帰還するモノ
「しっかりしてください!! ザルガラ先輩!」
遠くからアザナの声が近づいてくる。
意識がぼんやりする……。
口の中に、土の味が広がってる……。
硬いような柔らかいような感触が、頬に貼りついている……。
――ああ、オレ、地面に倒れてるのか。
「かー、負けたわー。かー、くやしいわー、負けたわー」
だるい身体を地面から引き剥がし、オレは殊更大声で敗北宣言をした。
かー、つれーわー。
わざとらしい悔しがり方をしながら、オレは周囲を見回してみた。
「ザルガラ先輩?」
駆け寄って来たアザナが急停止して屈み、オレの顔を覗き込む。
アザナたちがいるってことは、ここは村の西側か。
村人たちが模擬戦ごっこをしていた場所だ。
そうか……、オレはあの古来種に負けたか。
だが、同時に実験も作戦もうまく行っているようだ。
いやー、わざと負けるのもつれーわー。
「いやー負けたわー。模擬戦も綺麗に負けたわー」
「強がってる感じとなんか調子にノッてる感じが合わさって、なんだかイラッとします!」
アザナがオレの心情を見抜いた意見を、ぽつりと口を尖らせて呟いた。
その様子があざとく可愛らしいのだが……、ちょっと本気でイラついてない、キミ?
「びっくりしたよ、ザルガラくん。荷車でクレイゴーレムを轢き倒したら、ゴーレムの残骸の中で倒れてるんだもん」
村人たちと一緒に荷車を押していたペランドーが、たたたっと農道を駆け戻って心配の声を上げた。
「おお、悪い、悪い。転移で出てくる場所が悪かった」
「だいじょうぶ? 怪我してない?」
荷車で轢いた負い目があるのか、ペランドーが真剣に心配をしてくれている。その隣でアザナは平然としているが、これはオレを信頼している証拠だろう、多分。
「平気、平気。装備の防御陣もあるし、新式手帳の分もあるから無傷だよ。荷車の突撃くらいじゃ、なんともないさ」
荷車の轍がついた短外套の汚れを大げさに払って見せると、ペランドーは胸を撫で下ろした。
オレはルドヴィコ村長の魔力弾を受けて気を失っていただけで、重石満載の荷車に轢かれても問題はない。
通常、意識のない状態では、投影ができない。投影していた平面陣も立方体陣も胞体陣も、気を失った瞬間に消えてしまう。
つまり投影型の防御魔胞体陣は解除される。
気を失っていると場合、服やアクセサリーなど、身につけた装備に施した胞体や立方陣を利用した防御。それと気を失う前に流し込んだ魔力が切れるまで、新式手帳を利用した平面陣の防御のみとなる。
もちろん、この状態で強力な術者の魔力弾攻撃や、対防御魔胞体陣用の武器の一撃を受けたら危うい。
「ところでどうしてそんなところで寝てたの?」
「寝てたわけじゃないんだが……」
純真な目を向けるペランドーの質問に答えあぐねる。
「模擬戦の負けの演出で、倒れてたんじゃないんですか?」
「いや、違う……ていうか、そういう細かい芸をオレがすると?」
純真そうであざとい目を向ける質問にも、違った意味で答えあぐねる。
「思います」
「やらねぇって」
「じゃあ、本当にどうして?」
心底不思議、とアザナがあざとく小首を傾げて聞いてきた。
陽動に協力してくれた手前、ある程度は教えておくべきだろう。
「実はこの模擬戦の最中、オレが別動隊として東側に回ってたんだ。そこでルドヴィコ村長に見つかったから、規定とは違うけど、魔法を使った勝負をしてみたんだが……」
「模擬戦をボクたちに押し付けて、そんな楽しいことしてたんですか、ザルガラ先輩!」
「魔法の打ち合いを楽しそうと思うなら、もうちょっとオレとも付き合ってくれよ」
そんな会話をしながら服の埃を払っていたら、アザナの取り巻きたちがやってきた。
「だってザルガラ先輩とは倦怠期ですから」
「言い方ぁーっ!」
タイミング悪すぎっ!
ユスティティアとヴァリエが、露骨に訝る顔してるだろぉ!
「……ちょ、ちょっと待て。アザナが言ってるのはケンカの話であってだな」
「説明されなくても……まあ、わかってますわ」
言い訳に対して、2人の反応は薄かった。オレが過剰反応してしまったようだ。これはアザナの発言に、彼女たちが慣れている証拠である。
アザナのからかう発言に、彼女たちはいつも振り回されているのだろう。
誤解されずにアザナが不満そうだが、よかったよかった。
そんなふうにオレたちがじゃれ合ってる脇で、村人たちは模擬戦の後片付けをしていた。ペランドーも手伝ってくると言い残し、片付けに混じっていった。
後片付けをしていた村人の一人が、オレたちに駆け寄って来て、居住まいを正し……上に長い髪を整えつつ、オレたちに礼を述べる。
「今回は、私たちに戦い方を教えていただき、ありがとうございます」
「つたない学生の指導だが、なにか感じ入るものがあれば良かったよ」
村人たちは、その格好から想像できないほど、礼儀正しく知的探求心が高い。
険路求道の理念から、そういった性質が生まれてきているのかもしれない。
「ひゃっはー、水だ―」
あっちで水を被って汗を流し、礼儀正しく知的探求心が高そうとはまるで思えない村人たちがいるが、見なかったことにする。
「ええ、私たちでも戦いがなんとなく分かったような気がします」
「そりゃぁ、良かったな」
実際、分かったような気がするだけだろう。
失礼にも内心でオレは、村人の発言を嘲笑してしまう。だが、この分かった気がするという自信が大切だ。
ここの村人たちは従軍の経験すらないという。ということは、今日のままごとみたいな模擬戦すら貴重な経験のはずだ。
少しでも自信があれば、暴徒の襲撃に浮足立つことも少なくなるはずだ。
まあ、この兇悪な格好をしている彼らが、自信なく戦いから逃げる姿は想像できないんだが……。
「手加減ありとはいえ、模擬戦でオレに勝ったんだから自信を持ってくれ。だが、これからのことも考えて従軍経験……せめてどこかの貴族軍の私兵か、できれば主君を失った従士とか仲間にしたほうがいいだろう」
10年前の内乱時、主家を亡くした騎士や、主とするその騎士を失った従士は多い。
再雇用など進んでいるだろうが、まだまだいるはずだ。
ルドヴィコの伝手……つまりユスティティアの実家エッジファセット公爵家の伝手で、信用できる人物を探してみてはどうかと提案し、村人は村長と相談して見当してみるといってくれた。
しかし、雇えという提案は出さなかった。
この村の経済力は恐ろしく低い。
自給自足の上、実験的な農法、工法を繰り返しているせいで貧しそうだ。
どこかから支援を受けている様子もないので、足りないところはルドヴィコあたりの資産持ち出しだろうか?
オレたち見学者の支払う滞在費は、ほとんど経費と相殺に見える。
そんな会話をしながら、オレたちも後始末に参加し、あらかた片付け終わったころ、ガンガンと鍋が叩かれる音が響いた。
「さあさあ、お腹が空いただろう! ごっこ遊びはおしまいだ! 夕食の時間だよ!!」
がっしりとした年配の女性の鍋底を叩く音は、先ほどまで模擬戦場に響いていたドラより大きいように感じた。
だらだらと後片付けをしていた村人たちが、途端にシャキッとする。
村人の男衆たちが、食事の準備の手伝いに行く。
「模擬戦のときより動きがいい……」
アザナが呆れたようにつぶやく。
それほどまでに腹が減っているのか、それともあのがっしりした中年女性に頭が上がらないのか、はたまた両方か――。
フモセとペランドーも、夕食の準備の手伝いにいった。
貴族ながらチャールポールも手伝いにいったが、あれは後片付けが嫌だからだろう。そういうヤツだ。
野外のテーブルに並んでゆくジビエ料理……。肉……か。
昨日の食事とほぼ同じだ。
ジビエとは野生の鳥獣を調理したものだ。畜産物と違って、解体作業や料理法に臭みを消す技術と食材が多く用いられる。
この料理は貴族も口にすることが多い。
貴族は狩猟を良く行う。貴族の行う狩りは、猟師の真似事ではないし、同時に生きる糧を得るそれでも害獣駆除のそれでもない。貴族にとって狩りは軍事演習だからだ。
オレも宴によく参加したもんである。
「フモセ、ちょっと聞きたいんだが、この肉はどういうものだい?」
夕食の配膳を手伝っていたフモセを呼び止め、肉について尋ねた。
「イノシシとキジです」
「ここで捕れたものなのか?」
「近くの森の猟師村から購入したものみたいですよ。朝、届けにきた猟師の人がいました」
「そうか。家畜をわざわざ絞めてるわけじゃないんだな」
念を押して尋ねる。
「はい」
「それなら安心だ」
懸念が消えて胸を撫で下ろすと、フモセの表情が変わった。
「あー、なるほど。ポリヘドラ様は、そんなことを気にされていたのですか?」
「え? なにが?」
「貴族相手だから、村の人たちが豪勢な振る舞いをしようと、無理をなさってると気にかけられたのですね。家畜が減るって、大きな財産がなくなるようなものですもんね」
フモセの表情が柔らかくなった。
オレに対していつも少し警戒気味な彼女だったが、心を開いてくれたような笑みだ。
庶民から取り立てられた彼女からすれば、民を気にかける貴族は好印象となるのだろう。
「お、おう。まあ、そんな感じだ」
違うけど。
だがアザナの一番の従者に、警戒を緩めてもらえるなら勘違いされたままでいい。
配膳でフモセが立ち去るのと入れ替わるように、ルドヴィコ村長の到着した。
「遅くなりました」
ついに来たか。
オレは警戒し、彼の行動を見守る。
「どこに行ってたんですか、村長?」
村人たちが遅れてきた村長に、当然の疑問を投げた。
「少し……火の不始末の処理をしてましてね」
そう言うルドヴィコの手には、首筋をつままれて猫みたいに大人しくなっているタルピーの姿があった。
「タルピー!」
『ごめんなさーい! 古来種さまのきょうせいてきな命令にはさからえないのー』
解放されたタルピーは、一直線にオレの手の中に飛び込んできた。
上位種であっても、面と向かって命令されると無視できないのだろう。
タルピーを使って、あるべきものを探す作戦は失敗に終わった。
「いいんだ、オマエはよくやった」
『ふえーん、じゃるがらしゃまー』
捜索に失敗したタルピーを抱き寄せ、オレは悔しがる……だが、内心、ほくそ笑んだ。
ルドヴィコのヤツは、囮に引っかかった!
「それから……」
タルピーを解放したルドヴィコは、顎を撫でながら言葉を続ける。
「彼女も、こういう場合に潜入には向いてませんね」
「なんだと!」
まさか……捜索の本命まで抑えられたのか!
「そ、そんなバカな」
「残念ですが、今日の模擬戦は裏でもこちらの勝利ということで」
オレがルドヴィコを足止めし、タルピーを囮にし、本命のイマリひょんで村の東の森を捜索する作戦は、すべて失敗に終わってしまった。
悔しがるオレに興味を失ったのか、ルドヴィコは背を向けて、料理の振る舞いに仕事を移す。
その様子を遠目にし、オレは声を抑える。
「ぐぬぬ……」
まさか、そんな。
まさかここまで……。
ここまで、うまくいくとはな。
まだ、笑うなオレ!
なんてことはない。
捜索そのものが、囮、偽装、デコイなのだ。
本命の本命は、捜索ではなく帰還だ。
昨夜捕まり、連行されていった虎マスクに偵察用の紙ゴーレムを貼りつけた。
つまり捜索は終わっている。
あとは紙ゴーレムを回収するだけだったのだが、虎マスクが監禁されている場所から、紙ゴーレムは撤収できなくなってしまった。
監禁場所の警備を薄くするため、演習モドキを行い、ルドヴィコを足止めし、目くらましのタルピーとイマリひょんを放つ。
捜索するつもりだと勘違いしたルドヴィコは、見事に捜索者のみに対応し、帰還者ゴーレムに気が付きもしなかった。
「……思い込みと勘違いは怖いねぇ」
夕食終了時、無事戻って来た潜入用のゴーレムを回収し、万事うまくいったとほくそ笑む。
そしてオレは、この村の隠されたすべてを知って戦慄する。
「この村のあり方……嫌いじゃなかったんだがな……」
険路求道の理念……。
潰すべきか、残すべきか?




