応酬の報酬 2
ラブルパイル城を守る兵士たちは、最善を尽くしていた。
なんの予兆もなく突如、城を包むように投影された胞体陣。
それを支えるため、どこからともなく現れた2体の巨人。
不可思議かつ不測の事態に対し、彼らの対応は完璧といって良いものだった。
胞体陣に包まれていない敷地にいた文官や女官など、軍属ではない者の避難を優先。兵の展開と各種魔具の準備も完了し、あとは巨人への攻撃を行うかどうかの判断を残していた。
その完璧な状況下で、頭のある一つ目の巨人がバラバラになって崩れさった。
このまま胞体陣ももう一体の頭なし巨人も消えてくれ、何事もなく終わるか、と兵たちは思った。
だが、その期待は即座に失われる。
残った頭のない巨人が、支えていた胞体陣から離れた。
よく見れば、下顎の上にまったくサイズの合わない、さきほどまでなかった兜を被った首が乗っていた。
サイズ違いで下からうかがうことはできないが、楼閣の上から監視していた兵たちにはソレが確認できた。
「潜んで待っていたかいがあったわね! この二つ目のサイクルオプスは、わたくしがいただいたわ! さすがわたくし! チャンスを逃がさない女ね!」
若い女の声だった。
首だけの女は、首なしの巨人を乗っ取り、高笑いで成果を自画自賛している。
ひとしきり自分を褒めたあと、首だけ女は首なし巨人の上から城を守る兵たちを睥睨して口を開く。
「さあ、わたくしに道をあけなさい! そうすればこのサイクルオプスを持って、古来種様たちの岐路を指示してさしあげるわ!」
「なんと! あの首の女……招請会の者か?」
反社会的組織として認識されている招請会と知り、騎士と兵たちの対応はより厳しくなった。
外に出しては危険だと察し、兵たちに城門を固めるよう指示を下す。
「なんとしても、アレを外へ出すな!」
「捕らえる……のは無理でも、あの巨人を招請会に渡すな!」
巨人が何者かわからない。その目的もわからない。だが、その巨人を奪って、招請会が古来種呼び戻しを行おうとしているのは明白である。
信仰する古来種ではあるが、今戻られても人間には都合が悪い。
なにより大部分の古来種は、この次元に戻ることを良しとしていない。
この世界に戻ろうとする古来種は、いくら尊き存在であろうと秩序を壊す不逞の輩であり、呼び戻そうとする招請会は社会の転覆を狙う者たちだ。
現在、現場の最高指揮官であるラ・カヴァリエール男爵は、甘いマスクを引き締めて、王都騎士団と衛兵たちに差配を下す。
しかし、なぜかままならない。
「側面に回った部隊が、なんで戻ってきてる!」
「楼と支城への伝令はどうした!」
「さっき備えたはずの大型兵器が、なんで倉庫に戻ってるんだっ!?」
各所で記憶違いと、すごろくの振り出しに戻るのような人員と装備の移動が確認され、現場は混乱をきたしていた。
兵と騎士たちの努力は、すべて空回りである。
だが、どんなに記憶違いが起きようと、大部分の兵士が同じ考えを持っていた故に、襲撃者の思惑の方が空回りしていた。
幸いエイクレイドル王はある理由で、胞体陣がラブルパイル城を覆う前に、安全な場所へ移動していた。
これもあって、兵たちは後顧の憂いなく活動できた。
「陛下の安全は確認された。攻撃魔法の使用を許可する」
ラ・カヴァリエールは温存していた魔法使いを呼び出す。
たまたま城外に出ていた3人の宮廷魔術師は、兵士たちの援護に回っていた。
許可を得た3人の宮廷魔術師は、相談しあって攻撃魔法を準備する。
目標の巨人は厚い防御胞体陣が張られていると推測され、3人は攻撃の配分を相談する必要があった。
単純に魔力弾で人間を無力化するのとは違い、重装備の相手や大型の生物が防御胞体陣を張っている場合は面倒になる。
例えば、相手が正20面体陣を防御に当てている場合。合わせて正3角形20枚分の魔力弾を撃ち込んで、やっと破ることができる。
一点突破や個人の魔力の質、時間差や防御特性などの要素が加わるが、同格の魔法使いと同格の魔法である場合は、上記は絶対の原則である。
3人の魔法使いは息を合わせ、魔力弾と殺傷能力のある魔法を放った。
「【呼べばこい! 稲妻!】」
すっ……と空が暗くなり、次の瞬間、轟音とともに雷が巨人の頭上へと降りかかった。
3人の胞体陣を合わせれば、魔力弾は正3角形120枚ほどの威力。【呼べばこい! 稲妻!】に振り分けられた20枚分と比べれば、かなり多い魔力配分である。
巨人は生命体であると判断したため、稲妻の威力は20枚分で十分だと判断した結果だ。
物理的破壊力を持った魔法は、弱い防御魔法陣すら打ち抜けない。
しかしそんな魔法であろうとも、1枚分でも人間数人を黒こげにし、大木を真っ二つに割るほどの威力なのだから、20枚分となれば石造りの家すら全壊させる稲妻だ。
「入った!」
「おおっ……」
稲妻が巨人を包んだ光景を見て、3人も兵たちも攻撃が通ったと思った……が、無傷だった。
胞体陣は光を通す性質のため、巨人が激しい閃光に照らされ、稲妻が内部に走ったと誤認してしまったのだ。
新式魔法とはいえ、渾身の同時攻撃がまったく通じず、3人の宮廷魔術師たちはうろたえた。
その隙を逃す巨人ではない。
「手向かうか……、人間どもっ!」
巨人の下あご付近に胞体陣が投影され、稲妻を撃った3人に向けて魔力弾が放たれた。
脆い人間の身である相手には、殺傷性のない通常の魔力弾で十分である。まともに入れば戦闘不能になるのだから。
その魔力弾を重装備の兵が何発か代わりに受け止め、宮廷魔術師はなんとか耐えきった。
巨人の反撃を耐えた宮廷魔術師たちは、散開して騎士たちの援護に回った。
被害はないが、対抗策が見いだせない。
立方体陣より多くの魔力を込められる胞体陣を使うべきか?
古式魔法を使えばより強い魔法を放てるが、3人で同時攻撃という器用なことはできない。
画一的な新式と違い、古式はどうしても個人差が顕著に出てしまう。
しかし、巨人も巨人で攻撃の手を緩め始めた。
思ったよりも兵と装備の質が高く、魔力弾で制圧するにも限度があるようだ。
それもそうである。
ザルガラが王宮で暴れた際、魔具の鎧がほとんど用をなさなかったために、装備の強化が試みられた。
先日、その装備の刷新が終了し、城勤めの兵たちの鎧は魔法への抵抗力を大きく増していた。
互いが攻めあぐね、巨人が次の攻撃の手を考え始めたとき、城門の外が騒がしくなった。
「何事だ!?」
「ど、どうやら、事態を見て戻って来た 候を襲った暗殺者がでたようで……」
「こんな時に!」
情勢の読めない暗殺者である。
穏健派……その実、急進派を巻き込んで自滅するつもりだったが……である 候を暗殺して、王国と連盟の不和を狙ったのだろうが、この騒動のなかで暗殺を行えば、どう転ぶかわからない手段だ。
おそらく城内の騒ぎを見て、自分の仕事が遂行できると安易に行動へ移したのだろう。
この騒動を見て、巨人が大きく動いた。
騒ぎの起きていない門に向かって踵を返し、体当たりを試みようと駆け出した。
「まずい! あの巨体と防御胞体陣でぶつかったら……」
古来種が造った城壁と違い、城門は近年の制作物である。
巨人が助走をつけて体当たりすれば、ひとたまりもないだろう。
なお、巨人が閂を抜く場合はその巨体をかがめて、ちまちま作業しなくてはならない。
かっこ悪い……もとい、手間がかかる。
誰もが門を突破されると思い、兵たちが逃げる中、ふたたび空がすっ……と暗くなった。
「【呼べば来い! 稲妻!】」
さきほど宮廷魔術師たちが使った魔法と、まったく同じ魔法が放たれた。
だが、防御を撃ち抜くため放たれた魔力弾に、込められていた魔力の桁が違う。
そして稲妻に込められた魔力の桁も違った。
3角陣20枚分の稲妻を遥かに超える電撃が、天まで揺るがして巨人を打ち抜き大地を叩く。
轟く音の衝撃だけで人が倒れ、固定されてない石弓が吹き飛んだ。
巨人を包んでいた胞体陣が、か細い光となって千切れ落ちる。確実に稲妻が巨人を貫いた証拠だ。
その場にいた者たちは言葉を失い、そして稲妻を落とした者を見て納得した。
いつの間にか城を包んでいた胞体陣が消え去り、2階の窓から身を乗り出す少年ザルガラがいた。
ザルガラは魔力弾に古式を使い、殺傷魔法である電撃には新式魔法を使うという、非常に難易度の高い技を放ってみせた。
同時に立方体陣と胞体陣を投影し、平行して発動し、3人の宮廷魔術師以上の威力をたった一人でたたき出すという離れ技だ。
崩れるように膝をつく巨人の下顎の上に降り立ち、ザルガラは大きな口を歪めて舌打ちをして見せた。
「ち……。泥棒の頭、そのものには逃げられたか……」
「……次元を飛んだ、みたい」
「わかってれば妨害か、せめて探知の紐でも括り付けたんだがな」
窓から飛び降り悔しがるザルガラを見て、宮廷魔術師たちは絶句した。
2つの攻撃と同時に、彼は別の魔法まで仕込む余裕があったようだ。
「ここまでくると張り合う気も失せるな……」
「ああ……」
怪物と恐れられる理由が分かったと、自尊心を打ち砕かれながら宮廷魔術師たちは互いの顔を見合った。
これでザルガラという人物が知れ渡っていなかったならば、恐怖の対象として……怪物と認識されてしまっただろう。
しかし、最近では活躍も目覚ましく、それでいて子供らしい失敗や行動など、年相応の微笑ましい話も聞こえてくる。
なによりディータ姫を救った恩人だ。
先達の心中には、確かに苦々しい気持ちはある。
だが愛嬌と大恩がある後輩を見ると、そんな気持ちも溶けて消えてしまった。
* * *
【霧と黒の城】の地下施設の一つ、モンスターズサロン。
遺跡の警備から開放されたモンスターたちが、第二の生活までを過ごす集会の場で、かわいらしいウサギが呆れたように肩をすくめてみせた。
「あれだけうまくいったと言っていたのに……。なんだい、失敗したのかい?」
首狩りウサギが、鋭い牙の間から落胆の声をぶつけた。
言葉をぶつけられた者は、首のない女騎士だった。
「仕方ないでしょ。地下の魔力プールとつながった魔胞体陣を、まさかあれほどの簡単に……一撃で打ち抜かれるなんて思わないじゃない」
いつも首を忘れた、というドジな女騎士だが……。
どうやらその首は、首なし巨人の下顎の上に載せてあったようだ。
強奪作戦に失敗し、手元に戻って来た首を手に取って髪についた煤を払う。
「あーあ…………、勇者が来るからって古来種の呪縛から逃れられた首を隠したから、たまたまうまく首なし巨人の鎧の隙間に入り込めたのに……。こんなチャンス、二度とないわよ」
「チャンスを生かせない女だねぇ」
首狩りウサギの毒舌に、デュラハンは何も言い返せない。
「でも……、まあコールハース様の指示は、閉路回路の魔法陣の入手だし、それはちゃんとここに入ってるから」
デュラハンの身体はそう言って、膝の上の頭を指差した。
「ボーナスゲットにはならなかったけど、おおむね計画通り……ってわけだね」
「そういうことね」
ウサギにデュラハンが反論しなかった理由は、仕事はちゃんと終えたという自負からだった。
2人は穏やかな様子で、互いのこぶしを突き合わせる。
「すべては楽園の破壊者のために」
「すべては楽園の破壊者のために……」
合言葉を最後に、モンスターズサロンは闇に閉ざされた。




