小悪魔の中に悪魔
ザルガラとペランドーが自主的に授業を切り上げた直後――。
柱に縛り付けられたヨーファイネに、草むらから近づく人影があった。
小さなその人影は、周囲に誰もいないことを確認すると、素早く物陰から飛び出して、ヨーファイネにかかった拘束の魔法を打ち消した。
鎖から解放されたヨーファイネは、軽やかに着地して、小さな人影に頭を下げる。
「ありがとうございます。アザナ君」
ヨーファイネを解放したのは、ザルガラを見損なって走り去ったはずのアザナだった。
「協力してもらったのに、ごめんねぇ。ヨーファイネさん」
「いえいえ、アザナ君のためでしたら」
鎖の後を気にするヨーファイネに、アザナは両手を合わせて謝るというどこの風習か分からない謝罪をして見せた。
なんと二人はひどいことに、ザルガラへいたずらを仕掛ける共犯者であった。
転移門を作る際、アザナは行ったことある場所にしか転移先を指定できない。アザナはランズマに行ったことがあるのだ。
アザナは昔、ある人物の治療のためランズマを訪れ、そこでヨーファイネと出会い、彼女の手助けをした経緯があった。
「まさか母の治療を手伝っていただいた恩を、いたずらの手伝いで返せるとは思いませんでしたわ」
「うん、ありがとう」
目の前でアザナの嬉しそうな顔を見ても、ヨーファイネは妄想を膨らませることはない。彼女にとって、アザナはそういう対象ではなかった。
「でも、私はザルガラ君にも恩があるんですよねぇ。いたずらが一段落したら、謝らないといけません。板挟みですよ」
ヨーファイネは困ったように頬を抑え、悩ましく腕を抱えた。
恩義を感じているなら、なぜヨーファイネはアザナのいたずらに協力したのか?
「板挟み……男の人に板挟み……はぁはぁ、きっとこれでザルガラ君が怒るでしょうね。怒りの矛先は、わたしの肉体に……」
ヨーファイネはヨーファイネだった。
「……そ、そうだね」
さすがのアザナもドン引きである。
「と、とにかく、まだまだボクのいたずらは続くよぉ。次はどうしようかなぁ」
アザナはザルガラと違った意味で、しつこかった。いわゆるSというヤツである。
相手に好意を抱かせると、その反応を見て無性にからかいたくなる。アザナの悪い癖だ。
愛らしい魅力を、悪意を持って無駄遣いする。
小悪魔というより、悪魔であった。
「こちらにいらっしゃいましたか、アザナ様」
そんなアザナの被害者にして、虜となったユスティティアが、深刻そうな表情を顔に張り付けて現れた。
「あれ? ユスティティア、どうしたの?」
いくらアザナの性格が悪くても、困っている相手を無碍にすることはない。むしろ、率先して助けようとする。
助けたあとで、からかったり、いたずらするが。
「実は、またユールテルが早退してしまいまして……」
「そうなの? 今日は登校してきたって聞いたけど、帰っちゃったの?」
アザナとユスティティアは同じクラスだが、ユールテルは隣りのクラスである。
「どうされたのですか?」
ヨーファイネは、失礼と思いつつも事情を尋ねた。
「ええ。私の弟であるユールテルがここ数日、学園に真面目に通わず、頻繁に早退しては帰りが遅くなるのです」
「それは心配ですわね」
「はい。先日は、あのザルガラ・ポリヘドラ様に良い影響を受け、勉学に熱心となり司書の手伝いもしていたのですが……急に」
素直だったユールテルが、ユスティティアどころか家令たちのいう事も聞かない。
反抗するわけではないが、何を言っても聞き流しているのだ。
両親に頼るとしても、二人とも離れた領地で、気軽には頼れない。しかし、このままでは確実に頼る事になる。
「うーん。ザルガラ先輩に、いたずらを仕掛けてる場合じゃなかったかなぁ」
いまさらながら、アザナは反省した。ザルガラにいたずらした事そのものを、反省しているわけではなかったが。ひどい子である。
「アザナ君。いつか痛い目に合いますよ……」
ヨーファイネが呆れがちに諌めようとしたが、アザナが聞く様子はなかった。
「警備用の魔法陣を書き替えてユールテルくんの捜索用にしてもいいんだけど、前回の騒動で教頭会のおじさんから注意されたしなぁ」
アザナも自重くらいは知っている。利害関係者である教頭会に、これ以上迷惑はかけられない。
転移門の事でも、ひどい心労を与えてしまった。
「アザナ様が魔法手帳の供給元でなければ、停学もありえましたわ」
「でも、ことがことだし、ちょっとは頑張らないといけないかな。学園内での行動くらいは、監視できるようにしようか。早退するのくらい、事前に察知できるよ」
「アザナ様!」
「へいき、へいき。ティティにはこれ以上、迷惑をかけないよ」
アザナはいたずら心溢れる目でウィンクをしてみせた。
「ザルガラ先輩が書き換えたのを、間借りするなら『書き換えた』ことにはならないよね」
なんとアザナは、ザルガラの書き替えた魔法陣を隠れ蓑にする気だ。瞬く間に正12胞体陣を作り出して、魔力を注ぎ始めている。
ユスティティアは止めようとしたが、アザナの書き換えがすでに始まってるのを見て、出遅れたと肩を落とした。
「ほんと、困った方ですわ」
自由奔放を逸脱するアザナ。
出会った頃のユスティティアは、公女としてしっかりアザナの手綱を握るつもりだった。しかしいつの間にか形勢は逆転して、今はすっかり振り回されている。
アザナの進撃を止められるものはいない。
「頼みの綱は――。もしかしたらザルガラさんかもしれませんわね」
楽しそうに『書き換え』をするアザナの背を見て、ユスティティアは悪ガキぶったザルガラのシニカルな笑みを思い出す。
「ちょっと頼りないですが」
一言、余計であった。
ひどい子ですね、アザナくん。
あとでお仕置きしないといけませんね。




