表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
206/279

モーニングスナック①

 しんと静まり返った世界だ。耳がキーンと鳴りそうなほど静寂が包み込んでいる。

 サクサク、と雪を踏みしめる音が窓の外から小さく聞こえてきて、あたしは目を覚ました。


「……うわ!?」


 まず壁一面の本棚に驚いた。本が落ちてきそうな気がしてくるが、錯覚なだけで本はそこに収まっている。


 図書室……?

 いや違った。ここは賢者ルーフジール家の客室だ。


 夕食のあとに風呂に入ってから、そのまま部屋に戻ってベッドに寝ころんで、周囲が安全だと認識した途端にそのままぐっすり寝ていたみたいだ。

 栄養のある食事を沢山振る舞われ、安全な寝床で眠ったので、疲労感もなく快適な目覚めが出来た。

 お休みの挨拶してなったなーと思い出しながら、本棚をしばし眺める。


 ざっと見ると、歴史書と恋愛小説っぽいタイトルと推理小説っぽいタイトルが目立つ。一冊完結ではなく、シリーズモノが置かれているようだ。


 あたしはベッドから起き上がり真横にある本を見つめる。コディックス装……冊子本だな。あたしの里では巻子装や折本が主体だ。敵の潜伏している地理というか、籠城の見取り図というか、戦略構図というか、パッと全体をみたい時に巻子装に書かれるんだよな。


 でも大人たちが商人と取引する際には、冊子本を使ってるのは知ってる。冊子本を使う地域が多いからそれに倣っているそうだ。


 さて、この部屋に置いてあるのはどんなモノなのだろう。

パッと目についてた一冊を取り出してみる。縦29センチ、幅21センチ、厚み10センチ。何気に取ってみたけど、結構大きいぞ。

 表紙は薄い木材のようだな。ニスが塗っているので艶々している。


 タイトルは『愛のマスターは心を動かす戦略をたてる』と書かれている。ネフェ殿の趣味かな?

 明らかに恋愛モノだが……興味はある。ちょっとだけ読んでみるか。


 開いてみたら、明らかに手書き写本だった。綺麗な文字が真っすぐ均等につづられていて読みやすい。

 もしかして、ここに置いてある本は全て手書きなのだろうか?


 活版印刷が出てくるようになって数十年経過するというが、それで書かれたモノを目にするのは王都やその周辺くらいなもんだ。確か、パールライバトル家が創り出してそこと取引している商人が使っているとかどうとか……まぁどうでもいいか。

 この辺りだと書き写しが主流かもしれないな。


 っていうか、この本、ちょっと読んだだけどもキス描写多いな。出会い頭に衝突してキスしたとか、どうしたらそんな展開になるのか謎だ。理解できない。


 あたしはそっと本を収めた。

 他のジャンルないかな。武術本は期待しないけど、薬学とか妖獣の生態図鑑とかあれば読みたい。


 本棚を見上げて、ぼやりとタイトルを眺めていたら、ふと時間が気になった。

 室内がとても暗いのだ。少し長く寝た気がするんだが、もしかしたらまだ夜更けかもしれない。


「えーと……今は何時だ?」


 室内時計は午前五時半を示していた。

 それにしては暗いなぁ。

 立ち上がって窓のカーテンを開ける。


「なるほど、薄暗さはこれが原因か」


 昨晩よりも更に雪が積もって真っ白……どころか、窓半分埋もれていた。日光が遮られている。


「雪深い……里よりも積雪量ありそう」


 カーテンを閉めてから光輝石の明かりをつける。

 朝食時間は七時だって言ってたから、着替えるため鞄を漁った。


「室内着でいいかな」


 あたしは黒い長袖のシャツとズボンの室内着にした。この家は快適な暖かさを保っているのでラフな姿でも大丈夫だ。朝食を終えたら旅服に着替えよう。


「さてと。まずは体をほぐすか」


 本棚とベッドと机と簡易クローゼットがある客室の中で、何も置かれていない空間は人一人寝そべられるくらいの小スペース。だけどもストレッチぐらいは余裕で出来た。

 体操をして武器の手入れを終えてから、リビングに向かった。


 足元が若干明るいだけで通路は暗かった。特に明かりもつけずに歩いていると、階段の近くでネフェ殿を見つけた。寝巻にポンチョを羽織って歩いている。

 足音を殺しながら歩いていたので急に声をかけたら驚いてしまうだろう。

 少し遠くから呼びかけようとしたが、その前にネフェ殿がこちらを振り返った。


「おはようミロノちゃん。早いわね。疲れはちゃんととれた?」


 にこり、と微笑んでから、あたしの所へ歩いてくる。

 あたしは立ち止まり、深く頭を下げて「おはようございます」と挨拶をした。


「ごめんなさいね。みんな起きてくるのは大体六時だから、朝食は今から準備するの」


 なんで朝早く動いていると腹が減っていると思われるのだろうか……解せぬ。


「いえ大丈夫です。むしろ、今から朝食を作るなら手伝います」


 ネフェ殿は好奇心に輝く瞳になると「あら?」と尋ねるような声を出した。


「………ほんと? 料理一緒にしてくれるの?」


 頷くと、ネフェ殿の表情がぱぁぁぁと明るくなった。


「わぁ。とても嬉しいわ! 是非手伝って!」

 

 ネフェ殿がウキウキしながらリビングの扉を開けて中に進む。昨晩、ここで食事をしたなと思いながらついて行き、奥側のドアに入った。

 天井に設置されている輝石ランプが灯ると台所がお目見えした。広々としたシンク、鉱石が使用された調理器具や保存庫がある。中流階級や大きなレストランが設備しているレベルだ。

 一言で表現すれば至れり尽くせり、かゆいとこに十二分に手が届くように計算された台所である。

 毎日綺麗に掃除されておりピカピカしていた。


「これは凄い……母殿と大違いだ!」


 感激して余計なことを口走ってしまった。

 母殿は整理整頓が苦手で尚且つ掃除も苦手。シンクやコンロに料理カスや油がこびりついていてとれない。お世辞にも綺麗とは言えない台所ばかり見ていたので、驚いてしまうのは許してほしい。


「リーンはまぁ。仕方ないとして」


 仕方ないと片付けられてしまった。


「この台所は全部、ルーが作ってくれたのよ。私が料理するの好きだって知ってるから、使いやすいように考えてくれたものなの」


「え、すごっ」


「ええ。鉱石扱うの長けてるし、コンクリート作ったりゴムを精製したりで、これもこれも手作りよ」


「器用だな長殿。それにしてもこの造り……ニアンダ殿の台所と似ている」


「勿論、義妹の台所もルーが嬉々として作ってたわ」


 ネフェ殿は早速いくつかの野菜を取り出し洗い始める。


「鉱石関係で何か作るのがすごく好きみたいよ。ミロノちゃんも何か作って欲しい物があったらお願いしてみるといいわ」


「え、なにそれこわい」


 長殿に頼み事だなんて、どんな等価交換言われるか分かったもんじゃない。


「これとこれはサラダね。あれとそれはスープ用で。こっちはお肉の付け合わせ。ざくっと切って頂戴」


 ネフェ殿が洗った野菜を指し示した。

 あたしは包丁とまな板の場所を聞いて取り出すなど準備を行う。


「ざくっと?」と聞くと、「ざくっと」と指示がきた。


 とりあえずスープに使う野菜は銀杏切と斜め切り、肉に使うのは短冊切りにしておいた。

 味付けや細かい仕上げはネフェ殿が担当。母殿と比べ物にならないほど丁寧な手さばきなので、あたしは目で見て勉強する。


 スープを煮込んでいたネフェ殿が「そういえば」と話を振ってくる。


「ミロノちゃんの得意料理はなに?」


「焼く事かな? 野宿する時に獲物仕留めて食べるときは大抵焼くから」


 するとネフェ殿は保存庫へ移動して何かを取り出すと、スッ、とあたしに差し出した。

 豚肉のブロックである。

 あたしが不思議そうに受け取ると、今度はフライパンを渡された。

 片手に肉、片手にフライパンを持たされた。

 いやこれ、もう作れってことだな。

 

「私、ミロノちゃんの手料理、食べたいなー」

 

 とネフェ殿が楽しそうに微笑む。

 期待の籠った視線を送られ、あたしは半分ため息のように相槌を打った。


「はぁ………不味くても、いいのなら」


「もちろーん!」


 元気に即答された。

 手伝うといった手前、断れない。


 肩ロースのブロックは、一人分の厚さに切ったあと最小限に筋切をして、塩コショウをしてしばし寝かせたあとで、弱火でじっくり焼く。 

 塩コショウのみのシンプルな味付けだが焼き上がった。


 味見してもらうため肉を一切れ皿に乗せてネフェ殿に渡すと、彼女はすぐにフォークで刺して口の中に入れた。もぐもぐしながら口元を綻ばせる。


「んん! 肉汁しっかりある! 噛み切れる! シンプルな味付けだけど凄く美味しい! オッケー!」


 褒められた。

 あたしも一口食べる。まぁまぁだな。


 ネフェ殿が出来上がった料理を皿に移し始めた。これは手伝わなくていいと言われたので眺めている。


「これブロックだけど、実際には解体してから作るんでしょ?」


「そうだ。血抜きして皮から剥いで内臓とって、一通り工程を終えてから調理になる」


「凄いわー!」


「いや。これが出来なければ野宿できないので」


「うんうん、よかった。リヒト君に良い人出来て」


 誤解を招くような言い方をされた気がする。

 まぁでも、ネフェ殿はそんな意味で言ったわけではないだろう。


「それよりも、料理をご教授願いたいものだ」


「私は香辛料を凄く沢山使っちゃいたい人だからね。美味しいって言われるのはそのせいかも。サバイバルには向かないと思うなー」


「そうか。残念」


「レシピあげるから落ち着いたら作ってみて。あと、またこうやって料理手伝ってくれると嬉しいな」


 ネフェ殿は最後の一品をさらに盛りつけた。主菜・副菜・スープ・デザートが揃っている。

 好きな量を自分で取り分けられるように大皿に入れている。量から推測すると、ここの人達はあまり食べないようだ。


「ふふふ。ミロノちゃんのご両親は沢山食べるものね。この三倍くらいは必要かしら」


「ああ、実家だと足りない。あたしが一番小食……」


 無言なのに会話がっ!

 慣れない!


「あ、そろそろ六時ね。みんな降りてくる頃よ。ではでは、料理持って行きましょうか」


「分かった」


 大皿を隣のリビングに運び、取り皿やらコップやらをテーブルにセットした。

 一通り準備が終わった頃、クルトとリヒトがやってきて席に座り、最後に長殿が席に座ると、朝食が始まった。

 肉料理はあたしが作ったとネフェ殿が大々的に宣伝したために、長殿とクルトから多いくらいの賛辞がきて、悪い気はしないが……正直ちょっと困ってしまった。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ