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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第9章

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形ばかりの後進者

前話を少し修正しました。

フモセも駆けつけたことになってます。

「くっ、服を脱ぎたい……」


 屈服くっぷくするイシャン先輩を横目に、ティエの淹れた茶を飲みながら報告書に目を通す。

 オレとイシャンの間では、タルピーが踊っている。もしもイシャンが服を脱いでも、彼女がうまく視界を遮ってくれるだろう。


「あいつら、意外と結果を出してきたな」

 オレはドワーフたちの纏めた資料をざっと読み終え、案外うまくいくもんだと肩の力を抜いた。


「君は手を抜いていたのかい?」

 あれこれ解除しようとしていたが、地味強化した【極彩色の織姫】で造られた服が脱げず、諦めたイシャンはやっと椅子に腰を下ろした。そこでティエが茶を注ぎ、カップを取るとまず香りを楽しみ始めた。


「手を抜く? ああ、ゴーレムの調査のことな。幸い、アザナが手を出してこなかったから、ちょっと試してみたんだ」

「試した?」

 茶を飲もうとしたイシャンが止まる。


「――ああ、なるほど。そういうことか」

 カップの向こうで怪訝な目を向けていたが、すぐに納得したのか表情を和らげ茶に口をつけた。

 

 イシャンも優秀な成績を修め、学園を卒業した学士だ。オレの意図に気が付いたのだろう。

 

 オレには悪癖がある。全て先んじてなんでもやり終えてしまう悪い癖だ。

 確かにその方が早いし的確だ。手の遅い誰かの作業を見ずにすみ、ストレスもないだろう。


 だが、それではオレの周りが育たない。

 そして別にすべてをオレがやる必要はない。

 なんでもできるというオレの勘違い。オレがなんでもやってしまうという周囲の決めつけと期待と勘違い。


 それらを取っ払う。


 前もってすべてを終えてしまえば、実力を伸ばすどころか、彼らの実力を知る機会すら失われる。


 実は到着当日に行った暴走ゴーレムの解析と調査は、当日にはほぼ完璧に終えていた。


 胞体石内の書き換えの時期を、オレは調べ上げていた。もちろん一体だけだったので、同時期に一斉だったことはドワーフたちと調べて分かったが。

 それから暴走したゴーレムの別個体複数に渡って、大容量の魔法陣が書きこまれていることも一体調べただけで推測することができていた。


 それらオレが知っている事実を、すべてあのドワーフたちは調べ上げてくれた。

 大勢で調べたとはいえ、オレと同等の結果を出してくれるのだが、さすがドワーフ。嬉しいことだ。


「しかし……読めば読むほど、リマクーインって奴の異常さが際立つな」

「どういうことだい?」

 興味を示したイシャンが、読み終えテーブルに置いておいた資料を手に取って見る。


「これは……なんというか……」

 そしてひょいと置く。これを華麗に避けるタルピー。

 イシャンが頭を抱えた。コイツはすぐ脱ぎたがる以外は感性が普通だ。


「驚くだろ? 暴走したゴーレムを数体合体させたときはまだしも、腕も利用した13脚になったゴーレムたちを歩かせて蹴とばして転ばない、すごいとかやってるんだぞ。オレでも引くわ」

「キミでもか……。ただ組み立てただけ、調整もせずに、まともに歩行できるのは大きな発見だが……。なぜやろうと思ったのだろうね、彼女……」

 

 美的センスの違う他のドワーフたちも、リマクーインの所業には寒気を抱いたと言っていた。

 たまたま13脚歩行を目撃したフモセが失神して、颯爽と駆けつけたアザナが悲鳴を上げて魔力弾を撃ちこむほどだ。

 魔物たちの駆逐者である勇者がビビるような物を即興で作るなよ、リマクーイン。


「では私はそろそろ戻るよ。視察の護衛をせねばならないので。御馳走さま」

 スコーンには手をつけなかったが、茶を飲み干したイシャンが礼を言って立ち上がる。控えていたティエが差し出す帽子を取り……え? 帽子被るの?

 オレ、【極彩色の織姫】で帽子は造り上げてないぞ。それイシャンのなの? オマエ全裸じゃねぇの?


「ああ、中央から派遣されている官使の護衛である武官は、この帽子をかぶることになっていてね」

「なんで制服を全身にしてくれなかったかなぁ」

「いざとなれば隠せるしな」


 どこを? とかは聞かねぇぞ。

 識別章を兼ねた制服を決めるときは、上下もばっちり決めておこうとオレは心に決めた。


   *   *  *


 馬車に護衛として乗り込んだイシャンは、当然のように半裸であった。

 帽子と下着だけ。そして服ではないが、馬車ということもありふかふかのクッションに座っている。


 一方、裕福ではあるが庶民出身の役人は、大貴族の子息であるイシャン相手に萎縮気味だ。

 どちらも武装していないので、どちらが護衛かわからない。


 実際にはアンズランブロクール家の息がかかった武官も2人も護衛についている。役人もオマケで守ってもらえるだろう。

 さらに三等官吏も数人同行し、火事の現場と、ゴーレムの暴走により生産性の落ちている亜炭鉱の視察に向かっていた。


「形ばかりとはいえ立場は護衛だから、身分的なことは気にしないでもらいたい」

「自分としては、布の面積的が気になって仕方ないんですがね」

 この役人、言うことは言う男である。

 どうやらイシャンの出で立ちに気おされているようだ。


 彼に位はないが、実力から得た役人として地位の威があった。

 とはいえその威も、半裸には無効である。


「ところでサード卿の様子はどうした?」

「楽しそうだったよ……え? もしかして公人としての視点の話かい? ……いや、武官のわたしが言っていいものか……」

 イシャンは役人の発言一つで、彼の立場と課せられたもう一つの任務を悟った。

 武官であるから憚れると、ひとまず言い訳をして濁す。


 だが役人も若いながら然る者で、イシャンが把握した様子を見て表情が落ち着く。


「ルジャンドル中央官も、御友人の貴方ならサード卿もお話してくださるでしょうし、察することもできると護衛につけたのです。中央官のためにも、そしてサード卿のためにも、お教えいただけませんか?」

 

 バレてしまい、イシャンからサード卿に伝えられてもかまわないのだろう。


「ああ、私は形ばかり(・・・・・)の護衛つもりなのだがね」


 友情として悩ましい、というわけではない。

 イシャンとて貴族である。

 なんの見返りもなく情報を、会ったばかりの役人に与えるわけにもいかない。


 そういった意味を込めて、形ばかりの護衛という言葉を強調して言った。 


 中央官の使えるものならなんでも使う精神は、後でしわ寄せがくるだろうにとイシャンはルジャンドルの老体を心配した。


「彼の実力は理解しております。自分は魔法の才能などありませんが、才能ある者が何をするか、何をできるかを知っているつもりです。よって、彼ほどの実力者が、ドワーフが調べ上げられる程度の情報を暴走ゴーレムから得られられぬわけがありません」


 現場を見ていない役人が、報告書と事前情報だけで正確に現状を把握していた。


 これは困った、とイシャンは顎を撫でる。


 ――これも国のため、そしてザルガラ君のためか。


 イシャンは隠すことが、結果的にザルガラのためにもならないだろうと思い、気が付いたことを語り始めた。


「彼は調査の手を抜いたわけじゃない。すでに調べ終えていた」

「では調査の報告を改ざんしたと?」


「結果はそうだが悪意あるものじゃないし、公文書として提出するものでもないし、それが悪いわけでも違反というわけでもないだろ?」

 役人が深く言葉で斬り込んできたので、ザルガラを庇いつつ、事実の盾で防ぐ。


「彼が調べもの……現物が目の前にあって、調べ尽くせないなどありえない。きっとアザナくんが避けていなかったので、判明したことを隠したのだろう。そして、その判明した事実と全く同じ報告をドワーフたちが上げてきた。これは彼らの無実の証明の一つとなるだろう」


 役人はもう斬り込んでこない。聞くだけの態度になっている。

 イシャンはそれを確認して言葉を続けた。


「さらに言えば、彼らドワーフたちの実力を試したことになる。無実の証明と実力の把握。これは領地から離れるような統治者が、あやまちをゆるし、その者たちを使うには最適な行動だと思ったよ」


「そう……ですか」

「ああ、そうだ。彼はこの領地にとって形ばかり(・・・・)の統治者だが、その能力と精神はとっくに貴族として出来上がっている。まだまだ彼は伸びるかもしれないね」


 断言した。

 だがさすがのイシャンも読み違えていた。

 ザルガラが化け物と恐れられた過去の経験から、手を抜くことをやっと覚えたなどと思い至らなかったのだ。

 

 つい心情的に、彼は貴族的な評価をザルガラに下してしまった。


「そうですか、ありがとうございます」

 なまじイシャンの解釈は説得力がありすぎたため、役人の中でザルガラの評価は高くなった。


 彼の書いた報告書が上に上がれば、最終的に受け取るルジャンドル中央官の中でもザルガラへの評価が高くなることだろう。


 こうしてザルガラの預かり知らぬところで、魔法使いとしてではなく、貴族として高く評価されることになった。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 武官の制服にネクタイが無いことだけが残念ですw
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