表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
タイムスタンプ 番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/373

憂いを絶つ

三人称の番外編です。

 ベクター・アフィン教頭。

 エンディアンネス魔法学園における実質指導者5教頭の1人にして、エウクレイデス王国建国時の高名な学者の末裔である。

 厳格な性格と、細い身体に相反した胆力。高い魔法の能力を持ち、教育論と指導力には定評がある。

 

 その彼が悩んでいた。

 学園の問題児とも言える生徒たちのせいで――。


 ある日、ベクターは問題児同士のケンカに割って入った。


 問題児の1人は怪物ザルガラ・ポリヘドラ。

 もう1人は天才アザナ・ソーハ。


「ザルガラ君! 君は畏れ多くも陛下の呼び出しを受けておる身であろう! 陛下の御手前おんてまえ、しばらくは行動を慎みたまえ!」

 王の威光に縋るとは、指導者たるものとして失格だ。と内心、ベクターは恥じ入った。


「う、ぐぬぬ……」

 さすがのザルガラも、王の威光を傘にされて言葉を失っていた。

 その姿を見て、改めてベクターは自分の力不足を思い知る。


「ああ、分かったよ。アザナ! オレが王宮から帰ったら覚悟しておけよ!」

 捨て台詞を残し、怪物ザルガラは引き下がる。これを聞いてベクターは、どうしたものかと頭を悩ませた。

 また再びどこかでケンカをするのでは、という心配だ。


 アザナを立ち去らせた後、ベクターはザルガラの様子を伺う。彼は不機嫌そうに生徒たちを追い散らし、校舎へと入っていた。

 これを確認したのち、ベクターはアザナを追った。


「アザナくん。ちょっといいかね」

 西校舎の昇降口で、アザナを捕まえる。教頭に声をかけられ、多少なりとも緊張がアザナの顔に浮かぶ。


「1つ確認したい。君はあのザルガラ・ポリヘドラに……その、女装を強要されているのかね? そうだとしたら由々しき事態だ。学園としても無視できない」

 真剣なベクターの問いに、アザナはウソをついてはいけないと気負った。


「すみません。ベクター教頭。実はその……ザルガラ先輩を、からかうために自分で着たんです」

「じ、自分からだと!」

 ベクター教頭は、薄い髪を乱して驚いて見せた。

 

「す、すみません! ごめんなさい!」

 教頭の驚きを見て、アザナは思わず何度も謝った。


「い、いや……。それが本当ならば、実のところ君たちは仲が良いのか?」

 さすがはベクター・アフィン。一角の教育者だ。

 ケンカなどの目立つ表面だけを見ず、アザナの言い分を聞いて判断を修正した。


「はい。ザルガラ先輩にはいろいろとお世話になってます。からかうのは、そのちょっとなんていうかボクの趣味?」

「それはそれで問題だな」

 ケンカや決闘と違い、からかいなどは学園としては問題にならないが、イタズラ好きという性格の生徒は、それはそれで問題児だ。


「つまり、女装は自らの意志と? 強要されたのではないのだね?」

「はい。ザルガラ先輩は悪くありません」

「そうか。それならばよいが……。いや、よくない! 男子たるものがなぜ女子の恰好をするのかね!?」

「え、でも……」

「でもも何もない! 今後は気をつけたまえ!」

 さっきまで言い分をしっかり聞いていたベクターだったが、なぜかアザナの弁解に聞く耳を持たなくなった。

 二度と女装などするな、と、アザナにきつく言い付けて、ベクターは北校舎の教頭室に戻った。


 半生を学園に捧げ、教頭となって10年。

 ベクターは初めての惑いを覚えていた。いや長く抑えてきた欲求だ。

 皮張りの椅子に浅く座り、激しく足を振動させる。落ち着かない。組む手に力が入る。


「おのれ……アザナ・ソーハめ……」

 学園に対していくつも利益を寄与するアザナへ、ベクターは初めて苛立ちを憶えた。

 やがてベクターは机を叩き立ち上がる。


「く……アザナめっ!」

 書棚の本を殴りつけた。すると、小さな魔胞体陣が投影された。書棚に仕掛けられた魔胞体陣だ。

 それを操作し、次々と浮かぶパズル解く。

 がこん、と鍵が開く小さな音が響いた。

 そしてベクターは書棚を押し開け、奥に隠された秘密の部屋へ踏み入れた。


 そこにはガラスのケースに収められた服が、所狭しと並んでいた。


 歴代エンディアンネス魔法学園の指定制服が夏冬取り揃えられ、体操服まで並んでいる。さらには流行りの街娘の服。パン屋や食堂の給仕の服、軍服に衛生兵に儀仗隊の制服まであった。

 その全てが女物の服である。


「ワシは……40年間こうして着る勇気もなく、ただただ忍んでいたというのに……。あのアザナ・ソーハめ……。気軽に趣味などと……、ぬけぬけと……楽しんで女装を……」

 ベクターは赤いフリルに飾られた、真っ黒な重苦しくクラシカルな服の前で、ガラスケースに額をついて悔しさに歯ぎしりをした。

 色とりどりの女物の服に囲まれる異様な空間の中心。そこに御年60歳のベクターという変態がいた。


「いや……勇気のないワシが悪いのだ……。あけすけなアザナを恨むなど、教師にあるまじき行為……いや、待て、まず女装があるまじき行為だな、やはりここはあけすけなアザナが……いやいや生徒に罪を擦り付けるなどと愚かな……」

 悔やんだり、恨んだり、妬んだりと、ベクターの葛藤は忙しい。


「すまんな、お前たち……。ワシに度胸が無いばかりに、こんな薄暗い部屋で……。そう、40年前に思い切ってお前たちを着ていれば、今頃は女装暦40年のベテランで、美しくなっていただろうにの……。そうすれば、お前たちもワシも、こんなところでくすぶらず……」

 ベクターは後悔し、袖が通されず月日を重ねる女物の服たちに詫びた。

 なお加齢による劣化は考慮していない。


「あのアザナもだが、あのザルガラも身勝手な……。ワシの気も知らず、仲良くケンカな……ど?」

 その時――、ベクターの薄い頭部に、天啓、光る。

 閃いたベクターは、ガラスケースを叩き割り、中に吊るされた服を手に取った


「そうだっ! そうすればいいのだ!」

 真っ黒な生地に赤いフリルとリボン溢れる服が、ついに光を得るっ!!!!



   *  *  *


「全校集会なんて久しぶりだねぇ」

 ペランドーが同意を求めた。

 隣にいたザルガラは、そうだなと同意したかったが、それどころではない。


「……? 何してるのザルガラくん?」

「い、いや。ちょっとな」

 肩のあたり埃でもあったのだろうか? 

 ザルガラは虫でも払うような動きをして、肩や腕の当たりをしきりに気にしていた。


「全校集会か。たしかにアザナとオレがいろいろぶち壊して、それどころじゃなかったからな」

「あー、そうか。ザルガラくんが原因だったね」

「なんだと、この野郎。半分だ、半分。あとユールテルのもあるんだからな」

「ご、ごめん、ごめん!」

 ザルガラはペランドーの首を脇で抱え、全身で捻り押しつぶす。

 しかし、ペランドーも体格は悪くない。対抗し、ザルガラを肩に乗せたまま、くるくると回り始めた。

 この光景を見て、ヨーヨーは鼻息を荒くしていたが、2人はじゃれ合うのに夢中で気が付かない。


「し、静かにしてくださーい!」

 耳の尖った眼鏡姿の小さな女子生徒が精一杯に声を張り上げ、壇上からザルガラたちを注意した。彼女は小動物のようだが、立派な生徒会長である。

 ザルガラとペランドーが列に戻ったところを確認し、生徒会長は集会の進行を始めた。


「え、えー……まずはベクター教頭先生のお話からです」

 生徒会長の顔が青い。表情が硬い。

 規則的な足音が響き、規律に厳しいベクター教頭が壇上の袖から姿を現す。


 騒然……、驚嘆っ!


「え、な、えーーーーっ!」

 驚愕の声が講堂に響き渡った。

 生徒たちの絶叫を浴びるベクター教頭。

 その姿は、赤いフリルとリボンが散りばめられた、黒い服のクラシカルなお嬢様のソレだった。

 顔と髪はそのままで――。

 生徒の幾人かは、妹や近所の女の子が持っていた人形を、イタズラで首を挿げ替えた時を思い出す姿であった。


「みなさん、静かに!」

 魔法で拡大された声が、生徒たちの絶叫を無理矢理に押し沈めた。


「あー、今回このような姿をしているのは、ある生徒に反省を促すためです」

 どういうことだ、と生徒たちはざわつく。


「校内で決闘だ、ケンカだと暴れ、女装を強要するという生徒」

 バッ、と視線が怪物と呼ばれる生徒に集中した。彼は懸命に手を振って、首を振って、違うと否定するが視線が剥がれない。


「しかし女装を強要されたと言い張り、実は自らの意志で女装をする生徒」

 バッ、と今度は生徒たちの視線が、可愛らしい男子生徒へと向かった。


「てへ、ぺろ」

 衆目の中、彼はあざとい反応をしてみせた。ポーズ付きで。


「だが、それだけではない!」

 ベクター教頭の声が、再び生徒たちの視線を集めた。

 よく見ると、乏しい髪が無謀にもヘアゴムで小さく纏められていた。寂しいサイドテールである。それは再度結べるのか? と、心配になるサイドテールだ。 


「それら生徒に限らず、学園の生徒にあるまじき行為を示す生徒がいるたびに、このベクター・アフィンはこの姿を君たちの前に晒そう! いいかね? 君たちの行為はこのように、学園だけでなく自らを貶める行為を重ねていると知れ。今のこの姿がそうであるように!」

 声高らかにベクター教頭は宣言した。


 騒然とする生徒たちは理解する。

 ベクター教頭は、問題児たちの行動を抑えるために、自らを犠牲にしたと。


「これが【肉を切らせて、骨を断つ】かぁ」

 アザナは全校生徒たちの無言の追及にさらされ、困ったように頭を掻いて見せた。


「まて、オレは悪くねぇ! 明らかにアッチが、やり過ぎてるだけだろ、これ?」

 

「ハゲに……ベクター教頭に、なんて恰好させてんだ」

「先生が、追い詰められてるわよ!」

「かわいそう!」

「オレは悪くねぇっ!」

 生徒たちの追求にさらされ、ザルガラは責任を転嫁した。


 2人の生徒を中心に、ざわつき収まらない生徒たちに背を向け、ベクター教頭は壇上から降りた。

 そして袖の奥で、拳を震わし感動で打ち震えていた。


「教育者としての覚悟を見せつつ、この姿を全校生徒に披露できるなど……。至福」

 ベクター教頭の涙と頭が寂しく光った。



しばらくいろいろな短編で刻みます。


服はずっと吊るしておくと良くないのですが、そこは魔法ってことで。

魔法便利!


20160615 こそっと一行追加。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 再度テールだれうまwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ