高貴なるものより高貴なもの
王都エンディアンネスは大陸でもとりわけ規模が大きく、古来種の遺跡を利用した施設も多い。
一方通行ながら国内各所などへの転移門や通信設備だけでなく、劇場、運動場などから合法的なカジノまでと娯楽施設も充実している。
それらが如何に安価であろうとも、気軽に利用できるものではない。
大道芸人は代わり映えしないし、サーカスは祭りの時にしか出ない。歌劇は気軽に見れるものではないし、安い街頭大衆劇では物足りない。
王都の市民は安定した生活が出来る分、娯楽に餓えている。
そうなると酒や噂話が娯楽の中心だ。
今、もっとも市民の口に上がる話題は、エンディアンネス魔法学園で起きた古来種騒乱である。
「なんでもよう、古来種の研究をしてた学生がいるらしいじゃないか」
夕暮れ時――。
酒を出さない店でも、この話題となるとみな口が軽く大きい。
誰もが口を出して、耳を傾ける。
「あー、知ってる知ってる。エッジファセット様の跡取りさんだろ? なかなか優秀な子じゃねぇか」
「いやいや、研究に失敗して危うく学園どころか、王都をぶっ壊しちまうところだったってよ」
カフェの一角で誰かが古来種騒乱の話題を出すと、ろくに顔も知らない男女たちまで、会話に割って入るほどだ。
「危ないわねー。あの凄い地揺れでしょ? 隣の家のせっかく嵌めたガラス窓が割れて、そこの奥さん嘆いてたわよ」
「そう、その地揺れと衝撃破だな。そこで出たのが――」
「誰だい?」
「誰ですの?」
「それが怪物なんだよ」
「怪物ですの? あら怖い」
「怪物が暴れたのかい?」
「いやいや、怪物と学園で恐れられていた学生だ。エッジファセット様のご子息ですら、制御できなくなった古来種の魔力を一身に受けて、ご子息と王都を守ってくれたわけよ」
「そうなの?」
「ちょっとマネできないね。俺も少しは魔法使えるが、危ないんだろ? それって」
「そら、そうよ。なにしろ古来種が【みんなで】使うための魔力だ。1人で抑えられるもんじゃない。そこでさらに出たのが、天才よ」
「天才ときたか? あれか? 魔法学園の天才か?」
「いいね、その読み。いい読みだね。そう、魔法学園期待の天才だ。その子がまた偉い別嬪でねぇ」
「あら、私は男の子って聞いたわよ」
「そうなのかい? じゃあその美男子が、だ。先輩の怪物が魔力を抑えてる間に、魔力制御のシステムを壊して供給を止めたってんだ。いいじゃないか。友情だねぇ」
「おや? 別嬪なんだろ?」
「話聞いてたのかい? 男の子だよ」
「まあ、どっちでもいい。とにかく、そうして王都は守られたわけだ。そら、エッジファセット様のご子息は事故の責任があるが、古来種の魔力源を探し当てた功績は、まあデカイね」
「そうらしいな。年に数回しか使えなかった施設が、ソレのおかげで毎日使えるって話じゃないか」
「すごいねぇ。魔力不足で利用が見送られてた、低空飛行船も王都周囲限定で使えるってよ」
「あら、すごい。王都は広いですもんねぇ。それがあれば、買い物も楽だわぁ」
「利用料金高いぞ」
「あら、やだ」
「しかしなんにせよ、これで景気が良くなるぞぉ。どこも大忙し。怪物と天才、あとはドジな研究者に感謝だな」
「ああ、感謝だな」
知らない者同士が、共通の話題で仲良くなる。ここ最近、人と物の動きが活発になった王都で、よく見られる光景だ。
この光景を苦々しく見ている男がいた。
癖のあるブルネットの髪。長身痩躯、整っているが神経質そうな顔付き。才気あふれると言えば聞こえはいいが、どこか餓えたように爛々と輝く目。
餓狼が人となれば、こういった相貌になるだろうか?
そういう若者であった。
「くそっ! なにが怪物だ! 大人しくしているから、見逃していたものの、いきなり目立ち始めやがって。」
カフェでも酒場でも、道を歩いているだけで、そんな話が聞こえてくる。
「こんなことならば、馬車で通学するべきだったな」
彼は魔法学園の5回生で、生徒会で重要な役職を持っている。今日も遅くなったのだが、
「あの天才とか言われて、のぼせている子供もでしてよ、お兄様」
餓狼のような若者の意見に、伴なって歩く少女が不満に同調した。彼女は顔付きや雰囲気なども兄に似ていたが、身長だけは平均的な女性を下回っていた。
兄は5回生でトップ。妹はナンバー2。それでありながら、学園では3番手と4番手。怪物と天才のあおりを受けた兄妹であった。
近頃は2人の成績に全裸で迫る者までいて、すっかりささくれた日々を送っている。
そんな中、起きたのが先日の古来種騒乱。
ユールテルが研究者などと言われ、王都を襲った危機は事故とされている。だが一部では彼の独占欲による、ひどい過失の結果と知られていた。
兄妹もその事実を知っているうちの2人だ。
怪物と天才は、その友人の尻ぬぐいをしただけ。兄妹は2人をその程度の存在と見ていた。
事を大きくしなかったのも事実だが、王都を救ったというは過大評価もいいところである。兄妹は一人歩きする噂に、ほとほと疲れ切っていた。
気にしなければよいのに、気になって気になってしかたない。
気に入らないヤツらの評価が、気になってしかたない。
そんな気持ちが滲み出ていたのだろう。兄妹は闇を引き付ける。
日も落ちたエンディ屋敷街。その中頃で、2人の前に人影が進路を塞ぐように立った。
マントを身に着けた紳士だ。影のように黒い。影が立ち上がったような紳士だ。
兄妹はその紳士を見て、訝しく思った。道を塞がれたからではない。いでたちが妙なのだ。
影の紳士は正装姿で、ビロードのマントを纏っている。
宮仕えの魔法使いは、みなインバネスコートだ。
市井の魔法使いはローブを好み、マントを纏う者は少ない。この王都で、魔法使いのマントを身に付ける者は、魔法学園の生徒か、その教師のみと言っていい。
一見、魔法学園のマントかと思えたがそうではない。マントの素材がビロードと、かなり古臭い格好だ。300年以上前の流行である。
300年の魔法学園の歴史でも、ビロードのマントが採用されたことはない。
まるで王宮の古い絵から抜け出したような影の紳士が、兄妹たちの前にいた。
「何者ですか?」
妹が兄を庇うように出た。兄は当然のように、妹を盾とする。その行動は卑小なソレではなく、兄妹にとってはそれが当たり前という、自然な動作であった。
「狼藉者ならば……不意を打つだろう。だが、それをしないということは、まずは話があるのだな」
妹の後ろから、兄は高圧的に話かける。
影の紳士は鷹揚に頷く。
「そうだ。私は君たちを誘いにきたのだ」
「誘い? 影法師の夜会かな? 上から下まで黒い服というのは、持ち合わせがないのだがね」
いつでも魔胞体陣を投影できるよう準備しながら、兄は影の紳士に皮肉を投げる。
影の紳士の反応は、優しい笑いだった。
「ははは、これはいい。君たちなら、血統も、能力も申し分ない。ユーモアも上品だ。高貴なる我々の仲間になるに相応しいだろう」
大上段の物言い。
気位の高い兄妹は許せなかった。
彼らとて、高貴な血筋である。影の紳士はそれを知りながら、自分たちを「さらに高貴な存在」と言っているようだった。
高位の貴族子弟である兄妹より、さらに高貴な存在など王族の他にいない。そしてその直系家系は絶え、2つの傍家が辛うじて残っているだけである。
その2つの傍家に、影の紳士のような人物はいない。兄妹は傍流王家の人々の知己を得ている。
兄妹はそれを知るほど、高貴な血筋なのだ。
その2人を、影の紳士は見下しているのだ。
「その顔、わかるぞ。疑念、だな。我々を見て、まだ自分は高貴だと思っている。間違いではない。だが、それは人の尺度に過ぎぬのだ」
「なんだと? ……まるで人外であるという口振りだな」
「まったくですわ。きっと魔物が人に化けているのでしょう。汚らわしい。私たちの手で、化けの皮を剥いで差し上げましょう」
妹は先に魔胞体陣を投影した。魔力が注ぎ込まれるが、魔法を発動させることはなかった。
影の紳士を、雲から覗く2つの月が照らした。
兄妹は紳士に見覚えがあった。いや、聞き覚えがあった。一個人として聞き覚えではなく、種として聞き覚えがあった。
赤い目、長い犬歯、病的に青い肌、長い爪。
「我々こそ、真の古来種を継承する者。あの魔力供給システムの正統継承者である」
「ま、まさか! そんな!」
「い、いるわけがありませんわっ!」
兄妹は狼狽えた。
影の正体を悟り、ただ慄いた。
「そうだ。我々は吸血鬼」
とうの昔に滅んだとされる種。古来種が伝説なら、吸血鬼は歴史の住人だ。
壮年の男は、その歴史の住人だ――と、宣言した。
ここで時間経過を兼ねた番外編とペランドー主役の短編を挟んで第3章に入ります。
第3章はおよそ6話後から開始。
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