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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック⑤

「リヒト、報告を続けて」


 リヒトは小さくため息をついた。呆れていた表情が消えて、真剣な眼差しが出てくる。


「まず確認からさせてください。父上たちは魔王を見分ける方法はどうされていたのですか?」


「見分ける方法といえば、それぞれの能力に頼ったものだ。私は心を読んでアタリをつけていた。ルゥファスは変異した闘気により魔王を見つけていた。リーンはなんとなくという勘、妻は全く分からないと言っていたっけな」


 そこで大きなため息を吐く。


「魔王になっていたら『姫』というキーワードが出てくるので分かりやすいが、物に憑依されていたら気配が分からない事もよくあった」


 長殿は足を組み直して腕を組むと、険しい表情を浮かべた。


「私達は大規模な被害がでたという噂を追って、事態を収拾しながら、魔王が引き起こしたモノかを調査していた。魔王だと推測すると、人もしくは物……対象を破壊した。事態の悪化を防ぐことができたら解決ということにしている」


 つまり疑わしいと思ったモノを全て壊したという事か。正解を探す手立てはないから仕方ないか。


 長殿はあたしに強めの視線を向けた。

 批難してないぞ! と思わず心で反論する。


「魔王を発見できるのはルーフジール一族のみというのが分かっている。だが能力差があり確実ではない。私たち二人とも発見率は五割強だった。合ってるだの、違うだのと、よく喧嘩したなぁ……」


 そしてリヒトのノートを示した。


「君たちがこの短期間でこんなに魔王を発見出来たことに、正直、驚きを隠せない。やはり私達とは違う。君たちは勇者の転生者だと決定づけることができる。良いのか悪いのか…………まぁ、この場合は良いのだろう」


 ちょい悪親父のような笑みを浮かべる長殿に対して、リヒトは憂鬱そうにゆっくりとため息を吐いた。


「………正直、愕然としています」


 あたしも憂鬱な気分だ。


「俺達は魔王の出現、その位置も正確に分かります」


 リヒトはうんざり口調だ。

 あたしもうんざりしている。


「呪印から炎を纏ったような痛みと熱の反応があるためすぐにわかります。それと同時に呪印の部分が魔王の核であり、そこを破壊すれば魔王は霧散して消滅します。消滅したと確信できるのです」


 あたしは今までこのやり方で親父殿は災いを倒していたと思っていた。そうではなかったと知り、絶望感が半端ない。


 長殿は静かに息をはいてリヒトに尋ねる。


「魔王は双子であるため、二つの性質があると伝わっているが……その違いは?」


「分かります。呪印の位置……額か胸かで判別可能です。さらに性格も大分違いますから見間違えるはずは」


 ガタっと長殿が身を乗り出す。嘘を見破るようにジッと探る様な目でリヒトを凝視した。


「性格が違う……?」


「はい」


 リヒトは臆することなく懐疑の念を受け止める。


「魔王達は支離滅裂な言葉を出しますが、ミロノは姫への貢物を探し、リヒトは姫の敵を滅ぼすような言葉が多いです。生前の強い思考が根底にあるからと推測しています」


 長殿は目を見開いて、ぽかん、と口を開いた。


「……魔王の言葉が理解できるのかい?」


「……………」


 リヒトは苦虫を潰したような表情で押し黙り、あたしはショックのあまり言葉を失った。

 いやだほんと、背筋に冷や汗をかいちゃうよ。


 あたし達の表情を見た長殿が、姿勢を正すと軽く首を横に振った。


「言い方が悪かったね。憑依された人から発する言葉はわかるよ。支離滅裂な言葉を色々言っていたのも。私が聞きたいのは、それ以外の状態で言葉を発することがあるのかってことだ」


「……」


 リヒトは考え込んだので、あたしが聞き返す。


「長殿は依り代から魔王が離れて消えゆく瞬間に声を聞くことはあったのですか?」


「憑依された時の、その人の声ならね。そもそも魔王が消えゆく瞬間を一度も見たことが無い。依代から勢いよく何かが天に向かって抜け出た時に、叫び声が聞こえたような気がしたくらいですよ」


 最後の絶叫か。あれは聞きたくないなぁ。


「なら人にまとわりつく黒い靄を見た事は?」


「ないです。怪しい気配や思考が空気に溶け込んでいるくらいしか分かりません。ルゥファスもそうだろうと思う」


「えーと。あとは。思考に潜り込まれた時とかありますか? その時に声は……」


 あたしがこう切り出した瞬間に、長殿から殺気だった視線が向けられる。瞬時に悪寒が全身をめぐった。


 あ、これ、やっちまった。

 死亡宣告受けた気がした。


「ミロノさん。………魔王に乗っ取られかけたのですか?」


 ゆっくり立ち上がった長殿は配膳台を移動させながら真横に立つ。

 目が座っているぞ。うわぁキレてないけどキレそうっていうか雷落ちてきそう。親父殿のキレっぷりとよく似てる。


 嘘をついても仕方ない正直になろう。

 でも、ううう、嫌だなぁ。どんな目に遭わされるんだろう。


 あたしは覚悟を決めて、堂々と頷いた。


「多分そうだ。魔王と共存したサトリに精神攻撃受けた瞬間に、魔王に頭の中に入られた」


「念のために確認します。失礼」


 言い方は丁寧だが、何の躊躇いもなく乱暴にあたしの頭を鷲掴みする。指に力が籠っているので、万力で締められているような……つまりめっちゃ痛い。握力強いなぁ。

 思わず遠い目をしてしまった。


「待ってください父上!」


 リヒトが少し慌てて立ち上がる。長殿の腕を掴もうと手を伸ばすが


「黙りなさい」


 長殿は切れ長の目をリヒトに向け冷然とした態度をみて、手をひっこめた。


「中を探るだけです」


「………はい」


 不満はあるようだが、調べるのは正しいと思ったようで、リヒトは椅子に座る。


 あたしも中に残っていないか気になっていた。だが魔王が『リヒト』だったので、あいつに調べてもらうのは危険すぎる。異常があれば勝手にあたしを殺すだろうと思っていて、きれいさっぱり忘れていた。


 まぁ、丁度いい機会だよな。何かあれば対応してくれるはずだ。

 たぶん……このまま殺さないよな? それだけがちょっと不安だな。


「深層まで調べさせて頂きます」


「分かった……あ、そうだ!」


 深層意識で一つ思い出した。

 あたしは鷲掴みにされたまま長殿に質問する。


「宿意の紋っていうのを教えてくれないか?」


「どこでそれを?」


 長殿が不思議そうに首を傾げた。


「頭の中にいる魔王を倒すときに、記憶の海を潜ったようで親父たちの声が聞こえた。あたしの額に宿意の紋が出ていたから、親父殿があんたに相談してたみたいな事を言っていた。どんな意味なのか気になってたけどすっかり忘れてたよ」


「分かりました。どのみち呪印のくだりで説明しようと思ってました」


 ん?

 急に眩暈がしてきた。


「万が一にでも貴女が魔王に支配されてしまっては大惨事です」


 長殿の声が小さく聞こえる。


「ちょっと痛いですから我慢してください」


 ゴッと剛速球で剣山が額にブチ当たって、頭が砕けたような衝撃が走る。


 痛いってレベルじゃねええええええええええ!

 のた打ち回るような激しい頭痛を優に越えて、筆舌に尽くしがたい痛みだ!


 気持ち悪さで吐きそうになって両手で口を抑える。

 チカチカと光が散ってホワイトアウトとになると、視界が反転してブラックアウトになった。

 体の感覚が全部吹っ飛んで消えて浮遊感を味わう。


 あ、これ死んだ。


 痛みに精神が壊されないための防御反応か、意識が薄れていく。

 意識が消える前にふと、あたしの人生が走馬灯のように駆け巡った。






 あれはいつだっただろうか。

 ルーフジール家の子孫は全て男性なのに何故、女性として生まれたのかという話題。


 『女』として性を受けたあたしは、ルーフジール家でもちょっとした異端児扱いだ。一族と同じ修行をしていいのか伯父と親父殿の間で何度も議論があったらしい。

 

 結論から言えば、ほかの従兄弟達よりもあたしの方が厳しい修行をクリアした。親父殿の次に強いとまで讃えられてしまうことになったけど。


 あとはそうだな。


 ルーフジール家の男子は成人すると、例外なく旅に出された。これは魔王の情報を得るための旅なのだろうと今ならわかる。

 最小限の知識を与え、己の体験したモノから必要な情報を探し出す。これが絶えることなく子孫に繋がったから、魔王について色々把握しているのだろうと今ならわかる。


 伯父はあたしを旅に出すのは反対していた。これもまぁ。ごり押しというか、成人前に里から出てしまったけども。


 とにかく、あたしは殆ど何も知らない状態で旅に出されたんだ。

 それでリヒトと一緒に大陸を横断したんだよな。端から端まで歩いた。


 いろんなことがあった。沢山の刺激があった。辛いこともあった。

 あー。なんだろう。色々、色々、思い出すけど。


 やっぱりあたしが最後に帰る場所は……ヴィバイドフ村だ。

 あそこには親父殿と……母殿がいる。


 部屋を出て、罠だらけの階段を降りて、台所に……いないな。母殿を探して歩く。

 家の中にはいないので外へ出る。


『あんたなら大丈夫。私の娘だもの』


 家の近くにある花畑に母殿と……幼いあたしがいた。赤いフリルのある服を来て、母殿の作った花冠を頭に乗せてニコニコしていた。


『辛いこと全て乗り越えたら楽しいことに変わるよ』


 慈愛に満ちた笑顔で、母殿はあたしの頭を撫でる。


『私が現にそうだったから。あんたもきっと、振り返ったときにきっと、すべてが良い思い出となるはずさ。今はまだ苦しいことが多い。でもさ。ミロノならきっと幸せになれる。私が幸せにしてみせる。ミロノは大切な子供……私の希望なんだ。驚いただろう? でもそうなんだよ』


 あたしはジッと母殿を見上げた。ひんやりとした母殿の傷だらけの手が、あたしの頬を撫でる。

 母殿には不安があるんだなと感じる。だからあたしは、とびっきりの笑顔でこう答えるんだ。


――しあわせになるよ。まかせて。








 頬に暖かくて柔らかい手が添えられていることに気づいた。

 ゆっくりと体が浮上して、夢から醒めたように感覚が戻ってきた。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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