アルゴの残骸
57億年。
想定をはるかに超える数字に、オレは一瞬理解できなかった。
隣りでアザナも口を覆って驚いている。勇者であるアイツも……知らなかったのか?
かつてこの大陸に君臨した支配者。
そんな奴らが創造主からの命令を遂行するため、ただ情報を集めるだけのため、愚直に命令を実行するため、それだけのためにそれほどの時間を……。
「生命の誕生にも。進化にも。ある程度関与した。それほど大それたことはできなかった。が、これによって共に成長……進化もできた」
進化の過程で、この星の生物特有の投影器官の制御と、この世界の法則を曲げる魔法を会得していったと説明してくれたが……。
個人的には、そんな仕組んだ話より、待った時間そのものの方が衝撃だ。
「本当に神様みたいなことをしてたんですね……」
古来種の長きに渡る活動を聞いて、アザナが感慨深く呟く。南方の住人が使う神様という言葉に馴染みのないオレだが、古来種のそれは絶対者の振る舞いに近いとアザナは言ったのだろう。
「君たちの始祖が誕生したとき、心を……感情を持たぬはずの我々が歓喜のようなもの。それを感じた。あれは今思えば原初の感情だったのかもしれない。あとはもう目まぐるしく、人間に……この星に関与した。この世界の法則を利用した……魔法も実用化が成功するまでは、それほどでもなかった」
「魔法の実用化か……。それも長かったのか」
また1億年とか言いだすかと身構える、が――。
「100年ほど」
「今度は早ぇな」
肩透かしを食らった。
途方もない時間を待ったわりに、オレたち人類という手段を手に入れたら展開が早い。
一万年の停滞を続けている人類からすると、やはり古来種の能力は破格と言える。
「魔法の発動と制御と管理は、すべて数学で説明できた。これらは我々の創造主が長きに渡り積み重ねてきた。それを当てはめればすんだ」
「それゆえの時間短縮か。にしても100年は短いな……」
「すごいショートカットですねぇ」
アザナと一緒に長い時間と短い時間に思いを馳せる。
合点がいった。
公式から定理、原理に公理に法則。それらに至る思索と歴史が、古来種たちにはないように思えた理由はそれか。
それらを積み重ねたのは古来種とは別の存在。
分かってみればなんてことない話だ。
オレは一気に脱力してしまった。
脱力するオレを置いて、魔法史について古来種が説明してくれたが、ほとんど聞き流してしまった。
魔法の開発の歴史には興味があったが、これは非常に膨大である上に、学術的であるため、胞体石に記憶したライブラリを貰った。
あとあと読んで、調べればいいだろう。
だいたい知ってるし、わかるし、難しい話じゃない。
「――すべては順調。だが問題もあった。来るべき未来。大陸の支配が安定。その結果。人が増えすぎても困る」
「そういえばぁ…………この大陸。多くて3000万人もいませんね」
そう、アザナの言う通りだ。天井を見上げて呟くアザナの隣りで、まったくだなと肯く。
人が少なくてスカスカなんだよ、この大陸は。
大陸の約3分の1を占める王国の人口は1000万人と言われている。単純な書類の上での人頭なので、実際は3割くらい多いだろう。だが、おおざっぱな推定でもそれほど誤差はないはずだ。
南の連合や東の連邦合わせて500万。西のアポロニアギャスケットも1000万くらい。
オレが知ってる限りの各都市の違法居住者や流民の推定数、冒険者街で未登録の住人、それらの規模を考慮しながら割合を出し、都市と遺跡の数で掛けるなどして雑なフェルミ推定をしてみて、ついでに多く見積もり、大陸全土で総人口は3000万人っといったところか。
竜下人や、エルフやドワーフなどの亜人は誤差のうちに入るほど少ないし、遺跡に住まう魔物たちは数に入れずとも遺跡で自活できるサイクルに取り込まれているので計算に入れなくていいだろう。
おかげで経済活動は貴族や金持ちが贅沢しないとそれほどでもない。だが、生産力や労働力は誰でも使える魔法と魔具のおかげで活発である。
不都合のないちょうどいい……つまり少ない人口。そして人口が増えても困るという発言。
「もしかして……人口を調整……出生とかそういうのを抑えているのか。その通りだという反応を胞体の変形いや、5次元的には形は変わってないけどさ。それで表すな、わからんから」
「その通りだ」
胞体が3次元的に視覚な変化を見せたあと、オレのツッコミによって改め言葉で肯定された。
奴隷同士の諍いを鎮めるための精神支配。それに続く古来種の闇といったところか。
どうやらオレたちは出生を抑えられている。
「怒るのも無理はない」
正5胞体から申しわけなさそうな声が出た。
少しは罪悪感を持っているようだが、それは彼が特殊で特別だからだ。古来種の多くがそんなこと、微塵にも思っていないことだろう。
「そうか、オマエたちのせいか」
理解はできるが納得できない。
オレたちは支配され、管理されている。不愉快といえば……まあ不愉快だ。
しかし、怒るほどでもない。今さらだから――
「うむ。婚姻や出生を抑えるため、特殊な性的思考や奇抜な性質を持つ人格が生じやすいように調整……」
「オマエらのせいか!」
それは怒るでしかしっ!
理解も納得もできない事実がきた!
大都市ほど妙なヤツラが出没している理由がよくわかった。
冗談合わせて本当にオレたちは、古来種の呪いから抜け出せていないのか!
「あー、わかりますわかります。平和になると変態が増えるって、研究報告ありますよね」
さらりと飲み込み納得するアザナ。
その声でオレの怒りがそれてしまう。
「そうなのか、アザナ? 聞いたことないぞ。それ、どこ情報?」
「世界○見えで見ました」
「○……なんだって?」
発音が聞き取れなかったの聞き直そうとしたとき、ふと思い出したことがあった。
「そういえば……以前、魔力プールにアクセスした時、オレにかかる負荷を抑えるため術式を弄っていたら、大陸にいる人間たちに全体へ負荷をかけるような術式を見かけたような」
「ああ……アレはキミだったのか……」
古来種がなにか察している様子だ。
「なにか弄ろうとした形跡があったので慌てたが……アレは書き換えないで欲しい。危険だ」
「そう……みたいだな」
下手を打って、世の中にもっと変な奴らが増えても困る。なによりその原因となっては、末代までの恥だ。
「特に魔力プールの破壊。これはオススメできない。あれは各所の遺跡や魔具の補助魔力供給元でもあるし、それらシステムのバックアップでもある」
「壊しませんよ」
アザナが珍しく真面目に反応した。
いたずら心も浮かばないくらい、危険性を理解している顔だ。
「万全のフェイルセーフが施されている。そのため破壊されても直ちに影響があるというわけではない。が、不具合が重なって将来的には世界の破綻すらあり得る」
「つまり壊したところで、即時変態がいなくなるわけでもない。ということだな」
「ご明察」
褒められたがあまりうれしくない。
この大陸は変態と縁が切れない運命なのか……。
「それで……まあ人口抑制についてはわかったからいいや。で、この世界に降りてくるつもりの古来種たちについて聞きたい。オレたちをまた支配したいって欲求があるってことは、この次元にまた降りてこようっていう奴らは、みんな自我とか芽生えているのか?」
「いや、違う。ほとんどがこの星から。我々についてきた上位種たち。そして極一部だが。我々と同質だが、もとより人格を与えられていたものたちだ」
「リーダーとかいるんですか」
情報に食いつくアザナ。
近い未来。また対抗する気なのか、アザナ。
そうだ、オマエは二度も負けているんだ。もっと情報を集めるべきだ。
「いる。名持ちの古来種。その名は。ジョンソン&イアソン」
「え? ……2人いるのか? 名前&ネーム?」
「ジョンソン&イアソンは1個体だ」
よくわからないが、古来種やその創造主の命名法はナニかオレたちと違うのだろう。
「それより絆創膏とか作ってそうで気になるんですが……、いえなんでもないです」
バンソウコー?
アザナはナニか違うことに引っかかっているようだが、話の腰を折ってしまうと思ったのか自ら引いてくれた。古来種の話は続く。
「イアソンは、宇宙を探査する船の……いわば我々の船長のような存在。我々のような創られた情報生命体。でありながら、創造主たちの一人であるとある宇宙の船乗りの人格がコピーされた情報生命体。そこの勇者のように」
正5胞体の胞が鋭角になり、勇者としてアザナを差した。
「え、待て。今、アザナがなんだって?」
「それは置いておいて」
「いや、置いておけるような話じゃないぞ、アザナ!」
アザナの秘密に一瞬触れたが、話はアザナによって無理に流される。
「後でしっかり説明してもらうからな!」
「遺跡5%分貰えるなら話します」
「聞かない」
わりとリアルな数字で交渉してきやがって。
興味はあるが、情報と交換すると絶対アザナはつけ込んでくる。オレそういうのわかっちゃうんだ。
いやオレ、ぜんぜんアザナなんかに興味ないしっ!
古来種の情報のほうが……断然興味あるしっ!
「イアソンはコピー人格である。そのため元人間の精神構造を持っている。だから強くこの社会に心を惹かれていた。船も使わず、航海もないただ情報を集めることが可能な高次元世界は……彼にとって、退屈だったのだろう」
「船乗りが陸で事務仕事に回されるような感じか」
ふむ、と腕を拱く。ふと隣を見たらアザナが同じポーズをしていたので、そっと腕を解く。
「そこを新参の存在につつかれた」
「で、リーダーに収まって、帰還をもくろんでいると? そっちで取り締まるとかできないのか?」
「警察組織のようなものはない。……のでね。高次元はどう説明すればいいか。……一言で言えば隠れやすい。そして逃げやすい」
「二言じゃね?」
「先輩、一言多いです」
「お、おう……」
アザナに諫められ、オレは口を噤む。
イアソンという人物? の情報を貰おうとしたが、古来種はこちらの感覚で理解できる個体ではない。
能力も乗り移った人間の能力に大きく左右されるし、人格ですら肉体に引っ張られるという。
つまりイアソンのひとなりを訊いても、人の身体を乗っ取った場合はあまりあてにならない。
「もちろん、地上を再支配しようというのを、快く思わない者たちもいる。彼らは自警的な活動をしている。だが、自警団的な彼らがこの世界に降りるための肉体。それは破壊された」
「……あれか」
【霧と黒の城】の地下で見た光景と、吸血鬼がやった所業を思い出す。
ディータの肉体の一部とともに、ガレキへ埋まった数々の古来種の入れ物。あの吸血鬼はこの世界で、敵対しそうな古来種を封じ込めたわけだ。
「それで顕現引き止め派はこちらに関与できなくなったわけか。対策を考えるなら、古来種たちそのものの情報を貰った方が有益そうだな」
呟きながらオレは毛質の堅い髪を弄っていた。
そんな癖はないのだが、不安で今までにない手癖が出ていたようだ。
気が付いたオレが手を引っ込める。アザナはそれを横で見ていた。
……ああ、そうか。と何重もの意味で、アザナが隣りにいたことを思い出す。
頼ってみても……いいのかもしれない。
「なあ、アザナ。オレはどうしたらいい?」
「好きにすればいいんじゃないですか?」
友人に弱みを見せて頼る。それをアザナは袖にする。
「オマエなぁ……」
「だって、いきなり話を振られて意味わかんないし。たぶん、先輩の頭の中ではいろいろアイデアが出て纏まりかけてるけど、ちょっとボクに意見を聞いて背中を押してくれたかっただけなんでしょうけど」
「そ、そこまでわかってるなら話を合わせてくれよ」
オレ、泣くぞ。
アザナの冷たい態度に弱っていたら、アザナは伏目勝ちに微笑んで見せた。
「影ながらボクを助ける。きっとそう考えているんでしょ?」
「な、なんの話だ?」
アザナに計画を話した記憶はないが……どこからか漏れたか、嗅ぎつけられたか?
「それはいいですけど、一緒に仲良く表立って対策してもいいんじゃないですか? 先輩」
「オマエ……」
アザナがオレに、隣りで立っていてもいいと言い切ってくれた。
気持ちが騒めく。視界がアザナだけになる。
「影からとかストーカーっぽくてキモいし」
「オマエなぁっ!」
沸き上がった感情が、アザナの一言で霧散する。
ふざけるな! と、逃げるアザナを掴もうとするが、するりと避けられた。
しかし、侍女の恰好をしていたのが災いしたな!
「捕まえたぞ!」
「きゃあっ!」
ひらひらしたスカートを捕まえることができた。悲鳴を上げるアザナ。
その瞬間――。
「ザルガラ様!」
ティエが交感室に駆け込んできた。
「し、失礼しました、ごゆるりと……」
「待て待て待て待て待てティエ待て待てティエ」
なんて間の悪い!
オレはアザナのスカートを離して、赤面して立ち去ろうとするティエを呼び止める。
「どうしたティエ。宴会は楽しくないのか……いや、なにかあったのか?」
取り繕い、ティエに何事かと尋ねる。横ではスカートを直すアザナがいるが、極力視界に入れないようにしたので、どんな顔をしているのかわからない。
「はい、ザルガラ様。畏れ多くも陛下より賜りしサード領において、何者かのゴーレムが暴走状態にあると急報がありました」
「なんだと?」
サード領とはサード卿の名からわかるように、王室より賜った形の上での領土だ。
そこでゴーレムが暴走しているだと?
「ダメですよ、貰ったばかりの領内に危険な物をおいちゃ」
衝撃的なティエの報告を聞いて、アザナは笑撃的な問題に矮小化させてオレをおちょくる。
「オレのゴーレムじゃねぇよ! って、おい、ティエもそうだったのですか、という顔をするな! オレじゃねぇよ! って、マジで犯人ダレだよ!」
4日後にはペランドーたちとのパーティがあるっていうのに、余計な面倒を起こしやがって!
「あ、すまないな。こっちの都合で慌ただしくて」
ふと、古来種のことを思い出した。
呼び出しておいて、こちらの都合で帰ってもらうことになりそうだ。
「気にしないでいい。こちらも目的違いとはいえ勝手に地上へ降りた。自警組織から目を付けられている。これ以上の長話は難しい」
「目をつけられているのか」
過去の栄光に捕らわれ、支配し賛辞を受けたいがために地上に降りるつもりのジョンソン&イアソンと違い、彼なりの高い志を持っている古来種でも違反は違反だ。
そろそろ顕現している時間も限界だという。
礼を言って、交換魔具の出力を絞る。
「無理をさせたな」
「いや、楽しかったよ」
古来種はそう言い残し、高次元へと去っていく…………。
* * *
「やはり、彼もまだ支配から抜け出せていないのか」
高次元に戻るまで、少々だが時間がかかる。
到達するまで変わり者の古来種は、次元の狭間で相対していたザルガラとアザナの姿格好を思い起こす。
「勇者に、あのような格好をさせるとは」
さすがの古来種も、まさかアザナが好きこのんで、しかもザルガラを困らせるため侍女の姿をしているなどとは考えが及ばない。
勇者であるアザナは、優秀であり、有益であり、次代のためある程度子孫を残さなくてはならない。変態性のため子を成さなかったとなっては、本末転倒だからだ。
よって、問題の持ち主はザルガラにあると古来種は考えた。
倒錯した性的問題を、ザルガラが持っており、アザナに強要している。そう古来種は判断した。
ザルガラが古来種の残した人口調整プログラムの影響下にあると、思い違いをしてしまう。
――ゆえに、ザルガラへの警戒を緩めてしまった。
それはこの古来種を監視していた古来種も、同様であった。
更新遅くなりましてもうしわけありません。
実家の引っ越し手伝いが残ってますが、忙しいというほどではないので更新ペースを戻していきます
 




