しゅくだい!
このところ胃痛、頭痛が交互にきてて、遅れました…。
回復しましたのでご安心を。
新章の始まりです。
16/8/23 民兵の扱いと立場、評価などを追記。
美しく才知溢れる彼女に、あの場所は相応しくない。
誰でもいい。
私以外の誰でもいいから、彼女をあそこから救い出してくれないだろうか?
誰でもいいわけじゃない。あいつ等はだめだ。
あの人はいいかも?
いや、ダメだ。もっと素晴らしい人でないと。彼女は相応しい人物はそうそういない。
出来れば私が、彼女に相応しい人物に成れればいいのだが……。
そんな思い叶わないって、生まれも人生も仕事も財産も言っている。
だから――。
私は『彼ら』の要求を呑んだんだ。
* * *
ブッピガァーーンッ!
運動大会を前にしたエンディアンネス魔法学園の時計塔。ちょっと曇りがちな空の下で、奇妙な音が鳴り響いた。
なんとも言えない複合音を出したモノは、アザナの作った小型ゴーレムだ。
とんでもない音を出しつつ立ち上がった、膝丈ほどの小型ゴーレム……ゴーレム?
なんというかやたらと凝った鎧姿のゴーレムをオレは指差し、作り主のアザナに尋ねる。
「おい、なんだよこの音?」
「起動音です」
ブッピガァーーンッ!
再び複合音を発し、意匠の凝った鎧を付けた小型ゴーレムが武器を振り下ろすポーズを取った。
「また起動音がしたぞ」
「いえ、これは攻撃音です」
「使いまわしじゃねーか……」
攻撃を終えて満足したのか、小型ゴーレムは待機状態に戻った。
「で、わざわざオレを呼んで、コレを見せた上に愉快な音まで聞かせたのはどういう理由だ? もしかしてゴーレム合戦でもやろうというのか?」
だとするとオレは少し不利だ。
オレはあまりゴーレム製作が得意ではない。いや、学園でも成績上位の内だろうが、こればかりは天才とか怪物とか言われる範疇ではない。
ゴーレム製作は成績が良い。ゴーレム制御は学年トップって程度である。
ところがアザナはどちらも天才と言っていい。特にゴーレム製作はヤバいの一言だ。
この時間軸ではまだだが、将来はゴーレムで多彩な兵科を作り出して軍団を作れるほどだった。
なんだかんだ、お金がなくて頓挫してたようだが――。
「それなら先輩と2人だけにはなりませんよ」
アザナは否定した。確かに今、こいつの取り巻きは1人もいない。最近、あの小うるさいアリアンマリですら、オレとアザナが2人で会う事を許可してる。
もっともあまり長いこといると、探しにくるけどな。
気になったので、チラリと階段の方を見たが、アリアンマリたちが介入してくる様子はない。
「じゃあ、なんのようだ? まさかあの音を聞かせたかったわけじゃあるまい?」
「ほら。ザルガラ先輩の新しいカノジョさん、そのままじゃ可哀想でしょ?」
「あー、やっぱりオマエも分かるのか」
アザナは【精霊の目】持ちではない。それでもタルピーが見えるが、恐らくそれは従えている他の上位種たちの補助のお陰だ。
しかしそれだけではディータの姿も分からないはずだが、上位種たちから話を伝えられているのだろう。
ディータは『……私の事?』と、自分を指差して、肩の上で踊るタルピーに尋ねている。
いまの彼女は、タルピーの力で作られた炎のワンピースという服を着ている。
このお陰で最近、タルピーは俺の肩や頭の上で踊らない。もっぱらディータの肩の上だ。
「はあ、まったく……。ザルガラ先輩ったら、ちょっと目を離すと、新しい女の子連れてるんだから」
「10歳で女の子を、4人も侍らせてるオマエがそれをいうか」
結構、妬まれてること知らんのか、アザナは。
「それにだな、1人は精霊だし、もう1人は実体ないし、マトモな存在じゃねーんだぞ」
「……あの、だれか1人忘れてません?」
「いや、そんなはずないが?」
一瞬、アンの存在が頭をよぎったが、アザナは知らないはずだ。彼女のことを、わざわざ言う必要もあるまい。
そういえばマルチもいるが、それほど親しいわけでもない。店もつぶれちゃったしなぁ。
……あとはもういないよな?
「そうですか……。それならいいですが」
アザナも引き下がってくれた。
「それで、コイツ……デドメナがなんだって?」
いくらなんでも、オレに取り付いてる存在がディータ姫とバレるのはよくない。
偽名として、ディータ姫をデドメナと名付けた。ディータの語源となった古来種の本の題名なので、偽名にはちょうどいい。
「身体がないのも可哀想でしょ? ザルガラ先輩と女の子が、ずっと一緒っていうのも……」
ここでハッという顔を見せるアザナ。
なんだ、どうした?
「い、いえ別に先輩と女の子が一緒にいるのが、嫌ってわけじゃないですよ! せ、先輩が誰といても、ボクは気にしないですから!」
「なんで必死に否定すんだよ。そんなこと思わねーよ!」
ややこしい発言するな!
聞いてるヤツがいたら勘違いするだろ!
オレは周囲を見回すが、幸い誰もいな……ディータとタルピーがいるが、分かってない様子だ。よかった、2人とも人間世界に疎くて。
「それで、じゃあ、なにかい? オマエが親切にもデドメナに仮の身体を作ってやるってのか?」
「あ、はい。そうです」
なんか違うっぽい。
「本音は?」
「高次元体人格が、ゴーレムに乗り移って操作できるか、実験したいんですっ! 一緒に研究しましょう!」
鼻息荒く両手の拳を握り締めて、アザナが顔をオレに近づけてくる。
……オレはグイッとアザナの顔を押して退けた。
「納得した。オマエはそういうヤツだよ」
アザナは研究熱心だ。オレと同じでな。
好奇心と研究心と向上心の高さでは、オレとアザナは似た者同士。オレもアザナの提案が気になる。
高次元体になりかけの存在が、人型に乗り移るとどうなるのか?
古来種も、ゴーレムのような存在に乗り移れるのか?
なにより、アザナのゴーレム製作技術を垣間見れる。
これはオレにとって有益だ。
製作技術を得るってのは、魔胞体陣を解析し理解するようにはいかない。
ゴーレムの性能は作り手の技術力に左右される。製作者の魔力はあくまで活動限界時間の延長にしからならず、ゴーレムの能力には関係がない。
アザナが1からゴーレムを製作する様子を見れば、その技術を盗むことだって可能だろう。
そしてディータも、その研究計画に興味を持ったようだ。
『……身体? 自由に動ける? お外を?』
今にも泣きだしそうだが、嬉しそうな顔でゴーレムに興味を示すディータ。
しかし悪いが安請け合いはしたくない。
「いやぁ、しかしだな。デドメナがゴーレムに乗り移る気が無いっていうからさ。実験に付き合わせるのも……」
「ボクの精霊たちは、ディータさんの言ってること聞こえるんです。興味深々っぽいですよ」
「ちくしょう、バレたか」
あとディータの本名もバレてる。
「しょ、しょうがねぇな。デドメナのためにも」
「ディータ姫様ですよね」
「……姫様のためにも、ゴーレム研究してみるか」
「いいですよね。運動大会が終わったら、夏休みの研究にしてみますか?」
「夏……? 休み?」
「え? あ、そ、そうそう。長期休業の事です」
「ああ、休みの間の長期課題にするってことか。雨が多いだろし、ゴーレムみたいな閉じこもり研究はいいかもな」
ゴーレムの共同研究か。オレは2度目の人生なので、とくにやりたい課題もない。与えられた課題をやるのも嫌だし、アザナと共同で課題にすると申告しておくか。
「でもさ。ディータ。オマエはこんなゴーレムでいいの?」
鎧でゴテゴテのゴーレムを差し、興味深々なディータに訊いてみた。
『……贅沢は言わない』
「そうか」
こんな重歩兵みたいなゴーレムでも構わないってか。
なかなか殊勝なことだ。感心するぜ。
『……できれば柔らか素材にグラマラススタイルのアダルト美人で』
「充分、贅沢じゃねぇか……」
まず柔らか素材というので難しい。泥魔法人形でも、柔らかいとは言い難いしな。
オレとディータが話あっている横で、アザナがおもむろにゴーレムを解体し始めた。
「おい、それ分解できるんかよ」
通常、ゴーレムは【モノゴーレム】と呼ばれる一体型だ。例外として鉄のような硬い物質でできたゴーレムも、関節には液体金属が満ちて繋がっている。この関節の液体金属などが漏れ出すと、動きに障害がでる。
関節は頑丈に作れない。パーツを組み立てて造られる【メイドゴーレム】の持つ、慢性的な一種の弱点だ。
「関節とか接続部に立体魔法陣を描いて、接触してるかぎり情報伝達できるようにしてあるんです」
ゴーレムの腕を取り外すと、関節部の双方に小さな4面体陣が見えた。これが互いに組み合わさって間接となり、情報伝達まで兼ねているのか。
「つまりあれか。関節部なのに立体魔法陣自体の防御力があるってことか」
「そういうことですね」
円滑な駆動と防御を両立したゴーレム。というわけか。
相変わらず恐ろしいな、この天才は。
黙って解体するゴーレムを眺めていると、時計塔の階段を誰かが駆け上ってきた。
アザナとオレが目を向けると同時に、息を切らしたベクター教頭が少ない髪を振り乱して階段から姿を現した。
「2人とも! こんなところで何をしている!? まさかケンカする? ケンカしたのかね? ケンカだろう? ケンカだったならばっ!?」
「してねーよっ!」
なんでこんな必死にオレたちを監視してんだよ、この教頭はっ!
* * *
放課後。
なぜかオレはアザナに誘われ、葡萄公園区画の下町へと繰り出した。
アザナの取り巻きは、お付きのフモセしかいない。フモセはソーハ家の家人だが、まあまあの魔法の実力を持つ。
うーん、まあ学園の生徒としては、ちょっと物足りないがな。
オレの評価としては下の上、ってところかな?
「ぼく、あんまりこっちに来ないから道が分からないんだよね」
きょろきょろとしながら、後ろを歩くペランドーが言った。
アザナの付き人フモセに対抗して、オレは友人ペランドーを連れてきた。
ペランドーは何だかんだいって鍛冶屋の息子だ。ゴーレム製作では、素材関係で手助けになる。
賑わう葡萄噴水公園を抜けた先、西門近くに少し狭い下町がある。ここはあまり裕福ではない住人が住んでいる。別に治安が悪いわけじゃないが、ペランドーのような庶民でもあまりくるところではない。
ここは住宅街なので、用でもないとくるようなところじゃないからだ。遊ぶところもないし、商店はあっても地元の生活用品を扱う小さな店くらい。むしろ用がない。
『……不思議。王都にこんなところがあるなんて』
王宮内しか知らないディータが、下町の情緒に関心を示している。
狭苦しく、その割に人が犇めいてるけど……それが珍しいのか。
「ここです」
住宅街の一角で、アザナが小さな施設の前に止まって門を指差した。
「ここは……孤児院?」
ペランドーが不思議そうに言った。
交差する斧槍と三本の矢いう、孤児院に似つかわしくないシンボルが門の上で銀色に輝いている。
このシンボルがあるってことは――。
「ああ、ここは軍系の孤児院か」
孤児院にはいくつか種類がある。
王や貴族が地元で開くお救い孤児院。神殿や聖堂など、古来種信仰や精霊信仰を行う施設に付属した神祭孤児院。金持ちの寄付で運営される、個人の孤児院などなど。
ここは軍属や徴兵された民兵の遺児が、預けられる軍系の孤児院だ。
「下町になんで軍系の孤児院があるの?」
ペランドーの疑問はもっともだ。
しばらく考え、オレは思い出す。
「あー、そうか。10年前の内乱時、西門守備隊の民兵に大きな被害が出たって聞いたけど、みんなこのあたりの出身だったな」
民兵は、街や村など1つの地方で纏まり、隊が組まれる事が多い。
そのような1部隊が壊滅すれば、人的資源の被害が偏って1つの街に集中する。
この下町がそれだ。
王国軍が新設した孤児院がここなのだろう。確かエウクレイデス王からも少し金子が出ていたはずだから、一部お救い孤児院だな。
内戦時は酷く混乱してて、志願兵すらちゃんと集める事ができなかった。
そんなときここの住民は区長である郷士の呼びかけに応じ、民兵として立ち上がり、正規兵を助けて王都を守ってくれた。
民兵は正規兵ではないのに、後年こうして軍属扱いされている理由は、当時の軍部が感銘を受けて志願兵扱いをしたという経緯があったという。
よく見るとオレたちと同世代か、少し上の子供たちが多くいる。もちろん少し下の子たちもいるが、割合は少ない。
母親が健在でも、再婚や経済的な理由など置いて行かれた子もいるのだろう。規模の小さな孤児院だが、孤児たちの数は20人ほどいる。
ほとんどの孤児たちは、何か細かい作業をしていた。なにかの内職だろうか?
「あ、アザナじゃん!」
作業をしていた孤児の1人が、こちらに気が付いた。同世代かちょっと上なので、態度が気安い。
「フモフお姉ちゃぁん」
年少の女の子が、フモセに駆け寄って抱き付いた。フモフって呼ばれてるのか、フモセ。
「こんにちは。アマセイさんはいますか?」
「ああ、今はスロウプのおっちゃんが来てて、一緒に裏口にいるよ」
内職の手を止めず、孤児が答えた。
「ありがとう」
アザナは勝手知ったるという歩き方で、裏口に向かう。
オレとペランドーは落ち着かない気持ちで、その後を追う。フモセは子供たちに捕まって、ロビーで待機だ。
裏口にいくと、巡回兵のスロウプともう一人、同僚の巡回兵が裏口を直していた。
その傍らには、エルフの女性がいる。長身ながら、庇護欲を誘う。それでありながら包容力を感じる不思議な美人だ。
「直りましたよ! アマセイさん!」
「いつもありがとうございます。スロウプさん」
スロウプと同僚の巡回兵は、エルフの笑顔にメロメロだ。明らかにこの美人のエルフさんに惚れている。
「おや? アザナ様に……ポリヘドラ様」
アザナに気が付いたスロウプが、困ったなと頭を掻きながら、オレを見つけてまたさらに困った顔を見せた。
「こんにちは、スロウプさん。アマセイさん。勝手にお邪魔してすみません。この方たちはボクの先輩方です」
エルフの名前はアマセイというのか。恰好からして孤児院の職員らしいが、軍属の孤児院でエルフとは珍しい。
オレとペランドーが自己紹介すると、アマセイはまあまあと喜ぶ。
「アザナさんの先輩さん? お友達かしら?」
「そんな感じです」
アマセイの質問を、あっさり肯定するアザナ。
いちいち否定するのもなんだから、否定しない。オレはアザナのゴーレム製作を盗むつもりだ。まあ、要するにライバルだな。
「ところで、これ。どうしたんですか?」
修理されたばかりの裏口を指差して、アザナが訊ねる。
アマセイが答えあぐねると、代わりにスロウプが答えた。
「ああ、それはですね。白柄組の奴らが来て暴れたらしいんですよ」
「……?」
アザナは首を傾げた。
「白柄組か……」
一方、オレは納得した。
「ザルガラ先輩、知ってるんですか?」
アザナは白柄組を知らないようだ。しょうがねぇな、説明してやろう。ふふん~。
「ああ、王都の士族のガキたちが作ってるグループだ。6つくらいあったんじゃないかな? オレは赤柄組と白柄組とセキレイ組しか知らんが」
士族ってのは、だいだい軍属の軍人家系の者たちだ。功績によって一代かぎりの騎士爵を賜っている場合もいるが、大体は貴族ではない。しかし代々軍属というのは、軍隊という武の世界で実績と権利を持つという事でもある。それはそれで、貴族でも侮れない輩だ。
彼らは徒党を組んで、いい気になって暴れる素行不良集団だ。酷い犯罪などしないが、殴り合いのケンカなどざらで、大きな顔をして街を遊び回っている。
アザナはオレの説明を聞いて、なぜか首を傾げ――。
「アカツカ組? しぇー?」
何が引っかかったのか、妙なポーズをして妙な事を口走った。
近くで見ていた孤児が、それをマネてポーズを取る。
こうして、しばらくこの孤児院で、変なポーズと変は掛け声が流行ることとなった――。
第4章です。
孤児院ネタです。
ご意見、ご指摘、ご感想おまちしております。




