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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第2章 不和と重奏

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見たこともない魔法陣

 オレがアザナに見損なわれて二日後の放課後――。

 いや、アザナのことはどうでもいいのだが、あの日から二日後。


 放棄遺跡につくったアジトは、着々と形になっていた。

 椅子とテーブルはもちろんある。棚も不恰好ながら作った。大量の本でも詰め込まないかぎり、壊れたりしないだろう。

 クッションなどの類はないが、そんな軟弱なモンは無理にいらない。

 これなら、まる一日、アジトで時間を潰すこともできるだろう。


 荷物を運び入れ、一休みしながらおやつを食うオレの前で、ペランドーが投影魔法陣の練習をしていた。

 

「はあ、やっと素体ゾムの辺が投影できたよ……」

 そういうペランドーの眼前に、腕の長さほどの棒が、一本だけ投影されている。色は無色。周囲の光を屈折させて、透明度の高いガラスのようだ。

 これに魔力を注ぎ込むと、各々の個人の力によってさまざまな色がつく。オレの基本色は青だが、その気になればどんな色にもできる。 


「上等、上等、一昨日まで素体ゾムの頂点すら出せなかったんだ。急成長だよ。ま、オレのおかげだがな」

 努力家の友人を褒めながら、レモネードを飲む。かぁーっ、この炭酸が堪らん。酒もいいが、この身体には毒だろう。


「でも、最低でも正三角形をかけないと意味ないんだろ? これじゃあなんの役にも立たないし、実感がわかないよ」

 それほどの急成長に、まだ不満をもらすか。

 オレはいまいち成長に気が付いていないペランドーに、魔法陣ですらない棒の素体ゾムに向かって手持ちのコインを弾いた。


「っ!」

 ペランドーは目を瞑ってしまったが、コインは素体ゾムの棒にぶつかり弾かれ、遺跡の床に落ちた。


「え? こんなのでも……」

「そう。そんなのでも、棒っきれを眼前に翳しているようなもんだ。一本だからもちろん強度はお察しだが、自由に出せればちょっとした攻撃くらい防げる」

「うーん。でも、正3角形や正方形のほうが受け止めやすいよね」

 目標が高いのか、贅沢なのかわからんな、ペランドー。


「そりゃそうだけどさ。それを言い出したら、自分をすっぽり包める立方体陣作れるほうがいいぞ」

「あ、いいね、それ。ぼくそれを目標にするよ!」

 気軽に言ってくれるな。

 さいですか。

 まあ目標が高いことは、いいことだ。


 ペランドーは喉をレモネードで潤し、再び投影の練習を始めた。棒が縦に出たり、斜めに出たりするが、二本同時に出すことはできない。

 せめて、順番に出せればいいのだが、二本目を描き始めると一本目が消えてしまう。

 後は慣れなので、今のところアドバイスすることもない。


 練習を眺めながら、オレは学園とステファンの現状を考えた。


 困ったことに、なぜかステファンの調査は進まない。昨日はステファンが学園を休んだし、今日も特に行動を示さなかった。

 タイムリミットまで10日を切ったが、もしかしてギリギリに古来種カルテジアンの力を手に入れるのだろうか?

 逆にもう古来種カルテジアンの力を手にいれた後で、いまは余裕を持って日常を過ごしている可能性がある。 


 まずいな。最悪の場合、先手に回ってるつもりが、後手になっているかもしれん。

 いまのうちに、図書室から重要書籍をちょろまかして置いておくか。

 いずれ学園は、南校舎を残し消滅する。図書室は北校舎にあるので、消滅を間逃れない。

 ステファンが暴れる数日前くらいに、いくつか抜き出しておけば、まず発覚しないだろう。


「ねえ、ザルガラくん」

「んあ? なんだ?」

 おやつのレモネード蒸しパンを食べている最中、ペランドーがなにか思い付いたように声をかけてきた。


「なんだか、スラムの方が変わってきてない?」

「そういえばそうだな」

 気が付いてはいた。だが気にしてはいなかった。

 ペランドーは気にしているようだ。


「なんだ、騒がしいよね、ここ数日」

「そうだなぁ。ついでに景気もよさそうだ」

 酒を飲んで暴れてるという騒ぎではない。昼間から宴会のように酒を飲み、商売女を引き込んでいる連中がいるらしい。

 気にしてないので確認はとってないが、どうも一山当てた連中がいるようだ。


「ところでこのレモネード蒸しパンって旨いな」

「レモネードはもちろん、鍛冶屋だから重曹もいっぱいあるからね。ふわふわの蒸しパンの材料に最適だよ」

「鍛冶用の重曹かよ」

 ……食用使えよ。

 まあ旨いから食うけどさ。


「あー、なんだかザルガラくんが蒸しパン食べてるの見てたら、お腹空いてきちゃった」

「さっき、オマエは2つ食ってただろ」

 オレはこの1個だけだ。


「投影魔法陣の練習したからかな?」

「魔力は多少減るだろうが、腹は減らんぞ、それ」

 体格的に、腹ペコキャラなんだろう。ペランドーは。


「ま、ペンとかそういうモンが欲しいし、買いに行くついでだ。葡萄噴水広場にでもいくか」

 あのあたりなら、日が沈んでも露店が出ているだろう。ペンなど筆記用具を売る店に心当たりはないが、露店で食い物買ったついでに聞けばいい。


 ペランドーは食い物を求めて、遺跡の階段を下りていく。

 階段はすでに魔法で、見た目上消してある。オレかペランドーが近づくと、幻影魔法が一時的に解除され、階段が見える仕組みだ。


 腹が減ってるくせに、軽快なステップで階段を降りるペランドーの後を追う。外に出ると夕日がやけに眩しかった。通信設備遺跡は窓が少なくて、ちょっと薄暗いからな。

 照明関係は、改善を考えてみよう。


 運悪く噴水広場は、ここから西だ。

 西日に向かって、眩しい目で歩いていると、遺跡に向かって小さな人影が向かってきた。


「こんな時間に……誰だろう?」

 ペランドーは立ち止まり、オレの横に並んだ。この時間にスラムに向かって帰るとしたら、そこの住人だろう。ひったくりの可能性もあるので、一応は警戒……しようと思ったが、シルエットに見覚えがあった。


「マントの形状が、魔法学園のもんだな」

「え? だ、だれだろう! アジトがバレたのか?」

 ペランドーが慌てる。

 バレてもオレと同程度じゃないと、侵入できないけどな。


 人影はオレたちを気にする様子がないのか、立ち止まることもなく向かってくる。やがて、西日が建物の角に隠れ、人影をはっきりと視認することができた。


「……ユールテルか?」

 先日、オレを無視していったユールテルだった。

 充分近づいている。オレのつぶやきは聞こえただろう。

 なのに、ユールテルは反応を示さない。


 くそ、この間のことで軽蔑されてるのか?

 一応、弁明しておこう。いや、エッジファセット家と関係はあまり持ちたくないが、アレは弁明しておきたい。


「よう、ユールテル。こんなのところになんのようだ」

 努めて普通を心掛け、ユールテルに声をかける。

 だが――。

 

「……」

 オレになど興味もない。そんな態度で、ユールテルはオレたち横を、通り過ぎてしまった。

 ちょっと傷つきかけたが、ユールテルの様子は明らかにおかしい。


「お、おい。ユールテル。どうした?」

 後ろから声をかけると、やっとユールテルが反応した。

 緩慢な動きで振り返り――。


「あ、ポリヘドラ先輩。こんにちは」

 愛想笑いを貼り付け、ユールテルが低い声でいった。


「……ユール、テル……だよな?」

 ちょっと自信がなくなってきた。もしかして、似た別人か?


「ええ。僕みたいな、公爵家の跡取りが……。そう、跡取りがこんなところにいるなんて珍しいでしょ?」

「あ、ああそうだな」

 上手く対応ができない。オレが友達いなくて、会話がへたくそだからではない。

 なんていうか呆気にとられるというか、わけがわからないというか、そんな感じだ。


「ちょっと探し物を、ね。なんていうか、放棄遺跡ってアジトに向いてますよね?」

「オレた……そ、そうか。いいよな、アジトって」

 思わずオレたちもアジトあるんだぜ、とか言いそうになったが飲み込んだ。これがエッジファセットの人間ではなく、普通の後輩なら誘ってもいいんだが……。

 それにエッジファセット家と関わりたくないではなく、ユールテルの様子がおかしくて誘う気にならない。

 名家の重圧でおかしくなったのか?

 そういえば、ユスティティアが……。


「じゃあ、僕はこのあたり回ったら帰りますので、さようなら」

「お、おう」

 オレの考えを遮るように、ユールテルが話を切り上げた。それ以上、追及するのもなんだし、立ち去るユールテルを見送った。

 あ、ヨーヨーの件を、訂正しておくの忘れた。


「ザルガラくん。あの人、知ってる人?」

「ああ。って、アイツが自分で、エッジファセット家の跡取りって言ってたろうが」

 聞いてなかったのか? ペランドー。


「まあ、いいか。オレもエッジファセット家にはあんまり関わりたくないし……」

 魔法陣練習用の魔法を与えたので、それなりにヤツの成長が気になる。なんていったって、あの名門だからな。

 案外、アレのおかげで急成長して、ガキっぽい慢心から性格でも変わったか?


 いや、それってオレのせいってことか?


「ふえ、ふえ、ふえ、見つけたぜ、ザルガラァ」

 いろいろ思案しながら噴水広場へ向かおうしたその時、路地裏から男の声がかかった。

 目をやると、暗がりから数人の男たちが姿を現す。


「魔法学園の制服を見かけたんで、追いかけて見たら、本命にぶち当たったぜ」

「お、この間の短足じゃねーか」

 一番前にいたのは、先日ステファンを取り囲んでいたチンピラのリーダー格だ。そうなると他のメンツも顔を憶えていないが、あの時のチンピラか?


「なんだ? オレになにか用か?」

 オレはペランドーがいる事を考慮し、魔法陣をいつでも投影できように身構えた。


「はっ! あいかわらず、偉そうだな、ええ? 怪物さんよ」

 リーダーには、なにやら自信が溢れていた。

 何か策でもあるのか?

 オレは警戒を強めた。


「俺様の名前は長手のカトゥン。いっとくが短足だからじゃねーぞ! あまりバカにしてもらっちゃ困る。これでも、俺様は天才って呼ばれてたんだ」

「あーそうかい」

 よくある話だ。平民でどんな新式も使うのが上手かったら、将来を有望される。で、慢心したのか。

 そんなカトゥンの、くだらない過去の栄光を聞き流していると、4人の部下たちも一歩前に出て、順番に手を上げ始めた。


「俺も子供のころは、剣の天才って言われてたんだ!」

「俺は子供のころ歴代国王陛下の名前を全部フルネームで言えたんだっ!」

「俺は泳ぎの天才っ!」

「俺なんてスプーン曲げ少年だったんだぞ!」

「やめろっ! 痛々しいわっ!」

 どんだけ、過去の栄光に縋ってんだよ、こいつら!

 特に最後はなんだよ! スプーン曲げてどうする!


 オレのツッコミに呼応するように、カトゥンがさらに一歩前にでた。


「怪物といえども、コレはみたことあるまい」

 カトゥンがそういうと、一瞬で魔胞体陣が投影された。


「なっ!」

 さすがのオレは驚きの声を上げた。

 一瞬で、胞体陣を、投影。

 これだけで、魔法学園のトップクラスと同格だ。

 だが、それ以上に驚かせたのは……。


「まさか、捩れ立方体陣だと!」

 捩れ立方体とは、6枚の正方形と8枚と24枚と大きさが異なる正3角形を表面とした立方体だ。

 胞体陣のように複雑ではないが、一つで38個分の魔法陣となる。新式魔法を使うには充分すぎる立方体だ。

 確かに、「あまり」見た事無い。


「つか、それ作るんならもう胞体陣作っちゃえよ」

 それほど作るメリットがないからな。

 驚きはしたが、脅威にはならない。描くのが難しくとも、所詮は新式。

 防御も考え、オレは正16胞体陣を投影してみせた。

 これは構成面が36枚と、数では負けているが許容できる魔力が違う。

 立方体陣ではどんなに面が多くとも、薄い魔法を同時にたくさんつかえるだけだ。

 オレはまだ軽口をいう余裕があった。

 

「その余裕、どこまで続くかなぁっ!」

 カトゥンはそう叫んで、単純な魔力弾をオレに向けて打ち込んできた。

 38枚分、威力は高めてあるようだが、新式ごときオレにはそう通じない。

 正16胞体陣でそれを無難に弾くが、その感触はかなり変わっていた。


「む……。なんだかんだで、独式になってるな……」

 オレは余裕を失う。

 飛んできた魔力弾は確かに弱い。だが、いま魔力の流れに妙な感じがあった。

 独式になると、カトゥン自身がなんらかの特殊効果を追加している可能性がる。


「今更気が付いたのか? 怪物が!」

 カトゥンが新たな魔法陣を投影した。

 それはオレと同じ正16胞体陣だった。


「おい、マジかよっ! 下がれ、ペランドー!」

 オレは正8胞体陣でペランドーを包み、後ろへと下がらせる。

 正16胞体陣なら、魔力さえ足りれば城壁すら吹き飛ばせるはずだ。


「わかったか? 今の俺様は、オマエの魔胞体陣を盗んだんだよ!」

 乗っ取りなら理解できるが、盗んだ?

 どういうことだ?

 

「見ろ、この目!」

 カトゥンは自信に満ちた目を指す。


 瞳の奥、そこには『本当にみたこともない』魔胞体陣があった。


「超々立方体……」

 古来種カルテジアンが使う魔法陣。

 新式の立体陣、古式の超立体……つまり胞体陣のその上。

 ヤツの目のなかに、それがあった。


「どうだ! 驚いたかぁ!」

「ああ、だが手のうちを晒したのはバカだったな」

 正直、知らないまま戦っていたら、オレは負けたかもしれない。

 いくらオレが描けない魔法陣でも、その魔法陣を『解析』することはできる。


 ヤツの目の中にある魔胞体陣は、「見えている魔法と魔法陣を自由に制御する」というモノだった。

 例えば、オレが魔法弾を放つ。するとヤツは、それを憶えてコピーすることも、弾道を逸らすこともできる。その気になれば、術者に向けて返すこともできるだろう。

 オレが空を飛んで見せれば、ヤツはその挙動を操作することもできる。というしろものだ。はっきり言って初見殺しである。

 だが、分かってしまえば問題ない。

 相手がバカで良かったぜ。


「『耳を逆撫でる子守歌!』」

 つまり見えない魔法を使えばいい。


 奴は目を使いすぎている。

 目で反応できるものには、めっぽう強い。だから、音を使った。


「ごがっ!」

 魔力で優るオレの音波が、カトゥンと正16胞体陣を貫く。

 短足リーダーカトゥンを気絶させ、通り抜けた音波は、スラム街の壁を叩いて消えた。

 

「あ……」

 一撃でリーダーがやられるのを見て、チンピラたちが一気に戦意を消失した。


「すごいや! ザルガラくん!」

 無邪気に喜んでるがな、ペランドー。もしかしたら負けてたぞ、オレ。

 ペランドーの声に驚き、チンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「リーダーを置き去りかよ」

 オレは少し同情しながら、気絶するカトゥンを調べた。気を確実に失っていることを確認し、まず瞳孔を見て見た。

 目の中に超超立方体陣は、歪みながら消えて行く。


「おいおい、寿命どころか、基礎魔力まですり減ってる。俺が正600胞体陣を作った時より酷いぞ」

 寿命は肉体的なものだ。基礎魔力は魂にまで直結している。

 この男は魂を見れば、すでに人間ではなくなっている。

  

 数日で、この変化。考えられる原因は一人。

 あの時、カトゥンと接触していたヤツが怪しい。


「ステファン・ハウスドルフ……。スラムの人間を実験体にしやがったのか」

 言い知れぬ怒りが、オレを支配した。

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