反抗期の者たち
楽園の破壊者であるルドヴィコが、自らの作りだした楽園の中を走る。
西へ吹き飛ばされた彼は、図らずも楽園の姿をその目に焼き付けながら走ることになっていた。
「ルドヴィコ様。見てくださいな、こんなに大きなカブが……」
「おお、村長! 循環ポンプが完成しましたぞ!」
「ルドヴィコさま! ぼくにもチーズがつくれたよ! ルドヴィ……」
カブを持って、泥のついた笑顔で駆け寄る少女。
子供のような表情で、成果を報告する老人。
生意気に大人を気取って兇悪ファッションをして、小さな成功を告げる少年。
そんな好意を持って寄ってくる人々を押しのけ、一心不乱に楽園の東へ向かって走る。
押しのけた人々は、楽園の未来である。
そして向かう先には、もう一つの未来があった。
『東の里山に小屋。そこにあなた様の造った楽園の未来。その一つ。がある。それは――』
サイクルオプスから細切れに伝えられた話が、ただの間違いか、悪意ある嘘だと信じて、ルドヴィコは東に向かって走る。
空は飛ばない。
真実に早く辿り着いてしまう気がして、ルドヴィコは耐えられず走ることを選んだ。
実は意地の悪いことに、ザルガラが村一帯に飛行不能領域魔法【鳥が飛べない日に、空を飛べるわけがない】をかけていた。
そのため飛行魔法は使えない。
しかし、ルドヴィコがその気になれば、【鳥が飛べない日に、空を飛べるわけがない】を無視して飛行する方法があるので、ザルガラの嫌がらせは通用しなかっただろう。
そんなザルガラの悪意は完全に空振りに終わったが、悪意ある嘘に違いないと思いこむルドヴィコの前に、悪意の真実が待っていた。
里山に分け入り小道を進んでいくと、ポツンとみすぼらしい掘っ立て小屋が見えてきた。
坂を昇るルドヴィコに、道中に立っていた村人が気が付く。
「え? ど、どうしてここに? 見張りはどうしたんだ……って、わ、わわっ! 待ってください!」
引き留めようとした村人を突き飛ばし、ルドヴィコは小屋に駆け寄った。
突き飛ばされた村人は、迷った末に里山を下りていく。その慌てようは異常であった。
「どうして私は気が付かなかった……」
自分を責めながら、小屋の粗末な戸に手をかける。
薪のため枝拾いや、木の実や落ち葉を集めるための里山には、村の施設は何も存在しないはずである。
そして村にはなぜ家畜小屋がないのか?
「なぜ、村にこれがないと……気が付かなった?」
なぜ隠すように、家畜小屋が里山の中に建てられているのか?
その答えを知るため、ルドヴィコは意を決して戸を押し開けた。
村を立ち上げたころから協力してくれている善良な初老の男性が、いままさに新式魔法を使おうとしているところだった。
「よーし、牛さんたちや。今日もいっぱい働こうかねぇ……って、ルドヴィコ様!?」
新式手帳を取り落として硬直する村人の向こうに、ルドヴィコが恐れていた以上の事態が広がっていた。
里山の中にあった施設は、家畜小屋であった。
家畜小屋であるはずなのに、家畜らしい家畜はいなかった。
家畜などではなく、拘束されて獣人たち。獣人ではあるが人の姿が、そこにあった。
角と大きな身体が特徴的な牛の獣人たち。
ふわふわとした体毛に覆われた羊の獣人たち。
そして縄でグルグル巻きにされた虎人……は、マスクをつけているだけの人間のようなのでどうでもいい。
「き、きさまら! なにをしている!」
「あ、これは! これはち、違うのです!」
後ろめたさがあるのか、一瞬誤魔化そうとする初老の男性。
下手な誤魔化しを見て、目の前の光景が真実だと察して、ルドヴィコはひどい目まいを覚えた。
まさかと思いつつ、村人の新式手帳を拾い上げてルドヴィコは驚愕し、落胆する。
「こ、これは人化魔法の解除……」
新式魔法が記された手帳は、獣人たちを元の姿に戻す魔法が載っていた。
古来種の魔法を解除するなど、新式魔法ごときでは不可能であるはずである。しかし部分的に、そして一時的にそれを可能とする新式の魔法が、確かに手帳に刻まれていた。
本来、獣人たちのほとんどは古来種によって造られた存在である。
ゾンビやワイトなど、不死者たちが元人間であるように、獣人の多くも元は獣であった。獣に知性と人型を付与し、古来種たちは用途に合わせて都合よく使役したわけである。
つまり、その古来種がかけた人化魔法を解除すれば、例え獣人として世代を重ねても先祖返りしてしまう。
しかも精神従属の魔法が解除されないかぎり、その効果は残されている。なおかつ解除されたとはいえ獣人であったころの知性の影響を残す。
従順で賢い家畜の誕生だ。
使役するには、なにかと都合がよい。
「なぜ、こんなひどいことができる……」
怯える獣人たち。優れた肉体を持つ彼は、貧弱なエルフより弱々しく見えた。
彼ら、彼女らの意志は、すでに折られている。
そこへ至るまでの過程を想像し、よろめくルドヴィコ。その隙を見て、初老の村人は家畜小屋から逃げ出そうとした。
「なぜだっ!」
逃げる村人を見咎め、追いすがって感情のままに殴り飛ばした。
エルフの貧弱な拳を横っ面に受けて、逃げ腰の村人は無様に倒れて家畜小屋から転がり出る。
「おー、すごいすごい。古来種様による貴重な鉄拳制裁シーンじゃねぇか。いいもんが見れたぜ。みんなに自慢してやーろーおっと」
「きき貴族様、た、助け……ぐわっ!」
立ち上がろうとする村人を、魔法で薙ぎ払うように跳ね除けて、尊大で生意気な笑顔のザルガラが現れた。
『ザルガラさま、やさしー』
吹き飛ばして村人を懲らしめたように見えるが、実はルドヴィコの追撃から守る行動である。見た目と表面的な行動に反して、少年はとても優しい。
少年の肩で踊る火の上位種は、それをよく理解しているようだ。
「ぐぅうううぬぅぅう……」
ルドヴィコは怒りのやり場を吹き飛ばされ、言葉も出せず唸り声を上げる。皮肉にも獣のような唸りである。
「ちょっとオマエさんのこと好きになれそうだよ。カッとして子供を殴るとか、子供っぽいところあるじゃん。子供同士、仲良くしようぜ。でもまあ、まずそこの人たちを助けようとせず、まず怒りに任せてってところは、子供としても許せないねぇ~」
子供を連呼する少年がいた。
見下しバカにしているようだが、それでもどこか憐れんでいる。という微妙な表情をしている。
このザルガラを見たルドヴィコは、彼と村人にある共通点を見出した。
反抗期。
ザルガラは中身こそ違えど、見た目は確かに思春期の少年で反抗期の世代だ。
村人たちも年齢こそ違えど、古来種という保護者に逆らう存在であった。
「庇護されながら……逆らうのか……」
ザルガラも【険路求道】の村人たちも、さながら幼年期が終わり、自我が肥大して1人で生きていると思い込んでいる少年のようだ。
親の資産と庇護下でぬくぬくとしながら、強い自己主張して逆らい、時には身勝手な行動をする思春期そのものである。
ルドヴィコがそんな結論に至ったところを見て、ザルガラは肩を落とした。どこまでも父親面な古来種に、少年も呆れたのだろう。
「オレは古来種の創ったこの環境がけっこう好きだ。かなり好きだ。はっきり言って大好きだ。いずれ未来で崩壊を迎えて、多くの不幸がこの地に訪れようとまあまあ良しだ。だが好きだ」
庇護されていることを認めるかの言い方だ。感謝の言葉が照れくさいから、捻くれた表現と好きだという言葉を使っているかのように見える。
だが、ザルガラから滲み出る気配と、続く言葉は敵意が多く含まれていた。
「魔法が失われたときに備える。大変結構、いいことだ。邪魔はしないよ。だがダメだ。言ってることが矛盾してるって? 当たり前だ。目の前で嫌なことが起きているなら邪魔をさせてもらう。ついでに恨みがあるから、念入りに邪魔してやる」
敵意むき出しのザルガラが魔法を発動させた。
攻撃を警戒するルドヴィコを飛び越え、反抗期の少年の放った治癒魔法が、痛めつけられた獣人の怪我をたちまち治していく。
さらに【極彩色の織姫】を使って、半裸の獣人たちに温かい服を着せてやった。
「わたしの傷も治してほしいにゃぁ……」
力なく懇願する虎マスクを無視して、ザルガラは語りを続けた。
「大昔……統治を楽にするため、古来種はオレたち奴隷が深く憎みあわないように精神を弄ったわけか」
優しい行動をする少年が、冷たい目線でルドヴィコを見下ろす。
「……その通りだ。私……いや、我々は1万年以上前から、君たちを拘束し、支配し、自由を奪い続けている……。視点を変えれば、だが……」
「ひどいなぁ、お義父さん。しかし都合のいい楽園は、オレにとっても都合がいい。気分がいいって意味でな」
ルドヴィコに代わり、ザルガラは獣人たちの拘束を解いていく。助かったはずの獣人たちは、みな怯えて声を失っている。
今までの恐怖で震えているのか、少年の秘めた怒りに怯えているのか。
少なくても、加害者たちの主であるルドヴィコなど気にしている様子はない。彼がこの村の村長とも気が付いていないのかもしれない。
「前からずっと――不思議だったんだよ」
「……何が、かね?」
「仲良しすぎる」
何の話だ、とルドヴィコは顔を顰める。
「姿形から生活様式まで違うのに、オレたちは人間もエルフもドワーフも獣人も仲良くしすぎだ。よく考えたら……おかしいだろ?」
仲が良いならいいことだ。だが、それが不思議だ、変だとザルガラは断言した。
「11年前。この国……王国では酷い内乱があった。首魁が文字通り首を落された形で終わったが、今じゃシコリが残ってるっているだけで、まあまあそこそこなんとなく仲良くやってる。ほんと不思議だよ。奇怪極まりない。王国と共和国の辺境伯同士も、殺し合いしてるのに、これもまあまあ……まあ仲いいかな。とにかくそういうの……不気味だよ」
今まで関わったカイタル・カタランやネーブライトなどの辺境伯や、蜂起したゴールドスケールジッドたち貴族連盟を思い起こし語る。
細かい経緯を知らない話を振られたルドヴィコだが、思い当たる節もあって押し黙った。
「さらに古来種たちの遺産を守る魔物たち。オレたちと殺し合い奪い合いをしてるのに、区画を解放されたら、どういうわけか隣人としての距離を保ってやがる」
遺跡を守るため、古来種の命に従う迷宮の魔物たちだが、解放されればモンスターズサロンを通して人間社会に迎え入れられる。
とても殺し合い、奪い合いをしていた間柄とは思えない。
そうザルガラは言っている。
「身を守るすべのない町の人も、解放された魔物が街を闊歩しても受け入れる。だが、解放されて町を闊歩するオークに、あのアリアンマリは怯えた。あいつもオレと同じで、古来種からの精神支配から離れ始めているんだろ?」
ザルガラは「正解か?」と、自信の笑みで指先を向けた。ルドヴィコは「その通り」と、力なくうなづく。
正解という確証を得て、ザルガラは笑いだした。
「ははっ……これってあれだ。奴隷同士、仲良くしろ。ご主人様の仕事の効率が悪くなるから。ってやつだな? 人類亜人魔物みな兄弟。親の都合で競わせたり争わせたりもするが、最後は仲良く共生しろと強制してくる。名付けるなら【原初の重圧】といったところか」
乾いた笑い上げたザルガラだったが、すぐさま厳しい表情を出して糾弾する言葉と指をルドヴィコに向けた。
「だがオマエは、それを解除した」
そして助けられたが、怯える獣人たちを指差す。
「その結果がこれだ。古来種たちが人々を支配するため、意図的に抑圧した差別。姿形が違えば仲間と思わないとか、他集団より自集団が優れているという根拠のない思い込み。そして何より、自分と違う存在を恐れる弱さ。そういうのをオマエは【険路求道】のために解除した」
「まさか……こんなことになるとは……」
言い訳にもならないありきたりな言い訳を、地面に向かって吐き出すルドヴィコ。
その姿に満足したザルガラは、鼻で笑ってさらなる真実という救いの手を差し伸べる。
「さて、もう一つの秘密がこの村にはある」
「まだ……あるのか? もうやめてくれ……」
心の折れた古来種を見るのがつらいのか、ザルガラは肩の上で踊るタルピーを構う振りをして視線を逸らした。
「安心しろ。古来種様の負担を軽減してくれる事情としては悪い報告だが、精神的に良い報告だよ」
家畜小屋の中に緊張が張り詰める。ザルガラの怒りと魔力が広がって、畏れる獣人たちは毛を逆立てた。
「監督不行き届きな古来種様の目を盗んで、凶悪スタイルな村人の悪意を引き出した主犯がそこにいる!」
前もって準備しておいた破壊槌の魔法と無数の魔力弾を、誰もいない小屋の壁へ向かって放つ。
破壊槌の魔法が粗末な土壁を叩き壊し、その向こうに隠れていた鎧の女を暴き出した。
全身鎧に顔を隠す兜という騎士姿の女は、破壊された壁の破片を浴びても物ともせず、剣を抜き放って構えた。
続き迫る無数の魔力弾を、剣で叩き落としつつ、大きく横に身を躱す。いくつかの魔力弾が命中したが、鎧の防御陣を削るだけで霧散した。
しかし、一発だけは効果があった。防御を掻い潜った魔力弾の一つが、兜ごと騎士の頭を千切れて吹き飛ばす。
嘘のような光景である。
いくらザルガラの魔力弾でも、魔力の込められた兜の防御を簡単に打ち抜くことはできない。
そう、嘘である。効果があったのも、頭が吹き飛んだの、見間違いである。
騎士の首など最初から繋がっていなかった。
ガランと落ちる兜を、首無しの女騎士は平然と拾い上げた。そして面当てを跳ね上げ、凛々しくも禍々しい素顔を見せる。
その顔を見て、ルドヴィコが声を上げた。
「き、君は! まさか!」
「なるほど、そういうことか。モンスターズサロンで、オマエはまた首を忘れただのとお道化てみせたが、実はとっくに古来種の支配から解放されていて、勇者であるアザナに蛍遊魔と見抜かれないように、首を見せなかったわけか」
小屋に隠れ、ザルガラが主犯と断定する女騎士。
彼女は【霧と黒の城】のモンスターズサロンで、首狩りうさぎと寸劇を繰り広げていた首無し騎士であった。
ルドヴィコとザルガラから威圧されながらも、首無し騎士は萎縮することなく剣を引き寄せ、優雅に礼をして見せる。
「改めて自己紹介いたしましょう。私はトゥリフォイル。この世界を紐解く者――と思ってくださいな」
たかが中位種の首無し騎士が、古来種と天才の2人を前にして、一歩も引かない態度で見せ、小屋を震わすほどの覇気を放っていた――。
やっと伏線回収……。
ちょっとリアル忙しくて更新遅れました。もうしわけありません。




