告白するドワーフたち
「な、なんて凄惨な現場なの……」
鎮火されてなお燻るゴーレム工房の惨状を見て、ドーケイ代官は声を震わせた。
住人もまばらな郊外の寂しいところに建つ……いや、建っていた工房だが、今は見物人で溢れている。
「ああ、オレも冷や汗モノだ」
見物人のざわめきと興味の目を背に、オレもドーケイ代官の感想に同意した。
集まっている見物人たちも、凄惨な現場に呆然としていた。
「ふふふ……うふふ、やっぱり違いますねぇ。手工業ならではの丁寧な仕上げと、工業製品を合わせたかのような安定した精度。大量生産には至っていないようですが、共和国は興味深い……いえ欲しい、じゃなかった脅威ですね」
独り言の多いアザナが、解体したゴーレムたちを工房の庭に綺麗に並べていた。展開された人体解剖のようで、数も相まって凄惨な現場となっていた。
暴走していたゴーレムと違って、共和国のゴーレムは人間と似ている部位など少ないのだが、火事現場とあってバラバラになった死者の遺骨や遺品を並べているかのようだった。
あーそうそう、工房の火はとっくに消えているし、工房の技術士たちもオレの治療を受けてみんな無事だ。建物は燃え落ちたが、人的被害はまったく凄惨さがない。
しかしなんだ……さっそく領のために力を振るえて、なかなか満足だ、ふふん。
ここは都市部と違い、消火など緊急時の活動や公共の利便性を高める街士のような存在が少ない。この火事で、郊外とはいえ集まった街士は2人しかいない。
ほとんど飾りで、外見は子供で、領地を貰ったばかりの新興の家の分際でおこがましいかもしれんが、なんとか街士を増やしたいところだ。
ルジャンドル中央官とドーケイ代官が口を出すことにどう思うか分からないが、オレも内務なども経験させてもらってもいいんじゃないかな。
これからの方針について考えていたら、共和国ゴーレムの遺体……じゃなかった部品を並べていた。
「みーんな、ボクのものですよね!」
「いや、それ証拠品だから」
興奮しているアザナに冷や水を被せる。消火しなきゃ。
「先輩、約束が違いますよ」
「約束……って。ああっ! アレはあの時限り、その場限りだろう」
遊覧船のときの約束だぞ。
ルジャンドル中央官が襲撃を矮小化させるため、ゴーレムはなかったことにした。証拠隠滅みたいなもんだ。
今回は謎の暴走事件との関係を調べないといけない。
「その場限り……」
「……約束が違う」
「あの二人になにが?」
背後の見物人たちが騒ぎ始めている。視線がオレたちのほうに向いているので、燃えた工房よりゴーレムを並べている様子を不気味にでも思っているのだろう。
「ほら、ゴーレムの部品なんて集めてるから、見物人が引いてるだろ。片付けろ……って、スカートの中にしまい込むな!」
オレがスカートの中に手をつっこめないとわかっているアザナは、あからさまな手つきで部品を隠し始め……え? なんでそんなに入るの? どんだけ入るの、そのスカート?
「あー…………すまんが、お前さんが新しい領主かの?」
スカートのすそを掴んで調べていたら、顔を煤だらけにしたドワーフの男が声をかけてきた。
かの種族の年齢はわかりにくいが、皺の深さが人間のオレが見ても深い……そして硬くひび割れ多い。大分年配であることがうかがいしれる。
「そうだ。それで他の奴ら、回復したか?」
「ああ、お前さんのおかげでな」
治療した工房のドワーフたちの様子を尋ねると、つっけんどんな反応が返って来た。気難しいドワーフの棟梁らしい態度だ。
領主に対する礼儀ってものがなっていない。だが、これが彼らの性質だ。
オレもどこか似ていると自覚があるので、それを咎めるつもりはない。
「それは良かった。で、この火の手の原因は、このゴーレムたちの襲撃のせいか?」
かつてマイカ・ネーブナイトは、同型のゴーレムたちを使って魔力弾を発射する芸当を見せた。この解体されて無残な姿を晒すゴーレムたちも、発火や業火の魔法くらい放てるだろう。
しかし、ドワーフの棟梁の答えは違っていた。
「いや、みんなで花火を作っておったらの、めっちゃ燃えての」
「少年かよっ! ゴーレムを……、ゴーレムを真面目に造れよ。オマエらゴーレム工房の職人だろうが!」
オレが怒ると、棟梁も反発するように怒りだした。
「わしらはゴーレムについては大真面目だ!」
「お、おう」
父親に怒られたように、オレは言葉を失い萎縮した。親に怒られたことないからよくわかんないけど。
そうだ、オレたちが造ったのゴーレム【グレープジョーカー】も、魔力の噴射で高速機動ができる。
彼らは彼らなりに考え、挑戦していたのか。少しうれしくなった。
このドワーフたちは【険路求道】のような、魔法を使わないアプローチを試み……。
「ゴーレムの足から花火が出れば、空を飛べるんじゃないかと」
「この大真面目バカ野郎」
感激したオレの3秒返せ。
「説明されなくてもわかるぞ、この大真面目バカ野郎ドワーフ。足から大火力を噴射したせいでバランス崩して大回転したんだろ?」
「おお、さすが」
「思考実験が完璧じゃの! しかし、そうなるとわかっていても、実際やってみんとな」
棟梁が笑い、職人のドワーフたちも笑いだした。
ヤバい、コイツラ、少し考えればわかるようなことを、やって確認しないと気がすまない連中だ。
「まあ科学的にはそういうのもあり……というか、失敗すると思えたら、検証して失敗すると証明するのも正しい姿勢ともいえるのですが」
アザナがゴーレムを並べる手を止めて、ぽつぽつと困ったように言う。……それはともかくなんでコイツ、スカート姿でしゃがむのに慣れているんだろう。
「そうじゃろ?」
アザナの助け舟に棟梁が乗っかる。
「そうだとしても、しっかり安全を確保しろ。それはそれで責任追及するからな。おい、ドーケイ! 誰だコイツら雇ったの! あと現場の責任者は……ん?」
責任者を尋ねようと振り返る。するとドーケイの雰囲気が変わっていた。
「え? あーら、ごめんなさいね。着替えてて聞いてなかったわ」
「なんで火事場で着替えるんだよ、このオカマ! 燃やすぞ!」
「あら、素敵な告白。ハートに火をつけ熱ぁっつ!」
「へーい、ダンスゥダンス!」
ウインクをしようとしたので、その顔にタルピーを投げつけてやった。空を踊りながら飛んでいったタルピーは額に着地し、仰け反るドーケイの上で踊りだす。
「暖色から寒色な服に着替えやがって。男色だから閑職へ送るぞ。まったく……チクショウ……。オレ……この領地でうまくやっていける自信がない」
「めっちゃくちゃ生き生きしていたと思いますよ、今の先輩」
「おい、どういう意味だ。あ、今更だけどここじゃ人の目があるんだから、オレのことはサード卿と呼べ」
つい今までの気分でいたが、ここは一応オレの領地だ。立場ってもんがある。
その辺を言い含めようとしたら、そこはやはりアザナだ。
まったく表情を変えず。
「ザルガラ先輩」
いつも通りだった。
「サード卿だ」
「先輩は先輩ですよ、今は」
「…………む」
ふと思う。
一度、アザナ=マダンに勝ったとはいえ、アレは正しくアザナとは言えない。
オレはまだまだアザナを追う立場だ。
そして何より……対等の友人だ。オレが追う立場という意味も含めて。
だから、やっぱりそうだな、たぶんそう。オレはアザナにサード卿と呼ばれたくない。
「先輩に卿付きとか似合わないですよ……」
「そうか……ああ、そうだな」
「……ぷっ!」
「なんだその笑いっ!」
逃げるアザナに追うオレ。
「なんじゃ、仲が良いの」
わざとらしく吹き出したアザナに詰め寄ると、火事を引き起こした棟梁が、煤だらけの顔でオレたちを茶化してきた。
さすがのアザナも逃げるのも止めて、呆れた顔でドワーフたちを指して言う。
「ねえザルガラ先輩、この人たちが、暴走の犯人じゃないんですか?」
「ああ、オレもそんな気がしてきた」
足底の爆発で、ゴーレムを飛ばそうとした頭おかしい奴らだ。
変な機能つけようとして、詰め込みすぎたという可能性も――。
「でも、違いますね」
「ああ……違うな」
ドワーフたちは確かに優秀な職人だ。精度の高く、頑丈で、それでいて繊細な物を作り上げる。
だからといって、胞体石に投影する胞体陣やその術式の精度が高くなるわけでもない。そもそもドワーフたちは3次元の立体物が得意だが、だからといって4次元的な胞体陣が投影できるというわけではない。
術式の暗号化くらいなら、才能あるドワーフもできるだろう。しかし、燃え残った残骸から、それほどの才能ある技術は見いだせない。
隠してある、証拠隠滅してあるなどしていない限り、彼らが暴走ゴーレムの原因とは考え難い。
「あれ? 火事がゴーレムたちの仕業じゃないとしたら、じゃあこの共和国製のゴーレムはなんだ?」
「さあ……?」
オレが首を捻ると、アザナもマネするように首を捻った。
「それに、どうやってここまで共和国のゴーレムがやってきたんだ?」
前回、ネーブナイト夫人が持ち込んだゴーレムは、国境の曖昧な大湖上の船上のことである。王国でも西よりとはいえ、国境まで結構ありゲートも近隣にないこの地で、ゴーレムが降ってわいたとは考えにくい。
「すぐに調べるわぁ~」
ドーケイ代官はオレから指示される前に、部下を呼んで命令を下す。
一言聞き、素早く対応できるところは代官として有能だ。無論、結果が伴うかわからないが、それは今後に期待だ。
駆けていくドーケイの部下を見送りながら、腕を拱きオレは反省する。
防諜とか大げさなことをするつもりはなかったが、綬爵パーティを優先してしまい、サード領の管理を後回しにしたのは悪手だったかもしれない。
オレ個人とその周辺も、固めたほうがいいかもしれない。
冒険者たちがコアを解放している今は難しいだろうが、空中庭園の防諜なども強化したほうがいいだろう。アンの負担が大きくなるな……。アイツ、もう侍女の仕事以上のことしてんな。
騎士格に召し抱えるか?
いやでもなぁ、アンの父親……ターラインが認めてくれないだろうなぁ。友人だったの「前」の話だし、無理があるよなぁ。
まあこの問題は後でいい。まずは目の前の惨状だ。
「あげませんよ~。全部」
「アザナ~。オマエ、ソレ、証拠品でもあるから、右から左に渡すわけにいかないんだよ」
「約束ですからね!」
後片付けを手伝っていた女ドワーフが、仕事を終えてゴーレムと共に戻って来た。
彼女のゴーレムは大型だ。共和国のそれに引けを取らない勇壮さを持っている。
ぐるぐるレンズのゴーグルをかけた少女のようなドワーフは、従えるゴーレムを自慢するかの如く、自信に溢れた表情をしていた。
……でも、ゴーレムの足に花火つけて飛ばそうとした一人なんだよなぁ。
「オマエもここの職人か」
どこか他のドワーフとは持っている雰囲気が違うので、念の為訊ねてみた。
「はい、そうです。名前はー……リマインと申します」
『リマクーインッ!』
リマインと名乗ると、ドワーフの隣にいたゴーレムがリマクーインと叫んだ。
「後ろのゴーレム、リマクーインとか叫んだぞ」
「決してわたしの名前ではありません!」
いや、そうは聞いてないんだが。リマクーインとリマインは似てるが、何か関係があるのか?
なぜそう強く否定する?
「決してわたしの名前ではあり」
「おい、オマエ。怪しすぎるだろ?」
「せん!」
「そうか、疑って悪かったな、リマクーインさん」
「分かればいいのです」
止まる時間。
オレもアザナも閉口だ。
他のドワーフたちも眉を顰めている。
ドーケイも頭を抱えていた。
そんな中――。
「ノック、ノック、いえいいえいえい! もーしもーし!」
実体化しているタルピーだけが、奇跡的に燃え残った玄関のドアノッカーで玄関をリズムよく叩いて踊っている。
火事現場で火の精霊がそんなのしてたら、こいつが犯人かと思われるぞ。
そして再び時は動き出す。
「ふふふ、よくぞ。このわたしがブラーエ様の技術部の頭脳リマクーインと見抜きましたねー! 見抜きましたねー!」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
いや、理解したが否定する推論がいくらでも出てくる。
罠とか、実は別人とか、いい加減な嘘とか、洗脳されているとか。だがどれもあてずっぽうだ。
もしかして、真実を吐いたのか、このドワーフ。
「……え? ティコ・ブラーエの関係者なの?」
いつも誤字報告をしてくださり、ありがとうございます。
対応が遅れていますが、少しずつ直していきます。
感想もありがとうございます。
返信遅れていますが、こちらも対応していきます。
これからも当作品をよろしくお願いいたします。




