かいほうされるもの
「あの……、これ危険じゃないですか?」
次元の隙間で干渉しあい、渋滞しながら突き進む、色鮮やかな魔力弾の渦。
この光景を指差して、アザナが心配そうに言った。
言われて気がつく俺。
「あ! 全然、手加減できねぇや、この魔法」
調子にノッて発動させ、この次元の視界を埋め尽くし満開の魔力弾に満足していたオレだったが、今更慢心に気がついて慌てた。
魔力弾は命中した対象者の魔力を、かき乱す衝撃を与え、気を失わせる非殺傷魔法だ。
しかし衝撃が物理的には致死に至らない程度とはいえ、それは数十発や数百といった数での話だ。
空間を埋め尽くすような数を想定してはいない。
魔力プールを使って高次元とパスを繋いだオレが、アザナに喰らった魔力弾だって4桁だった。けっこう撃たれたんだな、俺。
つまりヨーヨーは死ぬ……かもしれない。
「いかんっ! 止めないとっ!」
ヨーヨー=イアソンコピーの貼っていた防御超々立方陣は、とっくに崩壊している。
防御胞体の残滓が、かろうじて数方向の魔力弾を防いているだけだ。
古来種の張る防御陣を、こうも簡単に突破できるとはさすがだな、オレ。などと言っている場合ではない。
素で魔力弾の嵐を受け、それでもなお耐えていたヨーヨー=イアソンコピーも、もう魔力弾に溺れている。
魔法を解除しても、すでに放たれた魔力弾は消えない。
ヨーヨー=イアソンコピーの座標をズラしても、後から放たれた未来分の魔力弾はヨーヨーを狙って進む。だから、ヨーヨーを移動させてもあまり意味はない。
防御胞体陣をヨーヨーの周囲に投影するが、さすが俺の最終魔法だ……なんて言ってる暇はない。
イアソンコピーの意識が刈り取られ、今はヨーヨーが魔力弾の餌食になっている。
慌てて魔法を停止……させることは、魔力弾の特質上無理だ。
ならば魔力弾の目標を変える……、といってもイアソンコピーを目標にしてしまっているから、すでに放たれた魔力弾はイアソンコピーに……。
「余った魔力弾はイアソン本体を狙うように書き換えるか」
魔力弾は放ったらまっすぐ進むだけ、というのはオレたちの世界の物理法則にしばられているからである。
高次元ならば三次元的軌道は、胞体の上で四次元的に曲げることが可能だ。
紙の上に書かれた線という二次元は、三次元の存在が手に持って横にも縦にも変換できるのと同じだ。さらには紙を湾曲させて曲げられる。これと同様のことを、この次元で再現したわけである。
三次元の存在であるオレが、この次元で目標座標を設定できないのだが、それは人物を目標にすれば解決する。
幸い、イアソンコピーはコピーがゆえ、オレの認識が本体と同じなので簡単だ。
「え、えげつな……。でもここにいないから、イアソン本体は無事……なのかな?」
「たぶん、イアソンが『降りて』こない限り。だが一度、補足したら次元を超えても追いかけるだろうな」
「やっぱりえげつないなぁ。ティンダ○スみたいだ。……ああ、ティンダ□スというのはボクが飼っていた猟犬の名前です」
また変なことを言いやがって……という視線を向けたら、気が付いたアザナが説明してくれた。
きっとどこまでも追いかけるいい犬なのだろう。
「ああ、猟犬ね。いいね。この魔法は【次元の猟犬】っていったところか」
これで魔力弾のほとんどが、あちこちへと目標を探して別次元へと消えていった。これで過去に撃った魔力弾の処理はすべて終わった。
遅れて未来に撃った分もあらかた消えた。
しかし、まだ未来のオレが撃った魔力弾の一部が残っている。
ヨーヨーの様子は……。
「あだっ! おごっ! はひー! は、激しすぎますわ、ザルガラ様ぁん!」
大丈夫そうだ。
自分でも防御陣を張っているし、痛みを変換するあの魔法も使っているようだ。少しは持つだろう。
「アイツも才能はあるんだがなぁ……うごぉわぁっ!」
オレの脇腹に何かぶつかる……て、アザナか。体当たりして抱きついてきた。
「な、なにしてんだよ、アザナ! あ、てめぇ! 術式も覗き見てるだろ!」
オレの胸元に浮かべた胞体陣。
それを目の前で凝視しているアザナ。
つまり今、アザナはオレの胸に密着している!
「は、はなれろ! この! 【小さき者を助く鋼の右手……】って、は、はがれん……」
岩だって押せる強化魔法で、アザナを突き放そうとするがびくともしない。
首だって動かない。
つまりアザナは全身を相当に強化している。
「ほうほう、ここはこうなっているんですか」
「やめろ、見るんじゃねぇよ! このぉ、むちゃくちゃ筋力強化しやがって、なんでオマエは近接を想定した魔法まで重視してんだよ! ……オマエって、手のひらにメモすんのかよ! っ? っ! うひゃひゃひゃっ! このっ! オレの腕で筆算するな!」
ペンを払ったらオレの腕に愉快な線が描き残された。
最悪だぁ……。
オレは青年期より、なりが小さくなったせいもあり、以前より近接戦闘を想定しているが、それもオレなりのそれなりだ。
小柄なアザナもアザナなりの想定なのかもしれないが、限度が違うような気がする。
なんとかアザナを引き離すと――アザナの方の用が済んだともいう――、ヨーヨーの周囲で渦巻く魔力弾が消えていた。
あちこち弾かれていたヨーヨーも、今は気を失ってふんわりと浮かんでいる。
「ど、どうやって止めたんだ?」
非常停止、といった感じではなかった。
「コピーした術式で、発動直後と同じ状況に書き換えました。これで余った魔力弾は、ボクが後で打てるようになりましたーっ」
「すげぇけど、ずりぃぞ!」
オレが再び利用する形に魔法陣を書き換えるのは難しいが、他人に譲り渡すように書き換えるのはそこまで難しくない。だが、可能だ、というくらいであって、簡単にできるものではない。
とっさの発想とそれを実現してしまうアザナ、その実力とズルさを再認識させられる。
「それって、つまりオレの魔力で魔力弾打ち放題じゃん! なに? これからオレ、オマエのために魔力弾を毎日撃ち続けるの?」
「間接的にはそうなりますが……。なんだかそのセリフって、『ボクのために毎日みそ汁を作ってやる』みたいな感じですね」
アザナが照れたように笑う。何いってんだ、コイツ。このっ、かわいい! みそしるってなんだよ、意味わかんねぇよ。
「消して無駄にしちゃうよりは、エコでしょ?」
「エコの意味はわからんが、オレからしたらエゴだよそれは」
アザナに不満をぶつけたとき、次元が裏返るようにオレたちを包む――。
* * *
「む……、戻ったか」
めまいにも似た感覚にうめく。
浮遊感がないのに、足がつかないという不思議な感覚がスッと抜け、オレとアザナは女装会場……なんだそれ? そういやそうだったな……。宴も終わり、片付けが始まるそんな会場に戻っていた。
事情が分からないとはいえ、オレたちがお仕置き部屋に連れ去られていたのに、のん気だな、ここの連中は。
「おかえりー、ザル様ー」
まず、オレたちに気が付いたのはさすがタルピーだった。
次に気が付いたのは全裸だった。
「おや? 二人ともどこへ行っていたんだい」
ちょっと離れた位置にいたイシャンが、トロフィーを持ってこちらへとやってきた。
「なんだ、そのトロフィー? あと服着ろ」
「ああ、女装大会で飛び入りしたら、恥ずかしいことに優勝してしまってね」
「なんで!」
なんでッ!
「何も着てないのに、この貴族様ったら女装と言い張るのよ。いえ、着ていなからこそ、理想の女装姿を想起させるその手腕。もう素敵!」
ドーケイ代官の説明に納得できないオレは叫ぶ。
「なんで!」
なんで!
もう、なんでッ、としか言えない。
「審査員の頭にカビ生えてるのかよ……悪ぃ、なんでもない」
会場脇の審査員席を睨んだら、全員がつるつるのハゲのおっさんたちで睨み返された。
ほんと、ごめん。カビ生えてるとか、生えてないのに言って悪かった。
視線を逸らせた先で、ヨーヨーがティエとフモセに介抱されていた。
様子が……おかしい。
「おい、正気に戻ったか?」
もうイアソンコピーはいないと思うが、念のため形式上しかたなく無事か尋ねる。
「うう、あんなにされて。わたし、もうお嫁にいけない……」
「誰だ! お前!」
あのヨーヨーが赤面して泣いている。
興奮して赤面している顔は何度も見たが、恥ずかしいと頬を染めている姿は初めて見た。
「なにをおっしゃるのですか、ザルガラ様。婦女子にこのような恰好をさせて」
全裸のヨーヨーにテーブルクロスをかけてやりながら、ティエが主人であるこのオレを責める。
「いや、それオレのせいじゃないだろ。女体ゴーレムをイアソンコピーがパージしたせいじゃん。古来種のせいじゃん!」
「どうやら古来種に一度、体を奪われたせいで、支配魔法から精神が解放されたみたいですね」
怒られるオレの隣で、のんきな顔で他人事のように考察するアザナ。
ぺランドーとかだったら、ヘッドロックしてやるんだがどうもアザナ相手では気おくれしてしまう。
しかし、そういうことか。
古来種の支配から逃れると、変態人格調整もキレイさっぱり抜けてしまうのか。
これは思わぬ情報だ。
ふと、思いつき、イシャンを見る。
もしもイシャンが一度、古来種に支配されて、そこから助け出せば、このすぐ脱ぐ癖も治るだろうか?
「とりあえず、このザマ……いえ、このご様子では無事、古来種様を退けたようですね」
「ん? 今、不用意発言急停止させなかったか、ティエ」
ヨーヨーの介抱をフモセに任せたティエが、状況を尋ねてきた。
「とにかくまあ、楽勝だったよ」
「一生に一回の大技使って、楽勝もなにもないと思いますが?」
答えるとアザナがチャチャを入れてきた。
「楽に勝ったのは事実なんだからいいんだよ」
「これから先も気が付いたら魔力弾を撃つ生活が、楽?」
「そういわれると辛いな」
魔力弾の撃ち方の研究とか効率化とか、新魔力弾の実験も兼ねてるから無駄ではないが。
「まあボクが使うときまで、いっぱい撃っておいてくださいね。先輩がピンチの時、使ってあげますから」
「オレの魔法とアイデアをパクッておいて、なにが任せろだ、このインチキ天才が!」
あれ?
これって、これからも何かあったら、一緒にオレと戦う宣言なのでは?
* * *
「こ、こんな……、もうお嫁にいけません」
フモセは自分の胸の中でなく少女を見て、驚いた。
あの変た……ヨーファイネが恥じらっている。
いったい、なにがあったというのか。
フモセはティエほど事情を理解していなかった。
アザナがあまり説明をしていないためだ。
フモセの視点からでは、古来種に身体を乗っ取られ会場に乱入したヨーファイネと、ザルガラとアザナが消えたと思ったら、しばらくして解決し、無事に戻ってきただけにしか見えない。
そしてヨーファイネがこのザマである。
いったい、何をされたのか?
ティエに責められ、少し困惑したザルガラだが、ふてぶてしさはいつも通りだった。
アザナに事情を聞こうにも、もしかしたらセンシティブな内容かも……と二の足を踏んでしまう。
一方で、ザルガラはティエに白い目を向けられながら、イシャンに視線を向けている。
その真摯なまなざしは、アザナを見る目とはまた違っていた。
――その時、フモセのニューロンに火花が走る。
「まさか! 次の餌食はイシャン様!」
 




