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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第2章 不和と重奏

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高貴なるものより高貴なもの

 王都エンディアンネスは大陸でもとりわけ規模が大きく、古来種カルテジアンの遺跡を利用した施設も多い。

 一方通行ながら国内各所などへの転移門ゲートや通信設備だけでなく、劇場、運動場などから合法的なカジノまでと娯楽施設も充実している。

 

 それらが如何に安価であろうとも、気軽に利用できるものではない。

 大道芸人は代わり映えしないし、サーカスは祭りの時にしか出ない。歌劇は気軽に見れるものではないし、安い街頭大衆劇では物足りない。


 王都の市民は安定した生活が出来る分、娯楽に餓えている。

 そうなると酒や噂話が娯楽の中心だ。

 

 今、もっとも市民の口に上がる話題は、エンディアンネス魔法学園で起きた古来種カルテジアン騒乱である。


「なんでもよう、古来種カルテジアンの研究をしてた学生がいるらしいじゃないか」


 夕暮れ時――。

 酒を出さない店でも、この話題となるとみな口が軽く大きい。

 誰もが口を出して、耳を傾ける。


「あー、知ってる知ってる。エッジファセット様の跡取りさんだろ? なかなか優秀な子じゃねぇか」


「いやいや、研究に失敗して危うく学園どころか、王都をぶっ壊しちまうところだったってよ」


 カフェの一角で誰かが古来種カルテジアン騒乱の話題を出すと、ろくに顔も知らない男女たちまで、会話に割って入るほどだ。 


「危ないわねー。あの凄い地揺れでしょ? 隣の家のせっかく嵌めたガラス窓が割れて、そこの奥さん嘆いてたわよ」


「そう、その地揺れと衝撃破だな。そこで出たのが――」


「誰だい?」


「誰ですの?」


「それが怪物なんだよ」


「怪物ですの? あら怖い」


「怪物が暴れたのかい?」


「いやいや、怪物と学園で恐れられていた学生だ。エッジファセット様のご子息ですら、制御できなくなった古来種カルテジアンの魔力を一身に受けて、ご子息と王都を守ってくれたわけよ」


「そうなの?」


「ちょっとマネできないね。俺も少しは魔法使えるが、危ないんだろ? それって」


「そら、そうよ。なにしろ古来種カルテジアンが【みんなで】使うための魔力だ。1人で抑えられるもんじゃない。そこでさらに出たのが、天才よ」


「天才ときたか? あれか? 魔法学園の天才か?」


「いいね、その読み。いい読みだね。そう、魔法学園期待の天才だ。その子がまた偉い別嬪でねぇ」


「あら、私は男の子って聞いたわよ」


「そうなのかい? じゃあその美男子が、だ。先輩の怪物が魔力を抑えてる間に、魔力制御のシステムを壊して供給を止めたってんだ。いいじゃないか。友情だねぇ」


「おや? 別嬪なんだろ?」


「話聞いてたのかい? 男の子だよ」


「まあ、どっちでもいい。とにかく、そうして王都は守られたわけだ。そら、エッジファセット様のご子息は事故の責任があるが、古来種カルテジアンの魔力源を探し当てた功績は、まあデカイね」


「そうらしいな。年に数回しか使えなかった施設が、ソレのおかげで毎日使えるって話じゃないか」


「すごいねぇ。魔力不足で利用が見送られてた、低空飛行船ミドルクライマーも王都周囲限定で使えるってよ」


「あら、すごい。王都は広いですもんねぇ。それがあれば、買い物も楽だわぁ」


「利用料金高いぞ」


「あら、やだ」


「しかしなんにせよ、これで景気が良くなるぞぉ。どこも大忙し。怪物と天才、あとはドジな研究者に感謝だな」


「ああ、感謝だな」


 知らない者同士が、共通の話題で仲良くなる。ここ最近、人と物の動きが活発になった王都で、よく見られる光景だ。


 この光景を苦々しく見ている男がいた。


 癖のあるブルネットの髪。長身痩躯、整っているが神経質そうな顔付き。才気あふれると言えば聞こえはいいが、どこか餓えたように爛々と輝く目。

 餓狼が人となれば、こういった相貌になるだろうか?

 そういう若者であった。


「くそっ! なにが怪物だ! 大人しくしているから、見逃していたものの、いきなり目立ち始めやがって。」


 カフェでも酒場でも、道を歩いているだけで、そんな話が聞こえてくる。


「こんなことならば、馬車で通学するべきだったな」


 彼は魔法学園の5回生で、生徒会で重要な役職を持っている。今日も遅くなったのだが、 


「あの天才とか言われて、のぼせている子供もでしてよ、お兄様」


 餓狼のような若者の意見に、伴なって歩く少女が不満に同調した。彼女は顔付きや雰囲気なども兄に似ていたが、身長だけは平均的な女性を下回っていた。


 兄は5回生でトップ。妹はナンバー2。それでありながら、学園では3番手と4番手。怪物と天才のあおりを受けた兄妹であった。

 近頃は2人の成績に全裸で迫る者までいて、すっかりささくれた日々を送っている。

 

 そんな中、起きたのが先日の古来種カルテジアン騒乱。

 ユールテルが研究者などと言われ、王都を襲った危機は事故とされている。だが一部では彼の独占欲による、ひどい過失の結果と知られていた。

 兄妹もその事実を知っているうちの2人だ。


 怪物と天才は、その友人の尻ぬぐいをしただけ。兄妹は2人をその程度の存在と見ていた。

 事を大きくしなかったのも事実だが、王都を救ったというは過大評価もいいところである。兄妹は一人歩きする噂に、ほとほと疲れ切っていた。

 気にしなければよいのに、気になって気になってしかたない。

 気に入らないヤツらの評価が、気になってしかたない。


 そんな気持ちが滲み出ていたのだろう。兄妹は闇を引き付ける。


 日も落ちたエンディ屋敷街。その中頃で、2人の前に人影が進路を塞ぐように立った。 

 マントを身に着けた紳士だ。影のように黒い。影が立ち上がったような紳士だ。


 兄妹はその紳士を見て、訝しく思った。道を塞がれたからではない。いでたちが妙なのだ。


 影の紳士は正装姿で、ビロードのマントを纏っている。


 宮仕えの魔法使いは、みなインバネスコートだ。

 市井の魔法使いはローブを好み、マントを纏う者は少ない。この王都で、魔法使いのマントを身に付ける者は、魔法学園の生徒か、その教師のみと言っていい。

 一見、魔法学園のマントかと思えたがそうではない。マントの素材がビロードと、かなり古臭い格好だ。300年以上前の流行である。

 300年の魔法学園の歴史でも、ビロードのマントが採用されたことはない。


 まるで王宮の古い絵から抜け出したような影の紳士が、兄妹たちの前にいた。


「何者ですか?」


 妹が兄を庇うように出た。兄は当然のように、妹を盾とする。その行動は卑小なソレではなく、兄妹にとってはそれが当たり前という、自然な動作であった。


「狼藉者ならば……不意を打つだろう。だが、それをしないということは、まずは話があるのだな」


 妹の後ろから、兄は高圧的に話かける。

 影の紳士は鷹揚に頷く。


「そうだ。私は君たちを誘いにきたのだ」


「誘い? 影法師の夜会かな? 上から下まで黒い服というのは、持ち合わせがないのだがね」


 いつでも魔胞体陣を投影できるよう準備しながら、兄は影の紳士に皮肉を投げる。

 影の紳士の反応は、優しい笑いだった。


「ははは、これはいい。君たちなら、血統も、能力も申し分ない。ユーモアも上品だ。高貴なる我々の仲間になるに相応しいだろう」


 大上段の物言い。

 気位の高い兄妹は許せなかった。

 彼らとて、高貴な血筋である。影の紳士はそれを知りながら、自分たちを「さらに高貴な存在」と言っているようだった。

 高位の貴族子弟である兄妹より、さらに高貴な存在など王族の他にいない。そしてその直系家系は絶え、2つの傍家が辛うじて残っているだけである。

 その2つの傍家に、影の紳士のような人物はいない。兄妹は傍流王家の人々の知己を得ている。

 兄妹はそれを知るほど、高貴な血筋なのだ。 


 その2人を、影の紳士は見下しているのだ。


「その顔、わかるぞ。疑念、だな。我々を見て、まだ自分は高貴だと思っている。間違いではない。だが、それは人の尺度に過ぎぬのだ」


「なんだと? ……まるで人外であるという口振りだな」


「まったくですわ。きっと魔物が人に化けているのでしょう。汚らわしい。私たちの手で、化けの皮を剥いで差し上げましょう」


 妹は先に魔胞体陣を投影した。魔力が注ぎ込まれるが、魔法を発動させることはなかった。

 

 影の紳士を、雲から覗く2つの月が照らした。


 兄妹は紳士に見覚えがあった。いや、聞き覚えがあった。一個人として聞き覚えではなく、種として聞き覚えがあった。

 赤い目、長い犬歯、病的に青い肌、長い爪。


「我々こそ、真の古来種カルテジアンを継承する者。あの魔力供給システムの正統継承者である」


「ま、まさか! そんな!」


「い、いるわけがありませんわっ!」


 兄妹は狼狽えた。

 影の正体を悟り、ただ慄いた。


「そうだ。我々は吸血鬼ノーライフキング


 とうの昔に滅んだとされる種。古来種カルテジアンが伝説なら、吸血鬼は歴史の住人だ。

 壮年の男は、その歴史の住人だ――と、宣言した。



ここで時間経過を兼ねた番外編とペランドー主役の短編を挟んで第3章に入ります。

第3章はおよそ6話後から開始。


当作品を面白い!と思われた方は、よろしかったらページ下から評価などよろしくお願いいたします。

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