目覚めれば辛い現実
「お目覚めになられましたか?」
目の前にティエがいた。上から覗きこむティエの前髪が垂れる。そこから覗く珍しい緋色の目は、茫然としているオレを映していた。
「ここは……。オレの部屋か?」
ベッドに寝かせられていたのだろう。身体が怠い。
「もうずっと目を覚まされなかったのですよ。心配いたしました」
起き上がろうとすると、ティエが手を貸してくれた。身を起こしてからため息をつき、オレは額を押さえた。
「……どっからどこまでが夢だったんだ?」
古来種の力で力尽き、アザナのいい一撃をどてっぱらに喰らったわりに、自宅ベッドで寝かされているとなると――。全部、夢だったのか?
もしかして、これも夢か?
「夢ではありませんわ。むしろ、私が夢かと思っている次第です」
「ああ、心配をかけたな」
意識が無くて、ティエを心配させたと、オレは労いの言葉をかけようとしたが……。
「いえ、心配だなんて! 不安はあっても心配などいたしませんわ。ザルガラ様の幸せを前にして」
「そうか。……ん?」
オレの幸せがなんだって?
戸惑うオレの横で、ティエが両手を握り合わせて陽気にクルクルと踊り始める。
「だって、ザルガラ様が結婚なさるんですから!」
「誰がだよっ! 誰とだよっ! ……あ、夢か」
急にオチが分かったので、オレは布団を被って寝てしまい目覚める事にした。
……ん?
なんか変だな。まあ、いい寝る。寝て目を覚ます。
「ザルガラ様! 結婚式をどうなさるおつもりですか!?」
「うるせぇな。オレはこれから目覚めるんだよ! 邪魔すんな、夢!」
「起きてるのに? 布団を被ったら寝てしまうでしょう」
確かに変な話だな。
「さあ、ザルガラ様! お着になるドレスをお選びください!」
ティエがどこからともなく、白いドレスが大量にさがるハンガーラックを引っ張り出してきた。
「なんでオレがドレス着るんだよっ!」
「それはザルガラ様に決まっております! あ、赤がよろしかったですか?」
あまりの事態に、オレは飛び起きてティエにツッコミを入れてしまった。
「そうじゃねぇよ。結婚だけでツッコミどころありまくりなのに、なんで女装すんだよ、オレが!」
「……は? どうされましたか? ザルガラ様。性格がお悪くなったのですか?」
「そこは頭が悪くなったのかだろうが!」
「そうですか。ザルガラ様は頭がお悪くなられたのですね……」
「いやそうじゃねーよ! 頭も顔も悪くなってねーよ。オレがツッコミたいのはそこじゃ……」
気が付く。
オレは自分の身体に、憶えのない重みがあることを。
重みは肩にかかり、揺れて胸元にぶら下がる。
「……む、むむむ胸ェッ!」
オレの胸におっぱいがあった。デカイ。
ずいぶんと鍛えなおしたな、オレ。すごい鳩胸だ。
待て、こんな筋肉はこの世に存在しない。
困惑するオレに、ティエがハンガーラックから取り出したウェディングドレスを翳して見せる。
「ザルガラ坊ちゃんは、ザルガラお嬢様になられたのです。もうすぐザルガラ奥様ですが」
「ウソ、やめて! 夢でもこういうのやめろって!」
狼狽えるオレ。動揺するオレ。混乱するオレ。
そんなオレの部屋に、年寄りとは思えない大声を上げて、家令のマーレイが乱入してきた。
「ザルガラぼっちゃ……お嬢様! 新郎の入場です」
「いきなり新郎かよ! な……」
ガァッ! っとマーレイを怒鳴りつけるが、マーレイが泣きながらとても幸せそうな表情をしているので、言葉を失ってしまう。
そして、その隣りには、もっと言葉を失わせる存在がいた。
アザナだ。
「ザルガラ先輩! お迎えに参りました!」
またウェディングドレスか!
ウェディングドレスを着たアザナが、ブーケを持ちそこにいた。
「なんで新郎なのに、新婦なんだよ!」
「あ、やっぱりボクがタキシード着るべきでしたか?」
「そうじゃねぇよ! オレが着るんだよ! じゃなかった。結婚しねーよ!」
「ザルガラ先輩を女の子にしちゃったから、ボクが責任を取るんだよ!」
「ど、どうやってオレを女にしたんだよ!」
「それはザルガラ先輩が古来種の力を使って、ボクと戦った時、最期の魔力弾の一撃が股間に……」
「やめろ! オレのかっこいいシーンをかっこ悪く改ざんするなぁーーーっ!」
あれはどてっぱら! あれは腹に当たったの!
やめて! シーンを差し替えないで!
「わかりました。リピートして確認してみましょう。あ、ザルガラ先輩のかっこいいセリフ(笑)のシーンだ」
「やめて、とめて、そこじゃないでしょ、リピートするところ。分かってやってるだろ! この外道がっ!」
オレは空中に映像を投影するアザナに、後ろから飛びかかる。
そのままオレとアザナは縺れ込んで……。
「明かりは消してください……。ザルガラ先輩」
暗転――。
* * *
「お目覚めになられましたか?」
目の前にティエがいた。上から覗きこむティエの前髪が垂れる。そこから覗く珍しい緋色の目は、茫然としているオレを映していた。
「ここは……。オレの部屋か?」
ベッドに寝かせられていたのだろう。身体が怠い。
いや、この身体の怠さは現実的だ。
「良かった。夢か――」
「もう三日も目を覚まされなかったのですよ。ああ、控えの間にいるので、すぐにお医者様をお呼びいたしましょう。まずは異常がないか確認を……」
「いや、待て……」
退室していくティエを呼び止める。が、慌ててオレの声など聞こえてないのか、ドアを開けっぱなしで走り去っていってしまう。
パタパタとこれまた珍しいティエのはしたない足音を聞きながら、オレはベッドから身を起こし額を押さえた。
ティエが慌てて立ち去り、却ってこれが現実だと理解できた。
あの慌てよう。あれを見ると夢っていう気がしない。
「三日か……。いや、どこからどこまで夢だったのか」
とりあえずウエディングドレスは夢だ。確実に。なんか前も見たし、あの夢。
茫然としていると、ティエが医者を連れて戻ってきた。
何事もなく診察され、魔力の使いすぎで疲れているだけと診断された。
「よかった、ザルガラ様。みなさん、心配なされていたのですよ」
「そうか。オマエにも心配をかけたな」
「いえ……。私はザルガラ様を心配されるお友達が、見舞いにいっぱいいらっしゃって大変、嬉しゅうございました」
「なにその、間接的にオレが倒れてたほうが、ティエには嬉しかったみたいな言い方」
「お目覚めにならぬザルガラ様のお姿に、このティエ。とてもとても心を痛めておりました」
「信用できねぇっ!!」
居住まいを正すティエに、怒声を浴びせる。だが、ティエはほくそ笑んでいた。
気に入らない。
だが、こうしてオレが元気であることを、喜んでいるのは確かだ。
オレに友達が増えたことも喜んでる。
ところで、その友達ってホントいるよね?
想像上の友達じゃないよね?
来てるよね?
と、心配していたら――。
「やあ、見舞いに来てみたら、たった今、目を覚ましたっていうじゃないか!」
イシャンが服を着て現れた。
夢か?
「ザルガラくん! 目が覚めたんだって! こ、これお見舞いの蒸しパン!」
ペランドーが蒸しパンを持って飛び込んできた。
またそれ鍛冶用の重曹つかってんのか?
次はヨーヨーでもくるか?
「このたびは、不肖の弟が御迷惑をおかけいたしました」
来なかった。
ユスティティアが申し訳なさそうに、入室してくる。
そして最後にアイツが――。
「ザルガラ先輩! 結婚しましょうっ!」
「なんでまたウェディングドレスっ!」
――暗転
* * *
「お目覚めになられましたか?」
目の前にティエがいた。上から覗きこむティエの前髪が垂れる。そこから覗く珍しい緋色の目は、茫然としているオレを映していた。
――三度目かよ。
これもまた夢か?
判然としないが、まずは確認したい事があった。
「なあオレの見舞いに、誰がきた?」
オレの質問――。
――間。
ティエが可哀想な物を見る目をし、慌てて顔を逸らした。
「……き、昨日の今日なので……。事件が事件だけに、事後処理などでまだ、誰も……」
「あ、じゃあオレあと三日くらい寝込むから」
「仮病ですね。わかりました。友達いっぱい見舞いに来るといいですね!」
以心伝心。
ティエは一から十まで理解してくれている。
現実って辛ぇ~。
夢は変だったけど、友達が来てンじゃん!
この辛い現実からして、夢じゃないな、コレ。
みんなっ!
誰でもいいから待ってるぜ!
お見舞いに来てくれよな!
おわりました。
変な終わり方ですが、そのあたりの事情は活動報告で。
しばらくは脇役キャラの短編や、事後処理の短編などを書いてから、第3章を開始したいと思います。




