賄賂仕掛けの説得とI was cured alright.と自力本願
防戦一方。
オレとアザナの状況は、その一言で説明ができた。
音も光源も影もないが、なぜか互いを視認できる不思議な何もない空間で、オレとアザナは懸命にヨーヨー=イアソンコピーの攻撃を凌いでいる。
回避したつもりが当たっている。距離感がおかしいとか、予測とか予知とか、そんな段階の話ではない。当たることが確定した魔法だけが飛んでくると言っていい。
「アザナ! 右だ、右ぃ! 右だっていってるのに、なに下を守るッ!?」
「右とか上下左右の概念が、二者間で固定されてないんですよ! この世界!」
「なにぃっ!」
「ボクにとっては下でも、先輩から見ると右なんです!」
訳が分からない。オレの足元が地面じゃない、とかそういう話のレベルではない。
どうも音と光も、時々入れ替わっているようだ。目がチカチカして、耳鳴りがヒドい。
空間的な問題だけで、攻撃と防御の概念が入れ替わらないだけマシか……。
よってオレとアザナは防御陣で受けるしかない。
だがここで問題がある。
平面陣も立方陣も、まるで紙っぺらなのだ。
胞体陣以上でなければ、込めたうまく魔力をうまく維持できない。
つまり守り続けるとか、持続させる効果には役に立たない。
ピンポイント。その時間、その一瞬の効果だ。
胞体陣しか使えないオレたちは、常に負担がある。
そして純粋にヨーヨー=イアソンコピーが強い。
アザナですら息継ぎのように、魔法弾の連射が止まることがあるのに、ヨーヨー=イアソンコピーにはそれがない。
さらに厄介なことに、ヤツの撃ってくる魔力弾モドキ……。いや魔力弾の上位攻撃が厄介だ。
防御胞体陣で魔力弾の威力は、ほぼ減退できるのだが、別の効果が突き抜けてくる。
その効果とは――。
『いまだ汝らは自立……いや、自活しているとはいえない』
『汝らの御業は全てが我らの残滓』
『しかし我らを迎え入れれば、新たな段階を見ることをできるだろう』
『我らはこの世界で次のステージを得る』
『その手助けをする栄誉を与えよう』
『我らの本願達成の暁には、汝らをこの地の支配者としよう』
『今なら先行特典もあるぞ』
『さらに枕もついてお得!』
魔力弾を受けるたび、精神支配の言葉が鳴り響くのだ。
胞体陣の中は、誘惑の言葉が木霊してうるさい。
言葉の一つ一つはいい加減だが、そのいい加減な説得が脳に突き刺さる。
もちろん防いでいる。が、声はしっかり聞こえている。気を抜けば精神支配の一撃が、脳をかき乱すだろう。根気勝負となりつつある。
時間も敵に回っている感覚だ――。
数発の魔力弾が当たり、精神支配の声が鳴り響く。
『我らの目的は帰ること』
『船乗りは出港地に帰ってこそ』
『汝らを支配し続けるつもりはない』
『ザルガラ様、結婚してください!』
「おい、最後ッ! コレ、ヨーヨーが撃ってきてるだろッ!」
全裸のヨーヨー=イアソンコピーを指差し怒鳴りつけると、攻撃の手が緩んだ。
ヨーヨーが抵抗しているのか、イアソンコピーが抑えつけることを優先したのかわからないが、少し余裕ができた。
一休み、一休み。
「これは説得弾といったところですね」
アザナも一休みして、雑談を振って来た。
「ふぅ……、それは言い得て妙だな」
息抜きと同意と感心の声で答える。
アザナはまだちょっと考えている様子だ。
「……賄賂弾を撃ってきてくれればいいのに。こっちが威圧を使えば、撃ってくるかな? いや……本音弾がくるか」
「オマエがなにを言ってるかわからん」
賄賂弾とか威圧弾とか本音弾とか。
たぶん、説得の手段のことだろう。
なんとなく言っていることが推測出来て分かるのが嬉し……いや、なんか嫌だ!
「魔法名はボクが付けるなら、【雑音戦域】といったところでしょうか」
息継ぎをするように、アザナがオレの胞体陣の影に入る。オレを盾にしたとも言える。ほんと、こういうところちゃっかりしてるよな、コイツゥッ!
「オレがつけるなら魔法名は【オレの敷いたレールを走れ、我が子たち】ってところだな」
対抗して俺も命名してみた。
「先輩のそのセンス、なんとかなりません?」
アザナはオレに睨まれると、あ、言っちゃった、という顔で唇を指で押さえる仕草まで入る。すごく失礼な発言だが、思わず許してしまいたくなるアザナらしいあざとい表情だ。
「言いやがったな!」
心を鬼にして怒る。
オレを前衛にして休んでいる癖に生意気だぞ。まだ散発的に攻撃は来ているんだ!
「ごめんなさーい」
剣幕に驚い……てないが、特に反省してない様子でアザナは慌てて下がる。オレもそれを追う。
図らずもヨーヨー=イアソンコピーから、距離を取る形となった。
仲間同士、諍いのふりをして、自然な一時退却。計画通りである。
「手も足も。出ないようだな!」
支配権を奪い直したのか、文字通り上から目線のヨーヨー=イアソンコピーがオレたちを嗤う。
「うるせー! こっちはヨーヨーの身体を気にして手加減してるんだよ!」
「ヨーヨーさんの全裸が気になるんですね」
後ろから言葉のフレンドリーファイヤーが飛んできた。
確かに今のヨーヨーは、全裸で縦横無尽に動いているが、いろいろな意味で見て見ぬ振りをするべきだろう。
そう考えているオレになんていうフレンドリーファイヤーだ。
「…………なあ、アザナ。あの古来種は、遠い星々を渡る船の船長みたいなもんなんだろ?」
「え? あ、はい」
ルドヴィコに降りていた古来種の話を思い出し、唐突に話題を振ったせいか、アザナが目を丸くしている。
だがオレは語らなくてはいけない。
「船は出港した港に戻らないといけないもんだろ? それは船長の責任だ。少しはオレたちも協力してやってもいいんじゃないか? イアソンコピーの言ってることもわからなくも……」
「正気に戻ってください! 延髄蹴りっ!」
アザナが沈み込むように消えた! と、思ったら後頭部に衝撃が走る!
よくわらかないが、アザナの蹴りがオレの後頭部に当たったようだ。もちろん、ダメージはないが、脳を揺さぶられた感覚がある。
オレは完璧に治った。
「危なかった。あ、ありがとうな、アザナ」
絶え間ない説得弾のせいで、精神を……思想を操られそうになっていたようだ。
不本意なことだが、イアソンコピーの立場に理解を示してしまった。
どうもオレは、自分自身についても、そして他者についても、立場というものを強く意識してしまう悪い癖がある。そこを突かれたか……。
「そうですよ。せっかく古来種に協力すれば、研究資金と自由に使えるお小遣いがもらえるって確約してくれたのに、そんな同情心で仲間にならないでください!」
「オマエも洗脳されかかってるじゃねぇかッ!」
オレを正気に戻した理由は、アザナ自身に与えられた条件がいいからだったようだ。
コイツ、いつも金を強く意識してるな!
前の2人格が古来種再来に負けた理由は、資金面なんじゃねぇかな。
そんなアザナへお返しの蹴りを入れようとしたが、情けないことに足が滑る。だが、蹴りはしっかりとアザナの後頭部を捉えた。はからずも、先ほどアザナが放った延髄蹴りとかいうものに似ていた。
「いっ、たぁあ…………、ありがとうございました!」
後頭部に蹴りを受けて苦々しく、そして元気よく礼を言う。
「先輩! 位置取りの意味がない以上、一緒にいましょう!」
一瞬にして立ち直ったアザナは、左手で首を抑えながら、右手を伸ばしてくる。
「おう!」
身構えるオレの眼前に、アザナはさらに手を伸ばしてくる。
「手をつなぎましょう!」
「お、おうぅえぇう?」
「ほら、はやく!」
急かすアザナが、無理に手を繋いでくる。
熱い。
人の手……アザナの手ってこんなに熱いのか。
「先輩、汗かきすぎ!」
「うるせぇ! テメーの手が熱いんだよ!」
一瞬で正気に戻り、魔力を同調させる。
「ここは任せてください! と、いいたいところですが、ボクの奥の手……というか魔法は、大体が物理法則を逆手に取ったようなものなので、こういう空間では……」
言いよどむアザナ。こうしてる間にも魔力を同調させるが、防戦一方は変わらない。
この期に及んで手を隠すつもりなどないだろう。繋いだ手から、アザナの思いを感じ取れる。
――いや、同調した魔力を介してか?
どちらかはわからないが、もうそれはどうでもいい。
オレの奥の手は、次元が違えど使える。一回限りだが、有効なはずだ。
「アザナは……」
使ったら最後だが、ヨーヨーの身の安全を考えたら、今はこれしかない。
「防御たのむ」
「防御?」
聞き返しながらも、アザナがオレの防御陣を肩代わりしてくれる。
「何を。するつもりだ? ここでは。汝らに有効な攻撃はない。この身体を犠牲にする。そうならないかぎりな」
「ははっ。古来種様とある者が、人質をとって慢心か。存外、人間っぽいところがあるんだな」
人格をコピーしたのだから当然だとは思うが、オレは煽るチャンスは逃さない。
「確かにこの世界では、オレたちだけでオマエに勝つのは難しいだろう」
余裕あるオレの態度に、ヨーヨー=イアソンコピーは訝しがる。少し攻撃の手が激しくなった。その分、防御が薄くなった。
計画通りである。
「あの、先輩。早くしてくれません?」
余裕がないアザナが口を挟んできた。
ちょっともう少し頑張ってろ、と手を握りしめると、アザナは顔を背けて魔力を防御に回す。よし、その調子だ。
オレはフリーの手を掲げ、奥の手の対古来種魔法を発動させる。
「昨日までオレは今のためにっ! 明日からオレは今のためにっ!【オレを助けてくれ】」
魔法が発動した途端、この世界を埋め尽くす魔力弾。
空間がない。全て魔力弾。オレとアザナとヨーヨー=イアソンコピー以外は、視界の全てが魔力弾。
「ばか。な」
さしもの古来種も驚き、説得弾の射出を止めて防御にまわる。ヨーヨーの顔で驚かれても、面白さ半分だが、それでもなかなか愉快だ。
即、防御に集中したのは流石だが、持続的にかつ一斉に襲い掛かる魔力弾を前に、ヨーヨー=イアソンコピーは亀のように縮こまる。
対象の魔力をかき乱す非殺傷魔法として完成されている魔力弾は、あまりに決め手も味も発展性もない。
防御胞体陣を打ち抜くため、大魔力を込めても古来種相手ではなかなか当たらないし、当たっても効果が薄い。
力で勝てない相手を力技でぶち抜くため、オレは今まで毎日、魔力弾を高次元のどこかに向かって放った。
これからのオレも放ち続けるだろう。
昨日まで頑張ったオレは、今この時のため。
明日から頑張るオレは、今この時のため。
高次元のどこかに放った魔力弾に、今という時間を与えてすべてをヨーヨー=イアソンコピーに向けて放つ。
飽和攻撃をうけ、ヨーヨー=イアソンコピーの動きと攻撃が完全に止まる。
防戦一方。
この言葉は、ヨーヨー=イアソンコピーのための言葉となった。
「こんな! 一回限りじゃないですか! 次に、こんなことがあったらどうするんですか!?」
アザナが常識的な驚き方をして、握る手に力が加わった。
「そん時は、その時までにオレがいい手と良い魔法を思いつく」
オレを助けるのは今までのオレとこれからのオレだ。
「先輩、フィーリングで生きてる!」
あのアザナが、オレの発言に呆れた! と困惑して頭を抱えた。
いやぁ、痛快だなぁッ!




