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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第8章 楽園の破壊者

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少しだけ高潔な者

これより数話ほど3人称でお届けします。



 ルドヴィコ村長の朝は、比較的早い。

 

 険路求道村の村人たちは、一見して山賊のような見た目に反して働き者である。そのため、ルドヴィコより早く起きて、真面目にコツコツと働く者が多い。

 よってルドヴィコ村長の朝は、比較的早い。


 村が朝日に照らされ影が短くなっていく光景と、村人たちのちゃくちゃくと重ねる成果を眺めながら、散歩するのが彼の日課だ。


 美青年の日課にしては、年寄り染みている。しかしエルフの彼は、かなりの年齢である。


 そして中にいる存在が積もらせた歳も、人間の存在が経験できる歳月から逸している。

 

 実年齢が見た目からかけ離れた村長に、見た目が兇悪な村人たちが好意的に挨拶を投げかける。


「おはようございます、村長!」

「今日もいい天気ですね、村長!」

「ここの種まきも終わりました!」

「いやぁ、収穫が楽しみだなぁ~」

 

 農耕馬を牽いてこれから農作業という者に、仕事中の者もいれば、朝の一作業を終えた者までいる。 


 そんな村人たちに紛れ、東へ向かう道で子供が一人、腕を拱き険しい顔で佇立していた。その周りで小さな炎の上位種が、火の粉を纏って常人では見えない踊りを披露している。


 村の子供ではない。

 この村にも子供はいるが、小ぎれいな学生服をきた子供はいない。

 そんな子供がいるとするならば、おとといから体験に来ているエンディアンネス魔法学園の生徒だけである。


 学園の生徒の中でもとりわけで要注意人物である少年が、道端でルドヴィコ村長の散歩を妨害するように待ち構えていた。


「おはようございます。ずいぶんと早起きですね」


「おはよう……実はぁ、まぁ、ろくに寝てないんだ。ああ、別に一晩中待っていたわけではないぞ」

 

 とうせんぼをしていた少年……ザルガラは、ルドヴィコの挨拶に柔らかく答え、朝の散歩に付き合うように並んで歩きだした。


「……いい村だな」


 ありきたりな褒め言葉しか浮かばなかったのか、自分の言葉にどこか納得しかねるような表情でザルガラが言った。


「そういっていただけると嬉しいですね。ここは私の理想の第一歩ですから」


「……人間じゃないアンタの第一歩とか、目的地までの道中が長すぎて付き合いきれそうにないな」


 ザルガラの「人間じゃない」という発言には、ルドヴィコがエルフである意味以外が含まれているようだった。

 わずかな緊張感を感じ取ったルドヴィコは、彼の態度に付き合うことにした。


「………………正体を知っているのでしょう?」


「まあ、ね」


「隠せるなら隠しておきたかったのですが」


 肩を竦めて微笑するザルガラの隣りで、ルドヴィコも軽く笑って見せた。


「正体を隠したいなら、手加減してオレに勝ちを譲れよ。あとタルピーが見えないように振る舞うなりしろよ」


「ははは……」


 ルドヴィコは曖昧に笑ってごまかす。


「それにオレを倒したら、アンタが怪物って言われちまうぞ」


「よく言いますよ。負け逃げをしたわりに」


「負けて逃げるのは当然だと思うが?」


 素直に負けを認めるザルガラに対し、勝ったルドヴィコの評価は高い。

 昨日さくじつ、魔力弾が命中し気を失う直前、ザルガラは空間転移で逃げて見せた。

 中位種チューンドにすぎない彼が、空間転移するだけでも高評価に値する。1万年前であれば、古来種たちは彼の実力を認め、伴として高次元へと誘っただろう。


 彼が1万年前に生まれていれば、とルドヴィコは惜しんだ。


 そのうえで、危機的状況でそんな高度な魔法を発動させるとなれば、単なる高評価では済まなくなる。


 正しく高く評価する者たちと、受け入れられず拒絶する者たち。超越者である古来種たちも、反応が分かれたであろう。


 彼が現代に生まれてよかった、とルドヴィコは安堵した。


「ところで、彼女は戻りましたか?」


 探られても敵意は持っていない、印象の悪化はしていないという態度を見せるため、ルドヴィコは追い返した上位種のイマリーを心配して見せた。


「え? だれ? ………………ああ、夕食後に帰って来た。なんで食事を残してなかったんですかー、とか怒ってたよ」


 お道化て答えるザルガラは敵意を持っていないように見える。

 しかし、完全に解放されている(・・・・・・・・・・)彼のことだ。他の人々と違い、敵意を持つ可能性があると考え、ルドヴィコは警戒を解かない。


「彼女は私のことを調べようとしてましたが、貴方の命令・・なのですか?」


「そんなお願い(・・・)はしてないぞ」


 言葉の意味の訂正も含め、ザルガラが否定した。


「そうですか。では村のことを調べようとしたのは、何故?」


「そりゃ教頭先生があんな様子になったら、危機感を覚えるよ。アザナが……みんながあんなふうになったら困る」


「教頭……? マトロさんではなく、あの大柄の方ですか? 彼には特になにもしていないのですが……」


「ううっそ!」


 予想が外れたザルガラは、今まで見せていた平静さを失い、子供らしい驚き方で飛びのいた。


「じゃ、じゃあ、あれは素……というかウサ耳の大群見たショックでああなったのか? それはそれでモルティー教頭らしいといえばらしい……あ、でも彼に『は』と言ったな?」


 うろたえていたザルガラだったが、否定の言い回しに含まれた意味を悟り、その表情が俄然として厳しくなった。

 問い詰めるような追う目に、古来種の精神を持つルドヴィコが怯んだ。


 昨日の模擬戦で見せた子供っぽい挑戦的な目とはまるで違う。

 ついに敵意の片鱗を見せたザルガラに、引き出したルドヴィコが気圧されていた。


「勘違いしないでください。解放してあげただけです」


「洗脳の間違いじゃないのか?」


 少年は問い詰めるというより、責める口調でルドヴィコに迫る。


「経緯を……1万年前にさかのぼって説明しますが……」


「さかのぼり期間長ぇっなぁ。そこは短く頼む」


「ええ……分かりました。我々は過去において、この大陸を支配下に置きました。我々はそれを特段悪いとも思っていませんし、むしろ文明を授けてやったくらいに感じています」


 ザルガラは黙って聞いている。この言い分も当然と考えているようであった。


「ですが、心残りはありました」


「なんだ? もっと支配者として振る舞いオレたちを睥睨しながら、偉そうにふんぞり返っていたかったっ、てか?」


 当てこすりの言葉をザルガラは投げた。

 ルドヴィコはそれを正面から否定しない。小さくうなずき、認めたうえで話を続ける。


「そういう古来種もいますが、それはごく一部です。そのほとんどは元来の古来種ではなく、この大陸で優秀な能力を示して我々についてくることを許された人々です」


「なるほど。素晴らしい世界に行けると思ったら、思ってたほど楽園じゃなかった、って思ってるヤツラがいるのか。良かったな、タルピー。あんまり楽しそうなところじゃなさそうだぞ」


『え? あ、うん。……え? 何が?』


 ザルガラは古来種に置いていかれたタルピーを慰めたつもりだったが、当の本人はもうあまり気にしていないようである。

 ただ踊っていて聞いていなかっただけかもしれない。


「オマエがそれならそれでいいが……」

 

 呆れつつザルガラは、どうぞ話を続けてくれという目線をルドヴィコに投げた。

 仕方ないと嘆息をついて、ルドヴィコは応える。


「古来種は観測者であり、情報収集を最重要としています。ですから高次元で、延々とそんな作業をしたり、手伝ったりするだけの生活は辛いという上位種もいるのでしょう。この辺は気質、ですかね」


「へえ。じゃあ、オマエは違うの?」


「私は……まあ、違う。というより、どこかで変わってしまったのでしょうね」


 訊ねられたルドヴィコは、長い月日を想い起して遠い目を見せた。


「このような心変わりあったからこそ、心残りがあり、解放をしにやってきたのです。もっとも、ただ解放しては混乱するでしょうから、こうして小さな村から始めているわけですが」


「そうやって魔法の恩恵を取り上げる気なのか?」


「いえ、そんなことをはしませんよ」


 疑いの眼差しに対して、ルドヴィコは努めて優しく説明をする。


「我々が課した魔法での拘束を、私はゆっくりと解いていくつもりです」


 村を見渡せる小高い場所から、エルフの村長は農作業に勤しむ村人たちを優しく見回していった。

 ザルガラはまだ疑いの目を向けているが、真摯に聞こうという態度は崩さない。


「考えて見なさい。隷属化したこの大陸の生き物たちは、この地を去った我々にまだ依存し、崇拝している。そろそろ自分の力で新しい文化と文明を作るべきです」


 ルドヴィコの思想に触れ、少しは思うところがあったのか、ザルガラは腕を拱いてうつむき、顎に手を当てて考える。


「言われてみれば……遺跡の発掘こそが発展。なんていう発展という言葉の定義を論じたほうがいいな。ってことをオレたちは言い続けてるし、なぜかそれを信じている。そして魔法や魔具に頼り切っている。古来種の残した物語なんかを未だに捏ねくりまわして、新作なんて邪道扱いだ」


 ザルガラの疑う目はルドヴィコ相手ではなく、世界全体に向けられているかのようだ。


「お隣の共和国は、少しづつそういった状況から脱却しているが、ほとんどの国と人は、過去を掘り起こしてるばかりで、前に進む様子はない。たった今、そうではないとオレが評価した共和国だって、王国以上に支配体制を横にスライドさせて、そのままっていう形だ。……客観的に俯瞰し角度を変えて巨視で見ると、オレたちはまるで発展などしていない」


 ザルガラの良く理解している様子を見て、ルドヴィコは言葉での説得が通じると笑みを見せた。


「よくご理解されています。お分かりいただけましたか? 本質は魔法に頼らないではなく、自分たちで生み出す力を促し……」


「ああ、その辺は良ぉくわかってるつもりだ。もしかしたらアンタよりもな」


 不意に挑戦的な態度を向けられ、ルドヴィコは説得の言葉を飲み込んだ。


「ここからが重要だ。アンタが知っているか知っていないかで、話が変わる」


 ザルガラの態度から、軽薄な雰囲気が消え失せる。

 村を眺めていたルドヴィコは、緊張感を察して目の前の少年を注視した。

 年長者であり、前時代の支配者たる古来種の眼差しを真正面から受けた少年は、臆することなく発言する。


「そう。これから大切なことは、オレがどうするか、それともアンタがどうするか、だ」


「どういうことでしょう?」

 

「おいおい。あの健気に働く牛や馬たちとこの村を見て、オレが気が付かないとでも? 悪いがお勉強ができて、計算が得意なだけじゃないんだぜ、オレは」


 急な自慢話を押し付けられ、意図が分からずルドヴィコは困惑する。


「なんの話をされているのですか?」


 心底、なんの話かわからないと、観念した様子でザルガラに訊ねる。


「はん。それが芝居だったら古来種様ってのは、役者の才能も豊かなんだな。本当にアンタ、この村がおかしいと思わないのか。それとも隠し事が下手な癖に、この異常さをうまく隠せると思っているのか」

 

 呆れたものだという溜息をつき、ザルガラは東から歩いてくる村人を指さした。

 村人は牛の綱を牽いて、自分の畑の作業に向かっている最中だ。

 ルドヴィコにとってはいつもの光景であり、特に思うところはない。


「あの家畜、どこから来てるんだ?」


「え?」


「……おいおい、マジで気が付かなかったのか。なるほど。古来種様も案外、オレたちと同じなのかもしれないな」


「いえ、なにもおかしいところは……。まさか家畜を労働させるなと?」


「どこから来てるのか聞いてるのんだよ。そんな発想が出てくるってことは、よほど根性が悪いか、なにも分かってないかのどっちかだな」


 1人納得している様子で、ザルガラは肩を竦めて嘲笑を浮かべた。

 バカにしている態度だが、少年の身体からは覚悟を決めた男の気配が見て取れた。

 

「火の起こし方がズレていたり、はじめから答えありきで、知識が偏っている。一から順番に試行錯誤ってのが苦手なんだろうな、古来種様は。答えを教えてやってもいい。だがその前に、どうもその面を殴らないと気がすまない」


「家畜を見て、貴方の疑問に答えられなかったから殴るとは、ちょっと横柄……いえ、おかしい……その、支離滅裂なのでは?」


 高次元物質でできた右手を、ギュッと握り絞めて見せつけるザルガラ。

 狂っていると言いたかったが、子供の癇癪だと思い直してルドヴィコは言葉を変えた。


「村の秘密そのものなんざより、特別何よりとってもすげーむちゃくちゃ気に入らないことは、オマエの行動理念だ。後は勝手にしろと、捨て子に金と家と技術を置いてきてやったが、独り立ちを教え忘れたと勝手に帰ってきて、親面するのが気に入らねぇ」


 捻くれた受け止め方と表現こそ悪いが、ザルガラの言い分にルドヴィコは怯んだ。

 口にこそ出さなかったが、ルドヴィコもどこかで自分をザルガラの言い分通りの存在だと思っていた。


 負い目でこの地に戻り、正しいと思って行動するがまたも負い目を感じているルドヴィコ=古来種カルテジアンは、小さな梟雄の怒気に飲み込まれる。


「リベンジだ。今度はワザと負けてやらねぇぞ!」


 

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