戦う者たち
夕日が沈む空を、開拓地に並ぶ村人たちが、急拵えの馬返しと柵越しに眩しく眺めていた。
夕刻も迫り、本来ならば彼らは、開拓作業を終えて村に帰る時間だ。
しかし彼らは武器を片手に、襲撃者を待ち構えていた。逆立った髪や剃り上げた頭部に額の入れ墨、黒い革の衣服に鋼の突起物など、その奇抜な恰好には鍬より斧や刺々しい棍棒が良く似合う。
「本当に、ポリヘドラさんが、模擬戦とはいえ攻撃など仕掛けてくるのですか?」
責任者の一人であるマトロ女史は不安そうだ。
学校行事で予定変更も問題があるというのに、研修先で演習まがいなど責任追及されかねないからだ。
「うちらも不安ですよ。でもまあ、ルドヴィコさんがやるというから……」
村人たちはあまり乗り気ではなさそうだ。
「ところで、先ほどからルドヴィコ村長さんの姿も見えませんが?」
「ああ、たしか村の反対側に回ってます。害獣の警戒とか……」
村の責任者が離れているもまた問題だが、考えようによってはその程度のイベントとも取れる。
事実、これは生徒が企画したもので、マトロ女史や村長が積極的に参加するようなものではない。
村人たちも防衛も重要だと納得し、せっかく学園の生徒が協力してくれるならば、いい機会だ。と、農作業の手を休め、防護柵などの制作を行った。
「そうですか。こちらにかかりきりとも行きませんからね」
ルドヴィコ村長の許可も得ている。攻める側の責任者にモルティー教頭もいる。話は通っているようなので、問題はなさそうなのだが……。
「きたぞっ!」
井戸を掘る櫓の上で見張りをしていたチャールポールが、西の森を指さして叫んだ。
「ほら! のんびり見る前に隊伍を整えなさい!」
来た、という報告を聞いて、村人たちは無造作に、そして無秩序に柵へ集まって西の森を眺めていた。
それをヴァリエが一喝し、持ち場に着けと号令をかける。
さっそく、荒事に村人たちが慣れていないと露見した一件である。
一兵卒がいちいち敵の状況を見る必要はない。立場と知識と経験が無ければ、興味本位の状況把握はただの見物となってしまうからだ。
「どうやら土のゴーレムのようですわね」
ヴァリエは現場指揮官を務めていた。
指揮系統は学園の生徒たちが持っている。
軍経験や正式な軍隊教育は受けていないが、学園の生活そのものがそれらに通じている。貴族として、人を差配することにも慣れている。
これは村人たちと大きな違いがでる。
庶民であるフモセですら、人を差配する能力は磨かれている。子供でありながら、今回は村人たちに命令をする立場だ。
なおペランドーは、素直に村人たちに交じって一兵卒となっていた。
それでも団体行動や戦闘に慣れているため、5人の村人を纏める下士官役である。
指揮される立場だが、防衛訓練は村人たちに好評だ。指揮系統というものに触れ、実行してみるというだけでも効果があったという評である。
さて、攻め手は現在、どうなっているか。
総指揮を任されるユスティティアのもとに、チャールポール以外の物見からも報告が集まってくる。
「敵はおよそ50体のクレイゴーレムですわ。分散して前身しつつ、隊列は散兵……というより、これは無秩序な進撃といったところですわね」
報告の順番と確認された時間の誤差。
これらを頭の中で整理、修正して、敵の進撃ルートと方法を盤上で再現した。
ユスティティアに軍才はないが、これくらいの芸当ができる。もともとの頭の出来もあるが、俯瞰して物事を考え、整理し人に伝える能力が長けている証左であった。
「……なるほど。情報を集めて整理し、こうして視覚化するわけですか」
近くで学園の生徒の才能を目の当たりにし、1人の村人は感心しきりであった。
もっともこの村人が優秀であったから理解できたことあり、他の村人たちは見ているだけで頭に入っている様子はない。
参謀としてユスティティアの隣りに控えるアザナは、盤上に再現されたゴーレムの散漫とした進撃ルートと無秩序な陣形を見て、やっぱりとうなずいた。
「陣に詰めるだけといっても辺境で、兵の配置と動きに触れている先輩なら、もっと周到に攻めてくるはずです。今回は初めてということもあって、手を抜いてくれているんだと思います」
「数が多いから制御が……ということはありませんわね。あのザルガラなら」
ゴーレムの隊列が揃っていない理由を推測したユスティティアだったが、すぐに相手の才能を考慮して打ち消した。
アザナはうなずき、指揮官であるユスティティアの推測と打ち消しを肯定した。
「モノゴーレムなら数を用意できます。しかもクレイゴーレムならザルガラ先輩の言っていた魔法を失った暴徒に近いとも言えます。さすがザルガラ先輩。手加減が上手だ」
マトロ女史も土でできたゴーレムの戦列を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった。本当に演習程度なのね。魔法も使わず村の防御線を作ったり、武器を手作りするのもいい経験でしたし、こんなイベントもあっていいでしょうね」
モノゴーレムは単純作業への適正は高いが、メイドゴーレムと違って戦闘適正は低い。
戦闘訓練を受けていない大人が、馬鹿正直に大振りの攻撃を繰り出すだけで、防御行動すらおぼつかない。
もちろん力が強く、疲労を知らないという点では大きなアドバンテージを持っているが、それだけといってしまえばそれだけの長所だ。
数をそろえ、魔力を分散させている分、強度にも難がある。当然、防御胞体陣どころか防御平面陣すら仕込まれていない土ゴーレムは、とても兵と言える戦力ではない。
「しかし…………事前の打ち合わせのない演習などあるのでしょうか?」
現場指揮官を任されているヴァリエが、腕を拱きで疑問の声を上げた。
「すみません、今はそれどころではありませんね。迎撃方法は予定通りでいいですか?」
今更な意見なので、疑問を引っ込めてヴァリエは行動の是非を尋ねた。
「ええ、お願いします。もっともできることはそれだけなのですが」
ユスティティアは指揮官となっているが、ほとんどはヴァリエに任せている。
この場でもっとも武に長けている人物は、騎士団長の娘であるヴァリエだ。正式に用兵を教わっていなくても、父親や家人の行動と言動で何かと触れている。
数回、辺境伯のところで国境紛争を経験したザルガラと比べ、現場の経験はない。しかし肌で感じるなど、慣れ親しんだ知識が彼女にはある。
ユスティティアの許可を得て、ヴァリエは敬礼を一つして指揮所から飛び出していった。
しばらくして、ヴァリエの指揮する部隊から攻撃が始まった。
掛け声と大きな棒が空を切る音、木と木がぶつかる衝撃音に続き、陶器の壺が5個ほど飛んで行った。大型投石機から発射された、陶製の礫である。
陶製壺は空で弧を描き、遠く離れたクレイゴーレムの前衛付近に落ちて弾け飛んだ。
険路求道村の思想に基づき、モノづくりは手探りである。陶器の実験的制作で、失敗作が山ほどある。
陶器の礫は、これらの廃棄物を利用した。
粉々になった陶器の壺と、その中に詰められた陶器の破片が飛び散り、周囲のクレイゴーレムの身体を削る。
1体の足に数個の陶片が突き刺さり、ゴーレムはバランスを崩して転倒した。
こうしてゴーレムが道に打たれた杭に……馬返しへ到達するまで、計3回、12発の陶器壺が投擲された。5つのカタパルトから3回発射して、12発である理由は、装填のミスや不具合などで3発が発射されなかったからである。
失敗もまた、村人たちにはよい経験だ。
この攻撃で、強度不足のクレイゴーレムは、3体ほど崩れ、足や腕が破損して、能力が大幅に下がったゴーレムが10体ほどになった。
発案者のアザナが想定していた以上の戦果である。
「急造のカタパルトだけど、まあまあ効果があったね」
自画自賛というより、意外だという反応をアザナは見せた。
「アザナ様は魔具以外の制作も優秀ですのね。では、この好機を生かしましょう!」
ユスティティアは迫り突出したクレイゴーレムにだけ攻撃を命じる。伝令が走って、突出した敵部隊に近い味方部隊へ攻撃の命令を伝えた。
その命令に従い長槍を持った隊が前進して、孤立しているゴーレム数体を突き壊した。
続いて進撃してくるゴーレムには、側面に展開していた投石部隊が攻撃にあたった。投石といってもカタパルトを利用したものではなく、こぶし大の石を手で投げる部隊だ。
礫は開拓と畑から大量に出て余っており、これを利用した。
「なんか簡単すぎない?」
黙って見ていたアリアンマリが、順次崩れていくゴーレムの部隊を見てつまらなそうに言った。
つまらなそうな言い方だが、正しい疑問である。
アザナは真面目に、この疑問に答える。
「ここの村人はあんな恰好なのに、なぜか集団戦闘が初めてらしいので、手加減してくれてるのだと思いますよ」
「それに魔法を使わない、という条件でこちらは戦ってますからね。あちらは戦力を整えるのに、魔法を使ってますが」
ユスティティアはアザナの解答を補足する。
「ふーん……、まあ演習? 模擬戦? とにかくごっこだからこんなものだよねぇ」
解答を聞いて、アリアンマリは手持ち無沙汰に双眼鏡を覗いた。
そしてゴーレムに続く新たな敵を見つけ、双眼鏡から目を外し、そして二度見した。
「なにあれ? ウサギ……?」
「報告します! 森の南側からウサギの大群が迫って来てます!」
アリアンマリの独り言をつぶやくと同時に、村人が報告に駆け込んできた。
集団行動などしないウサギが、100匹近く群れて向かってくる。時折、目の前の草を見つけて立ち止まり、「あ、おいしそう」と食べ始める個体もいるが、大体のウサギはちょんちょんと跳ねながら迫る。
草を食べていた個体も、「あ、いかなくちゃ」と遅れてやってくる。
「ウサギなんて、なんの戦力にもならないでしょ?」
「いえ、これは不味いですよ」
軽視するアリアンマリに対し、アザナの表情は深刻だ。ゴーレムと違って足が速いため、あっという間に柵に迫っているが、脅威を感じる相手ではない。
「ウサギのような小さい個体を想定して、この柵は作られていません。素通しです、しかも……」
アザナは後ろの畑を指す。
みなが振り返ってみると、そこはニンジン畑であった。
「ああっ! そうだった!」
「いかん、ウサギを追い払え!」
鍬や槌を手に、ウサギたちを追い払う村人たち。
凶悪な姿をした村人たちが、愛らしいウサギを必死に追う姿は、ひどく滑稽に見えた。
「なんというハラスメント攻撃。さすがザルガラ先輩です!」
「……意外に陰湿でいらしたのね。ま、まあ飢えて食料を狙ってくる相手を想定しているのですから、これも正しいのでしょうが」
考えたのも実行したのもザルガラではないが、そんなことは誰も分からない。
ただザルガラのせいだと考え、ある者は評価を上げ、ある者は評価を下げる。
一方、ウサギは順調に追い払われていた。
いくら数が多くても、所詮はウサギである。
村人たちが凶悪な恰好をしていなくても、簡単に追い払える存在だ。
遊び気分のアリアンマリなどは、集まったウサギに向かって、勝手に引っこ抜いたニンジンを振って見せ呼び寄せる。
「かわいいねー、おいでおいでー」
村に最大の被害を与えるウサギは、ちょこちょことアリアンマリの足元に……。
「危ない!」
アリアンマリに飛びつこうとしたウサギを、フモセが両手で突き飛ばした。
「な、なにすんのよ! フモセ!」
「……ごらんなさい」
ウサギが後ろ脚で、すっくと立ちあがる。
その仕草は、ウサギが警戒するため遠くを見通す動作のそれではなく、まるで人が立ち上がるような動きであった。
「やあ、クラテスさんだよ」
しゃべった。
「こ、こいつ、あの首狩りウサギじゃない! なんで模擬戦で、あんたみたいな即死級の子が混じってんのよ!」
アリアンマリは自分の首を抑えて立ち上がり、震えながら首狩りウサギのクラテスを追及する。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと楽園の破……ルドヴィコの奴に頼まれてきただけだから」
突き飛ばされながら奪ったニンジンを齧りつつ、クラテスは呑気に答えた。
「敵に油断を見せると、寝首をかかれる……ということでしょうか?」
騒ぎに気が付いてやってきたアザナが、クラテスの話を聞いて推測してみせた。
ニンジンをぺろりと平らげた首狩りウサギは、その推測にうなずき肯定する。
「そうだね、気をつけたほうがいいよ。情けは相手が降参したってかけないほうがいい」
「完全な優位を確保してから、ですね」
納得するアザナの言葉に、クラテスは満足そうにうなずく。
「うんうん、そうだね。ところでそちらのお嬢さん。よくこのクラテスの不意打ちに気が付いたね」
話を振られたフモセは、ちょっと困った様子で答える。
「ええっと……ポリヘドラ様のご学友のペ、ペラ……ペラ……ペラペラ」
「ペランドーくんのことだね」
「そう、そうです」
名前を覚えていなかったフモセに、ペランドーとほぼ無関係であるクラテスが名前を教えた。
「首狩りウサギの方が覚えてるのですね……」
さしものアザナも呆れた様子である。
「も、申し訳ありません、アザナ様。ええととにかく、そのペランドーさんがモンスターズサロンで、ウサギの集団に混ぜたら暗殺に使える、と言ってたのを思い出したので」
「うん、このクラテスもそれを聞いて、この作戦を思いついた」
「そ、そうなのですか……」
クラテスの暗殺行動と、フモセの好行動は、ペランドーが原因であった。
ペランドーは余計なことを言ったようである。
「ところで、ザルガラ先輩はいつ攻めてくるんでしょう」
珍しくアザナが、ザルガラとの対決を待ち望んでいた。
せっかくの場面で、ザルガラは何をしていたのか――?
彼は彼なりに、この状況をうまく利用していた。
コメディに特化した短編【ポンコツ悪役令嬢は歴史に名を残したい!】を投稿しました。下のリンクから飛べます。
ここのところ更新遅れてました。もうしわけありません。
次回よりペースアップします。




