生徒に優しい少な目授業
王都のとある屋敷に、4人の怪しい人物が集まっていた。
訳あり顔で押し黙り、誰かを待っている。
やがて戸が開け放たれ、暗かった室内に光が差し込む。
「遅くなったな」
最後に来た男が席につき、やっと場が動きだす。
「さて、これで我ら4人。エウクレイデス王国四傑がそろった」
「あ? 始めます。やっと?」
「あの子供が余計なことをしなければ、こんな急に集まらずにすんだのにな」
「まったくだ。まさか再教育魔具の管理者を引き込むとは」
一斉にしゃべりだし、二人が何者かに文句をつけた。
「あの子供? サード卿?」
「ああ、そうだ」
不機嫌に答えた貴族は、苛立ちを抑えるため葉巻に火をつけた。
あえて子供とぼかしたが、やったことの大きさゆえに誰かわかってしまう。
「解放された魔物たちを集めているだけ、と思っていたが」
「ああ。まさか再教育魔具とはな」
「王族に取り入るだけでなく、古来種になり替わるつもりか!」
再教育魔具。
それは未だ古来種の支配を受けていない、大陸の辺境の人々や魔物を支配できる魔具だ。
もちろん、コクーンの中に無力化して放り込む必要があるので、簡単ではないが、それは洗脳装置の一種といっていい。
古来種が支配していた地域の外に、領土を広げる必要が特になかったため、再教育魔具は放置されてきた。
だが、このごろでは古来種の支配から逃れるものができた。
表立ってはいないが、彼ら四傑のように支配からの解放が増えている事態に、気が付いている人物もいた。
解放の事実を知る者からすると、魔具を手に入れたサード卿ザルガラ・ポリヘドラは注目の的であった。
「我々もそろそろ動くべきだと思うが」
一人目が水を向ける。
「仕方あるまい」
二人目が受け取る。
「ここは協力しあおう」
三人目が提案する。
「我ら四傑の力を持ってすれば、必ずやあの子供を屈服させることができるだろう」
四人目がほくそ笑む。
「このお酒。おいしいですね。」
五人目が酒を飲む。
* * *
「などと申しておりました」
ある昼下がり、諜報活動を終えたイマリひょんが、影門屋敷のテラスにひょんと現れてお菓子を食べながら報告を終えた。
「なるほど。シベリアお代わりだ」
オレは勝手に食われた分と、イマリひょんへの報酬としてシベリアをティエに追加注文する。
シベリアとはアイデアルカット印、つまりアザナが提案して作られたお菓子だ。人々に争いを招いたヨウカンをカステラで挟むという、なかなか糖分の暴力である。おいしい。
そういえば、なんでシベリアというのかわからない。後でアザナに聞いてみるか。
シベリアのお代わりをティエが持ってくる。
配膳された皿の上には、見慣れないお菓子も乗っていた。
お代わりのシベリアに飛びつくイマリひょんの将来の体形を無責任に思い描きつつ、見慣れない長方形クッキーの片側に、チョコが貼り付けられたお菓子を手に取る。
「ティエ。このお菓子はまたアザナの新作か?」
「はい。アラサードというお菓子です。誰がアラサーですか!」
「お、おう……」
給仕するティエが怖い。
お菓子の名前が気に入らないのか?
「しかし、イマリひょんは優秀だな」
「えっへん」
ティエの繊細な年れ……心に触れないように、話題を変えた。
わざとらしくシベリアを食べながら、胸を貼るイマリひょん。
「ところでイマリひょん。ここにきてすぐシベリアに食いついたが、手を洗ったか?」
「あ。洗った」
あ。のところにスタッカート。歯切れはいいが、微妙な間があった。
「洗ってないな」
「洗っ……てなかった。と思い。ます」
食いさしのシベリアを皿の上に置き、イマリひょんは手を洗いにいった。
「まあ今更手を洗ってももう遅いと思うんだがなぁ」
お代わりのシベリアに手を延ばすと、ディータ・ミラーコードが肩からテーブルの上に降りた。
ディータ本体は、主に王宮で生活している。まあ、なにかとこちらに来るのだが、今は小さなミラーコードがこちらにいる。
「……ザル様。お勉強の時間です」
ディータ・ミラーコードが、どこからかミニ教鞭を取り出した。
「もぐもぐ……なんの?」
「……貴族の」
「なんのこっちゃ?」
ミニミニ教師は質問に答えない。ダメな教師だ。
「……四傑の会話を、ここに書き出しています」
「さっきの報告の奴らの会話?」
イマリひょんの報告を、前もって纏めていたか。
ディータ・ミラーコードはテーブルの隅に平置きされた鞄から、書類を取り出した。
「……では。タルピー、ウラム。お願い」
「まかされたー」
「仕方ないわねぇ」
ディータ・ミラーコードはすでに協力を取り付けていたのか。
タルピーとウラムが頭と肩から飛び降り、文句も言わず書類を受け取る。ちらっと見えた文書は、脚本のようだった。
「……あと一人。ティエ」
「殿下、こればかりはお許しを」
内容を読んだのか、ティエは畏れながらと断った。
騎士とはいえ、高位の爵位持ちの役をするのは畏れ多いのだろう。というかディータも任せようとするなよ。
「では、我が二役だな」
多めの書類を受け取ったウラムが分身した。
え?
ウラム、オマエ、分裂できんの?
「……ザル様、いい? 貴族の発言は一面的じゃない」
「ん? ああ」
夢魔の分身に驚いていたら、ディータ・ミラーコードのミニ教鞭で、ぺしっと手の甲を叩かれた。
「……まず四傑は互いに仲が悪い」
前提条件が提示された。
そうか、あの四傑って問題があるんだな。そこをうまくつけ、ってことかな。
「へえ、仲が悪いんだ」
ディータ・ミラーコードは頷かない。話を進める。時間がないのか?
「……これらは雑談にあった会話。よく来てて。じゃ、ウラムワンから」
ウラム1って語呂いいな。
『先日もらった果樹酒。楽しく味合わせてもらったよ。しかし、今は君のところの蒸留酒に凝っていてな』
ウラム1が上手に演技をしてみせる。
『ほう。それはありがたいな。我が領の……どの蒸留酒かな?』
ウラム2は歯切れ悪く答えた。
『パース子爵も直接買い付けているピタゴラカップ酒造のものだよ』
ウラム1が答えた。
「……はい、これらの会話から読み取れることは?」
「あ? 終り? これ、ディータ・ミラーコードとタルピーの脚本とかウラムの分裂いらな――」
「……突っ込みはいらない。答えて」
突っ込みが封じられた。
仕方ないのでシベリアを食べながら考え、答える。
「そのままじゃないのか? 蒸留酒作りにもっと力をいれろっていう指摘……いや助言か?」
「……0点です」
「なんでだよ!」
まさかの0点だ。
このオレが0点?
ショックを受けていると、タルピーが文字通り躍り出て答えた。
「はい! 情報がふるい! もっと自分のところのおいしいのしらべなさい! ってことだよ!」
「はっ。何言ってるんだよ、タルピー……」
そんなことを言ってはいないだろ。
「……60点です」
「うそだろ、ディータ!」
高得点とはいえないが、タルピーの答えにまともな点数をつけるディータ。
「いえーい!」
タルピーが喜んで踊る。
「……つまりこれはこういうことです。はい、ウラムワンさん」
『先日もらった果樹酒。楽しく味合わせてもらったよ。しかし、今は君のところの蒸留酒に凝っていてな』
律儀にリピートするウラム1。
「……これはこう。【あなたから貰ったお酒では私はすでに喜ばない。今は君も知らない蒸留酒に凝っているのを知らないのかね? 自領のこともよく調べてないのか?】です」
「嘘だろ。そんな険悪な会話なの? ……あ、そいつら険悪なんだっけ?」
ディータ・ミラーコードの解説に、首を捻ったが前提を思い出す。
仲が悪いという前提ならば、まあその解釈も納得できないが、わからなくもない。
「……では次」
『パース子爵も直接買い付けているピタゴラカップ酒造のものだよ』
ウラム2がリピートする。
「……これはこう。【パース子爵が君の領に目を向け、資金と手をいれている】という意味」
「はぁ……。一応、助言もしているわけだな」
ディータ・ミラーコードの翻訳に感心――したら、ミニ教鞭で手を叩かれた。
「……納得しない。今のは全部嘘」
「なんだと! タルピーとウラムにやらせた小芝居……いや、タルピーは何もしてないが、それらが全部意味のない嘘だというのか!?」
真面目に聞いていたのに、ディータ・ミラーコードは何のつもりでオレをからかったのか!
激昂しそうになったが、ふと冷静になる。
「ああ、そうか。ディータ。オマエ、最初に言ったな。『貴族の発言は一面的じゃない』って」
「……そう。さすがザル様」
貴族の腹に一物持つ会話はわからないが、会話そのものを聞き逃さず、思い出して正しく真正面から理解するのは得意だ。
ディータ・ミラーコードは四傑が仲が悪い、と前提を言ったが、その前に「貴族の発言は一面的ではない」と言った。
つまり、ディータ・ミラーコードの発言こそが一面的ではなかった。
四傑が仲が悪い。
これはオレに認知バイアスを仕掛ける発言だったのだ。
決して前提ではなかった。
「なるほどな。相手の発想も制御する。これが交渉ってヤツか」
面白い。
今まで興味は持てなかったが、こうなると俄然やる気が出てきた。
「ディータ! 次の問題を出せ! オレは交渉でも外交でも出来るようになってやる!」
わからなかったことが分かるようになる。
知らなかった知識に触れる。
久しく感じていなかった感情だ。
そんな楽しく笑うオレにディータ・ミラーコードは申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すみません。問題はこれしか用意してない」
「この湧きあがった勤勉意欲をどうしてくれんだよ!」
授業、少なすぎっ!
問題に縄つけて持ってこいよ!




