はからず、まっすぐ (後書きにGIF画像追加6/16)
最近、肩の調子がいい。
なんか、おっさんみたいだな、オレ。
しとしとと雨が降る中、オレは秘密のアジトの戸締りをした。
雨具変わりの二重巻きの裾を直し、アジト前の水たまりを飛び越える。
アジトは魔法で防犯されているとはいえ、湿気対策などなかった。とりあえず、置いてあるものがカビ無いようにと、網の上に置いたり、ぶら下げたりと対策をしてきた。
ペランドーは家の仕事の手伝いでいない。アイツも投影魔法陣が出来るようになり、魔法の技術も総じて上がって、なにかといろいろ忙しい身だ。
「鬱陶しい雨だ」
このところ雨が多い。この国では珍しい。
ディータ姫の死を慈しむ涙の雨だと、ことさら感動的に噂するヤツラがいるが……、涙の対象であるそいつは、俺の肩のあたりにいる。
『……雨、好き』
オレの頭上で傘のように覆いかぶさるディータ姫が、濡れない身体でそんな事を言った。
半透明な姿は雨に煙り、とても神秘的に見えた。
そんな彼女の肩の上で、タルピーが踊っている。その踊りに合わせ、ディータ姫の纏う炎の衣が美しく爆ぜた。
全裸で困ったディータ姫だったが、タルピーと合体状態となり、衣服とオレの肩への負荷が軽減した。
タルピーに重さはないのだが、ずっと肩の上にいられると凝りが出る。
「タルピーは雨は好かないだろうけど……」
『好きだよ、アタイ』
「どういう火の精霊だよ……」
火の癖に、雨に濡れるのが好きらしい。
いや……このくらいの水なら、一瞬で蒸発させてしまうから関係ないのか。
ご機嫌な2人を仰ぎ見て、その向こうに流れる雨雲を見つけた。
そろそろ、あの雲が来るな。大雨になる前に帰るか。
そう思って足を速めたが、ふと路地の前で立ち止まる。
この路地の先には、あのベルンハルトとマルチがミニスカートで切り盛りする店がある。
ちょっと覗いて行くか。
雨が強くなったら、そこで休ませてもらう。そろそろメシ時だしな。
足をプレート親子の店に向けた。雨を贅沢にも魔胞体陣で弾きながら、路地を小走りに進むと――。
「……あー、やっぱりな」
店は看板を下ろされ、ひっそりとしていた。この分じゃ、中に住んでいる様子もない。
「仮にもプレート傭兵団の元団長だ。路頭に迷ってるってこたぁねぇだろうが……」
雨に濡れる看板後を見上げていると、1人の男が俺に向かって歩いてきた。
ただの通行人じゃない。明らかに俺に用事がある様子だ。
男が立ち止まる前に、オレは眼を飛ばしてけん制した。
相手は覚悟していたのか、オレの目を見て竦む様子はない。
なかなかの胆力がありそうなソイツは、失礼でない程度の距離を置いて立ち止まり、傘替わりの幅広な藤帽子を軽く上げて挨拶してきた。
二十歳前後の癖のありそうな青年。目は笑ってないが、口は笑顔。という裏表のありそうな印象の男だ。
「なにか用かい?」
「初めまして……。えー、ワタクシはこのあたりで小さい商売をしている、ベデラツィと申します」
ベデラツィと名乗ったソイツは、名乗りつつ商人組合の腕輪を見せた。
「その歳で組合員か? ボンボンか叩き上げか?」
「借金のカタに組合員の株を掻っ攫った、ちょっと運のいい男です。ザルガラ・ポリヘドラ様」
オレの挑発に、ベデラツィは卑屈なジョークを返してきた。
ちょっとコイツに興味が湧いてきた。
「ザルガラでいい」
「ありがとうございます、ザルガラ様。ぶしつけで失礼ですが、ちょっと商売のお話を……」
「はっ、いいぜ。借金のカタで組合株取って儲けた金で、昼飯でも奢ってくれよ」
オレは怪しい商人の話を聞くことにした。
* * *
(しめしめ……。話しさえ聞いてもらえれば、こっちのもんだぞ)
知り合いの食堂へとザルガラを案内しながら、ベデラツィは内心ほくそ笑んだ。
彼は真っ当な商人ではない。
元はスラム出身の金貸しだ。
借金のカタに、商人組合員株を奪ったのは本当である。そのお陰で、商売自体は出来るが組合員から疎まれている。新規事業の届けや、資金借り入れなどの願いは、なんだかんだと言われて組合から拒否されていた。
小さい商いならできるが、少しでも大きくやると疎まれる。
仕方のないことだ。
地道にやり、信用を得るほかない。
が、ベデラツィはそんなつもりは毛頭なかった。
(こいつを見せれば、あの怪物ザルガラなら話に乗ってくるに違いない!)
ベデラツィは、ザルガラを怪物と評価する噂を信じ、自らもそう判断していた。
スラム街での暴れっぷりや、イジメられるマルチへの介入を見ていたベデラツィは、そのまま表面的に受け取っていた。
王都での噂がザルガラを英雄と持て囃そうと、暴漢を叩きのめして喜び、貴族の力を翳して町娘に非道を行うのが彼の本性だと、ベデラツィは思っている。
それを確信したのは、プレートの店が閉店したところを見てからだ。
ベデラツィは幸か不幸か、プレートの店でベルンハルトのミニスカート姿を見ずに、食事をした経験があった。そのため、彼の店が潰れた理由を、ザルガラの嫌がらせだと判断してしまったのだ。
食堂の奥まった席にザルガラを座らせ、ベデラツィは給仕を呼ぶ。
「では、ザルガラ様はお好きなモノをご注文ください。あ、ワタクシは先ほど食べたので、果実酒だけでいいですよ」
給仕に弱い酒を頼み、ベデラツィは懐から1つの宝石を取り出した。
赤い宝石。
中ではさまざまな形に変化する、幾何学的な魔法陣があった。
「魔胞体陣が封じ込められた、胞体石か?」
ザルガラが宝石に食いつく。
これを見て、ベデラツィは手ごたえありと高揚した。
「ええ、それも古来種の」
「っ!」
ザルガラの目が輝く。
これを見て、ベデラツィはますます上手くいくと確信した。
「……すげぇな。いろいろな魔法陣が込められている。別々の用途の魔法……ああ、薬を作り出す魔法陣の集合体だな、これは!」
「さすがザルガラ様。一目でそれを見抜くとは」
「ちょっと見せてくれ!」
「ええ、どうぞ。手に取ってごらんになってください」
ザルガラは知的好奇心に満ちた目で、奪うように赤い宝石を手に取った。
まじまじと翳してみて、興奮した様子で解析を始める。
「ん? ああ……。だけど、これじゃあ好きに薬を作れない。材料を並べて、このまま魔胞体陣を利用しても、胞体石が全部の薬を作ろうとして材料が尽きるか、いくつか製造漏れする。下手したら効果が混じるな。欲しい薬だけを作れない……、しかもヤバい薬効のモンが多い。狂戦士化の薬に、急速すぎる効果の成長促進の薬に、肉体破壊の薬……、それにこれは体内の脂肪を、いい気分になる脳内麻薬へと変換する薬か」
興奮が収まったザルガラは、ひとまず宝石を置き、恐らく大量に材料を用意して、一度に大量生産するための物だろうと補足説明した。
「素晴らしいですな、ザルガラ様。そこまで見抜くとは……。それを調べてもらうのに、ワタクシが街士にいくら払って、どれほど待ったか……」
「はは。オレのところにいきなり持って来れば良かったな。で、コレをオレに売るのか? 面白いが薬作りを専業にするつもりはないんだぜ、オレは」
「いえいえ、売るつもりはありませんよ。ワタクシはコレで作った薬を、【痩せる薬】として売るつもりなのです」
ベデラツィは笑った。心の中で笑った。彼はザルガラに断られる事態を想定していた。だから、【痩せる薬】として売り出すつもり、などという言い方をした。
もし断られ、ザルガラが巡回兵や王都騎士団に麻薬の件を通報しても、『ワタクシは【痩せる薬】を売るつもりでした』と、とぼけるためだ。
また、その物言いを見透かされ、ザルガラが言葉の裏を読み取れば、ベデラツィを食えない相手を判断するだろうという目算だ。
ザルガラは驚いた。驚き顔でベデラツィのすまし顔を見つめた。
「な、なーる。面白い事考えるじゃねーか! そうか、要らない魔法陣は解体して取り外し、その名目で売る薬だけを作る胞体石を製作してってことか?」
「ええ、そうです」
ベデラツィの計画はこうだ。
【痩せる薬】として、まず富裕層に小さく売り込む。一部の富裕層は、ある程度太っている――ふくよかであることを美しいとする。しかし古来種たちが痩せていたこともあり、古来種信奉の多い貴族たちは、痩せていることを良しとする。
口コミで【痩せる薬】が広まった頃には、誰もが【麻薬】としての効果の虜――。
入り口は甘く、出口のない地獄。
法で規制されないうちに、売り切ることが勝負だ。しかし途中で手を引いて逃げてしまっても、充分に儲けが出るとベデラツィは考えていた。
「任せろ。ちょっと最近、不完全燃焼だったんだ。いい仕事をしてやるぜ」
ベデラツィとザルガラは、利益の配分を相談して契約を結んだ。
* * *
「いやぁ、これは面白いもんだぜ」
オレはベデラツィとかいう怪しい商人から預かった、胞体石を自室であれこれと改造して楽しんでいた。
『……それ、そんなに面白い?』
肩越しにオレの作業を覗きこむディータ姫が、いぶかる顔で訊いてきた。ま、いくら姫様でも、この領域はわからんか。
「ああ、面白いぜ。たぶんこれは生物兵器を作る魔胞体陣の応用なんだろう。全部合わせると、痛みすら感じず、対象が子供なら戦いに適した肉体まで成長し、強化された狂戦士となって、フォウフォゥとハイに暴れ回り、最期は後腐れなく肉体崩壊して死ぬって酷いモンだ」
『あぶねー……』
陽気に踊っていたタルピーも、説明を聞いて立ち止まりドン引きである。
「だが、これを解体して、【痩せる薬】だけにして売るとは……面白い事を考える商人だ。まあ、ふつうは解体できないけどな、この魔胞体陣」
『……そうなの?』
「ああ、古来種の魔胞体陣ってのは五次元だからな。魔法陣が常にその中で変形、融合を繰り返してる。それを解体するとなったら、まずオレのこの手が必要だ」
オレは高次元から手を突っ込んで、超々立方体でできた複雑な魔胞体陣を解きほぐす。
「そして解体して、必要なものだけをのこしたのが……」
シンプルな立方体陣だけ残った、赤い石を掲げオレは叫ぶ。
「【痩せる薬】だけを作る胞体石! 完っ……成っ!!」
* * *
「まさか、こんなに儲かるとは……」
王都の高級住宅街の一角に、居を構えて数年。
豪奢な服を着たベデラツィは、自宅のベランダから茫然と街を見下ろしていた。
今では薬の元売りとして、財を成して押しも押されもせぬ大商人。
ベデラツィは下町の狡い金貸しから、大成功した豪商として王国内に知らぬ者はいないという大人物となった。
「どうしてこうなった……」
仕事の妨害をしようとした勢力もあったが、ザルガラ・ポリヘドラが共同出資者として後ろ盾になっていたため、誰も手を出してこなかった。
いや、いたにはいたらしいが、ザルガラの目に止まって潰されることになったらしい。
「こうなったのは……、やはりあの時の……あれか」
10年前の運命の日を思いおこす。
あのザルガラは、古来種の胞体石を改造して額面通り【痩せる薬】を作り出す胞体石を持ってきた。
気が付かなかったベデラツィは、胞体石から作り出される薬を、【麻薬】だと思って【痩せる薬】とし売りまくった。
売った、売った。売りまくった。欲望のため、必死に売りまくった。
売れまくった。
その結果がこれである。
「まさか、麻薬より儲かるとは――」




