怪物でも助けられないけど
イフリータの涙は火花。
オレは今、それを知った。
『あんまりだぁ~!』
天井画を焦がしながら、タルピーは怒髪冠を衝く。
怒り狂いながらも泣くタルピーの姿は、いつもの子供っぽい姿じゃない。オレの身長の倍はあるかという、豊満な肉体を持った大人の女性となっている。その姿は絶えず吹き出る炎に巻かれ、赤く爛々と荒ぶっていた。
近衛騎士もエウクレイデス王も、上位種の顕現に度肝を抜かれ、タルピーの炎を見上げていた。
あ~、またやっちまったな。
イフリータの火花を見ながら、オレは少し後悔した……少しな。
後悔しながらここに至るまでを思い出す。
王宮内に入って、異変にまず気が付いたのはタルピーだった。
* * *
『なんかフニフニする~』
幼児かよ、オマエ。タルピーの表現が良く分からない。
王宮の庭園に続く門を潜った時、フニフニとかそんな事をコイツは言い出した。
『変な魔法がフニフニ~ってくるよ』
タルピーは手袋に封印された状態なので、外部からの魔法には鈍感となっているはずだ。それなのに魔法の影響を訴えるなど、これは異常という他ない。
オレは王宮を案内されながら、周囲に満ちる魔法を手繰る。
なるほど。何か、精神に向かって魔法がかけられている。
発信源は……王宮全体か?
貴族の間や魔法使いの家系では、独式魔法という独自の魔法を代々伝えている。おそらくこれは、王家の独式魔法なのだろう。多聞なオレでも経験したことのない魔法だ。
「こりゃあ……王宮内では大人しくしろっていう魔法かな?」
魔法陣の全貌がわからないので、このオレでも完全に理解できない。なにか精神的に強要する魔法ということは分かるが、具体的な解読は今のところ無理だ。
『う~、フニフニ~』
オレは大して気にならないが、タルピーはこの魔法に嫌悪感を抱いている。まあ王とはいえ、元を正せば中位種だ。上位種のタルピーにとったら、下の者から命令されている気分なんだろう。
そうして王宮の【王従の虎】という客間に通され、エウクレイデス王の到着を待つ。
式典で遠目にしか見たことない王の姿を期待し、らしくもなく期待が高まる。
絶えた王統を継ぎ、10年前の政変も乗り越えた政治的にも軍事的にも優れたエウクレイデス王。ちょっと気難しいところがあるらしいが、王としては高い評価を得ている。
敬愛したり尊敬したりしているわけじゃないが、興味がある。あ、臣下として忠の意はあるよ、さすがに。
客間で待つオレの周囲に、近衛騎士が張り付く。その数、8人。
……おいおい、ここは王宮だろ?
なんで王のプライベート空間に、近衛とはいえ騎士がこんなにいるんだよ。オレを警戒してるの?
近衛の対応に疑念が浮かぶ。
そうしているうちに、王が姿を現した。
憧れにも似た気持ちがあった。それは本当だ。
だが、ディータ姫の姿を見て打ち砕かれた。
そうか、そういうことかい、エウクレイデス王。王としてソレは意味があるのかもしれないが、父親としちゃ愚物だな、王様よ。
『なによっ! あれ!』
タルピーが怒り叫ぶ。封印されているのに、念話でオレの頭を揺さぶりやがる。ちょっと静かにしろ。
あと手袋が熱い!
静まれ、オレの右手袋!
手袋の中でタルピーが魔力と苛立ちを放ち、応じて王と近衛の警戒が強くなる。
――ああ、そうか!
タルピーがさっきからイライラしてるから、その気配を感じて近衛騎士たちがピリピリしてたのか。
納得したよ、コイツのせいか。
『もう、我慢できない!』
挨拶を終えたころ、タルピーの怒りが熱を持つ。
オレも我慢の限界だ!
アッツイッ!!!!
ついにオレは我慢できず、タルピーが封印された白手袋を床に投げ捨てた。
古来種と比べたら遥かに緩いとはいえ、待ってましたとばかりに一瞬で封印を打ち破り、白手袋を昇華させてタルピーの姿が炎となって噴き出した。
『あんまりだぁ~!』
火花の涙が爆ぜた。
オレは回想を止める。
しかしまさかディータ姫が死んでいたとはな。
高次元化する姿を誤魔化すなど、考えて見れば簡単なはずだ。今まさに、身体の形に服を膨らませて車椅子に座っているわけだからな。魔法で細工すれば、もっと上手くいくはずだ。
朽ちかけた首が痛ましい。
死を隠すあまり、遺骸の扱いがいい加減なんだろう。
まったく重ねてひどいことする。
『ひどすぎるよ! アタイ怒ったーっ!!』
火が爆ぜ、タルピーの声が熱を伴って部屋の隅々まで響いた。精悍な近衛騎士たちですら、その衝撃に圧倒されて身を堅くする。
「精霊王……」
近衛騎士は普通の騎士とは違う。剣の技能だけでなく、魔法の才能や高い教養を持っている。知識量はちょっとした学者並だろう。
高い知識と推察力、それに騎士としての判断力が加わる。
そんなヤツラなら、タルピーの顕現と魔力を見てすぐに精霊王と気が付く。いや精霊女王だけどな。さすがに驚いてちょっと間違えてる。
エウクレイデス王も、もちろんタルピーの正体に気が付いている。
精霊女王に圧倒されながらも、エウクレイデス王は庇うように娘の前に出た。親としてその行動は立派に見えるが、死体をそのままってのは許せない。
いずれ王自らが娘の死を受け入れるだろう。
オレの知っている歴史通りなら、死を隠したまま世間が透明だの消失姫だのと言うのを幸いに、いないことにしやがるはずだ。
親が娘をいないことにする。そうなる前に――。
「その者を……ザルガラを取り押さえろ! 【鷺を烏】」
近衛騎士に命令を与えるにも、独式魔法を使うか、この王様は!
タルピーの顕現に怯んでいた近衛たちが、剣を構えてオレに襲いかかる。
「いくぞ、タルピー! だが手加減しろ!」
『はいな、ザルガラさま』
なんだその返事?
オレが怪訝に思ったその瞬間に、タルピーが炎熱を近衛騎士に叩きつける。
彼らの鎧は特別製だ。通常ではありえないほど防御に特化した作りで、さらに防御魔法付与がある。時には王の盾となるのだから、防御重視は当然だ。
その鎧と盾も、熱を相手にはいささか分が悪い。盾を翳せば少しくらい熱を防げるが、熱そのものを操れるタルピーにかかれば、盾を迂回して鎧の中まで熱が及ぶ。
まともに近衛騎士8人とオレがやり合えば、簡単には勝てないだろう。しかしタルピーがいれば、その限りではない。
近衛騎士たちは、まず熱を防ぐことを優先した。立体陣を投影し、熱から身を守る。
この隙にオレは、万全の魔胞体陣を投影し終えていた。
「ビビりすぎだったな、近衛さんたちよ! 【咲くな、片陰の硬い花蕾】」
オレの魔法はタルピーの炎と熱の隙間を抜け、8人の近衛へと届く。彼らが全員、熱対策の魔法陣を使ったため、操作系への抵抗がおろそかとなった。
「な、なんだ? 鎧が!?」
重厚な鎧が静かになり、彼らの動きが止まる。堅牢な鎧がくっつきあい、騎士たちは花の蕾のように蹲る。
普通の服を着たヤツラには効果が薄いが、鎧を着た相手には最高の効果がでる魔法だ。頑丈であれば頑丈であるほどに、着ているものの動きを阻害する。
「次からは、攻撃だけじゃなくて操作系に対しても抵抗上げた鎧を着るんだな」
無力化した近衛騎士たちは、燃え盛るタルピーに任せる。
タルピーが睨むだけで、鍛え上げられた近衛騎士たちですら恐怖する。そりゃそうだ。上位種だもん。
オレだって普通なら怖い。
特に泣き怒ってる今のタルピーは。
ま、オレも結構怒ってるんだけどな。
いろいろ準備してきて、王や姫に取り入ろうとしていたさっきまでの卑小なオレにも腹が立つ。
姿絵を見て、なんとかディータ姫を助けようとしていた努力が、無駄になったのもムカつく。
だが、一番ムカつくのはこの王様だ。
「おのれっ!」
王の守る近衛騎士隊長が、ギラギラ光る魔剣を抜いてオレの前に立ちふさがった。
正直、接近戦でコイツとやったら負ける。オレが武器をもっていないとかそういう話じゃない。
この身体じゃ肉弾戦は無理だ。
だから魔胞体陣で身体を包み、近衛騎士隊長の剣を端然と受け止めた。立派な魔剣なのだろう。新式にして10枚相当の魔法陣が砕け散る。だが、魔胞体陣はまだ健在だ。まだ50枚分くらい防御魔法陣があるからな。
返す剣が再び防御魔法陣を削る前に、魔力弾を打ち出して近衛騎士隊長を弾き飛ばす。
彼も然る者で、この一撃ではダメージを受けていない。少しはよろめいたが、体勢も崩していない。すぐに新たな剣の一撃が魔法陣を削る。
だが近衛騎士隊長の意地もそこまでだ。
一撃目の魔力弾に紛れ打ち出した【闇に潜む暗黒の鎌】が、迂回して騎士隊長の脇腹を叩く。
「ぐがっ!」
意識外の攻撃相手では、防御魔法も上手く働かなかったのだろう。鎧はよく守ったようだが、不意打ちで騎士隊長の集中が途切れる。
そこを見逃さず、オレの魔力弾が雨となって近衛騎士隊長の全身をくまなく叩いた。
やり過ぎのようだが、近衛の鎧相手ではこのくらいやらないと効果がないだろう。
それでも吹き飛ばされず、前のめりに倒れた騎士隊長は称賛に値する。
煙を出し倒れる騎士隊長を乗り越えて、オレはエウクレイデス王に対峙した。
「……なにをしているのかわかっているのか?」
王はたじろぐことなく、オレの無礼を責めた。
だがオレも王の権威にたじろぐわけにはいかない。
「見ろ、この姿絵を」
ヨーヨーの描いたディータの似顔絵を取り出し、エウクレイデス王に突きつけた。ディータ姫が健在だったら、額にでも入れてプレゼントしてやりたかったよ。
「これを描いたヤツはいろいろ性格に問題あるが、そんな彼女もこうして姫の美しい時を記録してくれたんだよ。見事なモンじゃねぇか。髪の毛一本一本どころか、目端も口元から輝きが見える。……そう、姫様はな、この絵のお陰でオレの頭の中で、可愛い子と記憶されてんだ。こんな可憐な姫が、いかなる悲痛で苦しんでいると思ってきてみれば……」
勝手に王族の姿を描くのは不敬に当たるが、今のオレやこれからやろうとしてる説教からすれば微々たる不敬だ。
頭上に手を上げ、指し示すべく親指を立てる。
「それをテメェが、上書きしたんだよ。その姿で、オレのこの頭ン中にな!」
オレ自身の頭の天辺に、その親指を突きつける。
説教をする前に、娘がどういう姿でオレに記憶されたか。それをエウクレイデス王に突きつけた。
その意味を即座に理解したのか、エウクレイデス王の瞳孔が大きく開いた。唇は震え、目が乾くのが見えるほど見開かれる。
「……ザルガラよ。泣いているのか?」
見開かれた目でエウクレイデス王に問われ、オレは初めて涙が零れていることに気が付いた。
分かってた。正直言うと、タルピーが火花の涙を出す前から、オレは泣いていた。
「ち、ちくしょうめー! そうだよ! オレは泣いてる! 娘が死んだ父親より先に泣いてるんだよ! なんだよ、これ! 順番がおかしいだろうがっ!」
「……む、そうか……。先に……な。順番なら余がまず最初に泣くべきだったのだ……。認めて……誤魔化しなどせずに……」
なんかエウクレイデス王が納得し始めた。
やめろ! 涙で説得するなんて、オレが女みたいじゃねーか!
いかん、後付けで説教しておこう。
「親が死んだ事を認めず、生きていると誤魔化し続けた結果がソレだ! それが親の望むことか? 身に起きた事を嘆いて自ら命を絶った娘の、さらなる醜い姿を衆目に晒し続けて置きながら、魔法で洗脳してその姿を美しいと……死を生と……【黒を白】と言い張りやがるのか!」
ポカンとエウクレイデス王の口が開いたが、それも一瞬。すぐに真一文字に結ばれた。
いくら生きていると言い張って、人の認識は誤魔化せても、姫はその姿を晒し続けている事実。それをやっとエウクレイデス王は理解したようだ。
この辺で止めておくか。
ぶっちゃけ、物理で殴るとホントにマズいからな。
タルピーの権威があるとはいえ、ちょっと怖いです。
「余は……心の弱さを認めず、娘の死も認めず……」
エウクレイデス王の顔は無様だった。
だがそれは父の顔で、父の泣き顔だった。
2日後、ディータ姫の崩御の触れが王国を駆け巡った。




