新たな重荷
遅くなりました。
ドワーフの棟梁とは、工房の棟梁であると同時に一族の棟梁でもある。
新しい領主、サード卿はドワーフの棟梁として警戒すべき相手であった。
いくら領主と言えども、直接的な統治は代官、そして中央の官僚にゆだねられている。
かといって全く関与できないわけではない。
新しい領主がもしも共和国貴族のように、亜人への差別心を持っていたならば、という杞憂を棟梁は感じていた。
共和国から逃げてきた彼らに後はない。そして少しでも覚え目出度くしようと、成果を求めた。
そしてつい張り切って成果を逸り、ゴーレムの足に火薬を込め、結果工房を全焼させるような失敗してしまったが……、幸いにもそんなことすら大目に見る領主のようだった。
新領主は学友を侍女姿にして自領に連れてくるなど、埒外にもほどがあった。
棟梁は個人では頑固だが、種族としてはエルフ関連を除いてなにかと鷹揚なドワーフから見ても、これは眉を顰める行動である。
「おまえら! 領主のぼっちゃんが汚名を雪ぐ機会をくれたんだ! しっかり気合いいれていきな!」
「おう!」
「わかってまさー」
「任せんかぁっ!」
鍛冶屋小屋の脇に急造された作業所前で棟梁の腕を振り上げ、若い衆――人間からみるとみないい歳に見えるが――が鬨を挙げた。
「ぼっちゃんっていうな! これでも正式に綬爵してんだよ。あと調べるだけだからな。余計なことをするなよ!」
士気の上がるドワーフたちに、作業場の扉を開け放ってザルガラが冷や水をかける。
「言われんでもわかっとるわい」
大回転花火を仕込んだ棟梁の言葉に説得力はない。
だが、ザルガラはそれ以上追及することも、念を押すこともなかった。
ドワーフたちは一斉に、新領主には興味を失った、とばかりに作業場の入る。新たに回収させた暴走ゴーレムの解体解析を始めた。仕事に集中してるともいえるが、無礼な態度としか見えない。
そしてザルガラもそんなドワーフたちの態度に、特にこれといった反応もしていない。
棟梁の目からして、ザルガラは一方的にだが付き合い易い人物に見えた。
この棟梁、リマクーインの逃亡に手を貸すなど義侠心があるように思えるが、悪くいってしまえば故あれば故郷を捨てる決断ができる人物である。
つまり、見切りをつける。何かを捨てる。見限るという選択ができるのだ。
そういった人物は、周囲の人間を値踏みする。
――やはり子供か。
リマクーインの正体がバレたとき、まず問い詰め方が甘かった。
そして企みを推測するのはいいが、すべてを晒し口にしてしまった。
底の浅さが見えた、と棟梁は判断した。
頼りないが、代官がしっかりしていればよい。
……代官がしっかり?
棟梁の脳裏に疑問が浮かんだとき、作業場の扉が開け放たれた。
「ただいま到着しました……って、ひいっ! な、なにこれ!」
歳のせいか名前は思いだせないが、棟梁もよく見知った顔の女の子が、入ってきた。
サイクロプス……サイクルオプスのイマリーだ。
彼女は入ってくるなり、作業場の惨状に悲鳴をあげた。
むべなるかな。
見目麗しい……麗しい? 見目の整った女たちが、解体されてヒゲ面のドワーフたちによってあれこれ調べられているのだ。
そのドワーフたちの視線が集まれば、さしもの上位種サイクロプスも、次は自分の身かとうろたえる。
「ひぃいぃ、なななに、アタシもここで解体されちゃうの? 親しい友人じゃ、無慈悲なの?」
逃げようと扉に手をかけた作業場のドアが吹き飛ぶように開き、小さな女の子が飛び込んできた。
吹き飛ばされるイマリー。
「いやーっ! エト・インはどうなってもいい。だから助けてーっ!」
イマリーは解体されたゴーレムの部品に中につっぷし、助けようとするドワーフたちの手を振り払いながら本性をむき出しにする。
見捨てられた竜の娘……エト・インは母のつくった弁当を片手にザルガラの背中に飛びついた。
「ぎゃおーっ! ザッパー、きたよー」
「なんで!?」
器用にザルガラの頭に登るエト・インを、これまた器用に抱きなおすザルガラ。慣れている。
「あそびにきた!」
「うっさい、邪魔だ。ってなんだこの箱」
「ランチボックスぎゃお! エトが作ったの、食べて」
エト・インは嘘をついた。
「悪いな、もう食べた」
ザルガラは嘘をついた。
「何者なんじゃ、あの二人?」
棟梁は作業を見廻りながら、仕切りの向こう側で押収した共和国のゴーレムを調べるアザナに尋ねた。
「うーん…………」
言っていいのか、悩んでいる。
恋敵なのか? そんな邪推が浮かんだとき、アザナの表情がまあいいか、という表情に変わった。
「サイクロプスと、ドラゴンの子です」
「ほう……。どういう関係なんじゃ?」
「うーん……」
また悩み始めた。
これは説明しにくい、といった表情である。
「まあええわい。仕事に戻るぞ」
あまり問い詰めても悪いと、棟梁は話を切り上げた。
「え? 聞かないんですか……」
アザナは寂しそうな顔を見せた。これを見て、危うく恋話の愚痴を聞かされるところだったわい、と棟梁は内心胸を撫で下ろした。
――アザナはどういえば、ザルガラが困るか考えていただけなのだが、そんなことに棟梁が気が付くはずがない。
棟梁はザルガラの作業を大人しく見始めたエト・インという少女を見て、あれがドラゴンなのかと唸った。
確かにドラゴンという存在は珍しいが、サイクロプスという伝説の存在ほどではない。
言われてみれば、と棟梁は顎髭を撫でて肯いた。
一つの目のマスクをしているから、サイクロプスというのはあだ名なのだろう。そう棟梁は判断した。
それも仕方ない。
怯えて部屋の隅に逃げているイマリーを見て、伝説の上位種などと思うはずがない。
……それだけ作業場の惨状がひどいということもある。
アザナですら仕切りの向こうで、この惨状を見ないようにしているのだ。ドワーフのように美醜や人間の顔の見分け方がつかない存在でないと、この作業場を直視するのは難しいだろう。
「おい、イマリー。エト・インはオマエが連れてきたのか?」
ゴーレムの部品から救出されたイマリーに、結局ランチボックスを食べ始めたザルガラが訊ねる。
「勝手についてきました……」
サイクロプスと呼ばれる女性は、疲れ果てたという顔で言った。その様子からしてエト・インというドラゴン? の少女に、なにかと振り回されていたのは間違いない。
作業場の状況は、彼女にとって追い打ちだった。
「中央の方から派遣された者です! 遅くなりました! うわ、なんだこれ!」
再び来訪者が現れた。
中央官から派遣された若い役人だ。
ザルガラに挨拶しようときたのだろうが、作業場の惨状を見てやはり慄いていた。
「ああ、来たか。先にやってるよ」
「なにを先にやっているんですか?」
若い役人は表面上だが順応した。しかしザルガラの発言にはついていけない。
「暴走ゴーレムの調査だ。報告は全部ちゃんとそっちに渡すから……それとも見ていくかい」
「え、遠慮しておきます。あ、こちらは中央官から……」
役人から差し出された書簡を受け取り、ザルガラはざっと目を通す。
「ふーん、今回のことの責任はあちらが取るけど、この件に関してオレの活動はほぼ容認してくれると? かなり譲歩してくれるんだな」
「昨日の今日ですからね……」
そういう役人だが、申しわけないという態度も言葉もなかった。
「やあ、ザルガラくん! 昨日ぶりだね! って、うわ、なんだこりゃ!」
またも作業場の扉が開け放たれた。
全裸だ。
全裸もこの惨状に驚くが、全裸もまた惨劇であった。
たまたま出入り口あたりにいたリマクーインが、ベスト?な目線の高さで全裸の全裸を目撃してしまった。
「イシャン先輩の方がなんだこりゃだよ!」
投げつけるような魔法が発動し、イシャンという全裸の男が野暮ったく古臭い衣装の男へと変わった。
一安心である。
「なんできたの? イシャン先輩」
「臨時だが、今日つけで中央官付きの武官になった。まあ護衛だな」
「全裸が護衛?」
ザルガラが訝しがるのも無理はない。
いや護衛が全裸ならば、襲う者もいないかもしれない……。
「ザルガラ様、この御用商人ベデラツィが物資をお届けに参りました……って、うお、なんじゃこりゃ!」
またも作業場の扉が開け放たれ、商人がこの惨状をみて狼狽えた。
「アザナ様がこちらにいらっしゃるとおおおぉおっ、いやぁーっなにこれぇっ!」
アザナの付き人フモセもやってきて、不幸にもこの光景を見て悲鳴を上げた。
「もう来ないよな……」
悲鳴を上げる者たちを横目に、ザルガラはつい扉から頭を出して確認してしまうが……。
不思議と確認すると、誰も来ないものである。
* * *
翌朝のマナーハウスで、代官ジュン・ドーケイは部下からの報告をうけた。
「代官殿、暴走ゴーレムの調査結果がでたようです。こちらです」
資料を受け取りながら、ドーケイは窓の外の惨状を眺めた。
急造の作業場が庭にある。ザルガラが一瞬で作った魔法の石の作業場だ。普通の魔法使いならば、小屋でさえ作れないだろう。
その周りで酒をあおって寝ているドワーフたちが見えた。中の惨状も酷いが、外もある意味酷い。
「よくあの状況で……一晩で結果が出せたわねぇ。サード卿は?」
「はっ。朝食後。仮眠を取っておられます」
「そう」
代官は資料に目を通す。
「なるほど、胞体石の書き換え時期はすべて同じ時間で一斉に、なのね。これで多少は犯人がいたとしたら、探すのも目安ができたわね。……で、書き換えられた魔法陣は、すべてが合わさって意味がなすと。だから一体一体では暴走したような、奇妙な動きになっていたのね」
同じ時間にすべてのゴーレムの胞体石を書き換え、その膨大な数の胞体石を使って成り立つ魔法陣。
魔法使いとしては人並みなドーケイでも、それが計り知れない技量の上に可能と理解していた。
天災や事故でないとしたら、犯人像が見えてこない。
かつて怪物と言われたザルガラか、天才と名高いアザナか。
さもなければ古来種か……。
まだ疑っても仕方ないと、推測を頭の片隅に追いやり資料を机の上においた。
「これを調べ上げたのリマイン……いえ、リマクーインとなってるけど?」
「はい。あー……」
「わかっているわ。間者かもしれないから信用できないけど、調査結果をサード卿が追って調べて証明してくださってるんでしょ?」
ドーケイ代官は報告書のサインにザルガラの名があることから、ただリマクーインが見つけた事実を載せただけとは思っていない。
だが、サード卿には思うところがあった。
リマクーインを疑いながら、数々の推測を口にしてしまったサード卿は、ドーケイの目から見ると統治者としての合格点に及ばない。
貴族らしい腹芸もできないが、リマクーインを受け入れる度量は持っている。
――与し易い。
ドーケイのザルガラ評価は、そのような物だった。
中央官や役人を相手にするより、まだ付き合い易いと考えた。考えてしまった。
安堵の溜息をついたタイミングで、部下が声を上げる。
「あともう一つ、調査結果とは別にご報告があります」
「何かしら」
肩の重荷が降りた様子で、代官が報告を促す。
「回収した暴走ゴーレムが一体。数が合わない……何者かが盗み出したようです」
代官の肩に、別の荷が乗った。
ちょっと自分の管理不行き届きのせいでしが、リアルで執筆が無理な状況でした。




