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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第3章 憧憬と真贋

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彼女はそこにいる。

今回は途中ザルガラも出てきますが、三人称で通します。

 ディータ姫の葬儀は慎み深く、だが大きく公けに開かれて行われた。

 姫の死。

 王朝の途絶という不利益に満ちた事実でありながら、それを大きく喧伝するかのような葬儀は国内外で疑問に思われた。貴族共和制への移行が即日発せられる、という流言が出るほどだった。

 噂と思惑が蔓延る一部の者たちとは違い、大部分の国民はディータ姫の葬儀を敬愛と悲しみを持って受け入れた。

 ディータ姫の棺は、荘厳な古来祈念聖堂の中央に一時安置され、2日に渡って遺骸を礼拝する者が絶えなかった。2日目は一般国民も礼拝に訪れ、離れた位置から小さなディータ姫に黙祷を捧げた。


 化粧すらされていない美しい素顔(・・・・・)は、誰の目からも憐憫を誘う。


「この方が姫様だったんだねぇ」

「お病気だったそうで……可哀想に」

「今わの際に貴族の子息が呼ばれて、その方が姫様を看取られたそうよ」

「そう、悲恋かしらねぇ……」


 始めて見る姫の姿を、王国民は心に刻み込む。

 今まで消失姫などと無責任な噂を流していた者は、膝を折って場所もわきまえず詫びを述べるほどだった。噂とはいえ王家の負を広めた罪があるはずだが、そんな者でも追い出されるだけで咎めは無い。


 聖堂の奥で民たちの様子を眺める王は安堵する。

 ザルガラが持ち参じ、押し付けて言った愛娘の姿絵。誰が書いたかを訊ねたが、憎らしくも教えてくれなかった。

 怪童ザルガラは、その姿絵を元に、ディータ姫の朽ちた姿を治した。

 すっかり元通りになったディータ姫の姿を見て、王はザルガラが娘を生き返したと錯覚するほどだった。しかし、それは所詮死に化粧の範疇である。喜んで、落胆して、怒って、詫びて、そして礼を言った。


 王位を継ぐ者がいなくなったと、民に確認させるような式典。冷徹な目で見れば、王朝に終止符が打たれた日。

 だが、それ以上の意味があった。


 確かにディータ姫はいたと、天下に知らしめる。


 後悔が多すぎて、娘を見送る王の目には疲れしか浮かばない。王として毅然とし、悲しみなど見せられないのに、疲れだけははっきりと見てとれる。


 椅子に身を預け、王は暴れるザルガラの姿を思い出す。

 王はザルガラを呼び出したが、それに政治的な意味はなかった。


「思えば……、余は頼りたかったのかもしれない。そして内心では、恨んでいたのかもしれない」

 近衛騎士隊長が隣りに居ながら、王は独白をした。近衛騎士隊長は職務を全うし、反応して見せない。

 つい先月に起きた古来種騒動時、雷鳴を超える轟音に驚き空を見れば、娘と同じような姿でザルガラは楽しそうに暴れていた。

 自分の娘と同じなのに違う。元気一杯なその様子に、希望を抱きながらも恨みを持った。

 もう娘は死んでいたのに、自分で自分へ【鷺を烏(サギヲカラス)】を掛け、生きていると思い込んでいたエウクレイデス王は、ザルガラの姿に救いを求めた。


 娘ならこうするであろう……と、年頃の娘のように遠くから眺めて贈り物をして、興味をこちらに向かせようとした。

 娘の振りをして、1人事を話すようになったのもその頃だ。

 思い起こすと、エウクレイデス王は自分を情けないと思う。それ以上に娘に恥をかかせ続け、苦しめていたと後悔する。

 エウクレイデス王は、ザルガラの説得に心動かされたわけではない。彼の涙を見て、自らを省みたのだ。

 加えて言うならば、ザルガラが涙を誤魔化すため言った説得を、王は憶えていないし聞いてもいない。


 ふと、王は葬儀の最中に近衛騎士隊長に訊ねる。


「君は、ザルガラ・ポリヘドラをどう思うかね?」

 不意に問われ、近衛騎士隊長は返答に困った。しかし、そんなことは億面にも出さず背筋を正し答える。


「はっ! 今は幼いですが、いずれは国家を支え、貴族の模範となるべき人物に成りえると愚考いたします」

「そうか……」

 近衛隊長騎士以下、あの場にすべての人員は【鷺を烏】の魔法で認識をズラされている。ザルガラが王宮で暴れた件は、綺麗すっぱりなかった事になっている。

 王は改めて王家に伝わる独式魔法【鷺を烏】の恐ろしさを知った。使いすぎれば魔法の効果を直接受けなくても、使い手自らも、そして下手をすれば世界をも騙せる可能性を見出した。

 その恐ろしさから、王は1つの未来を想像する。

 

 死んだと認めなかったため、騙し続けるあまり世間からは存在しないとされるディータ姫。そしてそれを幸いと、自らも姫の存在から目を背ける未来――。


「……良かった」

 王の独白を聞いて、近衛騎士隊長は自分の意見に対しての応答と思い、敬礼をして下がる。

 しかしこの独白は安堵の声だ。


 愚かな王自らが娘の死を否定し続けるあまり、世間から消失するはずだったディータ姫。その彼女が確かにいたと世に残されたという小さな安堵。


   *   *   *


『葬儀には行かないの? ザルガラ様~』

「行かね」

 テーブルの上で踊るタルピーの問いに、そっぽを向くザルガラはそっけなく答えた。

 脇に控えるティエが残念そうに呟く。

 

「残念ですわね。私も一目お姿を見てみたかったのですが」

「姿絵があるから、それで満足してくれ」

 ザルガラは王に渡した姿絵とは別の絵をティエに渡す。身体に浮き出た聖痕スティグマが描かれた全身図の略図だ。身体は白抜き状態の輪郭だけだが、顔はしっかりと描かれている。

 聖痕の解読がいくつも描きこまれ、熱心に研究された後が見える。


『徹夜もしたのに、残念だったね、ザルガラ様』

『……あら、いい絵』

「よく描かれてますよね、これ。お仕事とすればよろしいでしょうに」

 手渡された姿絵を見ながら、3人(・・)の女性陣がわいわいとおしゃべりを始めた。


 行儀悪くテーブルの上に乗るタルピー。

 脇に控えるティエ。

 浮かぶ白いモヤ。


『これがあれば転移魔法も再現できそうだねー』

「そうなのですか? そうなると貴重な資料ですわね」

『……つまりわたくしの身体が研究される?』

「しねーよっ!」

 ザルガラは白いモヤに向かってツッコミを入れたが、すぐに顔を背けた。


「なんでそんな体になっても、その恰好なんだよ、アンタは!」

 3人の女性陣から顔を背けたまま、苛立たしくザルガラは叫んだ。


「やはりザルガラ様には、しっかりと見えるのですか?」

「ああ、困ったことにな」

「そうですか。私の【精霊の目(ダイアレンズ)】でも薄い蒸気くらいにしか見えないのですが……」

 ティエは前髪を掻き上げ、浮かぶ白いモヤをマジマジと見る。モヤは僅かに人型をしているが、そうと思っているから人型に見える……といった程度である。


「なんでこうなるんだよ……」

 ザルガラは窓際で頭を抱える。

 指の隙間から3人をチラリと見遣る。

 白いモヤは1人の少女の姿をしていた。

 古来種の力を一部持ったザルガラは、白いモヤをはっきりと見る事ができた。

 その姿は文字通り透き通る肌を持った少女。全てが白く、瞳にも色がない。

 足元まで届く長い髪、そこから覗く幼い美しい顔は、怖気を誘うが見る者の引き寄せて止まない。

 知らぬ者がその姿を見る事が出来れば、レイスかスペクターなど亡霊の類と勘違いするだろう。


 なにより異質なのは――。


「やはり気になりますか?」

「き、気にならねーよ! いや、気になるわ! そんな恰好でいられたら!」

 ティエに覗き見ているのがバレて、ザルガラは照れ隠しに激怒しながら白い少女を指差した。

 白い少女の姿は、レースの長手袋と膝上ストッキングのみ。

 おうとつの乏しい未成熟な身体は、全てがさらけ出されている。

 生気のない姿だが、その顔はまさにディータ姫その人であった。聖痕もそのまま残され、白い肉体の中でより際立つ。


 高次元へ立ち去る前に肉体が滅びたため、ディータ姫は精神体となり彷徨っていた。

 そこにザルガラが現れた。

 消え去る直前だった姫は、すがるようにザルガラに取り付き、なんとか意識を保っている。 


『……だって、死んだ時がこの恰好だったから』

「それでも少しは隠そうとしろ……あーダメダメ、失格。それはそれでエロいから」

 ディータ姫は豊かな髪で、雑に身体を隠そうとしてより扇情的な裸体となった。しっかりと隠せない分、重要な部分がより強調して見える。

 ザルガラに止められ、ディータはささっと髪を払った。重さのない白い髪が、白く儚く広がる。

 思わずザルガラも見惚れるほど、その姿は美しい。人外の美というものだ。


「でもはっきり見えるのはザルガラ様だけですから、別によろしいのでは?」

 ティエは達観しているのか、無表情で言い切った。


「なぜよろしいとなる!? よろしくないだろ、姫さんよ!」

『……よろしい』

「許可出すなよ! オレの反論が空振りだろ! あー、もうオマエ出て行けよ!」

『……無理。そして、いや』

 首を小さく振って拒絶すると、嫌がるザルガラにディータは擦り寄った。

 

『……高次元物質を間借りする私は、貴方から離れたら本当に消えてしまうから』


 


   *   *   *


 夕刻。

 葡萄噴水公園に続く間道で、ひっそりと店を構える食堂が看板を下ろされた。

 逞しい肉体にミニスカートという異常な大男は、看板を抱えて肩を落とし店内へと戻る。


 ベルンハルト・プルートは店の後片付けを……毎日の後片付けではなく、店を畳む片づけを不承不承していた。

 すっかり綺麗になった店内。文字通り綺麗に何もない。

 掃除を終えたマルチが、残った荷物の上に座り呟く。


「お姫様の葬儀、凄かったね……」

 少しでも会話して気を紛らわせたかったのだろう。マルチは先日に行われた葬儀を話題にだした。

 暗い雰囲気の中、葬儀の話で気を紛らわせるなど変な話だが、無言よりはよかった。


「ま、うちも葬式みたいなもんだがな」

 ベルンハルトが、娘の気使いを台無しにした。


「しばらくは息子んところで、傭兵付きの料理人でもやるか」

 彼の顔にどことなく追い詰められた様子がないのも、借金がないことや後の身の振り方があるからだ。ベルンハルトは仕方ないという顔をしているが、マルチはそうでもない。

 幼いマルチにとって、大部分の人生がレストランでの生活だ。

 それが無くなろうとしていて、安心していられるわけがない。不安でたまらない。

 娘の気持ちがわからないわけではないが、ベルンハルトは対処にあぐねていた。


「お兄ちゃんのところに行くの?」

「昨日までは勘弁してくれって気持ちだったが……」

 自らが結成した傭兵団とはいえ、今は息子に譲った。出戻りで息子のところで厄介になるのは、少しばかり気恥ずかしい。


 しかし、ディータ姫の葬儀を見て心変わりした。

 息子の顔を見るために、ちょっと休業だ。と気持ちを切り替えた。


 一方、マルチは割り切れない。兄と会えるのは嬉しいが、レストランが無くなる事は耐え難い。


「じゃああたしは、自分の荷物まとめてくるね」

「そうか。ワシは商会長に挨拶してくる」

 父の気持ちを慮って不安を隠し、マルチは2階へと昇って行った。ベルンハルトは戸締りをすると、肩を落として出かけて行った。


 マルチは自室に入りドアを閉めて溜息1つ――して、自室の妙な空気に気が付いた。


「だ、だれ?」

 思わず誰何すいかしたが、答えは聞かない。声を上げずに逃げれば良かったと後悔したが遅い。

 危険を察知して、ドアを開けようとしたとき――。


「勘がいいな」

 聞き取りにくい小さな声と共に、物陰から黒い霧が延びた。


「ひっ!」

 黒い霧がマルチの白い手を掴む。気体のようで、石膏のように硬い。マルチは悲鳴も上げられず、手も振り払えない。


「……あの勇者アザナ予備体マルチプル・ルートなら、私の器にちょうどいい」

 黒い霧がどこから声を発しているのか、そんな独り言をつぶやく。

 マルチの身体だけを見て、マルチ本人など気にもしていないという口振りだった。

 黒い霧の言葉に冷たさを感じ、マルチは悲鳴を上げようとしたが声が響かない。


「無駄だよ。アンタの身体はもう私の物……」

 黒い霧はマルチにまとわりつき、肌からゆっくりと沁み込んでいく。

 恐怖の表情を浮かべたマルチだったが、だんだんと冷徹な笑みへと変わる。


「良い……な。さすが勇者の予備だ。すんなりと魔力が満ちる」

 マルチとなった何かは、そういって身体の動きを確認する。短いスカートが捲りあがり、マルチの姿をした何者かは顔をしかめた。


「この姿になってまで露出か。つくづく縁がある」

 自嘲を浮かべ、マルチのような何かは部屋の鎧戸を開け放つ。

 そこには灰色の服を身に纏った小男がいた。


「モノイド様。そのお姿でアポロニアに戻られるのですか?」

 マルチを乗っ取った精神体は、モノイド。

 ザルガラに肉体を完膚無きまでに破壊された吸血鬼であった。

 しわがれた声の小男の問いに、モノイドは小さく首を横に振る。


「しばらくはこの女として生活しよう。この国での事も整理しないといけないからな」

「わかりました。ではそのように、こちらも拠点を新しく用意いたします」

 小男はかしこまり、より小さくなった。


「しかし……エウクレイデス王の道を狂わせたまま、取り返しのつかないところまで、あのバカバカしい状況を引き延ばそうと思ったが……」

 王権の引き渡し先が不明瞭なまま、諸侯たちを結託させようとした策が無駄となった。

 彼女はアポロニアギャスケット共和国の間者であり、吸血鬼であるモノイドはザルガラに肉体を破壊され復活できずにいた。

 彼女もまさか再生不能にされるとは思っておらず、古来種の真似事をしてマルチの肉体を乗っ取った。

 初めての挑戦だが、例がないわけでもない。スペクターなどの亡霊が肉体を乗っ取る方法を、モノイドが知っていたという理由もある。 


「ところでモノイド様。娘の肉体のほどは?」

「気分は……そうだな。どうやら……吸血鬼の力は弱くなったようだが、さすが勇者の予備体だ。魔法の方は問題ない」

 魔胞体陣をいくつか投影し、マルチの持つ才能を確認する。マルチは魔胞体投影などできなかったが、中身が変わればその限りではない。しかも元からもつ肉体のスペックが高いため、モノイドはマルチの身体に満足した。


「遺跡を潰したのが無駄になってしまったな」

 遺跡を埋没させた理由は、【鷺を烏】の王家独式魔法が王宮外では通用しないからだ。古来種観測カルテジアカットで調べられれば、すでに姫が死んでいるとバレてしまう。

 王宮に戻れば、再び【鷺を烏】の効果で騙され続けることになるが、戻るまでに情報が洩れる可能性があった。


「あの遺跡には本家・・にとって不都合な方の肉体もありましたから、お喜びになるかもしれませんよ」

 遺跡を埋めてしまったことに、意味があったと小男は言うがモノイドの顔は暗い。


「また……あの本家に利することをしてしまったか。いや、良いのだが……。よし、お前は子供たちを連れて拠点を確保しろ。そしてザルガラ・ポリヘドラに監視を付けろ」

 灰色の小男は無言でうなずき、街の闇の中へと消えて行った。


「プルート団の娘か。そこらの町娘よりは役に立つかもしれないな」

 消えて行った小男をしばらく見送り、モノイドは目を閉じ祈る。


「すべては帰参古来種のために」



これにて三章終了です。

数話前からのサブタイトルはつなげると言葉になりますが、彼女とは2人の女性を差してます。

次回の予定は「エルフとドワーフ」です。予定は未定。

しばらくは時間経過を兼ねて、番外編というかどうでもいい短編というかそういったものが続きます。


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