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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック④

「いえいえ、連絡とかそんな高度なやり取りをしていませんよ。私の伝言に『はい』か『いいえ』の返事がくるだけです」


 長殿からすぐに返事がきたので、あたしは思わず呻いた。


「長殿……声に出したものだけ答えてほしいんだが……考えている途中で口出しされるのはちょっと。六十秒くらいは待ってほしいぞ」


 流石に不満を述べたら、長殿は「それは失敬」と肩をすくめた。反省していないのが丸わかりだ。


「さて話を戻しますが、深手を負ってしまっても三体の魔王を相手にして勝てたというのは素晴らしい。生き残れるように手塩にかけて育てたかいがあるというもの。親として誇りに思います」


 にっこーと、うさん臭い笑み全開になった長殿はリヒトに話しかけているが、あいつはガン無視している。皿の上にあったお菓子を全部平らげて紅茶を飲んでいた。

 仲がいいのか悪いのか分からないな。

 まぁいいけど。


「では。ここからは私の意見を述べるということで――」


 ここまで和やかに談話していた長殿だったが、目つきが鋭くなり口調がワントーン下がる。真剣な話をするぞと態度で示してくれた。

 最初からそれでいてほしい。雑談で終わるかと思った。


「まず情報収集および提供に感謝します。私達が認識していたのは『人や動物、想いのこもった物にとりつく』『災いが環境を変えて天変地異が起こる』『その場所から払うことにより事態が好転する』ということのみでした」


 案外情報少なかったんだなと、あたしは肩透かしをくらう。


「君たちのおかげで多くのことが判明しました。『君臨している期間によって能力に差がある』こと。特に三体の魔王同時出現とは想定外でした。一つの場所に一つの災いだと伝わっていましたから。今後は『依代がいる数だけ魔王が出現する』という認識に改めなければならない。すなわち全人類が魔王の依り代ということです」


 長殿が小さく「クソが最悪か」と毒づいたのが聞こえた。


「ヂヒギ村は毒霧が発生して近づけないという報告しかありませんでした。緊急調査が終わり次第、私が向かう予定でしたが……君たちの介入がなければ、おそらく、死体しか発見できず原因不明と書くしかなったはずです」


「いや。多分まだ、村人たちは生きていると思うぞ。三体目になった魔王は……」


 あたしのせいで、と言おうとしたが


「事前情報が殆ど仕入れられずに村に向かった。これがまず致命的ミスでした」


 言葉にかぶさるように大きな声でリヒトが話し始めた。


「毒霧については聞いていたのに、俺がもう少し気を付けていれば防げたはずです。甘く見ていたつもりはありませんが、慎重さに欠けていたことは認めます。最初の段階で手を打てなかったのは俺のミスです」


 感情のこもっていない淡々とした口調だ。まるで戦闘を記録しただけの第三者のようでビックリする。


 長殿は肩をすくめてから、


「そんなものです。いざ飛び込んでみないと分からない。滅多に失敗しない君のことだ。いい経験になったでしょう」


 少しだけ口元に笑みを浮かべて「とはいえ」と続ける。


「まさか三連続で魔王に向かうとは思っていませんでした。何を考えてそのような無茶を?」


「どこぞの戦闘狂によって大幅に予定を狂わされました。俺は連戦するつもりは一切なかったのですが、狂った思考回路の持ち主が回復を拒否した挙句、こちらの提案を一蹴したため強行突破を行いました。あそこに座っている馬鹿が生きているのは運がいいだけです」


「しっかりとあたしへの批判言いやがって……」


 リヒトは無茶な戦いだと批難してくるが、まぁ間違いではない。

 でもヂヒギ村の負の連鎖反応は早々に断ち切った方が良いに決まっている。


 あの時、あたしが逃げてしまったら、薬を求めてほかの町に向かうかもしれないからだ。毒霧が魔王や眷属に効くならば勝手に自滅するだろうが、もし万が一、効かなかった場合。


 あの集団が町を襲うと必ず大きな被害になる。向かうとすればまず一番近いラケルス町だ。あの町には強い者は集まっているから倒せるとは思う。だが決着がつくまでにどれほどの死傷者がでるか想像したくない。


 怪我を負っていても、あたしの方が最小限の被害で倒せる確率が高い。


 と、言っても仕方ないので呻くだけにとどめた。

 成功したからこうやって思えるだけであって、失敗するかもしれなかったんだからな。


「当然だ。あんなギリギリな戦いは命がいくつあっても足りない」


 リヒトが鋭い目つきであたしを睨んだ。あたしも睨み返す。


「まだ根にもってやがる」


「当然だ」


 長殿はクスクス笑い始めた。あたしとリヒトは視線を長殿に戻す。


「何故笑うのですか?」


 リヒトの質問に長殿は「失礼」と軽く咳ばらいをした。


「懐かしいやり取りで思わず。私も父……祖父に言われてルーファスに会いに向かいました。途中の町で合流した事や、旅でのやり取りを思い出しまして……君たちと同じように沢山喧嘩したなぁとね。ミロノさんを見ているとファスとリーンが浮かびます。色々思い出してしまいますね。リヒトもそのうち輝かしい思い出が増えていくので」


「追憶はあとでお願いします」


 リヒトがバッサリと切り捨てた。

 長殿はちょっと困ったような表情をして、天井を見上げる。


「うーんやっぱりダメですね。まずは綺羅流(きらなが)れの賢者としてではなく、親として言いましょう」


 長殿はにこっと笑って、両手で拍手をした。


「二人とも本当に素晴らしい! これだけたくさんの魔王と戦ったのも驚きですが、よく五体満足で生き残ってくれました! 私達が促したとはいえすごく心配してたんですよ! なのに戻ってきたら普通の顔してるから肩透かしもいいとこで。でもよかった! 昨晩は妻と手を取り合い喜び合いました!」


 なんなんだよ急に。


「昨晩はリヒトと話そうと部屋に行っても『疲れてる』といってねぎらいの言葉すら拒否されてしまったのでね。静かにしていましたが心の中では乱舞してたんですよ? わかっていますか?」


 あいつのせいかよ。とリヒトをチラ見すると、彼は別の場所に視線を向けて我関せずな態度だった。

 長殿はリヒトの反応が気になるのか、ぺらぺらと喜びについて語っている。

 

 一向に終わらないじゃないか、相手してやれよ!

 目で訴えてみるが、リヒトは知らん顔だった。


「臨機応変に対応しただけではなく、()()()退()()()()()()()なんて……っ」


 あたしは長殿の言葉に違和感を覚えて「退けた?」と聞き返す。


「ええ。退けて事態を解決したのでしょう?」


「まぁ。事態は悪化しなくなった……けど」


 魔王を倒せたなら、事態は解決したことになる。

 だがあの惨状を解決した枠に入れていいのか?


 なんか釈然としないため、あたしは微妙な表情を浮かべる。


「謙虚ですねミロノさん。結果はどうであれ魔王は退いたのでしょう? ならば解決です」


「退いた……」


 あ。釈然としない理由が分かった。()()()()()()()()()()()()()()()()


「退いた……っていうのは、『消えた』じゃなくて、その『場からいなくなった』ってことか?」


「……!」


 リヒトも違和感に気づいたように眉を顰めた。

 あたし達の反応に「?」と不思議そうに眺める長殿。するとリヒトが重々しく言葉を発した。


「父上、退いたのではなく、()()()()()()()から()()()()()()()()のでは?」


「……なっ」


 長殿は驚愕の表情を浮かべた。

 笑顔以外の顔が出てきたので内心驚く。


「……消滅した?」


「はい。黒い霧になって霧散しました」


「霧散……? 黒い霧になって、霧散……消滅?」


 長殿は考え込むようにリヒトの言葉を反芻してから、顔に手を当ててソファーに背中を預けると


「はは、はははは、ははははははは!」


 高々と哄笑した。楽しいというよりも呆れたような声色である。


「……ああ、失敬」


 深くソファーに背中を預けて足を組みながら、手を下ろす。ギラギラとした目に、ニヒルな笑みが浮かんでいる。あくどい雰囲気を纏うと一気にガラが悪くなった。

 切れ目がこちらを見たので、あたしは驚いてビクッと体をゆするが、リヒトはしらっとした目を向けていた。


「思考を巡らせる時はこんな感じになるんだ。行儀悪いと妻に叱られるんだが」


「いやいや。その雰囲気なら親父殿と対等に張れると思った」


 これが長殿の本性かもしれない。この態度で旅をしていたんだろうなと容易に想像がついた。親父殿と並べばガラが悪いPTの出来上がりだ。盗賊寄ってこないだろうなこれ。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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