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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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モーニングスナック ②

 本日の予定は長殿と話をすることなので、朝食を済ませて二時間後に書物室に行く。

 玄関から廊下が伸びて左に折れ曲がると中央の階段があり、そこから左右に廊下が分かれて左側を進み、更に左側の廊下の突き当りに書斎室があった。

 廊下長いし、大きいなこの家。


 旅服に着替えたあたしは約束の時間ピッタリに一番奥の部屋のドアをノックした。

 はいどうぞ、と返事が返って来たので重厚なドアを開けて書斎室に入る。いやほんとうに重厚な鉄のドアだ。五センチ幅くらいありそうだぞ。


 うお……なんだこれ。ここはやっぱ図書館か?


 一軒家の書庫というレベルではない。規則正しく並んでいる本棚は二人分のスペースで等間隔に置かれて奥まで続いている。十棚以上はありそうだ。窓はなく、壁に囲まれているがその壁にも本が埋め込まれている。窓がないから湿気ていたり埃っぽいかと思えばそうでもなく、掃除が行き届いているような新鮮な空気である。


 ドアのすぐそばに休憩スペースを設けているのか、広いテーブルと三人掛けのソファーが二脚、対面で置かれている。

 なんか、本の群れの中にテーブルと椅子が置いてあるだけって印象だ。


 テーブルの傍には配膳用ワゴンがあり、アフタヌーンティーセットがあるので、あのスペースで飲食はできるみたいだ。

 床の色が二色だな。本棚の方は濃い青色で手前の休憩スペースは白色になっている。白色の床の上なら食べていいってやつかも。


「待ってたよ」


 長殿の柔和な表情が飛び込んできた。

 誰が来てもすぐわかるためか彼はドアの方を見るように座っている。三人掛けの黒いソファーの真ん中にどっしりと座り、膝高さの黒くて幅の長いテーブルの上に、本や資料が乱雑に敷かれていた。


 その反対側に同じ色のソファーがありリヒトが左端に座っている。あいつは振り返りもせず下を向いている。ぱら、ぱら、と紙をめくる音がするから多分、本か資料か読んでいるのだろう。

 小さな音すらもよく響くなんて、ちょっとしんどい空間だなぁ。


「座りなさい」


 長殿が座るよう手で椅子を示した。

 あたしが棒立ちだったから気になったのかな。

 示された場所はリヒトの隣だ。あたしは空いている右端に座ると、丁度一人分の空間が真ん中に出来た。よし。配膳ワゴンが横にあるぞ。

 長殿はそれを見て苦笑を浮かべているが気にしない。


 スペースあるんだからあいつの隣に座らなくてもいいだろう?

 それにしても……テーブルの上には本や紙が山積みだ。これ全部目を通すのかと思うと気が重くなる。やれと言われればやるけど、正直、気乗りはしない。


「安心してください。貴女が全部読めると思っていませんので」


 長殿が更に「リヒトに読ませるためですから」と付け加える。


 表情出してないはず。考えていることは分かるってアピールしてきやがったぞ。

 いやだなぁとあえて苦虫を潰したような表情をすると、長殿がくすっと笑ってから、配膳用ワゴンを示す。

 「こちらは妻からの差し入れです。ここは飲食して良いスペースなので遠慮なくどうぞ」

 「やった!」


 思わず本音。

 本心読まれてるなら隠さなくてもいいや。


 やったー! クッキーやマドレーヌ、ビスコッティ、ブラウニー、スコーン、サンドイッチまで籠に彩りよく飾られてある。まるでアフタヌーンティーのようだ。早く食べたいー!


「おそらく行くことはないと思いますが、床の色が違う場所からは飲食禁止なのでご注意ください。うっかり持ってはいたら怒ります」


「そうだと思った」


 あたしはそう返事をしてから、座ったまま配膳用ワゴンに視線を向ける。お茶が入ったポットと、お菓子が入った籠とカップが置かれていた。立ち上がって中身が入ってないカップを持ちあげながら、チラリとテーブルをみる。


 あたしの前には何も置かれていないんだが、あそこに置いていいのかな。

 チラリと長殿を見ると、彼は「ここに」と足元を示す。

 少し身を屈めてテーブルの裏を覗くと、スライド式の小さな正方形の台があった。カップと皿が置けるスペースのようだ。凄いんだけど。


「これは便利」


「話は長くなります。好きなように飲食してください」


 許可をもらったので、早速配膳用ワゴンの上でポットからお茶を注ぐ。ふわっと紅茶の匂いが広がって少しリラックスした。


「いい匂いだ」


 カップに鼻先を近づけて匂いを嗅いでいると、


「それは良かった。妻が自分の好きなお茶を入れてくれたみたいで、気に入るかどうか心配していた。そんな必要ないのに彼女はいつも人のことを気にかけていて素晴らしい女性です」


 長殿が惚気てきた。


「あとでお礼を言います」


 ついでにお茶の名前も聞いておこうと思いながら、席に座って台にカップを置く。次は食べる物を選ぶために腰を浮かせたが、ふと、端っこに居るリヒトに目が留まった。あいつはお茶を用意していないようだ。


 配膳用ワゴンはあたしの横にあるから……っていうか移動させたくないんだよな。好きな時にお茶とお菓子楽しみたいから。


「おい。茶いるか?」


 あたしが呼びかけると、リヒトがぴくっと肩を動かしてこちらを見た。ジト目が物語っている。かまうなと。


「そっちにワゴン渡すのが嫌だから注いでやるよ」


 お構いなしにとぽとぽとカップにお茶を注いでから、真ん中にあるスライド式台を出してから、その上に置いた。ついでに好きそうなサンドイッチを小皿の上に置いておく。

 これであいつの用意はいいな。あたしは何を選ぼうか。


 マドレーヌ、ビスコッティ、ブラウニー、スコーンを一つずつ小皿に乗せて、ソファーに座ってからスライド式台の上に置く。


 まずはお茶を一口。花の香りが口腔に広がって鼻腔に逃げる。ダージリンとジャスミン茶のブレンドかな? さわやかな渋みに花の甘い匂いが加わってる。渋みを消すのにマドレーヌを……最高だな!

 

 マドレーヌはしっとりとした触感のバター風味、砂糖たっぷりの甘さがあるが、くどくない。

 お茶と交互にすれば無限に食えそうだ!


 ビスコッティのザクザクした硬い触感にアーモンド味、ブラウニーのふんわり触感で甘さ控えめ、スコーンのサクサクにフルーツがある。

 やめられないとまらない味だ!


 ほくほくと食べていると、二人の視線がちくちく刺さってきた。

 顔を上げると長殿と目が合う。彼は笑いを堪えるように口を一文字に結んでいた。

 物言いたそうなので、「なにか?」と催促してみると


「それも……お菓子も妻の手作りだから、美味しかったら遠慮なく食べてほしい」


 言葉が揺れている。笑いたいのをぐっと我慢して喋っているようだ。

 はて、そんなに笑うような真似してるかな?

 あっちのツボがわからないので無視しよう。


「あとで作り方を聞いてみよう」


「ぜひ。妻はとても喜びます」


 長殿が満面の笑みを浮かべた。ネフェ殿を褒められるととても嬉しいようだ。愛妻家だな。


 あたしはコクコクと頷いて立ち上がる。お許しを得たので心行くまで食べるつもりだ。朝食は済ませているが、すでに一時間経過しているので小腹くらいは空いている。

 

 配膳用ワゴンから全種類を、一つずつ小皿に入れると、空になったカップにお茶を注いだ。席に座ったらすぐにマドレーヌを口の中に入れる。甘くてサックリした味が口いっぱいに広がって幸せだ。

 でもなんとなく母殿と味が似てるかな。こっちの方が遥かに美味しいけど。


「リーンに教えたのは妻だと聞いたことがあります」


 長殿から説明が入る。サトリだと知っているから遠慮なく読んでもいいよねって、態度で示している。勘弁してほしい。不服はあるけどまずはお菓子を食べるのが先決だ。


 あたしが反応を示さなくても、長殿は何も言わず、どちらかというと愛おしそうな視線を向けている。


「そうやって一心不乱に食べている所をみると、ファスとリーンを思い出します。旅をしていたとき、お菓子の材料を手に入れるとネフェはすぐ作っていました。二人が取り合いしているのは日常茶飯事でしたねぇ。もごもごとリスのように頬を膨らませていました。懐かしい」


 独白のような、思い出を懐かしむように語る長殿。あたしを通して親父殿や母殿を見ているようだ。

 食べ方が似てると暗に言われているのでちょっと複雑だ。もっと上品に食べるべきかな。

 そう思うだけで食べるのをやめない。

 テーブルの上にある資料を見ることなく、お菓子と紅茶に舌鼓をうっていた。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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