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わざわいたおし  作者: 森羅秋
第四章 賢者ルーフジール
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ユバズナイツネシス村へ帰郷⑦


「遅くなりました」


 リヒトがノックをして一言断りを入れてからドアを開け中に入る。あたしもその後に続くが、中は真っ暗だ。何事かと怪訝に思った瞬間、パッと明かりが灯った。


――お誕生日おめでとう!――


 低音ボイスとソプラノボイスが折り重なった声がリビングに響く。

 次いで、バースデーパーティには欠かせないBGMが流れた。


 リヒトは大きく息を吐きながら前へ進む。

 あたしはドアをゆっくりと閉めて、その場で立ち止まり、腕を組んで様子を伺う。


 リビングは大変広い。10人ほどが訓練できるほどのスペースがある。

 左側に大きく黒い装飾がついている暖炉。

 暖炉の両脇には天井まで届く高さの本棚があり、年代物っぽい本が整頓されている。

 右側に小さい窓が十間隔に五つ。奥のドアは多分台所。窓側の壁に棚があり、こちらは食器やら装飾やら飾りを展示する用に置かれている。

 中央に六人掛けのテーブルがある。これでもかと置かれた豪華な料理がこれでもかと置かれていた。


 テーブルを挟んだ右側に長殿、左側に女性と子供が立っている。笑顔を浮かべて、パチパチと拍手をしていた。


「リヒトくんおかえりいいいい!」


 灰色のワンピーススカートにポンチョを羽織っている四十代前半の女性が、歓喜極まったように目をウルウルさせてリヒトに駆け寄ってきた。


 彼女は長い金髪でやせ型、白い陶器のような肌をしていた。眉は細くまつ毛は長い。やや垂れ目で紫色の目をしている。鼻筋が通っており、ぷるんとした唇を持っている。

 どことなく似ているので、母親だとすぐに分かった。


「待ってたよおおお!」


 足首まであるふわふわ灰色ロングスカートが膝まで浮かび上がるくらい、バタバタと走り、勢いに乗ってリヒトに突進した。

 リヒトの背中に両手を回して捕獲しつつ、熱烈なハグをする。


 後ろから見るにはもったいなと思って、あたしは右側の壁に移動。二人の真横の位置で鑑賞する。


「会いたかったああああ!」


「母上」


 リヒトは心底嫌そうな表情を作っているが熱愛ハグを受け入れていた。表面上はどうであれ、母親に会えて嬉しいのだろう。

 リヒトの方が身長が高いので、リヒト母は多分160センチくらいかな。

 リヒト母はメソメソと泣き出しながらも、渾身の力で抱きしめる。


「無事でよかった! 元気そうで良かった! ここにちゃんと帰ってきてくれて良かったぁぁぁ! 嫌気がさして戻ってこないかと不安だったのよおおお」


 涙でぐしゃぐしゃな顔を胸に押し付けられたリヒトは、迷惑そうな表情になって母親を引きはがした。


「うえええ。も、もう少し抱きしめさせてえええ。久しぶりの我が子の感触おおおおっ」


 情けない表情のリヒト母。しかし愛らしい。

 小動物を人間化したらああなるのかな。


 リヒトはため息をつくと、二歩ほど下がって距離をあけた。


「俺は元気ですから離れてください。まだ入浴を終えていませんので、汗臭い匂いを嗅がれたくありません」


「ううう。汗の匂いくらい大丈夫なのに……リヒトくん相変わらずクール」


 リヒト母は……確か、母殿と同じネフェーリンだったかな。なんて呼ぼうか……奥方殿でいいか。


 ハンカチで頬を拭いている奥方殿の後から、十歳ほどの少年が歩いてきた。丈が長いシャツとズボン、そして前にボタンついているポンチョを羽織っている。


「おかえりなさい兄上」


 ショートカットの赤髪。あどけない顔にもちっとした頬。吊り目ぎみな赤目には意志の強さが伺える。長殿そっくりであり、リヒトの幼少期を彷彿とさせた。

 ほんっと、遺伝子強いな。

 リヒトの胸下あたりに頭がくるから、130センチくらいかな?


「ただいま、クルト」


 リヒトが軽く微笑んだ。


「お勤めご苦労様です。ご無事で何よりでした」


 おおお? 初めて笑った表情見たような気がする。あれが兄の顔なのか。


 観察していたらバチっと目が合った。すぐにバツが悪そうに視線を避けられる。


 ありゃ……あとで揶揄われると思ったっぽいな。

 単に兄弟がいる家庭が珍しいから見ていたんだけど。

 あたしは一人っ子だから新鮮なんだよなー。


「あとで旅のお話を聞かせてください。あと、兄上が留守の間に起こった出来事も記録しています。あとはえっと。弱い妖獣ですが一人で倒せるようになりました。あと、ええと、えっと」


 言いたいことが一杯あるようで、あれやこれやリクエストをしている。年齢のわりに大変礼儀正しい仕草だ。


「それは後だ」


 リヒトがクルトの頭にポンと手を置いて制すると、「はい! またあとですね」とクルトがはにかむ様な笑顔を浮かべた。

 兄弟仲も良好だな。


「ところで母上。テーブルのあれは?」


 涙が落ち着き鼻をすすり始めた奥方殿に向かって、リヒトがテーブルの料理を示す。


「帰郷を労うのなら兎も角、誕生日を祝う理由は? 俺の誕生日はまだ来ていません」


 リヒトの冷静なツッコミを聞いた奥方殿は、眉間に皺をよせて、鍋が生煮えだった時のような渋い反応を見せる。


「そりゃ、もうすぐ十六歳になるけども、その前に十五歳のお祝いをやってないじゃない。だからやっちゃおうと思って」


「はぁ…………そうですか」


 全く乗り気ではないリヒトの態度が気に入らなかったのか、奥方殿はぷうっと頬を膨らませる。可愛い仕草だなぁ。


「『そうですか』って、子供の誕生を祝うのがそんなにオカシイのかしら?」


「いえ。相変わらずだなと思って」


 なんとなく『相変わらずどこかズレてる』と思っている気がした。


 この辺のズレは母殿とそっくりだ。思い立ったが吉日。そして記念日やパーティなどは日を改めても年数が経過しても必ず行うし隙あらばねじ込む。当事者が忘れた頃に行ったこともあった。


「もう少しリアクション欲しいよぉ。母はリヒト君の帰宅を楽しみにしていたのに……すぐにパーティして驚かそうと思ったのに……。この薄情者。そんな息子に育てた覚えはありません!」


「いえ…………驚いています」


 取って付けたような――口から出まかせだなとすぐにわかった。

 案の定返答が気に入らなかったようで、奥方殿はキリっとした表情になる。


「もうもうもうもう。誕生日祝いたかっただけなのに! ありがとうの一つもないのかしら!?」


 怒っているが、ぷんぷんな感じで可愛いな。この人の年齢いくつだっけ?

 怒りの沸点は母殿と同じだが、怒り方が天と地の差だなぁ。


 リヒトがゲッと嫌そうに眉をひそめたときに、


「母上、母上、兄上はお疲れなのです。おなかもすいているからリアクションが薄いのです。感動の再会は適度に済ませもうパーティーを始めましょう! ですよね兄上!」


 クルトが助け舟を出した。気づいてほしくてウィンクをパチパチとしている。

 リヒトは目を細めながら少し間を開け、大きいため息を吐いて片手でお腹を押さえた。


「道中ずっと歩いてきたので、お腹空きました」


 クルトの案に乗っかったようだ。


「そうね! お腹空いてるわよね!」


 我に返ったように目を見開いた奥方殿は、両手を口に当てワタワタと体を左右に振った。精神状態がよくわかる動作だ。


「いやだ私ったら。じゃぁリヒトくん座って食べましょう!」


 奥方殿がリヒトの腕を引っ張ってテーブルへ歩かせると、それに習ってクルトも彼の腕を引っ張って連行する。


「兄上こちらへどうぞ。僕の隣です」


「ダメよ。リヒト君の隣はお母さんの!」


「ひっぱるな二人とも!」


 微笑ましいイベントが発生してるなー。

 笑いを噛み殺しながらニヤニヤしてしまった。

 誕生日か。そういえばあたしもあったなー。道中で歳が変わったので実感ないけど。

 里にいたら親父殿と母殿が色々ご馳走用意してくれたんだろうなぁ。武器材料レシピ&素材回収の地図とマズイご馳走……うん、誕生日に里に居なくてもいいや!


「大丈夫ですか?」


 目を瞑って思い出していると、誰かにポンポンと頭を撫でられた。


「……ん?」 


 右上を見上げると――長殿が居る!?


「!?」


 反射的に手の届かない距離を取った。


読んでいただき有難うございました!

次回更新は木曜日です。

物語が好みでしたら何か反応していただけると創作意欲の糧になります。

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