変わる世界
本編開始
「畏れ多くも至尊より遺跡を……、一つまるまる譲り受けた、と?」
長くてとっても面倒な叙爵式を終えた帰り、オレは王城内にある遺跡開発局の事務所で、局長のアトラクタ男爵に先日の報告をした。
その結果、アトラクタ男爵はいきなり立ち上がって、服を脱ぎ始めた。
「なんでだよっ!」
オレはすぐさま【極彩色の織姫】で、男爵のだらしない肉体を服で覆い隠す。
我が家に伝わる独式魔法のお手軽化した新式魔法【極彩色の織姫】。ここまで役に立つとは、幼少期のオレもさすがに思わなかった。まったくなんて時代だ……。
「うわっ! なんだこれは! 脱げない! な……なんてことだっ! あ、すまない、取り乱した。服を着ていると落ち着かないもので」
「じゃあ落ち着かないでいいから、そのまま訊いてくれ」
オレが解除するか効果時間が切れるまで、【極彩色の織姫】は脱ぐことができない。アトラクタ男爵は普段より豪勢な合成服を、気になるのか落ち着かない様子でいじりながら席に腰を下ろした。
「考えてみれば、ポリヘドラ君の……サード卿の話がとても衝撃なので、服くらい気にもならないな」
アトラクタの使う呼び名が実家の家名から、賜ったばかりの爵位名に呼びかけが変化した。
ちなみに領地は形ばかりで、途絶えた王家直参の男爵位を貰ったにすぎない。そのため万が一兄が爵位を継げなかった場合など、オレがポリヘドラの伯爵位を継ぐことも可能だ。
アイデアルカット公爵なんて領地幾つも持ってるから、領地ごとの爵位もある。アレ、覚えるの面倒くさい。
「そ、それで話を戻すが、その遺跡の権利を分配すると?」
「正確には、遺跡確保の手間賃代わりだけどな」
古来種の遺跡丸まる貰っても、時間的にオレだけで回収しきれるわけがない。
幸い冒険者チームでも大手の『白銀同盟』や、実力者チームの『西方の風』など伝手がある。彼らに一部の発掘やら区核解放を任せる予定だ。
遺跡開発局が発掘も調査も開拓も、委託しているのとかわらない。遺跡開発局への根回しも兼ね、委託方法などの相談もしたいところだ。もちろん開発局へのリターンも調整しなくてはならないだろう。
「そこまではわかります。だが、その利益をほとんど王家……いやディータ姫殿下に譲り渡すと?」
「正確には姫さんのゴーレム素体の逐次開発やら、安定した環境整備に使うんだがな」
ディータの身体は未完成と言ってよい。
試作品で未完成で不安定。それが今のディータだ。
クリスタルガラスという未知の素材を使ったボディへの乗り換えや、補助的な魔具の織り込みなど考えたら資金がいくらあっても足りない。
それに古来種から貰った遺跡は、飛び地である王領にある。王家に還元するのは当然だろう。
独り占めするつもりもないし、したくもない。
適当に理由をつけて、あちこちに利益を渡したほうが良い。
そんな打算だ。
あー、だから少しくらいアザナに分けてやってもいいだろう。
そう、アイツなら喜んで遺跡の発掘と調査をしてくれるし、あちこち利益を分けるんだから関わらせよう。うん、そうだ。仕方ない、そう、アザナも分配先の一つだ。
おっとアザナはどうでもいい。
まずは利益の大半を譲り渡す予定のディータについてだ。
「その辺はさっき陛下と話をして、了解の言質は得ている。姫さんのために、使ってくれて構わないって」
「そうですか……」
「あー、もちろん発掘品は開発局を通すんで、そっちの面子とか利権とかには手を突っ込まないから」
「え、ええ。支局……用意しますね」
オレが軽い気持ちで報告すると、開発局局長であるアトラクタ男爵は額の汗を拭った。
考えてみれば、彼にとってはデカイ仕事が増えたわけだ。動揺するのも当然だろう。
「実務的なことは、後で職員を派遣……いえ、そちらへ出向させますので、調整はその部下と行う形でよろしいですかな」
「それで頼む。じゃあ、叙爵のせいでオレはいろいろと用事があるので……いいかな?」
「お忙しいのですね。任されましたよ」
アトラクタは早くも疲れた様子を見せている。これからの激務を想像して、気が滅入っているのだろう。
しかし、オレの方もこれからいろいろと忙しい。
まず叙爵と家立ち上げのパーティなど準備しなくてはならない。
正直面倒でやりたくないのだが、実家(父上さん)とマーレイがやれとうるさいので、やることになった。
まあだいたいは人任せだし、気楽に行こう。
オレは暇つぶしに魔力弾をひっそりと撃ちながら、城敷地内の片隅……影門を守る邸宅へと向かった、
* * *
――大変なことになった。
軽い雑談くらいだろうと思って、サード男爵ザルガラ・ポリヘドラとの会談に応じたら、それこそ王国をひっくり返すような話を持ち出されてしまった。
ザルガラが影門守の邸宅へ引き上げた後、アトラクタは吹き出る汗を拭きとりながら、慌てて関係部署に連絡を回す。
各部署からも驚きの声が返って来た。
部署の驚きは、『古来種が一個人に遺跡を譲った』という点だ。
「そんなこと、この一万年、例のなかったことですよ! 本当なのですか、局長!?」
「ああ、交信会からも連絡があった。間違いない」
部署から上がる疑問に、責任を持って答える。
確かに一個人が遺跡を、古来種から譲られるというのは初めてのことだ。どう処理したらいいのか分からないのだろう。
「この件については後で会議にかけて、処理方法を考える。今は根回しと関係書類の纏めを頼む」
古来種から譲り受けた遺跡の対処そのものは後回しだ。とにかく調整が先決だ。
幸い、ザルガラはいろいろ忙しい……つまり遺跡に手を出すのは後回しと言外に表した。
こちらからの出向も受け入れてくれたので、タイミングはこちら次第ともいえる。出向した局員がいなければ、遺跡の探索は法的に不可能だからだ。
もちろん、いたずらに事を遅らせてはならない。
準備そのものは急がなくては……。
アトラクタは興奮しながら、仕事に取り掛かる。
局員たちは、古来種からの遺跡を丸まる譲り受けた事に驚いていた。前代未聞ではあるが、アトラクタにとってはまだ小事である。
古来種がこの次元を去る時、統治を人間の中位種の取りまとめ役……カリスマチューンされた王族に任せたわけではない。
カリスマチューンの能力で人々をまとめ上げ、後日「統治してよろしいですか?」と交信してお伺いをたて、古来種からは「好きにしろ」と消極的な承諾を得たに過ぎない。
遺跡の管理も同様だ。好きにしろと言われ、こちらの権威と法で管理しているだけだ。
それが今回――
ザルガラは積極的な承諾を古来種から受けた。
遺跡そのものより、積極的な古来種の態度が重要なのである。
そしてザルガラは、その積極的に譲り受けた遺跡の大半をディータ姫のために使うと公言した。
高次元体になり、現次元では仮初としてゴーレムに宿るディータ姫殿下。
前者ならば城内にいる限り、後者でも長い時間……世代を超えて現世に存在し続けることができる。
現王はディータ姫の消失と帰還において、葬儀や再来の告知など、何度も場当たり的なことをしてしまった。
仕方ないとはいえ、これによって権威が落ちたことは間違いない。
だが、古来種より遺跡を拝領するという栄誉が、ザルガラに降りかかり、その大半をディータ姫に献上するという。
権威の落とした王(本人)の娘であっても、それを取り消して取り返しそして勝ち取る物が多い。
実際に受け取ったのはザルガラだ。しかし、ほとんどをディータのために使うというならば、ザルガラが王家……いや姫に忠誠を誓って献上したも同然である。
アトラクタは一つの結論に至る。
ザルガラとディータは、新しい王朝の中心……いや王朝そのものとなるだろう。
消極的に認められたが、カリスマチューンとともに滅びる現王家から、積極的に認められたザルガラと、その後押しにより未来永劫君臨するであろうディータ。
この国の輝かしい未来を思い描き、アトラクタは身震いを隠せない。
「まさかこの私が、新しい時代の創生に関われるとは……」
アトラクタはそう言って服を脱ぎ始めた。
……一肌脱いだ、という意味ではない。
今回の章では、原点回帰で勘違い多めになると思います。




