連盟主との会談
相変わらず煙たい……。
服から煙が染み出してきそうな男だ。
ニルス・ゴールドスケールジット侯爵。
タバコ嫌いでなくても、彼の煙たい立ち位置から距離を置きたがることだろう。
その昔、貴族連盟は魅力強化の衰えたエイクレドル王を良しとせず、貴族による共和制を打ちだした。
共和制へのアプローチが各部署への献策や根回しくらいであれば、それほど問題にはならなかっただろう。だが、先代の連盟主が軍備を強化したのがまずかった。
あれよあれよと話はこじれて、内戦状態。
主戦派ではなかったとはいえ、よくもまあゴールドスケールジット侯爵の首が繋がっているものだ。
……まあ、参加した貴族が多いから、首を挿げ替えないと軒並み斬首の挙句、首無し領地が王国の東側に溢れかえるから避けたのだろう。
今は大人しくしているが、王国にとって煙たい男の侯爵と、新男爵であるオレは、新規開店したベルンハルトの店で会談となった。
ベルンハルトの店だが、今回給仕しているのはミニスカのマルチではない。孤児院の年長者が給仕の仕事をしている。
孤児院と渡り廊下でつながっており、そこの子供たちも従業員として働いているわけだ。
仕事内容は配膳などお手伝い程度だが、2人ほどは料理人を目指している。今は手伝いだが、いつかは厨房に立つ日もくるかもしれない。
隣人と同じ色に染まらない。苛立ちまぎれに提案した四色問題案は、子供たちの将来にしっかり根付いていた。
主人やその娘の悪影響を受けず、ミニスカートなど履いていない孤児のウエイトレスにチップを渡して下がらせる。
「前回は王城の中だったね。あの時はいろいろと騒がしく満足に挨拶ができなかった」
「ああ……、そうでしたね」
軽い挨拶に軽い返事をすると、驚いたことに侯爵が軽く頭を下げてきた。
「本来ならば、申し出たこちらで会談の場を設けるべきなのに、用意していただき恐縮する」
場のことで言い訳ならともかく、侯爵が頭を下げるとはどういうことだ?
敗北した連盟を率いるために、下手に出るのが常道になってしまったのか?
もしそんな軟弱な連盟ならば、渡りをつける価値などないのでは?
評価を下げようかと、そんな考えがよぎった時――。
「なにぶん、連盟は王都に伝手が皆無でね。助かるよ」
「ああ、気にしないでいただきたい」
そうか、これは本音なのか。
特に問題のない話題で初手、本音か。小事だが事実だし、実情を知っているこっちは配慮せざる得ない。
本音を話す男という印象を与えるにはいいだろう。なかなか難物か。
侯爵の評価を上げて、会談に挑む。
「いつも学園では我が息子が世話になっている。そのことも改め、息子とともに礼を……」
こうして雑談に貴族語、いわゆる含みを持たせた言い回しなどを混ぜ、侯爵の口がよく回った。慣れないオレは緊張するばかりだ。
「……さて、あまり回りくどくなってはいけないな」
茶がぬるくなったころ、ゴールドスケールジット侯爵は本題を斬りだしてきた。
いよいよか、とカップを置いて居住まいを正す。このオレの反応を見て、侯爵は身構えなくても良い、と目を伏せて顔の緊張を解いて見せた。
つい反応してしまったが、こういう切り替えも貴族相手には隠さないといけないか。要練習だ。
「まだ君から綬爵したと、発表していない今でなければ訊けない話がある」
「伯爵の次男相手なら訊けるが、正式な男爵相手には訊けないようなことか」
侯爵の放つ気配が変わる。オレの発言に何かを感じたようだ。
「今の……現王、いや現状の王国をどう思うかね?」
思わず息を飲む。
直球で困った質問がきた。これは身構えていい質問だろう。
それに現王と言い換えたのも、なかなかいやらしい。
わざとらしく現王から現状の王国と言い換えた。これは言葉通り現状の王国について発言しても、エウクレイデス王に結び付けるぞ、という意味が含まれているに違いない。
たしか連盟は【回顧会】が多いと聞く。【招請会】もだ。
それ故に10年前、連盟は古来種由来のカリスマチューンが衰えた現王の即位に反対した。
もしもオレが古来種の支配から脱しているとバレれば、面倒なことになるだろう。アンドレとの関係を盾に、アザナ捜索の協力を申し込むのも無理になるかもしれない。
逆に王へ不信感を持っているなど思われても困る。
同志と思われ、連盟への取り込み工作をしてくること間違いない。
ここは上手く言って誤魔化すに限る。
「むしろカリスマチューンが足りないのに、よく統治しているほうだと思う」
「それは官僚が優秀だからでは?」
探るような目を見返し、詳しく発言の意味を伝える。
「最終決定者は名目であっても陛下だ。戦争で負けたら王の責任。国を傾けたら王の責任。大臣や官僚がやんややんやと騒ぎ、王の政策を責め立て、急かせ捻じ曲げ決定させたとしても王の責任だ。だったら国を安定させているのが実質官僚や大臣でも、王の功績だ。王は官僚たちの功績を認めて、ちゃんと報酬だせばいい」
少し強引なくらいの理屈で、エウクレイデス王の統治を高く評価してみた。
仮にお為ごかしと思われても、捉え方によってはカリスマチューンを認めていない厳しい評価なので、少なくても同志とは思われないだろう。
古来種由来の能力は認めていないが、国家元首としての能力は認めているという玉虫色の答えだ。
どうだ、貴族らしいだろう。
「そうか……。答えにくいことをきいた」
侯爵の反応は、納得した、理解した、というより安心したという表情だった。
「いや。これからこういうことも多いだろうし、まだ気楽なうちに言えて練習になったよ」
侯爵が晒した当初の本音に応えるように、オレもまた本音を答えた。
これからきっと、こういう腹の探り合いが起きるだろう。どの角度でも当たり障りのない発言が必要となる。
わざわざ綬爵発表前に訊く。それはまだ比較的自由なオレ意見を訊いて、己の態度を決めるつもりなのか、仲間にでも取り込むつもりだったのか。
「お茶がぬるくなったな……」
やけに喉が渇いてしまった。
ぬるいお茶を流し込みながら、追加の茶を頼むと、今回はマルチが持ってきてくれた。
侯爵の目がマルチに奪われる。
まさか、ミニスカートに反応しているわけではないだろうが……あ。
よく考えたらベルンハルトは、貴族連盟に打撃を与えた元傭兵団長じゃないか。
これって、当てこすりに思われないかな?
などと心配していたら、ゴールドスケールジット侯爵の反応は違っていた。
「マルチ……くん、なぜキミがここに……」
「はい。父の手伝いを続けております」
侯爵の問いに物怖じせず答えるマルチ。
二人の態度を見ると、以前から知り合いだったようだが、侯爵の反応はどういう意味だろうか。
その点について尋ねてみると、侯爵はお茶のお替りを受けながら答えた。
「え? ああ、それはここにいるのはおかしいと思ってね」
「どういうことだ?」
侯爵の言っている意味がわからず、マルチに目で問う。しかし、マルチもわからないと首を振った。
「先日、パラメーシュの領内で行われている演劇に、彼女が来ているとマルチファン……連盟員から聞いていたのだが? ここにいるということは、なにかの間違いか。おかしいな……」
「演劇、ですか? わたしがですか?」
盆を抱えて首を傾げるマルチ。侯爵の言っていることが、まったく理解できていない様子である。
ところでマルチファンってなんだ?
いやそれはどうでもいい。
問題はマルチそっくりなヤツが、パラメーシュという貴族の領内にいるということだ。
つまり――。
「アザナのヤツ! 何やってんだ!」




