南の島のみなしごたち 後編
「よろしかったのですか?」
古来種の残した遺跡への移動中、海岸線に沿う崖上の道で一休みしているときにティエが声をかけてきた。
この南国特有お暑い中、さすがのティエも肌を出して軽装だ。
むろんメイド服など着ていない。
あの……ところで肩のタルピー、ちょっと熱いぞ。落ち着いて。
「ああ、もちろんだ」
路傍の岩に座り、ティエの入れた熱い茶をすすりながら、甘く冷たいオレンジジュースを飲むアザナたちを横目に語る。
「暑い時には熱い茶。これが一番なんだよ。一時の清涼感とトロピカル気分のため、内臓にダメージを与えるつもりはない。欲求のままにオレンジジュース飲んでるのと違って、理知的だろ?」
「いえ……いえいえ、そのようなおばあちゃんの知恵みたいな話ではなく」
「誰がおばあちゃんだ」
ティエの問いは、この暑い中、オレが一人で熱い茶を飲んでいる件についてではないのか。
しかし熱い茶をすすり、やっぱりキンッキンに冷えてやがるトロピカルなジュースもよかったかなぁと後悔する。
汗がどっと噴き出る。
涼風を吹かせる魔法は、好きじゃないんだよな。
「で、茶の話じゃないなら、なんの話なんだよ」
「捨て子たちを引き取るという話です」
「ああ、その件か。どうせ20人そこらだろ。送り込む先はいくらでもある。性質が多少悪いなら悪いなりに、白柄組にでもまかせればいい」
親を探す労力はしたくないし、ひとまず預かりだ。古来種の精神支配を受けてないというのも、才能をひとまず置いて得難い人材だ。
これを聞いて、なぜか渋い顔をするティエ。
「20人ならば、ですね」
「そう、20人くらいなら……。あっ」
はたと今更ながら気が付く。
その反応にティエが呆れている。
「あ……って」
「お、おーい、ビュフォン。あのさ、捨て子ってあの波戸場にいただけだよな?」
バツが悪いので視線を逸らし、崖下の海岸線を泳いで案内しているビュフォーンに声をかける。
もしも島の裏側に100人住んでました、なんてなったら大事だ。
このことに気が付かず、安請け合いをし、確認もせずなんて貴族失格だな、オレ。
重要案件だったら破滅すらある。
幸いビュフォーンの反応は、素っ気ないものだった。
「うむ、あの場にいたものだけじゃ」
「そうか。ならいいか」
よかった、セーフ。次に生かそうぜ、オレ。
「いいか、じゃありませんよ……」
小さい声だがティエの反応が怖い。
きっと後でマーレイに報告されて、怒られるんだろうなぁオレ。
「……ザルガラ先輩? なんか嬉しそうですけど、どうしたんですか?」
トロピカルな飲み物を飲み終え、爽快な顔をしたアザナがオレの様子に気が付いて尋ねてきた。
顔に出てた……か?
それも嬉しそうだと?
「いや、ミスったけど大丈夫だったから、さ……熱ッ!」
熱い茶を飲み干し、その場をごまかした。
* * *
休憩を挟んで今度は滝のような川沿いの山道を登り、軽い疲労感を感じたころに遺跡の入口へとたどり着いた。
大きい平屋の遺跡で、質実剛健でどことなく行政施設のような建物だ。
人工的な水路が直接遺跡内に入り込み、そこが特徴的でアクセントとして働いている。
特に隠されているわけではないが、古来種の作った遺跡にしては不便な立地だ。
「ここが一番、安全なのじゃ」
ビュフォーンの説明に納得する。
生活するには砂浜のある海岸がいいが、施設の保護を考えると少し登った山肌がいいのか。
アリアンマリがいれば、古来種に立地の文句を言っただろう。しかし、ここにいるメンバーは大人しいが、そのわりに肉体派が多い。
……あれ? この中で一番体力が怪しいのってオレじゃね?
鍛えているヴァリエとティエがツートップ。アザナは見かけによらず、運動能力が高い。フモセも使用人という立場なので、意外にも体力がある。
意外なことに、ヨーヨーも体力があった。女子とはいえ、さすがは武門トップの家柄だ。
タルピーとディータ・ミラーコードは除外。
魔法で補助しなければ、オレが一番体力が少ない。
……鍛えねば。
「わー、発掘はおわってますが、施設は残ってますねぇ」
安全が確保されているということもあり、アザナが不用心に施設内に足を踏み入れた。
オレたちも遅れて踏み入れ、施設内を見回す。
なるほど、保全されているというより、放置されている。
古来種の作ったものなので、後付けのところがなく、掃除さえしていれば施設はキレイだ。
どうも立地が不便すぎて、開拓は行われなかったようだ。
エントランスを抜けて大広間から奥の部屋に入ると、そこは人間大の繭がずらりと並んでいた。
繭は透明だ。人が入れるくらいの大きさで、液体が満たされているものや、蓋があいて空のものもある。
中央には多くの胞体石でできた二重螺旋の魔具があり、天井まで届く柱となっていた。
オレたちがコクーンや魔具に見とれているうちに、地上での移動が遅いビュフォーンがズルズルと歩み?出て二重螺旋のもとにたどり着く。
そして両手を広げ、誇らしげに――
「これが性的嗜好植え付け装置……いや、再教育装置だ」
ビュフォーンが口を滑らせた。
「おい、もう今、言っちゃぁマズいことを全部言っただろ。やっぱりそうか。そうかなぁと薄々とは思っていたが」
もうビュフォーンも訂正しない。
性的嗜好植え付けじゃなかった再教育装置の操作方法を知っているのはビュフォーンなので、任せている間にこちらも準備を始める。
「某が準備をしているので、娘よ。そのコクーンに服を脱いで入るのだ」
ビュフォーンは作業しながら、コクーンに入るよう器用に触手で指し示す。
「ぬ、脱ぐのですか?」
いつものヨーヨーと違い、恥じらい、戸惑い、周囲の目を気にする。
「全部を脱げ、と言いたいのじゃが、下着くらいにはなってもらいたいぞ」
ビュフォンが妥協してくれた。オレとしても助かる。
「だ、大丈夫です。水着を下に着てきていますので」
「遊ぶ気満々だな、コイツ」
「ボクも着てますよ」
「だにぃ!」
アザナの発言にオレの首が捻じれる。
「ガン見しないでください。ここじゃ脱ぎませんよ」
胸を抱くようにして身体を捻り、フモセがかばって守るような態勢になった。
ヴァリエが拳を握りしめ、臨戦態勢なのはなぜなんだ。
「見てねぇよ!」
思いっきり視線を逸らすと、早くも服を脱ぎ終えた水着姿のヨーヨーがいた。
一応、物陰で服を脱いできたようだ。
しかし早いな。
13歳とは思えない女性的魅力を持つボディを晒すが、ヨーヨーということもあってオレはなんとも思わない。
ふーん、って感じでコクーンにヨーヨーを押し込む。
蓋が閉まり、青い液体で満たされていく。
内部でヨーヨーが、これ溺れません? とか言っているようだが聞こえない。
「ではこちらが排出率表じゃ」
「え? 排出? なんの?」
ビュフォーンが差し出した用紙を、横からアザナが手と顔を出して受け取る。
「ガチャじゃないですか? うわぁ、射幸心をそそられない排出率表ですね……」
ざっと目を通したアザナが、眉をひそめてオレに用紙を渡してきた。
「勝手に取って、もういらないって感じの態度、なんだよ……あ、いいやもう」
用紙びっしりに羅列された数々の性癖とその説明にめまいがした。一瞬、目に入った骨部愛好ってなんだよ。スケルトンが好きなのかよ。抜き取った骨かよ。
考えるのやめよう。
ヨーヨーの服を持つティエに用紙を手渡す。
「うわぁ……」
思わずティエも読んでしまったようだ。
裏返してみなかったことにしていた。
「排出、率ってことは、だ。ヨーヨーがもとに戻らないで、ほかの変態性を持つ可能性があるのか?」
不安になってビュフォーンに尋ねるが、彼女は首を振った。
「いや、もとに戻るはずじゃ」
「なら、なぜこんなもんを見せた?」
「そなたらも新境地を験すかと思うてな」
「いらんお世話だ、早くやれ。おいこら、ディータ! 真摯にそんなものを読みふけるんじゃない!」
再支配されるつもりも、変態になるつもりもない。
と、断っていたら、肩にいたはずのディータ・ミラーコードが、ティエの手元にあった用紙を読んでいた。
摘まみあげ、回収すると、今度はタルピーが飛び降りた。
オマエもそんなもの読むのか……と、思ったら、ヨーヨーの服と用紙の上で踊りだす。
さすがだ。
オマエがいると、この世界もまだまだ悪いもんじゃないと思えてくる。
こうして、ヨーヨーは完璧に治ったね――。
……治ったというのか?
* * *
場内の片隅建つ影門屋敷。その中庭には噴水がある。
キレイな水を湛え、睡蓮が咲く水面が輝いている。
先日まで南の島にいたのが夢みたいだ。
ヨーヨーも無事に元通りになり、送り返したらカタラン伯も微妙な顔で歓迎して、口幅ったい礼を言われた。
あー、また学校が始まるなぁ……。
「……説明を求める」
ディータ・ミラーコードを頭の上に乗せたディータが、執務室から噴水を覗き物思いにふけるオレを問い詰める。
「えーと、なんのでしょうか?」
とぼけるがディータは見逃してくれない。
「……おとーさん、困ってた」
「そうか、困っていたか。怒ってないならいいか」
問題を矮小化させたオレは、話を終わらせる。
「……怒ってた」
「どっちだよ」
終わらせることをディータは許さない。
「……両方」
怒っている、困っている、と身振り手振りで説明し、オレを問い詰める。
そんなディータの顔を押しのけた。
「そうか、両方か。代わりに謝っておいて」
「……自分で行って」
「善処する」
影門屋敷の中庭には噴水がある。
キレイな水を湛え、睡蓮が咲く水面が輝いている。
影門屋敷の中庭では、スキュラが泳いでいた。
古来種の残した遺跡の管理中位種、ビュフォーンだ。
そう、あの波戸場でビュフォーンが言った「捨てられた子」というのは、彼女本人も含まれていた。
「某も古来種に捨てられたのは、事実だからの」
オレを引っ掛けたビュフォーンは、そういって憚らない。
こうして再支配施設ごと、彼女はオレに拾われることになった。
さすがに中位種であるスキュラを、そこらの孤児院などの施設や誰かの家に預けるわけにはいかない。
ひとまず、王城内でオレの責任で預かることになった。
「……交渉、外交、お勉強しないといけませんね」
「いやだなぁ……」
ディータの意見は、オレの教育ということに行き着いた。
オレ、わりとこういうの苦手なのかもしれない。
当初は他の性癖が植え付けられて、ヨーヨーがいろいろおかしくなったり、コクーンの前でアザナたちがマッドサイエンティスト的な小芝居するなどあったのですが、長くなったのでカット。




