罪と罰と罹【あとがきにGIFアニメあり】
「おい、ニルスッ! お前、なんで抜け駆けしてマルチちゃんの店に行ってるんだよ!」
「新装開店にご来店とか、ミニスカちゃんの覚え目出度いじゃないか!」
「うらぎりものーっ!」
海にせり出し立つ要塞のように堅牢な城で、各々一国一城の主である男たちが、盟主ゴールドスケールジットへ向かって醜く叫んだ。
ザルガラと会談を終えたゴールドスケールジットは、自領に戻ると会議場で連盟員に激しく糾弾された。
わりとどうでもいい感じで、会議は踊る。
非難の声がぐるりと円卓を一周したところで、侯爵が静かに口を開く。
「……勝手かと思ったが、諸君たちの連名で開店祝いとしてマルチちゃんに花を届けて置いた。あとこれはマルチちゃんの手作りクッキー」
「やるじゃないっ!」
「でかしたッ!」
「ふんっ! そのくらいじゃ俺は騙されんが、まあ…………一応、礼は言って――」
「好きな花も、それとなく訊いておいた」
「やるじゃないっ!」
見事な手のひら返しが、円卓を一周した。
「き、貴様らはぁ……」
円卓の中で1人、疎外感を露わにヴァラ・パラメーシュが溜息をつく。
紅一点、たった1人で真面目な女男爵の様子に気が付いたのか、海賊のような風貌をしたレコニング伯爵が咳払いをして連盟員の騒ぎを鎮める。
「むほん、ごほん! さて、本題が済んだところで本題だ」
「本題どっちなんだい!? どっちっ! どっちなんだい!?」
レコニング伯の意味不明な話題切り替えに、ヴァラ男爵が理解できぬと机をバンバンとリズミカルに叩き突っ込む。
「で、ニルスよ。直接見たところ、ザルガラというもの……どういった子供であった?」
「アタシの話を聞け―ッ!」
ドラムコンテントにも関わらず、歌いだすような荒ぶるドラマーの演奏はさておきと、レコニングが盟主に問う。
「個人の武がずば抜けて秀でた文官の卵」
レコニングの問いに、ゴールドスケールジットは連盟員の視線が注目する中で、ザルガラをそう評した。
「あの家は遡れは才人の出であり、当主は代々文官気質と訊いていたが、数々の活躍と殿下の救済を為し、独立して家を建てたあの梟雄すらも……その気風を受け継いでいるか」
貴族とは思えない無精ひげを撫でていた手を止め、レコニングは腕を拱きザルガラの評価に唸った。
本題に入ったため、荒ぶるドラマーも机叩きをやめて席についたので、ゴールドスケールジットは血盟員の前で、ザルガラの発言を伝えてみせた。
王への評価に唸る血盟員たち。
「武人もどき、にでもなっているかと思ったがそうでもない、か」
ヴァラ男爵は乱れた髪を手櫛で整え、ザルガラの出した評に安堵した。
「姫殿下を補佐するには、まずは及第点だと判断する」
「うむ。思った以上に政治的考えができる少年のようだ」
貴族連盟は【回顧会】と【招請会】が多い。その理念から、古来種の残したカリスマチューンや、古来種そのものの威光を重視する傾向がある。
カリスマチューンが乏しい現王は論外だが、高次元化してカリスマ増すディータ姫は忠誠どころか崇拝に値する。
一方、ザルガラ。彼が国家に多少貢献していようと、開発能力が長けていたり、魔法の才が抜群である程度では、敬愛するディータの隣りに置くに値しない。
学園に通ってはいるが、魔法学院ということもあり学者肌になっている恐れがあった。
また生徒同士でケンカ沙汰を起こしていると、いささか不安要素になる報告もあった。ゴールドスケールジットの息子も、なにかと絡まれている。
粗暴、もしくは才が走っているのではないのか。そのような人物がディータ殿下のお隣りにいてよいか? という不安が血盟員内にあった。
せめてまともな貴族らしい思考ができれば、と思ってゴールドスケールジット侯爵は接触した。
結果は想定以上だった。
ゴールドスケールジットは血盟員の手前「及第点」としたが、直接会った印象は合格点を与えても考えていた。
ザルガラは連盟を適度に警戒した。
そのため程よい関係が築けると、連盟は判断した。
ディータ姫を外から盛り立てていく限り、彼は適度に距離を取ってくれるだろう。
つまり、ザルガラは取り込みを警戒したが、血盟はディータの隣りに彼が立てるかを見極めるつもりだった。
……ついでにゴールドスケールジット侯爵は、息子の友人として相応しいかもちゃっかり見極めにいった。血盟の意向とは関係ないが、実働者としてそのくらいの余禄は受けて当然であろう。
「あとは少年の成長を見守ろうではないか」
「そこは……手助けするではないのか?」
パラメーシュが思案顔で口を挟むと、ゴールドスケールジットは我慢していた煙草に火を灯した。
「こちらに都合が悪くならない限り、中央に関わる必要もない。なにしろ今の彼は現状ですでに都合が良いのだからな」
なにしろすでに関係はしっかりとつながっている。
侯爵の息子アンドレと。
* * *
いったいどのような激戦があったというのか。
アザナは愛らしい顔と特注の皮鎧を泥と煤で汚し、乱れた髪を垂らして王都の屋敷へと帰り着いた。
「あ、みんな……」
アザナを愛して止まない4人の少女たちが、待ちわびたようにエントランスの扉を開け放って駆けてきた。これに気が付いたアザナは、安堵したような……それでいて申し訳なさそうに悔いる表情を見せた。
「ごめん、みんな……。今回の蛍遊魔はとても危険で……みんなを連れていくわけには……なにも言わずに出て行ってごめん」
駆け寄って来た少女たちの沈黙が長い。
いや、沈黙しかない。
「え、ええっと……。心配させないように、何も言わずにその……出ていってか、かえって心配させた…………かな?」
「それはご覧になった劇の台詞でしょうか?」
「え?」
あまり見た事ないユスティティアの悪辣な笑顔。
さすがのアザナもたじろいだ。
「お上手ですわね。どのような劇でしたのか、とても……とても興味がありましてよ」
「え……えっとね、ティティア。なにか勘違いしているようだけど……」
「ご安心をアザナ様! 何も勘違いしておりません!」
羽根扇を揮い、言い訳をぴしゃりと撥ね除ける。
けんもほろろなユスティティアから顔を背け、なにかと性格から姿形までどこからどこまでも甘いアリアンマリに視線を投げて助けを求めるが……。
「アザナくんはそこに座ってて!」
「は、はい!」
アリアンマリの小さい身体から、信じられないほど大きな声が飛び出した。思わずその声に萎縮し、アザナは反省してますと項垂れて冷たい床に正座する。
そしてもしや、という表情で、4人の顔を下から覗き上げた。
「えっと……もしかして、バレてる?」
女でもドキリとするような甘えたようなその仕草にたじろぐが、少女たちの中になる怒りが勝った。
「話は中で……じっくりお聞きしますわ」
「わかったよ……。じゃあ……」
観念して立ち上がろうとするが、アリアンマリが叫んで止めた。
「アザナくん、座ってて! って言ったの!」
「そんな、どうやって中に入ればいいのさ」
などと文句を言いながらも、拳を地面に付き、器用にもにじって進み、正座したまま屋敷の中へ入っていく。
「うわ、早っ! キモっ!」
「それなんていう歩法?」
気持ち悪いと引き気味のアリアンマリと、興味を引かれて身を乗り出すヴァリエ。
「もうよいですから、ちゃんと立って歩いてください!」
「良かった、これけっこう大変なんですよ」
フモセから立って良しと許可を得て、アザナは正座から進みながらヌルッとスムーズに立ち上がる。
背筋が伸び、腰から上がまったく揺れない。ふざけているようで、洗練された所作であった。
「うわ、なにそれ! もう一回やって!」
「それはまた正座なさいということ?」
今度はアリアンマリが興味を示したが、さすがに話が進まないとユスティティアが止めた。
アザナは4人の少女に、突き上げられるようにしながら屋敷の中へ押し込まれていく。
隣家の二階からオペラグラスを使い、これを見下ろしていた隠居老人は意地悪に嗤った。
「むほっほっほぅ。これだからお隣さんは見ててあきないのぅ」
数年前まで隠居などつまらないと、昼夜ふてていた老人であったが、お隣が引っ越してきてからの毎日が楽しくてしかたない。
「隣を覗いておると、若返るわ」
「趣味も悪くなっておりますがね」
呆れながら茶を注ぐベテランのメイドも、どんどん口が悪くなっていると自覚し、自嘲を隠す溜息をついた。
* * *
応接室でも、アザナは正座を強制させられた。
暖かくふかふかの絨毯の上は許されず、そこは冷たく硬い床板の上である。
「まさかわざわざパラメーシュ領まで行って、ラムシフト様原作の公演に行っていたなんて。どれだけ心配して……そして皆様が手を尽くしてくださったと思っておいでですか?」
「ごめんなさい……」
従者のフモセに叱られ、小さく縮こまって素直に謝るアザナ。
とても愛らしい……。
だが、悪童ザルガラより悪辣なアザナがこれくらいで、本当に反省するわけがない。
それを知っている4人は、腹を立てながらも半分は諦めていた。
「まったくわたくしの力を持ってしても……いえ、公爵家の力を持ってしても手に入れられなかった公演のチケットを……」
いくつもの感情が混じった言葉を洩らし、ユスティティアは額を抑えた。
なにしろ公演場所は、王家と因縁浅からぬあの貴族連盟所属パラメーシュ男爵領である。王家に近い公爵家では、例え力関係が上でも……いや、上であるからこそ逆に「チケットをください」と正面から言えない。
かといって欲しいという態度を見せることも、政治的にもプライド的にも許されない。
裏で取引されるようなチケットは論外。
転売されるような席は一般席であり、公爵姫が座れるような場所ではないからだ。
「だ、だって見たかったから……」
反論するアザナも貴族であり、一般席など許されないはずである。だが元傭兵ベルンハルトの娘マルチに変装することで、その問題を乗り越えた。
「以前からズルいところがありましたが、今回ばかりは許せません! 反省してください!」
フモセのキツいお叱りに、アザナが肩を竦めてシュンとする。思わず許してあげたくなる可愛らしさだ。
しかし、4人はグッと堪え――
「うう、お土産もあるのに……」
「え?」
アザナの一言でユスティティアとヴァリエの反応が変わる。
「ま、まあ弁明くらいは聞いてもよろしくては?」
「お土産次第……いえ、決して許されないとは思いますが……」
「主演者の送り宛名つきのサイン」
ボソッっとアザナが呟くと、二人の反応は明らかに変化した。
「ま、まあ何事もなかったわけですから、反省文くらいで許して差し上げても……」
羽根扇の脇から、チラリと残りの2人の様子を見る公爵姫。
「わー、しょうがないわー。公爵のお姫様がおっしゃるなら……わー、しょうがないわー」
わざとらしく天井と見上げ、時折チラチラとフモセとアリアンマリの反応を見る法の番人である騎士団長の娘。
「うわぁ……露骨な買収をみちゃった」
「露骨な手のひら返しも目撃してしまいました」
あまり劇や役者に興味のないアリアンマリとフモセが、公爵姫と騎士団長の娘の豹変した態度に呆れる。
結局、まあアザナじゃしょうがないよね。という空気が流れて許された。
だが、正座(罰)は続く。
「ボク、許されてないじゃん!」
涙目で叫ぶアザナの前で、4人は次なる問題があると目を伏せた。
「実はあまり良くない状況でして……」
本当に困った様子でうつむくユスティティア。
「どういうこと?」
その様子を見て、さすがに何かあったのかと殊勝になるアザナ。
「ザルガ……サード卿とゴールドスケールジット侯の会談。同時期にアザナ様が変装して、パラメーシュ領に侵入」
「うん、お爺が頭痛いって言ってた」
「何事もなければよいのですが……」
「何もないんだからいいじゃない、ティティア!」
「何もないから困るのです」
ユスティティアは、事細かに説明した。
誰もがサード卿と貴族連盟の関係を疑う中、ザルガラと関係のあるアザナが身を偽って連盟領へと赴いた。
そしてザルガラや貴族連盟の思惑と関係なく、アザナ本人がただ劇を見たかったというどーでもいい事実がマズい。
「裏に何かあるのでは? と勘繰る人がでてくる?」
「そういうことですわ、アザナ様」
「つまり、ザルガラ先輩がボクを女装させる趣味があるとバレる?」
「そういうところですわよ、アザナ様」
いまいち真剣さの足りないアザナに、頭悩ますユスティティアであった。
「怪しいのに調べても何も出てこないから、痛くもない腹を探られるし噂も立つってことだね……。あ、そういえば」
憂慮を口にしている最中に、ハタと何かに気が付き、虚空を指差し見上げるアザナ。
「どうかされましたか、アザナ様?」
「なんでバレたの? もしかして……」
「ええ。サード卿からアザナ様の所在がわかったと連絡がありました」
「絶ザル許」
短縮された言語がアザナの口から激しく飛び出した。
だが、小さく愛らしい口角は、どこか嬉しそうに上がっていた。




