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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック③

 パタン


 とノートを閉じる音がしたので、あたしは咀嚼をやめる。

 音の方を見ると、リヒトが手帳を閉じたようだ。あの手帳は旅の道中で見たことがある。


「これがこいつと合流してから接触した災いの情報です。抜けている部分はないと思います」


 両手で恭しく手帳を長殿に渡した。


「では読ませてもらいましょう」


 片手で手帳を受け取った長殿は、パラパラパラとページを泳がすようにめくった後、すぐにパタンと閉じた。


「報告ご苦労様です。多種多様な魔王に驚きを隠せません」


 長殿の言葉を受けて、リヒトが重々しく頷く。


「はい。取りつく者によって様々に変化することがわかりました」


「気になる形態はヂヒギ村に出現した魔王と、ドエゴウ町にはサトリに憑依した魔王です。魔王に意識を乗っ取られているのではなく共存とは……恐れ入った」


「サトリだったことが幸いして意識が交わることはなかったようです。くそ……その少年は生存しています」


 クソガキって言いかけたな。


「ヂヒギ村の詳細は助かりました。こちらでも二人ほど調査に出したが戻ってきませんでした。毒霧の出現は把握していましたが、三体同時出現とは壮絶でしたね」


 長殿ははぁとため息をついて、「語り継がれていたことが覆ります」とぼやいた。


 いやまてまてまて、めくっただけなのに魔王のことわかってるのか!?


「そうですけど?」


 長殿がきょっとんとして首を傾げた。


「さも当然のようにあたしの心読むんじゃない!」


 やっと文句を口に出せたが、長殿は肩をすくめただけで悪びれる様子はない。


「数秒くらいで読めるなんて……そんな馬鹿な」


 改めて驚くと、


「父上の速読スピード半端ない上に、目を通した資料はすぐに脳内で情報として処理されてまとめられる。生き字引と呼ばれる由縁だ」


 さも当然と言わんばかりにリヒトが説明を加えた。


「賢者とは知っていたが、生き字引とは初耳だぞ……あんたも速読出来るのか?」


「あそこまでの域には達してない」


「経験値の差ですよ。そのうちリヒトも出来るようになります」


 にっこりとほほ笑む長殿に対して、リヒトは「………どうだか」と小さく疑るように呟いて、お茶を飲み始めた。長殿もお茶を取り出して飲み始める。

 一息ついたような二人をみて、あたしは首を傾げた。


「もしかして、あたしが来る前から報告会始まってた?」


 朝食済んで一時間後って聞いたつもりだったんだが……聞き間違えてしまったのか?


「いいえ」

 と長殿が否定し


「俺が勝手に早めただけだ」

 とリヒトが静かに呟いた。


 にこやかな長殿に対して仏頂面のリヒト。対極な表情の二人を眺めながら、あたしは「ふぅん」と声を出す。


「父との会話が待ち遠しかったということか」


 案外リヒトも可愛いところがあるな。

 と思ったら睨まれた。


「はぁ? なんで父上と会話を楽しみにしなきゃいけないんだ?」


「いやだって一年ぶり以上だろ? 家族に会えるのを楽しみにしていたんじゃないのか?」


 リヒトに「チッ」と舌打ちされた。

 なんなんだこいつ、照れ隠しにしては長殿の目の前で堂々と毒づいてるんだけど。大丈夫かこれ。


「リヒトは思春期真っただ中ですからね。丁度今、反抗期です。いつもの事。旅に出る前と変わってない……と言いたいですけど、柔和な感じになりましたよ」


 リヒトは長殿を睨みつけている。

 ほんと、メンドクサイ奴だな。


「まぁ、いいや」


 あたしはこの話題を切った。話が進まない。

 っていうか、どこまで進んでいるのか教えてもらわないと分からない。


「で、何を話せばいいの?」


 長殿に話を振ったのだが、


「普通に疑問をぶつければいいだろ、答えてくれるかどうかは知らない」


 返答はリヒトから来た。言葉に棘がついている。

 なんだか馬鹿にされたような気分になってジロっとあいつを一瞥した。


「あんたはもう何か聞いたのか?」


 当たり前だろと言わんばかりに「フン」と鼻で笑われた。

 流石にカチンときたぞ。

 あたしは握りこぶしを作りながら真顔でリヒトを睨む。


「殴って良いか?」


「喧嘩ならあとで相手になってやる。今は父上に疑問を投げつけろよ」


「………むぅ」


 正論だったので呻いた。

 長殿も忙しい時間を割いてこちらを優先しているはずだ。煮え切らないが、今は苛立ちをぶつける時ではない。


 あたしは深く深呼吸をして怒りを鎮める。眉間の皺は取れなかったので、同意を強調するために頷いた。


「それもそうだな」


「寧ろ、お前が質問できるのか疑わしい」


 スパン、と言葉で平打ちされた気がした。

 どこまであたしを馬鹿だと思ってるんだこいつ!


「言わせておけば……言って良いことと悪いことがあるだろてめぇ!」


 ギリギリと奥歯を噛みながら睨みつける。リヒトは横目であたしの様子をみて、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「何も考えていないように見え……」


 リヒトがハッとした表情になる。長殿を気にするような素振りをしながら、困惑したように視線を泳がせたあと、スッと表情が消えた。


 ほんの数秒の出来事だったが、不思議に思って、あたしも長殿を見た。

 長殿は好奇心が抑えきれないように目を爛々と輝かせ、若干こちらに前のめりになりながら傍観している。

 直視するのではなかった、あたしもスン……と無表情になる。

 

 長殿はあたし達を愉悦しているにも関わらず、すっ呆けたように軽く首を傾げた。


「おや? どうしましたか?」


 不思議そうに問いかけてくるので、「別に……」と、あたしとリヒトの声が重なった。


「私のことは気にしなくていいので、二人で話していいですよ」


 長殿はにやにやとしている。どうやら、なにか面白い余興をしてしまったようだ。

 まぁ。どの部分か知りたくもないけど。

 心が読める長殿にとっては、あたしの心情など手に取るように分かるだろうが、それを弄るような真似はしない……と思いたい。


 あたしはカップを持ちお茶を口に含んで口腔内を潤す。

 口いっぱいにお茶の香りが広がった所で、改めて長殿をみた。あたしが気持ちを切り替えた事を感じとったようで、長殿は姿勢を戻してスッと表情を消した。

 仕草そっくりだ。流石親子。


 うーん。リヒトはすでに質問しているはずだから、その確認だな。


「あたしの質問の前に、まず、こいつがどんな質問をしたのか、その答えが知りたい」


「旅の間に遭遇した災いについて討論しました」


 長殿はカップをテーブルの下の収納台に置きながら、思い出すように視線を斜め下に向けている。


「強さに差があること。依代に憑く期間が長期であるほど強靭になり、更には環境に影響を与えると報告を受けました」


「ほかには?」と促す。


「リヒトは一人旅の時は情報収集を中心にして貴女を迎えを優先しました。合流してから噂を確認するため場所を選別したようです。災いは時として国を滅ぼすほどの力があります。万が一を考慮してどちらかが生き残り、私伝えるよう考えていたと思います」


「……んぐっ」


 左側から変な音が聞こえたが、多分、リヒトがお菓子を喉に詰まらせたみたいだ。美味しいからって急いで食べなくてもいいのにな。まぁ、無視しておこう。


「魔王と戦って思ったが、万が一にどっちか生き残るのは重要だな」


「一人で戦わないこと。という、私の忠告をしっかり守ったようです」


 思い当たる節があるので、「あー」と声を上げる。


 村から出発して食料などの必需品を揃える以外は、災いの噂がある村や町にまっすぐ向かっていた。前もって調べていて目星をつけていたからだろうな。


 あたしに調べろと言っていたのは、その場で情報を得たという印象を与えるためかもしれない。苦労しているところ人に見られたくないタイプだし。


 そしてあたしは地図は読めるけど土地勘が全くないから、旅の経験値を得ているリヒトの意見に沿って移動していた気がする。


「なるほど。こっちをわりと気にしてくれているのか。意外だった」


 リヒトがまたむせている。久しぶりの母親のお菓子だからといってがっつきすぎだ。急いで食べるなって言ってやった方がいいのだろうか。


「そのようです。無駄足を踏むのが一番嫌いな子ですからね。懸命な判断で喜ばしい限り」


 深く頷く長殿。

 目尻がにやけているのは何故だろうか。

 不気味だ。


「リヒトは情報収集をしているうちに期間と被害規模に着目しました。噂が出始めた地域を狙って移動したのもそのため。いきなり強敵に当たって全滅するのを避けたみたいです」


「あー。そんな気がするなぁ」


 思い当たる節が沢山ある。生き残るためにかなり気を使ってくれていたということか。


「ヂヒギ村についても。様子を見れるなら見るようにと指示をだしていましたから」


「え? いつの間に?」


ラップテリヴィッカ(伝書駿鳥)です。ご存じありませんか?」


 あたしは腕組みをして考える。


「みたことはないけど、知ってる」


 ラップテリヴィッカは伝書を速く届ける専用の小さい鳥型の妖獣である。サイズは20センチで38キロから41キロの手乗りサイズだ。黒い翼にオレンジ色の胴体、目を通る過眼線が黒く、くちばしが猛禽類に似た先が曲がった形をしている。


 元の生物は渡り鳥のテリヴィッカ。

 この小さな鳥は様々な音を記憶する能力があった。そこに目を付けた先人が伝達に活用できないかと様々な実験を行った。

 風の鉱石と水の鉱石を砕いて餌に混ぜて与え身体能力を強化する。人の顔と声を覚えるように訓練する。野生で生きられないよう内臓に手を加える。最後は人を信頼するように教育したそうだ。


 そうして改良された鳥は届けたい相手の元へ飛んでいき音声による伝達を行うようになった。ラップテリヴィッカ……通称ラップは、人の生活のために改造された妖獣である。


 それを聞いたときにふと思った。

 もしかしたらほかの妖獣たちも、元々は人が創り出したモノなのかもしれないと。


 話が脱線したが、どうやらリヒトは定期的に長殿と連絡をしていたみたいだな。



読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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