横着する者
「村長さん! 見てください! 立派なカブが採れました!」
険路求道村を巻き込んだ模擬戦が、始まる少し前。
戦闘には参加しない女たちは、いつも通りに農作業を行っていた。
そのうちの一人の若い女性が、カゴの中から紫がかって丸まるとしたカブを取り上げ、通りがかったルドヴィコ村長に見せた。
とびぬけた美人ではないが、屈託の無い笑顔がとても魅力的な女性で、カブを掲げる姿まで輝いている。
「やあ、これはおいしそうです」
カブを手に取って、伝わる重さと土の香りに素直な感想を述べる。
「村長さんが、祝福のない土地でも育つ種を探してくれたおかげです」
「今夜の振る舞いにぴったりですね」
村の女衆が農作業の手を止め、ルドヴィコの元に集まってきた。みな農作業をするには、いささか不便そうなヘアスタイルの女性たちだ。
そんな女性陣たちを、ルドヴィコは労わる。
「男衆の手が足りないところを、みなさん補ってくれてありがとうございます。模擬戦で疲れた方々を、みなさんの料理で癒して差し上げてください。こういった品種を料理して、一番おいしく作れるのはあなた方ですからね」
「はい、村長!」
黄色い声をあげ、農作業と料理の準備に取り掛かる女性陣たち。
みな嬉しそうだ。
思想的指導者であり、村長でもあり、さらにエルフというだけあって見てくれもよい男性に期待をかけられれば、若い女性は嬉しくなって当然である。
たとえ亭主がいる身であっても。
そんな中、村の反対側が騒がしくなってきた。
険路求道村は挑戦的で実験的な農場が多く、村の耕作地は広い。そのため村の反対側が遠くなって、様子がわかりにくい。
「始まったようですね」
村の男衆の鬨をエルフ特有の尖った耳で聴き、やさしい目線を村の反対側に投げかける。
その後ろ姿に、1人の若い女が声をかけた。
「ところで村長。模擬戦には参加されなくてよろしいのですか?」
元は良いところのお嬢さんなのだろう。
さきほどまで収穫をしていた農作業姿でありながら、立ち振る舞いと話言葉に気品が見える。
「荒事は得意ではないし、できる人に任せますよ」
これも分業とルドヴィコは言い残し、模擬戦の喧騒から遠ざかるように東へ向けて歩みだした。里山に続く道だが、まだ手入れが行き届いていない。
西側と違って、里山も道も整備途中だ。
村長がそちらに行くと思っていなかった女性が、農作業の手を止めて声をかける。
「そ、村長、そっちには何もありませんよ」
「ん? ああ、そうだったね。だが、あちらに向かっている敵がいるからね。止めてこないと」
どこか慌てた様子の女性に、努めてルドヴィコは優しく声を返した。
「まあ、あちらも模擬戦なのですか? で、では早く向かわなくてはいけませんね!」
「頑張ってください!」
「……ん? そうだね」
止めようとしていた女性陣が、なぜか急に早く行った方がよいと送り出す。
やや追い立てられた形だった。
夕暮れが迫り、暗くなる里山に足を踏み入れながらルドヴィコは首を捻る。
「あちらには何も…………、ないはずですよね?」
ルドヴィコの口から出た疑問は、敵に対してなのか、村の女衆に対してなのか、本人にも分からなかった。
* * *
「さすがアザナだぜ。オレが何を狙っているか、を……どうやったか知らないが見事にアシストしてくれた」
オレは親友たちが手がける演習の喧騒を背に、村人の姿のない開拓地へ足を踏み入れた。
里山のすそ野を切り開いた新しい畑が広がっている。
村から遠ざかるほど実験的な畑が多く、作付は細かく区切ってある。種類と農法を試しているのだろう。
野菜の名や、使っている薬剤、散布時期と濃度などが、細かく記された立て札がいくつもある。
これはなかなかに興味深いが、いちいち立ち止まって読んでいては時間がなくなる。
オレは音消しと姿消しの魔法を併用しつつ、慎重に東へと向かう。
『ねぇねぇ、ザルガラさまー。これからどうするのー?』
立て札を飛び石代わりにして、オレの後を追うタルピーが予定を訊いてきた。
「アザナが村の反対側に、演習とか模擬戦とか託けて村人たちを集めてる。この隙に、村にあって然るべきだが無いものを探す……ってもう聞いてないなコイツ」
『きいてる、きいてるよ!』
いつものように踊り出したタルピーが、聞いているポーズで止まった。
『昨日は急におこりだして、この村をこわすーとかいいだしたから、こんなのでいいのかなっておもって』
「ん? ああ、ちょっと気が付いたことがあったし、あの虎マスクが連れていかれた理由を調べたら……」
タルピーがオレの行動に関して、質問をしてくることは少ない。
いつも一緒にいるので、だいたい察して、理解できてしまうのだろう。
しかし、一転して難しい事情があると、こうして質問してくる。わからないなら聞く。良い心掛けだが――。
「まーた、途中から聞いてないな」
『き、きいてる、きいてる!』
――と、タルピーは途中から聞いてない雰囲気で踊っている。
誰かにこの姿が見つかってもまずいので、踊りを止めさせるためにタルピーを摘み上げ、オレの肩に乗せた。
「まあ、とにかくついカッとなって、場合によっては村をぶっ潰すと伝えてくれとかいってしまったが、アザナにはちゃんと伝わったようだ。アリアンマリのヤツが、ちゃんと意図を伝えたとは思えない……。つまり、もしかしてこれが念話ってやつか」
感動しているオレの肩で、小さなタルピーが大げさに首を捻る。肩の上でやられるので、ほのかに熱い髪の毛がオレの頬をくすぐる。
『…………念話ってそういうかんじのものだったっけ?』
「いや、そうだろ? オマエとか特にディータとか、オレの表層心理とか読み取ってるし……え? 違うの?」
親しい間柄でないと成立しない念話という魔法だが、オレは経験したことがない。そのため実際に使用したさい、どういった形で念話が行われるのかわからない。
何となく分かり合える……そういうものではないのか?
『ふつうにおはなしするかんじなんだけど……まあいいや。あたいもさがし物、するね!』
はぐらかすように、タルピーが珍しくやる気を出した。タルピーなど、オレの周りに誰もいないからか、張り切っている。
耳元でガサガサと紙を開く音がする。
何をしてるんだ?
『こっちのほうになにかあったかなぁー。ぱんふれっとにも、かいてないよ』
珍しくタルピーが踊りを止め、肩に座って何かを開いて見ている。
すぐ脇なのでピントが合わず、何を読んでいるかわからないので聞いてみる。
「なにそれ?」
『ぱんふれっとだよ』
「パンフレット……だと?」
肩の上で大人しくなったタルピーをひょいと持ち上げ、胸の前に抱え直す。
タルピーはふむふむと、自分より大きいパンフレットを開き見て頷いている。自分より大きい【険路求道村】の紹介パンフレットを、いったいコイツはどこから取り出したんだ?
「パンフレットとかあんの? ここ? ていうか、オマエどこからそれ出したんだよ!」
『おとめのひみつ』
「そうか。難しい言葉、知ってるな」
誤魔化されたが、よく見ればパンフレットは高次元物質である。
大方、貰ったパンフレットを、タルピーが一度燃やし尽くして、自分用に高次元物質化したのだろう。
タルピーの服は伸び縮み可能だ。ディータに炎のドレスを別途用意しているのも、この力を使っている。
どちらかといえば、険路求道村にパンフレットがある驚きの方が大きい。
見学者用の宿など、受け入れ態勢が万全だ。村の生き方を、宣伝して広める気満々である。
マスコット体型の状態量で懐炉並みにあったかーいタルピーを抱え、頭越しにパンフレットを覗き見た。
……あっついなぁ、コイツの頭上。
火の粉越しのパンフレットは、簡略化された地図とデフォルメされた村人たちが描かれた可愛らしい図柄だ。
あの兇悪な村人たちがマスコット調に描かれていた。
違和感がモヒカンである。
村の形はおおざっぱに、「C」の形をしていた。
西側は演習中。そして俺が現在いる場所は東側……、つまり途切れた側にいる。
途切れたところは里山の一部が食いこんでいて、中央付近には宿があり、村の施設はそれを囲むような形だ。
違和感なモヒカンが絵付で説明するパンフレットだが、里山付近には案内が何もない。
道もだ。
こうして道があるのにパンフレットに書かれていないのは、単に新しい道だから反映されていないのか、重要でないから省かれているのか。
もしくは隠された何かがあるからなのか。
オレはそれを確かめようとしている。
そのため、村人を西に集め、オレは誰にも見つからないように、隠れて東側にやってきた。
ちなみに、アイマスク女イマリひょんは、別の任務を与えて――。
『あ、古来種さまがきたよ!』
「早ぇよ! もう見つかったよ、オレ!」
タルピーが顔を上げ、斜め前方を指差した。つられて指差す方向を見遣ると、里山のすそ野から、こちらの道へと向かってくるルドヴィコの姿があった。
明らかにオレを視認している様子だ。
姿隠しの魔法や音消しの魔法を使っているが、古来種相手には分が悪い。
だから模擬戦で釘付けにし、物理的距離を稼ごうと思ったのに、なんでこっちに来てる古来種!
人目を盗んで……いや人目に紛れ込んで潜入するイマリひょんが、調査に失敗するだけはある。
やはり……村のこっち側には何かあるのか?
黒目と白目の判別がつくくらいの距離で、ルドヴィコはオレに声をかけてきた。
「どこをへ行かれるつもりですか?」
「この先にちょっと用事がね」
バレてしまっては仕方ない。
正直に答えて反応を探る。
「そちらには……なにもなかったはずですよ?」
「…………はず?」
ルドヴィコ村長の発言にひっかかった。
なかったはず、だと?
部外者でもあるまいし、村を把握していない人物の発言に聞こえた。
疑惑を持ったオレは、ルドヴィコに悟られぬよう、胸に抱いたタルピーの背中を突く。
何? という顔で一瞬、オレを見上げたが、すぐに意図を悟って腕の中から飛び降りた。最近、ディータと同じように、オレの表層意識を読み取れるタルピーは、すぐに立て札の上を飛び移りながら踊り始めた。
「まあ、いい。なにもないっていうなら、一緒に見にいこうぜ」
「何を見に?」
「この村にあるはずだが無い物を見に。無いなら、無いを確認するために」
「無い物? ですか? 見学者用に魔法施設は最低限ですが……特に不都合はありません。たしかに……ミドルクライマーの停泊所じゃ、ゲートなどはありませんが……」
「違う、違う。そういう立派で、あれば便利ーっていうもんじゃない」
対峙するルドヴィコの左側に回り込み、手をひらひらと振って見せる。
「この村にあるべきものなのに、無くちゃいけないのに、なぜか無い物を探してる」
「足りませんでしたか?」
この確認は、この村でオレたち生徒に何か不都合があったのか、という意味だろう。
「いや、オレたちにとってじゃない。村に必要な物が無いって話さ」
「確かにまだまだ村は未完成で、険路求道も道半ばですが」
「……本気で言ってるのか? オレが気が付かないとでも?」
「いえ……なんのことか」
ルドヴィコは本当にわからない、という顔をしている。
いかに古来種が優秀であろうと、精神のありようはオレたちと変わらない。
アレが演技ならば、役者としてやっていけるだろう。
「まあ、よろしいでしょう。その探し物が事実なのか、それとも作戦なのかわかりませんが……。あちらで皆さんが戦っているというのに、1人でサボりはいけませんよ」
探りを入れていたら切り返され、オレは言葉につまってしまった。
調査していると言えばサボり。別動隊と言えば模擬戦における戦術の一つ。
痛いところを突かれた形だ。
オレは困ったと頭を掻きながら、立て札をチラリと横目にみた。……よし。
仕方ないので、後者ということにしておこう。
「まいったねぇ。攪乱作戦失敗ってね。じゃあ、頂上決戦といきますか」
模擬戦をはじめようかと、オレが指を鳴らしたら、ルドヴィコは一歩退いて肩を竦めて見せた。
「それは困りました。わたしはめっぽう弱いのですが」
古来種の癖によく言う。
たしかにコールハースを名乗り、アリアンマリに乗り移っていた古来種のように戦闘が得意でないヤツもいるだろう。
しかし、弱いってことはない。
「自分で自分を弱いというヤツは信用できねーな」
準備運動を終えて構えると、さらにルドヴィコは一歩退いた。
「魔法を使わなかったら、という意味ですよ。この模擬戦は、魔法は禁止なのでしょう?」
「ああそういうことか。じゃあ、オレたちの対戦はエキストラマッチってことで、魔法ありにしようぜ」
物理での殴りあいでは、まだ子供のオレも強いと言えるほどじゃない。
相手はエルフなので体重差はさほどではないが、リーチや上背などは不利だ。
魔法ありなら、前哨戦にもなって探りにもなる。
「それでしたら、まあ…………おつきあいいたしましょう」
やる気を出したルドヴィコが、一歩前に出た。
「じゃあ、魔法弾が3発当たった方が負けな」
ルールをオレが勝手に決めつつ、正5胞体陣を3つ投影。左右と正面に配置する。
「わかりました」
対決を了承したルドヴィコが、胞体陣を投影する。
早い。
アザナに負けない速さだ。
「一汗かいた後の夕食は美味しいですよ。村の女衆たちが、今頃腕によりをかけて食事の準備をしています」
初手、ルドヴィコが会話の途中に魔法弾を撃ちこんできた。それも10発。
「そいつは楽しみだ」
咄嗟に胞体陣を展開し、広がった5つの胞でこれを弾く。
重い一撃が10発。正5胞体に送り込んだ魔力がごっそり削られた。
そしてオレは勝利を確信する。
なぜならば、任務を託したタルピーが、すでにこの場にいないからだ。
高らかにオレは宣言する!
「オレの勝ちだ!」




