宮廷魔術師たちの思惑
「なに? あのザルガラ・ポリヘドラが、御前試合に参加しないだと?」
王城に勤める者たちの中で――いや、公式に王国で最も優れているとされる男が、少年の御前試合不参加表明に驚きの声を上げた。
公式に王国で最も優れた魔法使い。それは宮廷魔術師の長であるわけだが、その職は非常に政治的な理由で選出されるため、実情は常に疑われている。
そんな立場のコンデルセ侯爵は、蓄えた白いヒゲを苛立たしく手櫛で漉きながら、ザルガラの不参加表面に不満を漏らす。
「常日頃、立場構わずそこらじゅうで暴れていると聞いておったので、御前試合となれば喜んでくると思ったが……そうでもなかったというのか? まったく近頃の子供はよくわからんもんだ」
「まったく残念です。これを機会に、我々の実力を彼に教えてやるつもりでしたのにっ!」
「いやきっとまだ彼は自分に自信がないのでしょう」
コンデルセ候にザルガラ不参加を伝えた若い宮廷魔術師たちが、悔しそうに嘯く。それは周囲にいる10人からの同僚へアピールしているかに見えた。
先日の事件でザルガラの実力を直接見た三人と、年配者たちの反応は鈍い。
「どうされたのですか。御前試合となれば、いつもの如く陛下の御前にて、我々の実力を発揮できるではありませんか?」
「王都騎士団が最近、訓練に熱を入れて実力を上げているとは聞きますが、どうも市井の……実力の劣る犯罪者相手を想定しているようですよ? 常に強者を相手にしている我々ならば、まだろくに実戦を知らない学生など圧倒できます」
同僚たちの反応を見て、若い宮廷魔術師が気炎を発しながら強気なことを言った。
――そうそう、若いものは大抵こうではないのか?
部下の自己顕示欲と血気盛んな無鉄砲さ。これが普通なのではないかと思いながらも、ザルガラの性質というものを考える。
――サード卿、あまり権威や名誉に興味がない人物ではないか。
執務室の天井を見上げ、コンデルセ候は今まで見てきた人物から、ザルガラの本質を推しはかる。
圧倒的強者であることを否定されたい。ついでに友達と遊びたい。などという埒外な行動基準を、コンデルセ候が推し量るなどできなかった。
増して王への敬意がないザルガラにとって、覚え目出度き御前試合など浮雲の如し、なのである。
これも古来種支配の強い世界の常識から考えれば、かなり逸脱した価値観だ。
「まあー―よい。どうせ御前試合は、彼の実力をこの目で確かめたかっただけだしの」
「し、しかし、我々は」
「よいよい。彼の力を見る手段は後に回すし、我らの実力を見せる場こそいくらでもある」
自己アピールに食い下がる若い宮廷魔術師を制し、懐から簡素な本を取り出す。
「こういう場合、切り替えが大切なのじゃ。細かい事はワシの書いた本『社会に出る前に選択しておくべき事』の第6章3段に詳しくある。読んでおくのじゃ」
「は、はあ……いえ、後日購入いたしますので」
「いや、よいよい。家に唸るほどあるのだ。持っていけ」
「は、はい……」
我が家も溢れそうなんですが……。という顔で受け取った。
もう1人の宮廷魔術師は「これ3冊目なんだよなぁ」という顔をしている。
何かと自著を手渡すコンデルセ候。
彼と親しくなると、手荷物が増えて書庫がはみ出すとちょっと不評である。
もっとも今回の手渡しは、遠回しな「黙っておれ」という意味だ。実際、若い魔術師たちは意図を理解できなくても、増える本に困って以降の発言を躊躇した。
最近のコンデルセ候は専門書を多く出している。
なお売れない。
在庫処分も兼ねていた。
「ふむ……。そういえば招待状が届いておったな」
懐の本が減ったコンデルセ候は、天井を見上げて呟く。
これに若い宮廷魔術師が慌てた。
「コンデルセ候…………まさか!」
「おやめください。形上の招待なのですから、お断りと祝文を送ればよろしいでしょう?」
「御前試合で実力を探ることはできなんだが、綬爵発表はサード卿の社交デビューだ。貴族としてのありようを見定めるにも、やはりこの目に限る」
試合不参加で予定が狂ったため、少しでも取り戻すためパーティに参加するという理由に、魔術師たちはそれならばと反論を引っ込めた。
部下たちが大人しくなってから、コンデルセ候は小さく笑いだす。
「ふへふへふへ……。しかしサード卿も考えおるわい。普通ならば新男爵の綬爵発表のパーティなど人が集まらん形ばかりの諸侯への招待だろうに、古来種様より賜った遺跡でのパーティとなれば興味を引かれる」
「そのようなものなのですか?」
「無論じゃ。わしのように遺跡に興味があるもの。遺跡の利益に預かりたいもの。古来種様を敬愛し賜った遺跡を拝したい者。これがただの新男爵発表ならば、品定めと言い訳してまでわしも行くなどと言いださんわ」
「隠されていた古来種様の遺跡が、まだ王都近郊にあろうとは……。どうやらわしの予測もあたったようでな。これも確認したい」
「遺跡の存在を予測していたとは! ご明察ですな」
「うむ。詳しくは『主尊の都市計画とその遺構の傾向について』に書いておる。読んでおきなさい」
「え……は、はい……」
この日もまたコンデルセ候の在庫処分が、少しだけ捗った。
* * *
「おーっ! コンデルセ候がいらしてくれるのか」
お昼休み、学園の中庭で、ペランドーとチャールポール、さらにアンドレの4人でランチを取る中。
行儀悪いがパンを片手に綬爵発表と新家立ち上げパーティ招待の返状一覧を確認していたら、来てくれると思っていなかった人物の名を見つけ、思わず声を上げてしまった。
いやぁー、意外意外。思ったよりパーティに訪れる方が多い。
エンディ屋敷は手狭だし、影門邸はパーティなど想定していない造りだ。王城や王宮の間を借りるわけもいかないので、苦肉の策で古来種から貰った遺跡を急いで解放して会場に充ててよかった。
遺跡は広い。とにかく広い。ほとんど街だ。
部分解放でさえ広いからな。
今のところ丸投げした「西方の風」と「白銀同盟」が、全力をあげて2割ほど解放してくれている。そろそろ開拓者受け入れも始まっていることだろう。
切りがいいのでひとまず書類を置いて、食事に戻る。
タルピーはいつも通り踊っているが、ウラムはオレの肩の上に器用に座り、もきゅもきゅとパンを食べている。元がサキュバスなので物は食うんだな。自分の意思では戻れないらしいが……。
ペランドーがすでに3つ目のパンを頬張り、オレの声に反応して首を傾げる。
「もぐもぐ……コンデルセ候……爵様? 誰なの? 」
「うわ、我が国の宮廷魔術師長、知名度低ぅ」
公式で王国最高の魔法使いが、名前も知られてないとか悲惨すぎる。
「がははっ! そりゃしょうがないさ。王城にでも出入りしてないと、まず名前すら聞かないような人だからな」
「出してる書籍は有名なんだけどなぁ……。メイ・ジャン・アントニオ・ニコール・ド・ラ・カリターって著者名だけど」
「はは……は? 本出してるの? ていうか、名前長!」
「うわ、本当に知名度低いな、我が国の宮廷魔術師長。あとカリター家は、オマエんところの親戚だからな。後で紋章調べろよ。チャールポールんところ、カリター家の領土サインに消しが入ってるだけだから」
他人事のようにチャールポールに、無関係ではないと話を振ってみた。
「だはは! そう! え? そう……なのか?」
財務官僚の父を持つチャールポールは名前くらい知っていたが、活動や功績、そして血縁関係までは把握してなかったようだ。
親戚と言われて、知らなかったといつもの笑顔が固まった。しかし、そこはチャールポール。すぐに笑顔が戻る。
「まったく中央の貴族は呑気だな。社会的紐帯を忘れた貴族に未来はないぞ」
ほんの少し、オレたちの輪からはみ出たような場所に座ったアンドレが、パンにハムやら野菜を押し込みながら先輩という立場のチャールポールに向かって偉そうなことを言う。
だが事実だ。
「さすが血盟という独自の貴族組織をまとめる長の息子。よくわかってる。アンドレはすごいな!」
「バカにするな! それはすべて父の功績だろう! 俺に関係ないじゃないか! 侮辱するな!」
褒めたら反発してきた。
なんだ、コイツ。オレは褒めたんだぞ。素直に喜べよ。
アンドレが挑んできた魔法の維持対決で、オレが勝った結果、ランチに付き合わせているから不満なのか?
この反応、誰かに似てる。
…………あ、オレか?
「がははっ! 確かにそうだな。そういえば挨拶に伺ったことがあったよ! それよりザルガラがそこまで他人の名前どころか、功績覚えてるほうが驚きだよ、なはは!」
「笑うなよ。とはいえ、そりゃまあそうなんだが……」
オレの数少ない、とっても少ない欠点の一つが、興味のない他人の名や行動に頓着しないところだ。
逆をいえば、興味さえあれば良く覚えて……ないときもあるか。
まあいい、それは。
「ザルガラくんが貴族の家関係とか名前を覚えるなんて、すっかり貴族だね」
「ペランドーにもそう思われてんのか? それに家系なんて丸暗記してるだけだ。……ん? いや待て、すっかり貴族ってなんだよ。もとから貴族だよ、オレは」
「ご、ごめーん」
「なははははっ!」
「笑うなって! ……あーなに、実はよく知っているのも事情があって、コンデルセ候については最近よく調べただけでね。『前は』さほど注目してなかったんだ。ちょっと『今回は』いろいろ本を読みなおして、見る目が変わったというか。とにかくコンデルセ候は本を乱発していて、これがなかなかのものでな――」
コンデルセ候について、あくまで本を読んだうえでの印象だが、掻い摘んで説明した。
まず基本的な内容の本を書く人だ。
「解っている」があえて「やり直し」をしているオレにとって、彼の本からいくつもの再発見が得られる。
基本的な内容ということもあり、読み終えたら孤児院に寄付すれば無駄にならない。
そして、彼の特徴はやたら複雑な数式や思考実験を行い、ごく当たり前の結論を出すところだ。
「しかもどこか数学的でない、哲学的なアプローチ。もしくはそこへ帰結をする人でな。やっぱり宮廷魔術師ってのは、視点が違うもんなんだ」
少し興奮を自覚しながらコンデルセ候を評し終えるが、3人の反応は薄い。
「それは……えっとなんだ。すごいのか?」
パンを一つ食べ終えたアンドレが、手を拭きながら疑問を投げかけてきた。
「すごいって。具体的には多数決なんて票を弄るとかそんなバレバレなことしなくても、結果を誘導できる手段があるから信用できないって数学的に証明してる人なんだぜ! すげーよっ!」
「ははは、それは魔法には役立ちそうにないな!」
「そりゃ宮廷魔術師だから、政治にも貢献しなきゃならんのだろう」
魔法の能力や知識だけでは務まらない。宮廷魔術師とはそういうものなのだろう。
敬意こそ払うが、そういう仕事はしたくないというのがオレの感想だ。
「でもそんな人までくるなんてすごいね」
コンデルセ候がすげー人だとわかってくれたのだろう。ペランドーが驚いてくれた。
「そうだな。だが、大方ディータのデビュタントが予想されてるからだろ?」
ディータは消失姫と言われるほど、外に姿を見せていなかった。パーティ出席……デビュタントなんてもちろんない。
しかし、ゴーレム体として復活した今、年齢的にもデビュタントの時がいつかくると期待されている。
さらにディータはオレとセットと言っても過言ではない。ゴーレム体の制作と、高次元物質の供与に関わっているから、もしかしたら姫殿下がオレの綬爵発表の場を機会にし、社交界デビューするのではと、各所で思われている。
コンデルセ候は宮廷魔術師の取りまとめ役の勤めとして、念の為で参加しようと義務を果たしているのだろう。
そうでもなければ、オレみたいな新男爵の綬爵発表にくるわけがない。
ほかにも参加者が多いが、これもコンデルセ候のように王家への配慮か、露骨な王家へ接近しようという下心だろう。
「む……いらっしゃるのか?」
アンドレが短い言葉で尋ねてくる。ほんと、さすが貴族連盟盟主の子息だ。
言葉を短くして問いてくる。
オレが理解して情報を発するかどうか? だけでなく、もしも質問に失点があったとしても、そういった意図ではないとどうにでも否定できるように『身構えた言葉』だ。
「俺が目立たなくなるのもいいね」
これに対し、オレも貴族らしく振る舞う。
明言はしないが、どうとでも取れて、肯定にも否定にも思えて、最初から予定に入っているように、アンドレの質問でそう思いついたとも考えられるように答えた。
「そうか」
言葉少なに頷き、会話を終える。
いいな、アンドレ。
遊び相手としても、貴族の付き合いとしても、アンドレはなかなか歯ごたえがある。
アザナは後者がなぁ……。いやアザナが物足りないというわけではないぞ。アイツにもできないことはいくらでもあるわけで、アンドレの方がいいというわけではなくてな、おい、なんだタルピー、ウラム、その視線。
「だはは! ところでこっちに招待状が来てないんだが?」
「オマエの家には届いてるし、ベルンハルトの店でやる招待状は渡しただろ? それとももう社交界デビューする気か?」
社交界デビュー、デビュタントとは結婚を意識したお披露目に近い。特に貴族の子女は。
男の場合は「もうそろそろ仕事が任せられる」という意味合いが近い。なので、チャールポールが社交界デビューするというのは、父や家の仕事を手伝い始めるか、結婚相手を探しているという意味になる。
「がはは、いやだなぁ、面倒くさい」
それ以前の問題のようだ。
チャールポールはまだまだお子様の上に、貴族勤めを面倒くさがりそうだ。
「まったく……少しは貴族の振る舞いとして、アンドレを見習えよ。オレですらコイツから学んでるようなもんだからさ」
「っ! な、なななにをいきなり言いだすんだ、サード卿!」
は?
アンドレ、なんでオマエ、顔真っ赤なんだよ。
『これ、深刻ねぇ。姫様に報告しないと』
慌てるアンドレと困惑するオレを見て、ウラムが肩上でそんなことを呟いた。
貴族としての振る舞いを観察して、ディータに報告でもするんだろうか?
サキュバスの癖に妙な仕事を請け負っているもんだ。




