南の島のみなしごたち 前編
その日、オレは南の島にいた。
砂浜で潮の香りに撫でられながら、碧い海を眺めるアザナとその取り巻き4人。
その後ろで、タルピーが薪を得た炎のごとく、島民たちとフラフラ~って感じで踊っている。
暑いのにヨーヨーがオレにぴったりと張り付き、それでも海に目を奪われていた。
「……これが、海」
俺の左肩の上で、大海を望み、小さな小さな手乗りサイズのディータ=ゴーレムがつぶやく。
これはディータであってディータでない。
その名はディータ・ミラーコード。
イアソンコピーから着想を得て、「高次元体ならコピーできるんじゃね?」という軽い気持ちで成功し、情報的に軽くなったコピーを封じた新型のゴーレムである。
つまりディータのコピー体だ。
通常であれば、大型の胞体石でもないとディータや古来種のような高次元体は入れなかったのだが、本体でなく、しかも能力を制限すればコピー体として入れることができた。
もちろん、問題もある。
意識がリアルタイムで共有されているわけではない点と、魔法が使えないという点だ。
前者はあまり問題ではない。
意識を共有できないのは、ディータにとって不満だった。だが後日、接触して夢を見る感覚で追体験し、記憶の共有を行える。
むしろ眠らないディータが、疑似的に睡眠できるようになったのは、一種の恩恵でもある。つうか寝ろ。
オレが寝てるのに、部屋の中うろうろしてたりして、たまに目が覚めるんだ。すぐ寝るけど。
後者の問題はやや大きい。ディータは王族であるだけあって、魔法の才能が高い。コネなどなくとも、魔法学園に入学できて、かつそのカリキュラムを片手間で消化できるくらいの頭もある。
その恩恵がすべて吹き飛んでいるのだ。
攻撃どころが、身を守る防御陣も自力では張れない。
多少の素質があり、新式手帳があれば、三角陣の一枚分くらいは張れるそれがないのだ。
つまりこのゴーレム。耐久力も皆無なので、役立たずのお荷物マスコットでしかない。
「で、先輩。なんでこんなキレイな海を見ないで、島の民家を見てるんです?」
「ミラーコードのチェックを……いや、なんでどの家も陸地の方に向かって玄関があるのかなぁと」
ミラーコードのチェックをしつつ、高床式の葉っぱの屋根を頂く島の住宅を眺めていたら、アザナが不思議そうに訪ねてきた。
アザナ、その取り巻き4人、ディータ・ミラーコードにティエにタルピーの、みなが海に気を惹かれている中、オレだけ背を向けている。
そして家も。
海に背を向けたような家ばかりなのだ。
山側に玄関と大きな窓(といってもただ開いた枠だが)があり、海側はのぞき窓のような小さな穴があけられているだけだ。
オレの疑問に、アザナが答える。
「それはさんざん漁とかで海ばかり見てるし、日常的にもう海は勘弁してってことですよ」
「はは、そんなの嘘だろ」
オレは、騙されんぞ!
「はぁ~ふら~ふら~、それは本当のことだ~」
タルピーとともに踊る入れ墨の島民が、アザナの嘘知識っぽい話を肯定した。
「へえ、そうなんだ。島民がいうならば本当だろう」
「このボクが嘘を言うわけないでしょ」
「そんなオマエはいう。そういった面では信用できない筆頭だ」
確かにあんまり嘘は言わないが、ゆえに自然に混ぜてくるタイプだ、オマエ。
「ボクシングチャンピョンのハッブルはこの島出身だ~、ふらふら~」
出た。地方特有の唐突な地元出身の有名人自慢。
いや、ハッブルのファンだけど。
知らなかったんで驚いてるけど。
「へえ、そうなんだ。なんかハッブル選手にまつわるお土産とか観光地とかある?」
「おみ……やげ?」
まさかの島民ポカーン。
なに? ハッブルを観光資源にしてないの?
せっかく自慢するくらいの人物なんだから、観光資源にしろよ。アザナは商機って顔するな。オマエだとたぶん上手くいっても、絶対にオマエの手元に金は残らないから。
「アザナくん! 来たよ! 来た来た!」
取り巻きのちっこいの、アリアンマリが海を指しながら、アザナの腕に抱き着き引っ張る。
それはオレから引き離そうとする動きに見えた。
――対抗して、オレを無言で引っ張るなヨーヨー。
なんなんだよ、オマエはぁ。
ヨーヨーの行動に対処に苦慮していると、アリアンマリが来たと言っていた者が、漁師港の質素な桟橋に到着した。
帆のない船と美少女。ただし少女は船に乗っていない。
ここまで船を曳いてきたのは、桟橋の下で泳いでいるこの少女だ。
船を係留し、少女は桟橋へと|這い上がる〈・・・・・〉。
「どっこいしょっと」
「顔に似合わない掛け声するなぁ」
「そこですか……」
長い髪から水が滴る見眼麗しい少女が、どっこいしょというのはいかがなものか。と言ったら、ティエが困り果てたような声を上げた。
「普通は足……のほう? 気にしませんか?」
アザナの武闘派取り巻きのヴァリエが、珍しくオレに声をかけてきた。
「え、そうかな? なんか気になる?」
「……やっぱり」
ヴァリエは納得したように引き下がる。
なんなんだ。
足を気にするってなんだ?
足なんてないし。
船を泳いで引っ張ってきた美少女の下半身が、3匹の狼とタコの触手になっているだけじゃないか。
バウバウと吠えてくる牙むき出しの狼とか、うねうねしてる触手が苦手ってこともあるだろう。
けど、どっこらしょほど気になることじゃない。
「こちら、父の友人で古来種の遺跡を管理するスキュラのビュフォーンさんです」
桟橋を渡り、こちらへとやってきたスキュラをアザナが紹介した。
管理する、ってことは解放された遺跡の管理者か。
スキュラとは水辺で猛威を振るう中位種だ。
前述のとおり、上半身は美しい女性。下半身は狼の頭部と前肢部分までを3体分もしくは1体分を持ち、後方はタコの触手となっている。
昔は太湖付近に多くいたらしいが、最近は南方にいるのか。
「よろしゅうにな」
古い言葉使いだ。
握手しようとしたが、前面に展開する3匹の狼が邪魔だ。彼女の下半身なのでちょっとどこかへ言ってろとも言えない。
バウバウ吠えてくるが、握手の代わりにお手してみよ……あ。
やっぱ噛むよな。
オレの手が狼に食われ、周囲から悲鳴が上がた。
女性陣が多いため、悲鳴が黄色い。そして案の定、アザナは驚いていない。
「平気、平気。オレの手はそっち」
噛まれる直前に右手を転移させて、スキュラと握手をしている。
噛んだつもりで空振りした狼は不機嫌そうだが、上半身のスキュラ……ビュフォーンは笑顔で挨拶を受けてくれた。
「事情はすでにソーハ爵より聞き及んでおる。古来種の御縁より離れたるは……どうやら、その方か?」
ビュフォーンは一通り挨拶し終えると、いろんな意味での患者を見抜いてヨーヨーを指示した。
人を指さすとか非常識だが、まあモンスターなのだからこちらの常識は通じない。
背後に隠れてしまったヨーヨーに代わり、オレが答える。
「ああ、こいつだ」
「ときに、その娘はなにゆえ古来種様の御縁より違えたのかえ?」
興味本意なのだろう。ビュフォーンが顛末を尋ねる。
しかし、引っ込み思案となってしまったヨーヨーは、おどおどとしているばかりで返答しない。
その背中をたたき、オレの前へ出す。
「よし、説明しろ。ヨーヨー」
「え……ええっと、その……そのザルガラ様にいろいろとされて、こ、こんなことに」
「よし、もうしゃべるな。ヨーヨー」
言葉選びが悪いぃっ!
襟首を掴んで後ろに引っ込める。
顛末は後で訊こう……、とビュフォーンは引きながら話を流す。
それ、結局後で訊かないで、ヨーヨーの発言を真に受けちゃうヤツだろ。
「では、皆の者。この船に乗るがよいぞ」
ビュフォーンは曳いてきた船に乗るように促す。遺跡の管理者として、あまり不在時間を長くしたくないそうだ。
絶対、後で弁明を訊かないヤツだ、これ。
アリアンマリとユスティティアは、護衛とともに居残りだ。浮き輪など島で遊ぶ気満々装備なのは気のせいではない。
遊ぶ気だ、アイツら。
アザナに同行できないから、うっぷん晴らしなのだろう。
オレたちが船に乗り終えると、ビュフォーンは係留ロープを解いて海に入った。
「乗ったな? よし、では出発じゃ」
「しゅっぱーつ!」
ビュフォーンが宣言すると、踊っていたタルピーが舳先に立ってピッと海を指さす。
グンッと船が動きだし、思いのほか強い慣性に身体が揺らぐ。
ビュフォーンの曳く船は、なかなかに早い。
動力が美少女の姿(上半身のみ)の魔物というのは抵抗があるが、それに目を瞑れば快適な船旅である。
ディータ・ミラーコードとタルピーのデュエットダンスが2回ほど終了したころ、船は目的にたどり着いた。
山がちな島、というか一つの山がそのまま島である。
粗末な桟橋のある砂浜が辛うじて平地で、周囲は断崖だ。
登れないことはないだろうが、船を横付けできるような場所はない。
少ない平地に寄り添うように粗末な家が5つほど並ぶ。
村……とは言えないが、そこにも人が住んでいるようだ。
よく見ると、その港には20人ほど子供たちしかおらず、ビュフォーンの姿を見つけると桟橋に集まってきた。
「ビュフォーン様! おかえりなさい!」
「古来種様の施設は掃除しておきました!」
島の子供たちか?
子供たちはみな笑顔だ。
慕われているんだな、このスキュラ。
桟橋はとても貧弱で、子供たち20人集まるとたわんでいる。
オレたちを警戒している様子もない。
まあ、オレたちも子供ってのもあるが、それより。
「この状況で桟橋に降りると、壊れないか」
「大爆笑を取れて子供の人気者になれますよ」
「よーし、そうか。アザナが飛び降りろや」
オレが心配したら、アザナがどうぞと勧めてきたので切り返す。
しかし面倒臭いの浮遊の魔法を使って先に降りる。
つまらないとアザナは言うが、そういうオマエも浮遊して降りる。
「ねぇ……、この子たちも捨てられたの?」
子供たちを避け、桟橋の端に降りると、ぶしつけに一人の子がオレを指さして言った。
同時に、子供たちのティエを見る目が厳しくなったのは……気のせいではない。
「捨てられた? なんとなく察したが、どういうことだ、ビュフォーン」
「うむ。その通り。ここにいる人間の幼子はみな、ここに捨てられた子なのだ」
ユスティティアとアリアンマリが留守番だったのは正解だった。
アリアンマリは良し悪しにかかわらず余計なことを言いそうだし、現状を見てユスティティアは不愉快に感じただろう。
その点、ヴァリエとフモセは比較的外部の人間に対し、冷たいというか程よい常識的な距離感を持っている。
かわいそうとは内心思っても、顔には出さない。
オレもそうだし、タルピーはいうまでもない。もちろんティエは表情すら変えない……前髪で眼が隠れてるとこういうとき有利だな。
ヨーヨーは人見知り状態で無害――。
「ザルさま、なんとかして」
ディータ・ミラーコードが余計なことを言った。
しかし発言があいまいだったため、子供たちに意図は伝わらなかったのは幸いだ。
黙ってろと肩上のディータ・ミラーコードを回収、懐に入れる。
「ここの施設じゃが、古来種の支配装置が最近、解放されてな。それが周辺に知れ渡ると子が捨てられるようになった。ワシは普段、遺跡の中にいるのでな、増えるに任せるほかなかったのだ」
「それでも面倒は見ていたようですね」
アザナが年少の子供の頭を撫でながらいった。
痩せているとはいえ、健康状態は良さそうな子供たち。
自力で万事無事、なんてことはありえない。
誰かが面倒をみていたに違いない。
「仕方あるまい。島で死なれても夢見が悪い」
不本意だという言葉に聞こえるが、態度と表情からしてとても本心には見えない。
最初はそういうつもりだったとしても、情が移ったか。
「この子らは、鬼……鬼っ子じゃ」
「おに?」
子供たちにおかしを上げていたフモセが首を傾げた。
オレもオニという単語に聞き覚えがなかった。
「古来種様の支配が解けておる。まあそういった子の意見や行動は、奇行と思う親もいるということじゃ。それで鬼っ子と呼ぶ」
他人事のようにいうが、ビュフォーンは苛立っている。それは狼の反応を見ればわかった。
「最初のうちは、治してくれといってきたのだが、装置を動かすのもタダではない。というか、そういった胞体石はここにはないのだ。払えぬ、用意できぬと、やがてそのまま置いていく不埒者もでてきよった」
ビュフォーンの憤りは、この子たちの親へ向けられている。
親にまだ情のある子は、複雑な表情を見せた。
優しくともやはりスキュラ。
人間の子の複雑、それでいて単純な感情を理解できていないのだろう。
「ふむ、物は相談なのだが、おぬしたち。装置を使い、その者を再支配下にする代わりに、ここに捨てられていった者たちの、面倒を見てはもらえまいか?」
アザナとその取り巻き二人の視線がオレに向かう。
余裕があるのはオレだけなので仕方ない。
「……ザルさま」
懐のディータ・ミラーコードが期待を込めた声をつぶやく。
「うーん」
考える……。
孤児院は一杯ではないが、余裕があるわけでもない。
まして文化の違う足跡諸島の子供たちだ。
お互いに文化の違いから、確執が起きるかもしれない。
いや、解放されているならば、険路求道の村に引き受けてもらうという手があるか。
それにヨーヨーを元に戻す代わりに、解放されている人員も補充できると考えることができる。
20人。無理ではない。
「ああ、いいだろう。善処する」
「うむ、言質をとったゾ」
やる気が出たぞ、そんな顔で笑った。
水気を払ってので、ビュフォーンの顔がしっかりと見えた。
その笑顔が作られ整えられたかのように、アザナと似ていて驚いた――。




