3人のおっさんとその子供たち
二章の事後処理編です。
イシャン・ゴ・アンズランブロクールは、まだ脱いでいない。
胸を肌蹴ているなど、多少着崩しているが、エンディアンネス魔法学園の制服をしっかり着ている。
だが、一度帰宅すれば、その限りではない。
エウクレイデス王国王都エンディアンネスに、古来種の遺跡改築した広大な屋敷を持つアンズランブロクールの邸宅。
帰宅し、玄関を潜ったその瞬間、彼は全裸となる。
あばよ、衣服。
その時間、僅か20分の1秒である。
ではその脱衣プロセスをもう一度見てみよう。
エントランスホールに片足を踏み入れたと同時に、先んじて服に書きこんでおいた新式魔法陣を始動。
身体が屋内に入ると同時に魔力を注ぎ込み、魔法が発動し、衣服は全て使用人の元へと転送されるのである!
ハロー、全裸。
「お見事でございます。イシャン様」
出迎えていたアンズランブロクール家の家令の腕には、脱ぎさったイシャンの制服があった。
その上に最後となる、パンツがポンッと載った。
なお、彼はちゃんと服を着ている。
「父上が居られるのか?」
帰宅したイシャンは、立ったまま服を器用に畳む家令に尋ねる。
「はい。イシャン様が戻られたら、執務室に伺うようにと」
「そうか、先日の件だな!」
イシャンは家令が言い切る前に、執務室へと歩きだした。
ここはアンズランブロクールの家だが、廊下ですれ違う侍女たちは、しっかり着衣をしている。
彼の周囲では、いちいち服を着ているか否かを、いちいち表記せねばならない。
「父上! 私です!」
「イシャンか。入れ」
「はい!」
ドアを開け放ち、イシャンは父の執務室へと入った。本とインク、そして香りつき油の光源。落ち着いた部屋だ。
まだ子供の飛竜が、執務室の中央に眠っていた。羽を折りたたみ、イシャンの入室を薄目で見て、また絨毯の上に身を預けて眠る。
その飛竜の向こう、執務室の椅子に座るアンズランブロクール当主。ヘウリスコー・ゴ・アンズランブロクールが居た。
「父上! 先日の件! 考えてくださったのですか!」
「……入ってくるなり、その話か? まずはそのだらしない恰好をなんとかせんか」
ヘウリスコーは固太りした大柄の人物である。壮年でありながら、軍人の持つ武の大きさを感じさせる。
彼はイシャンの姿に大きな不満があるようだ。
軽い立ち振る舞いのイシャンに対し、ヘウリスコーの体躯は遥か下の地面を、しっかり捉えているかのような居住まいであった。
「父上こそ、自宅でそのように寛げない姿を……。どうか軍務を忘れて、もっと簡素な姿になっていただきたいものです」
「貴様のような、節度の足りない恰好などできるか! 私は王軍の将軍だぞ!」
威厳を放つように、ヘウリスコーが立ち上がる。その勢いで、武功を示す数々の勲章が輝き揺らいだ。
彼の股間で。
その勲章は、パンツにぶら下がっていた。
ヘウリスコーが身に着ける服は、ブーメランパンツとアスコットタイ。そしてパンツにつけられた20を超える勲章だけだった。
「まったく。すべてを脱ぐなど、節度が足らん。収めるべきものを収め」
パンツを指差し、
「己への訓戒を忘れず」
アプリコットタイを締め直し、
「歴史を誇る。それがアンズランブロクール家であろう!」
勲章を輝かせ、ヘウリスコーの威厳がイシャンを圧倒した。
「う、く……。も、もうしわけありません」
全裸に一言あるイシャンでも、父の威光を前にしては逆らえない。
「ふっ……だが、それも若さか……。私もお前が小さい頃は全裸だった。いまのうち……か」
変態だった。
家系が変態である。
「ところで、先日の件といったな?」
勲章の重みでずり下がったのか、ヘウリスコーはパンツを引き上げ、ついでに大事なモノのポジションを正した。
「は、はい。ご一考していただけましたか?」
「無理だ、と頭ごなしに言えればよいのだがな。明日議題にかかる古来種事件について、議会への介入か――」
難しい顔で顎を撫で、ヘウリスコーは低い声で唸る。
「軍政に関わることならいざしれず、ワシの接点といえばせいぜい息子が現場になった学園の生徒。なにしに出てきたと言われるのがオチだぞ」
「ですが、父上は議員ではありませんか」
エンディアンネス王国では、軍と政治が分離していない。
密接ではないにしろ、政務と利権が重なり合っている部署があった。
「将軍であるワシが議会に席をもつのは、軍の編成や予算に介入するためであって、古来種の件や、ましてや魔法使いの起こす事件に関わるためではないのだが」
「しかし、このままではザルガラ・ポリヘドラは……」
「議会も悪く扱わないだろう。いくら被害を拡大させたとはいえ、古来種の施設を一時機能不全にしただけだ。ひどくてもせいぜい、退学程度であろう」
「いえ、議会で彼への批難は大きいと聞きます」
「うむ、それはまあ一種のお約束なのだが」
政治というのは裏と表がある。例えば古来種の施設を管理していたり、そこの利権を持っている者たちは、下からの突き上げや立場上、批難の声を上げなくてはいけない。
「その声が雪崩を打って、大きくなると思わないのですか?」
イシャンは最悪の事態を恐れていた。
事が無関係なので、父ヘウリスコーは中立である。その中立勢力が、ザルガラを擁護する側に立てば議会は収まるだろう。
「言わんとすることはわかるがな。しかし、安心せい。民や現場の魔法使いの間では、ザルガラは英雄になっているぞ。その点を擁護派も利用するだろう」
意外な情報に、イシャンは驚いた。
「そ、そうなのですか?」
「軍務についておるワシより、学生という市井に近い立場にありながら、迂闊だぞ、イシャン。すこしは庶民の動向も注視するべきだ。我々は民を徴募し、兵として扱う立場なのだからな」
「た、たしかに」
イシャンは不徳に気づかされた。
いかに将軍、いかに高級将校といえど、兵となった民と一緒に戦うのだ。先陣を切るだけでは、貴族の軍人などとは言えない。
「と、いうわけで、パンツを履け」
「お断りします」
妙なポーズでイシャンは拒絶した。
* * *
長らく英雄不在の世に、満を持して英雄誕生――。
エンディアンネス王国の下町では、商人があつまる市場でも、女が集まる井戸端でも、子供が遊ぶ広場でも、新しい英雄の話題で持ち切りであった。
もちろん、男たちが集う酒場も論外ではない。
その話題の中心が、ある酒場に存在した。
鉄音通りに近い酒場。兵卒や鍛冶屋があつまるそこが、英雄譚の震源地であった。
「そんでよぉ、その息子の友達ってのがすげぇんだ。うちの息子ペランドーもな、優秀なんだが。ペランドーな、オレに似ないで魔法が優秀でな。そのうちのペランドーに、学園の先生方より、上手ぁ~く教えちまうんだよ。そんでな、ペランドーもめきめき魔法の腕を上げて……」
「おい、ニック! 今はおめぇの息子はいいんだよ」
「ザルガラってやつの話をしろよ」
「なんのために、てめぇに酒奢ってると思ってんだよ」
「まったく。うちの息子をどう立派にしてくれたかってのも功績だろうが」
酒場の男衆にやいのやいの言われ、ペランドーの父ニーモニックは、仕方なくザルガラについて語り始めた。
「見た目ぁ、そこらの悪ガキだが、俺の目は一目みて見抜いたね。下品にぎらついてよく切れる剣に見えて、その実、大望のため鞘の中にいても存在感を放つ名剣の類だ。あのギラッギラッした目は、英雄の目よ!」
「なるほどね。そのギラつきすぎなのが怪物って言われる理由かね」
「きっと、怖すぎんだな」
酔っ払いたちは、酔っ払いの話を聞いて、酔っぱらったような結論を出している。
「そうよ。だからあのザルガラっていうペランドーのな、息子の友人はな、ギラつきを自覚して、普段は目立った行動をせず、伏せて事を成すときだけ……こう――」
ニーモニックは剣を抜く仕草をして、テーブルの上に並ぶ酒瓶を切ってみる振りをしてみせた。
「スパッと快刀乱麻! 大事件だけを解決させちまうってわけよ」
「ほう、いいね。痛快だねぇ」
「いざって時は、ガンっとね。ヤツな! わかるわかる。奥ゆかしいねぇ~」
ろくにザルガラを知らないニーモニックだが、息子が友人だからと良いことにして、適当な事をいって話を広げ、酒を驕ってもらっていた。
職人でありながら、なまじ口が上手かったため、彼のいう事が真実のように市民に伝わっていく。
とにかく、情報の伝播が限られる時代である。
ニーモニックのようにザルガラを知る人物というのは、学外ではとても少ない。
ほどなくして、王都のほとんどの市民が、ニーモニックのいう人物像でザルガラを思い描くことになる。
ザルガラが仮病で寝ている間に――。
* * *
「うむうむ。つまりだな。エッジファセット家のユールテルが古来種の資料を見つけ、独自に研究しているさいに事故が起き、ザルガラ・ポリヘドラが身を以てその力を受け止め、アザナ・ソーハが古来種の制御装置を破壊して事態を収集させた――と、いう事で議会を決着させろというのだな?」
エイドルド・ルジャンドル子爵は、秘書官に向かって確認を取った。
そして、一拍置いたのちに、
「できるかぁっ!!」
禿頭を真っ赤にさせ、エイドルド・ルジャンドルは自宅の執務室で重い机をひっくり返した。
「前回ので、こっちが各方面にどんだけ借りを作ってしまったと思ってるんじゃ! たった10日でまた国王陛下を巻き込んで、三文芝居をせいというのかぁっ!」
「えー、あの今回はどちらからの要望でしょうか? まさかお孫さんではないですよね?」
「それは前回じゃ! アリアンマリから、おじいちゃんお口臭いって言われた時より、心臓がとまりそうじゃったわい!」
「そ、そうですか」
ルジャンドル子爵の剣幕に、秘書官は引き下がるほかない。
「今回は王家から要望がきたわ! ええい! いっそエッジファセット公爵のヤツからくれば、突っぱねてやるもの!」
「ま、まさか……王家からとは? 陛下ではないとしたら……」
エウクレイデス王国では、カトプトリカ家が王位についている。
初代エンディアンネス王の直系ではなく、傍流のカトプトリカ朝という状態で、現在その数は少ない。
国王のエンクレイデル・カトプトリカ・エウクレイデス。王妃はエンディアンネス直系だったが、すでに崩御しこの世にいない。
残るは1人。
王女だけだ。
「そうじゃ、そのまさかじゃ。なんぞ知らんが、ふぁんくらぶ? とかいうモンが、女官の間で王宮内に出来上がってるそうだぞ!」
「え? 誰のですか?」
秘書官は俗っぽい言葉に我が耳を疑いつつ、マヌケな声で尋ねてた。
ルジャンドルは髭を撫で、肩で息をつきながらいった。
「ザルガラ・ポリヘドラじゃ」
出してしまった…ヘウリスコー…
ごめんなさい。
偉人を穢して




