。

 今は好きな奴いないからあたしの弱点にならない。だからまぁ、読まれても困ることないな。


 そんな事を考えていたら、ネフェ殿が額を抑えて呻いた。目が死んでいるように思える。


「リーンたらどんな教育を……由々しき事態ね」


 ネフェ殿は顔を上げて背筋を伸ばし、手で胸をパンと叩いてドヤ顔をした。


「ならば私がミロノちゃんの訓練をします!」


「ネフェ殿が?」


 疑いのこもった眼差しを向けると、ネフェ殿が得意げな表情になり「チッチッチ」と右手の人差し指を動かして。


「リーンの特訓は私がやったわ。彼女の精神攻撃に対する耐性と防御を教えたのはこの私!」


「……え? そうなのか?」


「その通り! さっきも言ったけど、リーンも思考読まれても全然平気だったからこれはマズイと思って、無理やりおしえ……喜んで伝授したのよ!」


 いま、無理やり教えたって言いかけたぞ。何気に力技使うんだな……そういえば長殿を殴ったって言ってた気が。


「だからミロノちゃんも私が教えます。拒否しても無駄ですからそのつもりで」


 拒否権消えた。

 でもまぁ、願ったりかなったりなので断ることはしない。


「よろしくお願いします」


 あたしは頭を下げながら、一応、念のために授業料を聞いてみる。タダより怖い物はないし。


「授業料はいくらだろうか。足りなければどこかで依頼を受ける。前払いと後払い、どちらがよろしいか?」


 ぐらり……と突然、ネフェ殿がソファから転げそうになったので、咄嗟に腕を持って支えた。彼女の目が点になっている。


「授業料……リーンたらどーいう教育方針を……。間違ってはいないけど、これは、なんだろう、ちょっとした節々がリヒト君と似てるわね。どうしてかしら」


 あきれ顔になってため息をついていた。しかしすぐに苦笑して


「まぁ。授業料は……そうね、私のお手伝いをしてくれればいいわ」


 あたしが「え?」と聞き返すと、ネフェ殿は「まぁどうでもいいけど」と肩をすくめた。


「だから約束してミロノちゃん」


 ネフェ殿はあたしの手を掴んで両手で包んだ。真摯な眼差しに驚いてあたしは少し背を逸らす。


「絶対に旦那に頼ったらダメだからね、ほんとダメだからね! 清らかな乙女の思考が中年おっさんの邪悪な思考によって汚されるからダメよ。一切頼らないで。基本的にルーは有害だからあの人の言葉は一つでも信用しちゃ駄目。笑顔で地雷を踏み壊していくタイプだからってこと、よく覚えていて」


 長殿が滅茶苦茶悪口を言われてるが、そんな気がするので頷いた。


「わかった」


 と返事をすると、ネフェ殿から疑いの眼差しが飛んできた。リヒトに似ているな。全く信用されていないとすぐにわかった。


「ごめんなさいね。ちょっと信用できないわ。リーンの娘だけど予想以上に純粋だったから、私も目を光らせておかなきゃ」


「……純粋じゃないぞ」


「私から見れば箱入り娘で純粋よ。他人を疑うことに慣れていないもの。非情になりきれないからよく足元救われるでしょう? ファスさんそっくりね」


 グッサァ、とあたしの胸に刺さる。

 お人よしの熊と一緒にされてしまった。ダメージ酷い。


 そこでネフェ殿が手を離した。あたしの顔をみて少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。


「あら。ごめんなさい。容姿はリーンに似てるのに中身がファスさんだからかなり心配で……。ほら、ミロノちゃんって結構、情に流されて無茶なことするでしょ? あれファスさんがよくやってて。ルーとリーンが毎回怒っていたのよ。私も怒ったこともあったわ。でもファスさんの場合は見た目がアレだから変なのは逃げていくけど、ミロノちゃんは可愛いから変なのが寄ってきちゃうと思って心配」


「……大丈夫だ」


「おばさんは大丈夫じゃないと思ってるの。リヒト君に『変なのを寄せ付けないよう気を付けて』って言わなきゃ。男の子はこーいう時に役に立つのよね」


「やめてくれ! 滅茶苦茶嫌だ!」


 なんてことを言うんだこの人! リヒトにぐちぐち言われるネタを与えないでほしい! 

 あとで何を言われるか分かったものじゃない、想像しただけでゾッとする。


 思わず吠えてしまったが、ネフェ殿は笑顔で「わかったわ」と頷いた。

 

 なんか信用できない……。わかったって言っても嘘っぽい気がする。

 あれ。そういえば、書斎にいるのはあたしとネフェ殿だけだ。二人はどこへ行ったんだ?


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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