ユバズナイツネシス村へ帰郷⑨
腹が満たされたので、ネフェ殿との会話を思い出してみる。
母殿と同姓同名と言っていたな。ってことは、ルーフジールになる前も同じ家名だったのかな?
あたしは母殿の家名は知らないし、教えてもらえなかったから、ちょっと気になるかも。
「そうね。リーンは実の両親を嫌ってたから話さないのかも。だからミロノちゃんも知らない方がいいと思うわ」
ネフェ殿から唐突に返答がきた。
あたしはぴたりと食べる手を止めた。ナイフを持つ手がかすかにふるえてしまう。
「ネフェ殿もサトリか……」
「ええ。この家では一番弱いけども、それでもニアンダちゃんよりは強いわよ」
あたしは思わずクルトを見る。クルトはぎょっとして目を見開いたが、すぐに平静な顔になると頷いた。
「……はい。僕もです。母上よりは強いです」
「でも安心してね! プライバシーは読まないし読んでも口外しないから」
ネフェ殿が愛想良い笑顔を浮かべているが、あたしはとっても背中が寒い。
考え事が筒抜けなら、変な事を考えられないな。妄想とかも止めておこう。
「ミロノちゃんも妄想するの?」
キラキラした目で聞き返された……。うぐぐぐぐ……丸裸とはこの事か。
若干、居た堪れない気持ちになったが、スルーした。
あたしの考えることってどうせ戦うことだし。
一通り皆の食事が終わると、ネフェ殿が食器を重ねて持ち上げる。あたしが手伝おうとすると手で制された。仕方なく座ると、代わりにクルトが立ち上がり食器を持ち上げた。
二人はそのままリビングの奥へ行くと、クルトだけはテーブル拭きを持って戻ってくる。ささっと手際よくテーブルを綺麗にすると、
「お待ちかねの誕生日ケーキですよー」
ネフェ殿が直径20センチのワンホールのショートケーキを持ってきて、テーブルの中央に置いた。
甘い匂いがふわっと香る。
リヒトがゲッという表情をする横で、
「蝋燭刺すね!」
クルトが15本のロウソクを刺していった。ロウソクを全部刺したところで長殿が手を叩く。
パッと火が付いた。
あれ? 詠唱やってないぞ?
驚いて瞬きをすると、リヒトの口が小さく動く。
「いや、やっている。お前には音ですら聞こえないレベルだ」
「成るほど」
流石、賢者だ。感興が赴く。
次にネフェ殿がパチンと手を叩くと明かりが消えた。すごいな。
「準備が出来たわね! で~は~、お誕生日のリヒトくんとミロノちゃんでケーキのロウソクを『ふー』って消してね!」
「あんたに任せる」
即座に真顔でリヒトにパスしたら、
「<風よ 息吹を減らせ>」
リヒトはすぐに風でロウソクを消した。
「ああああああああああああ! リヒトくんのばかあああああああああ!」
ネフェ殿が悲しみの悲鳴を上げながらリヒトの頭を叩いた。いたいと呟きながらリヒトは叩かれた頭を撫でる。
「楽しみにしていたのにいいい!」
両手で顔を覆って膝を抱えて、びえーと子供のように泣きだしたネフェ殿。クルトがすぐに駆け寄ってよしよしと宥めながら、
「兄上、大人げない、メッ! ですよ」
と、リヒトを軽く叱った。
ネフェ殿の泣き声が小さくなったところで、クルトがあたしに視線を向けながら立ち上がる。
そして丁寧に一礼。
「ご挨拶が遅れました。僕はクルト=ルーフジールといいます。両親や兄上と親しいようですが、僕とは初めてですよね? 簡単でよろしいので自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?」
色んな事をすっ飛ばしてしまったけど、まずはここからだよな。
あたしは椅子から立ち上がり、一礼する。
「あたしはミロノ=ルーフジール。あいつと旅をしている者だ。剣術を嗜んで……」
「なるほどわかりました。武神の一人娘だと、父上からお聞きしたことがあります。兄上と同様に、呪いを受け継いだ方ですね。この度は不本意な討伐任務を背負わされてしまい、さぞ心労が大きかったでしょう。貴女が休息できるよう配慮します。なにか困ったことがありましたら遠慮なくおっしゃってください」
「あんたの実年齢いくつだ?」
丁寧な言い回しに感謝を述べる前にツッコミしてしまった。
「十歳です」
「あんたみたいな十歳いるわけがない」
「誉め言葉と受け取っておきます」
さらっと受け流した。この態度、間違いなくリヒトの弟だ。目つきといい仕草といいそっくりだ。
違う点と言えば、弟の方が物腰が柔らかで人当たりが良く皮肉な感じが全くしない。
あたしはリヒトを見ながらクルトを指し示した。
「そっくりだなあんたら」
リヒトが面倒だと目を細めてから、皮肉な笑みを浮かべた。
「……誉め言葉だ」
「同じセリフでも全然印象違うぞ。まぁ、よかったな。兄弟仲良しじゃないか」
「どうだか」
冷たく一蹴するリヒト。
素直じゃないなと肩をすくめる。
「お二人とも仲が良いですね」
クルトが無邪気に話しかけきたので、あたしとリヒトは同時に「違う!」と怒鳴ったのだった。
こうして、なんだかんだで和やかなパーティーをしながら、夜が更けていった。
読んでいただき有難うございました!
次回更新は木曜日です。
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