3人の妄想力 (後書きに挿絵アリ)
遅くなりました。すみません。
エッジファセット公領には宝の山がある。
――と、エウクレイデス王国のみならず、広く大陸全土で言われている。
1つ目は、文字通りの宝の山。宝飾のみならず、魔石や胞体石の元となるルビーにサファイア、ダイヤモンドなどの各種宝石に、さまざまに応用の効くジルコニア、ウレキサイトなど奇石を算出する鉱山を各所に持つ。
これらを精錬、加工する古来種たちの遺跡とドワーフの工房を保有し、そこで作られる製品は高い質を持ち、出荷量も安定している。その上、遺跡のお陰で鉱害も抑えられていた。
2つ目の宝の山は、エッジファセット公が保有する財貨。
単に鉱山の利益だけではなく、代々の当主が商売に力を入れるあまりに、貯めこまれていくばかりの金銀財宝。
3つ目の宝の山は、そこに住まう人々の美貌。
エッジファセット公爵領に住む人々は皆、美しい。
日差しの弱い高地であるからとか、食べ物が違うとか、水が良いなどと言われているが、領民の人々が美しい理由は分かっていない。
そして4つ目に加えてもよいであろう、白亜のエッジファセット宮。
遺跡を利用した古来種ゆかりの不可思議さはないが、豪奢な作りではエッジファセット公の御殿は王城のそれを超える。
「きゃああああああっ!!」
そんな贅を凝らした宮殿の中心で、少女の悲鳴が響いた。
居並ぶ侍女たちが駆け出し、悲鳴の主である公女の身体を支えた。
悲鳴の主である少女は、侍女に支えられながら手紙の続きを読んだ。
公爵家のお家騒動を、幼い手で収め切ったユスティティアである。
「ディータ姫殿下が……薨御なされた……」
手紙の内容は、姫殿下の死を伝える御触れであった。
現王に跡継ぎがいないというだけで、求心力が失われるは必至。貴族共和制派が勢いづくことは間違いない。
跡継ぎを送り込むため、側室を差し出す貴族もいるだろう。これは現王が高齢ということもあり、一種の賭けだが……。
「せっかく大叔父様を黙らせる事が出来たのに……。これでは憂いなく、大叔父様が宮中工作に乗り出すに違いありませんわ」
公爵家であるエッジファセット家は、将来空位となる王権と無縁ではない。大叔父であるダイグラフ伯爵も、王家の血が流れている。
血が流れているから王となれるわけではないが、ダイグラフが王権を継げないというわけでもない。
宮廷工作の如何によっては、可能性がゼロではないということだ。
また共和派貴族に加わる可能性とてある。
ダイグラフの公爵家乗っ取りが失敗した今、野心の矛先が王城に向かうは確実。
「そうか。ディータ姫殿下が……。儚いものよのぅ。エウクレイデス王の心中察して余りあるな……。しかし、むう……、そんなに問題なのかね、ユスティティアよ」
部屋の中でもっとも落ち着いているアイデアルカット・エン・エッジファセット公爵が、呑気な声で言った。
若いわりに立派な顎鬚を撫でる姿は、興奮するユスティティアと真逆である。
「お父様はまたそのようなことを! そ、ん、な、ことですから、大叔父様にしてやられるのです!」
「う、うーむ……」
娘に怒鳴られ、目を閉じ唸る父。
商才に関しては右に出る者のいないエッジファセット公だが、親戚との付き合いや政争には、とんと弱い。
大叔父ダイグラフ伯は、ユールテルの起こした事件とエッジファセット公の拙い政務に付けこみ、公爵家の乗っ取りを謀って来た。
ユスティティアは、そんな大叔父を野望を退けた。などと、いっても彼女一人の力ではない。まだ10歳の娘だ。いかにユスティティアが才女であろうと、出来るはずがない。
ある人物の手を借りたのだが――。
「はっはっはっ」
わざとらしい高笑いが上がった。声の主は部屋の片隅に控えるエルフの書記官であった。
エルフとは森に住む強い魔力と衰えぬ美貌を持つ種族で、長い耳と高い身長が特徴である種族だ。
普段は森に住み、自然と調和して生きているが、希に人間社会で出てくる。
そんな稀有なエルフである彼の名はルドヴィコ。
エルフの森から出てきて、人間社会で活躍する変わり者である。
金糸のような長い金髪を持ち、エルフの中でも特に美青年だ。その優しい笑顔と優雅な仕草は、公爵領内のご婦人方を魅了する。男でありながら羽扇を持ち、それがまた整った顔に似合う。
政治的手腕と経済の才覚は先代エッジファセット公をも魅了し、王国の貴族でもないのに、書記官という低い身分で公爵領で政務に当たっている。
その役は――。
「さすがは、双子の弟君を僻地に流す怜悧なお嬢様。お父上にも忌憚のないご意見を申されますな」
憎まれ役。
ルドヴィコは単に政務に長けているから、書記官を任されているわけではない。
古来種の力を手に入れようとし、失敗したユールテルは、公爵領の1つである地方の療養地に送り込まれた。
表向きは研究失敗で怪我をし、療養中となっている。
後で適当な爵位を与えられ、田舎の領地で余生を過ごす事となるだろう。
少し厳しいような気もするが、王都を崩壊させる恐れがあったのだから、この沙汰は王家の顔を立てるため最大限の罰なのである。
これらを主導したのは、他ならぬルドヴィコである。だが、その行為をユスティティアの所業とするのだが、それには理由があった。
「いや、これは失礼。ユスティティアお嬢様は聡明でお優しいお方でしたな。このルドヴィコは、ユールテル様を幽閉すべきだと思っておりましたが、ユスティティアお嬢様のたっての願いで療養地での余生をお与えになるとは」
やれやれと大げさに、ルドヴィコは肩を竦めて見せた。その態度に侍女たちの怨嗟の視線が飛ぶ。
ユールテルを療養地に送ったのも、適当な爵位を用意したのも、そして計画したのもルドヴィコなのだが、彼はユスティティアが望んだという事にしている。
当初のルドヴィコは公爵家を守るため、苛烈な処断を口にした。ユールテルを幽閉し、それこそ消失姫のようになかった子息とするような算段をしていた。
だが、事実は違う。
ひどい処遇をあえて家臣団との会談で発言し、ユスティティアとアイデアルカットにはそれより少し優しい罰を選ばせる。
当初、エッジファセット家臣団は、嫡子ユールテルが王都で起こした騒動を聞きつけ、あまりの暴挙に廃嫡だけで済まないといきり立っていた。
しかし、ルドヴィコの幽閉案を聞くと、家臣団は「ルドヴィコのやりようはあまりにもひどい。アイデアルカット様やユスティティア様の判断は甘いかもしれんが、ルドヴィコに任せるわけにはいかな」と、ユールテルを擁護し始めた。
ルドヴィコは憎まれ役。
エッジファセット家臣団の悪役である。
「……」
ユスティティアはルドヴィコを睨みつけた。
その目は憎しみではない。ユスティティアもエッジファセット公も彼の真意と忠義を知っている。
ユスティティアの睨む目は――。
「任せてもいいの?」
という、問いである。
それに対し、ルドヴィコも目で答える。
「おまかせください」
2人の間に声は無かったが、信頼の会話が目によって行われた。
「そうじゃ、儂もそろそろ王都に遊びに行きたかったし、葬儀参列には間に合わんが、弔問に行こうかかの~」
気の抜けたエッジファセット公の声が、2人の緊張に割って入った。
「お、お父様……」
「お前とて、あの勇者に会いたいだろう?」
「た、たしかにアザナ様分が不足してまいりましたが……」
アザナ分?
控える侍女たちは、小さく首を傾げた。
「安心せい。仮にダイグラフのヤツが何をしようと、天の差配が我が頭上に王冠を下そうと、お前とアザナの件は違えたりせんわ」
「お父様……」
ユスティティアが感激の目で父親を見上げる。
政務が少し抜けていようと、アイデアルカットは信念を曲げるなどしない。ちょっと信念の有りどころが、他の貴族と違うが……。
今はその浮世離れした父の行動指針が、ユスティティアにとって嬉しかった。
もしも王位が公爵家に転がりこんできたら、ユスティティアはアザナとの婚約を、常識であれば破棄しなくてはならない。
アザナが如何に優秀で、『古来種によって制御されていない魔物を倒す』勇者だとしても、王家の末席に並ぶなど政治的に許される事ではない。
「よし、では王都に出かけるぞ!」
「はい、お父様!」
笑顔の2人。
親子揃って2人とも、ディータ姫の死を労わるつもりはないようである。しかし、それも仕方ない事だ。
彼らも知らないことだが、エウクレイデス王の姫隠しという愚行は、国民のみならず貴族の間にもディータ姫に対する関心を薄めた。
心からその死を悼み涙を流すとなると、よほど奇特な者に限られる。
「ではそのように」
ルドヴィコは羽扇を振るい指示を与え、部下たちは静かに退出していった。
王都の話で盛り上がる2人を横目にし、ルドヴィコ書記官は羽扇で美貌の顔を隠す。
「まあ……、あの勇者もどきを王位につかせるのも、これまた一興ですがね」
ルドヴィコは羽扇で隠した口元を、僅かに緩めてほくそ笑んだ。
* * *
「おかえり! 遅かったね!」
エンディアンネス魔法学園のお昼休み。
復学の手続きを終え、遅めの登校をしたユスティティアを、教室で迎えたのはアリアンマリだった。
彼女は1人で自分の席に座り、静かに読書していた。普段の彼女からは想像できない、落ち着いた姿だ。
「ただいま、アリアンマリ。……アザナ様は?」
フモセとヴァリエもいなかったが、ユスティティアは差し当たってアザナ分を欲していたため、彼の居場所を尋ねた。
「アザナ様なら、ポリヘドラ先輩に連れていかれたよ」
「え? ……なっ! 貴女はそれを赦したのですか!」
事も無さげにアリアンマリが言ったので、ユスティティアの驚きが遅れた。
「あ、そっか。ユスティティアは最近の2人を知らないもんね。すっかり2人は仲良しだよ」
読んでいた本を机の上に置き、アリアンマリがニヤニヤと笑う。
アリアンマリは、ザルガラという存在に否定的だった。4人の中ではもっともザルガラに攻撃的だったのは彼女だ。
彼女の変わりようを見て、ユスティティアはさらに驚く。
「ど、どういうことかしら? あのザルガラさんとアザナ様が……どうして? 貴女はそれでいいの?」
「そりゃポリヘドラ先輩と仲良くするのは気に入らないけど、2人が遊ぶとアザナ様が機嫌いいんだよ!」
感情優先のアリアンマリだが、どうやら実利を選んだようだ。ユスティティアがしばらく見ぬ間に、この小さいアリアンマリは精神的に急成長を遂げたようだ。
「アザナ様のイタズラも、ポリヘドラ先輩ばっかりに矛先が向いてるし!」
実利である。
保身である。
大人になるって悲しい事なのである。
「そうですか」
アリアンマリの態度には納得したが、ユスティティアはあの2人の仲が良いという事実を理解しかねた。
「それで、アザナ様は今どこに?」
「練兵場じゃないかな? 運動大会も近いし」
運動大会とは、学園の長期休業前に行われるイベントである。
魔法に頼り切ってしまいがちになる運動不足の生徒たちを、身体能力のみで競い合わせる。という子供思いの企画で、一部生徒の数少ない活躍の場だ。
アザナも運動神経が悪い方ではない。活躍が期待できるだろう。
「大会の練習か何かですか?」
「うん。2人は低学年の右組になったから、準備とかあるんじゃないかなぁ」
運動大会では、全校生徒を右組と左組に分け、互いに競い合わせる。さらに1、2回生の低学年組と、それ以外の高学年組に分け、得点を別計測して競い勝者を決める。
つまり総合優勝と高学年優勝、低学年優勝の3つがある。
目的の彼の居場所を聞いたユスティティアは、左組であるアリアンマリを残して練兵場へと向かった。ちなみにユスティティアは不在中に右組と決まり、アリアンマリとフモセとヴァリエは左組である。
不在中にアザナと同じ右組になったはいいが、ザルガラが同じ組にいるのは不安である。
つらつらそんなことを悩みながら、練兵場に向かう。すると、練兵場脇の繁みの中から、アザナとザルガラの声が聞こえてきた。
「おい、アザナ。オマエも……脱げよ」
「い、嫌ですよ。ボクは……」
先に声をかけようとしたが、あまりにあまりなあまりの会話にユスティティアは言葉を失った。
「え、ど、どどどどいうこと? 仲良くなったってそういうこと?」
思わず身を隠し、聞き耳を立てる。
「いいから、オマエも早く脱ぐんだよ!」
「い、嫌です! や、やめてください! 見ないで! い、今はダメなんです! お願いです……本番の時に……」
本番ッ!!
ユスティティアの顔が一気に赤くなった。喉が乾くという経験を、生まれて初めて味わった。半開きの口で荒い呼吸をし、未知の感覚に困惑する。
ふとそのユスティティアが、視界の隅に何かを見つけた。
ユスティティアと同じように物陰に隠れ、鼻息荒くアザナとザルガラの光景を眺める1人の生徒。
ヨーヨーこと、ヨーファイネ・カタランだ。
だらしなく、よだれを垂らして奇しくもユスティティアと同じ体勢になっていた。
ヨーファイネのよだれを見て、ユスティティアは正気を取り戻す。
――ああなってはいけない。
「おやめなさい! ザルガラ・ポリヘドラ! ふしだらですわよ! アザナ様を離しなさい!」
ユスティティアは背を伸ばし、姿勢を正してザルガラの蛮行に拒否を叩き付ける。
毅然と乱入したユスティティアに対し、ザルガラとアザナは怪訝な表情を見せた。
「ふしだら? ……なにが?」
「あ、ティティ。おかえりなさい!」
アザナの帽子に、手をかけるザルガラ。
必死に帽子を押さえるアザナ。
特に怪しい雰囲気はない。
反してユスティティアは鼻息荒く、顔が赤い。
「え? 2人とも……え? 何していたのですか?」
違う意味で顔を赤くして、ユスティティアは2人に尋ねた。
ザルガラは思い出したように、アザナの帽子を奪おうとする。
「あー、アザナの野郎がさぁ。帽子を脱がないっていうんだよ。これからやる障害走じゃ邪魔になるからさ。ほらみんな脱いでるンだから、合わせろよ! 団結力だよ!」
「ザルガラ先輩が団結力とか何の冗談……あ、ダメ! やめてください! 前髪切るの失敗したんです! 本番は取りますから、やめて! 見ないで! 助けて、ティティッー!」
事態を理解して、ユスティティアはよろめいた。
相変わらずじゃれ合う2人。
よろめくユスティティアを、横から出てきたヨーファイネが支えた。
「いいところだったのに邪魔をしましたね。いえ、これはこれで……。イケない勘違いする公女様……。おいしい……はぁはぁ」
「……なんで貴女は、これで興奮できるのですか?」
「妄・想・力! ところで男子がダンケツとか萌えません?」
「……」
「一瞬、納得しかけて――」
「いません! って、貴方! よだれが私に付いてますわよ!」
支えてくれたヨーファイネを体落としで投げ飛ばし、ユスティティアは浮かびかけた妄想を誤魔化した。
「でもアザナ様と……」
ユスティティアの熱っぽい目が、ザルガラの横顔に向けられる。
アザナの帽子を必死に奪おうとする姿。対比して受け……ではなく、帽子を取られまいと必死なアザナ。そしてここから反撃――。
危うい。
ユスティティアの妄想力が、ヨーファイネ面に取り込まれて始めていた。
* * *
エッジファセット公爵領の行政館の政務室で、ルドヴィコは部下の報告を受けていた。
現在のエッジファセット周辺は、一種の緊張状態にある。お家騒動を脱した直後の上、ディータ姫の薨御と、取り巻く環境も大きく変化した。
警護と情報収集を兼ね、ユスティティア周辺の情報もルドヴィコの元に集められていた。
「ほう。ユスティティア様がザルガラ・ポリヘドラに興味を?」
控える2人の部下が頷き肯定する。
「はい。ですが、あくまでアザナ様との関係あってのことかと」
「いや、あのユスティティアお嬢様が、アザナ様の友人とはいえ他の男性に興味を持つなど珍しいことです」
羽扇で顔を隠し、部下からの視線を避けるルドヴィコが笑う。
「あの勇者もどきより、ザルガラ・ポリヘドラをユスティティア様の元に迎えるのも、また一興……」
「そ、そのような……」
部下の1人が、上司の不遜な考えを聞いて動揺する。
「……ルドヴィコ様。では我々はこれにて」
もう1人の部下は動揺する同僚の袖を引き、退出を促した。
ルドヴィコの執務室を後にした2人の男は、戸外で大きくため息をついた。
「まさか、ルドヴィコ様。なにか良からぬお考えを……」
上司の不穏な考えを聞いてしまったと、1人の部下は頭を抱えた。
しかしもう1人は、あっけらかんとしていた。
「あー、お前まだ日が浅かったな。気にするな」
「え、でも……」
「本気にするな、って意味だよ。ルドヴィコ様が俺たちに聞こえるように言ってる思わせぶりな事は、だいたいデマカセだから」
「そ、そうなのか?」
「そうなんだよ」
「でも、なんでそんな危なっかしい事を言うんだ? アイデアルカット様に聞かれたら事だぞ」
「それでも言いたいんだよ。あのかっこつけは」
年期の長い部下は、ため息をついてルドヴィコの執務室の扉を見た。
その向こうで、ルドヴィコは鏡を眺めつつポーズを決めていた。
「ふふふ……。主人の家を差配するだけでなく、裏で暗躍する私……。すばらしい……。世界は私の思うが儘……」
智謀を尽くして世界を動かす――。という妄想をし、ルドヴィコは怪しい魅力を演出して自己陶酔していた。
「ま、そんな事したら、あの勇者もどきにまたお仕置きされてしまいますから、しませんがね」




