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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
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突き刺さる優しさ


「く、苦しい……」


 かつてこれほど「死ぬ」と思ったことがあっただろうか?

 いやない。


 いや、オレ、一度「死ぬ」と思ったことあった。というか一度、死んだことあったな。

 忘れてた……とにかく、朦朧とする。


 太陽が敵に見えてくる。


 学園の校庭で息も絶え絶え、懸命に腕を振り、足を前に出す。が、進んでいる気がしない。

 周囲の風景は動いているが、先行するヴァリエとアザナとヨーヨーが遠ざかっていく。

 せめてヨーヨーには負けたくないが、追いすがることすらできない。


 聞くところヨーヨーはここ最近、身体を鍛え始めたようで、すでに平均的な男子より体力があった。


「し、心臓が破ける……」


 負けん気で必死に追いかけていたが、もう限界だ。

 立ち止まって両手をつき、泣き言を言うと、先行していたアザナたちが戻ってきた。

 オレの前までくるとその場で足踏みをしながら、アザナがオレを叱咤する。


「右心房と左心房があるんです! 心臓の一つや二つ、破けたところで大丈夫です、ザルガラ先輩!」

「…………ソレ、心臓が左右で二つって意味じゃねぇからっ」


 ツッコミが遅れたのは、少し考えてしまったからではない。

 走り込みで息が切れていたからだ。 


「ツッコミができるようなら、まだ走れますね!」

「死ぬ!」


 直喩。


 死ねではない、オレが死ぬ。

 ツッコミはできるが、走ったら死ぬ。


 さてなぜ、オレがこんな死ぬようなことをいているのか。

 

 それは先日、南の島で得た教訓だ。

 体力作り。

 そのため、オレは毎朝、校庭を10周することにした。

 

 改め思う。

 ヴァリエとアザナの体力はかなりのものだ。

 11周してまだ軽く汗ばんでいるくらいだ……あれ? ノルマ1周オーバーしてるぞ。


「もう11周したから終わり!」

 オレはその場で寝転がった。

 通りで。後1周を2回聞いたと思った。

 気のせいじゃなかったんだ、アレ。


「カウントしていたタルピーさんが周回を間違えたので、あと2周くらい行けると思ったんですが」

「けいさんがにがてか?」

「た、たりらー」


 オレが睨むと、タルピーは校庭脇の棒登りでポールダンスを披露しつつ歌い、とぼけて誤魔化していた。

 仕方ない。タルピーに周回カウントを任せたオレが悪いのか。


「軽く10周で」「11周だろぉ?」「そのくらいでダウンなんて、ザルガラ先輩も案外だらしないんですね」


「初日なんだから大目に見ろ……」


 アザナに煽られた。が、反論するくらいなら休憩する。

 実に合理的だ、オレ。 


「一息、いれましょう」


 前のめりになっているアザナの後ろで、ヴァリエが左右に行き来しながら休憩を提案した。

 なぜかヴァリエの視線は、アザナの尻に向いている。

 その後ろにいるヨーヨーも、反復飛びしながらヴァリエとアザナの尻を見物していた。

 

 欲望が駄々洩れだな、この2人は。

 運動で発散できないのか。


 そんなことより重要……いや、問題とすべき点はアザナの恰好だ。


「ところでアザナ」

「なんですか?」

 見守っていたフモセから、タオルを受け取るアザナに声をかける。


「なんでオマエも、|ソレ≪・・≫を履いてるの?」


 ヴァリエとヨーヨーはわかる。

 アザナもブルマというものを履いてた。


「これですか? 今日のボクは履いてもいい日なので」


 赤いブルマの裾を引っ張りながら、「なんでそんな質問を?」とアザナが首を傾げた。

 その仕草がとても自然で、アザナが女の子に見え……そんなはずはない!


「なにいってんだか……。それは通常、女の履くもののはずだ」


 疲れて何もかも億劫だ。しかし、はっきりさせておかないと。


「朝から運動かね? 感心、感心」


 ブルマは女物だと指摘したその時、女物のドレスを着たアフィン教頭が通りかかった。

 オレたちの体力つくりに理解を示し、がんばりたまえと言い残して去っていった。

 

 アフィン教頭先生は、最近はオレたち以外の生徒が問題を起こしても女装する。

 生徒の模範たる教員がアレだ。

 アザナのブルマについて注意させても無駄っぽい。

 

 面倒になってきた。


「まあ、言っても今更か」

「もう遅いですね」

「遅すぎたんだ」


 脳の酸素が足りない。

 なんだかもう、アザナとの会話がおざなりだ。


 ヴァリエとヨーヨーは息を整え終え、身体が冷え切る前に立ち上がった。


「ではアザナさん。もう3本。ダッシュをして終わりにしましょう」

「だ、そうです。ザルガラ先輩」

「明日から頑張る」


 アザナにダッシュを誘われたが、この身体と秒で相談してお断りした。


「いきましょう、アザナさん」


 4人娘の中で、もっともオレに冷たいヴァリエがアザナの手を引いて駆けだす。

 かまわれないのが寂しいが、ここで走れと言われるのは心底つらい。

 冷たくしてもらったほうが、今はうれしい。

 

 2人は走り出したが、ヨーヨーはまだいる。

 

「ブルマ姿のアザナ様が走れば、ザルガラ様もお尻を追いかけますよね?」


「それはオマエだけだよ」


 さらっと捏造してくるので、正しい情報を伝えておいた。


「さっきまで追いかけてましたよね」


「走っていたら、置いていかれだだけだよ!」


 さらっと捏造されたので修正しておいた。 

 拳を振り上げると、ヨーヨーはヴァリエもびっくりな速度で走り去っていった。

 そのままアザナたちに合流して走っているが、あれは2人の尻を追いかけているように見える。

 やっぱり、ヨーヨーが犯人じゃねぇか。


「まったく、あんなのはもうほとんどパンツ――」


「ぶるぅまぁああああああっ! あれはぁパンツぅなどぉではーぁ……ないッ!」

 

 突如、オレの背後に変態が現れた。

 もう驚かないぞ、オレ。

 この街……いや、世界には変態は偏在しているんだ。

 急に現れてもうろたえない。

 

 あと体力がない。


 現れた変態は、シングルタキシードにシルクハットでマントという恰好だ。日中の学園内でコレだけでもおかしいのに、さらに変な要素があった。


 ブルマを顔に被り、両目を爛々と輝かせている。


 頭部は完全360度、変態であった。


「どうしよっかなぁ……」


 疲れて息が切れている状態で、変態の応対はしたくない。

 今のオレにもっと必要なのは休息だ。

 必要なのは変態ではない。

 いや、普段もいらねぇけどな。


 ダメだ、酸素が足りない。


「お前のことを影から見ていて、ははぁーん。さぁてはぁ仲間ぁだなーぁあ、と思ったが、ぶるぅまぁああああああをパンツなどというなどぉっ! 見損なったわ!」


 なんで仲間と思われたんだろう?

 気だるく変態ブルマ仮面を睨む。


「ええぇい! 言ってもわからぬ常道じょおおぅどぉうをぉ行くものめぇっ! 正しいぶるぅまぁああああああ愛を証明ぃしてやぁあるからぁぁ、そこでぇ……見ていろ!」 


 仮面男はご丁寧に、左回りでアザナたちを追いかける。


「右回りの方が速いんじゃねぇか?」

 アザナたちはすでに半周を超えている。

 説明するまでもなく、右回り。つまり真正面へ向かうか、偏差射撃のように、到達地点を予測して突っ切った方がいい。


「ケツから追いかけることが重要、だ!」


 こだわるなぁ、コイツ。


「うわっ、なんかきましたよ、アザナさん!」

「え? なにが……わ、何だあれ!」

「昨日の私のような恰好の方ですね!」


 ヨーヨー、ダレの被った?


「こっちへ……こないでっ!」


 追いつかれる直前に、ヴァリエが立ち止まって強烈な後ろ蹴りを放った。

 蹴りの速さと鋭さは、素人目に凄いということしかわらかない。

 だが後ろ蹴りに込められた魔力と威力強化は、オレの目で見ても一流と言える。


 だがブルマ仮面も然る者で、なかなか強固な防御立方陣を投影していた。


「ぶるぅまぁああああああっ! 素ぅぅ晴らしいケェェツッからぁぁ、伸びる引き締まったぁ太ももぉぉからのぉぉ後ろ蹴りぃぃい!! ぶるぅまぁああああああを履くにぃ相応しいぃぃっ!」


「ひいぃぃっ!」

 

 渾身の後ろ蹴りを阻まれたヴァリエの顔が、嫌悪と恐怖で引きつる。アイツのいつもおっとりすました顔が、泣き顔になるのは初めて見た。


「すぅさあああっ! もっとそのケツから放つ蹴りをっ!」

「チェストぉ!」


 変態のリクエストを無視した情け無用のストレートパンチ。

 後ろ蹴りから足を下す挙動と振り向く反動が、威力となって放たれる拳に伝わる。


 それに魔力が加われば、蹴りで弱っていたブルマ仮面の防御を打ち抜くに十分だった。


 顔面に拳を食らうブルマ仮面。

 ブルマが吹き飛んで、素顔を晒していた。

 整えられたヒゲが印象的で、なかなかに渋いおっさんだ。


 大きなダメージはないようだが、変態ブルマ仮面は膝をついて顔を抑える。


「ぶらぁあああああっ! ケツが割れたぁぁっ!」


 仮面を失った変態は、顔を必死に隠しながら逃げ去っていく。


「そこは面が割れたじゃないんですか?」

 

 アザナがブルマ仮面改めおヒゲの変態に突っこみを入れた。

 でも、正しくは面が割れてはいないんだよな。

 アレがダレか、結局知らない人だし。 


 オレは芝生の上に火照った背中を預けたら、7割の空と2割のスカート裏地、そして1割のブルマが視界に飛び込んできた。


「あ、もうアレと。もう仲良くなったんですか?」


 ブルマの主の声が降ってくる。

 この声はイマリひょんだ。

 こいつもブルマを履いているのか。


「オレの背後に気配もなく立つのやめてくれないか?」


 いつの間にか、イマリひょんはオレの後ろに立っていたらしい。

 以前、制服が違っていることから部外者と露見した反省からか、どこから手にいれたのか学園の制服を着ている。


 今日だけで、アフィン教頭、ブルマ仮面、イマリひょんの三人だ。

 背後にこれから魔法的な目をつけよう。今日からつける。決めた。


「ところで、あのブルマの男を知っているのか? イマリひょん」


「ブルマの男。と言われると。ブルマを履いた男。のようですね」


 いつもの調子でその場から動かない。ブルマが見えっぱなしなので目をつむる。

 

「そういう発想はいらないから、情報よこせ」


「アレ、4傑の一人。ヘイバーシン伯」


「うそだろ!」


 オレは変態アレの名前を聞いて、跳ね起きた。

 校門付近で守衛に見つかり、追いかけられているのがヘイバーシン伯だと?


 イマリひょんが潜入し、オレに不信感をもっている禁忌の魔法を受け継ぎ守る大地の4傑。

 その一人があのブルマを被っただと?


「オレの周囲にはこんなのしかいないのか……。この分だと、ほかの三人も怪しいな。どういう変態なのか、イマリひょん。調べられるか?」


「え? 変態について。調べるの?」


 そんなのに興味あるの? と、イマリひょんが肩を抱いて引いていく。


「変態について調べたいんですか? ザルガラ先輩。そんなことだから変態探偵って言われるんですよ」


「そんなの調べなくても、私を隅々まで調べれくれればいいんですよ! ザルガラ様!」

「うわぁ……」

 

 ダッシュを終え、帰ってくるアザナたち。

 ヨーヨーはいつものことだが、ヴァリエの反応が慣れないのでキツい。


 しかし、あのブルマ仮面。オレを探りにきたのか?

 変態でもあっても、察知されずに近づいてきたのは事実だ。

 警戒するに越したことはない……。


 あと、一応反論しておくか。


「変態を調べるわけじゃないからな。これ、政争だからな!」


 自分で言っていてなんだが、説得力ねぇなぁ……。


   *   *   *


「おい、聞いたか? ザルガラのやつ、アザナにブルマを履かせて校庭を走らせたってよ」


 放課後の学園で、噂好きの少年が声を潜めて友人たちに根があるような葉があるような噂を流していた。


「聞いた聞いた。なんでもヴァリエさんやヨーファイネさんにも履かせて、その後ろから追いかけてたんだってな」


 噂好きの少年の友人も、これまた噂好きであった。


 この噂に、教室の片隅で聞き耳を立てるぽっちゃり少年がいた。

 ぺランドーだ。

 おやつを食べながら、気配を消すという特技を生かし、黙って……いや食べながらうるさいのもなんだが……静かに噂を聞く。


「しかもザルガラのヤツ……おっと」

 噂好きの少年は口を押えた。

 ザルガラはすでに男爵位を持つ貴族だ。

 貴族子息であっても気軽にザルガラとは呼べない。


 だがそこは学園。

 まだ気安さがあった。


「まあ、いいか。ザルガラ……だけどな。女子生徒に目隠しさせてスカートの中を覗くとか、そんなこともしてたらしいぜ」

「マジかよ。そんなヤツだったのか」


 噂しながらも、どこか二人の少年はうらやましげだった。


「強いと、なんでもできるんだな……」

「ああ……」


 ――すげぇな、ザルガラ・ポリヘドラ。

 二人の少年は、ある面からザルガラに敬意を持った。


「でも、部下にブルマ被った男はいらないな」

「そうだね」


 当然の話ではあるが、二人の意見は一致した。


 この様子を横目で見ていたぺランドーは、おやつを食べ終えると決意の言葉をつぶやく。


「ボクだけはザルガラくんの友達でいてあげよう」


 ぺランドーのやさしさは、ザルガラにとって良いのか悪いのか――。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 四傑って解放されたんですよね。 それなのに変態ってことはもうどうしようもないのかな
[一言] 筋トレは無理しちゃだめですよ。 あと、決まった回数をやることも大事です。 多すぎると体が嫌がってしまいますから。 >今日のボクは履いてもいい日なので 日によって性別が変わるんですかね? ア…
[一言] これヨーヨー戻ってる? 何か植え付けるの間違えてない?
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