応酬の報酬 1
「よかった……。じゃあ、ザルガラ先輩はなにも変なことはしてないんですね?」
しぶしぶ……という態度で、アザナは攻撃的な魔胞体陣を消し去った。
「や、やっとわかってくれたか」
険しかったアザナの表情が、いつもの穏やかだがいたずら好きっぽい顔に戻り、内心でオレは胸を撫で下ろす。
戦闘中、いきなりイマリーが意識を失った。
それを見て、アザナはいったいなにを勘違いしたのか、オレに向けて殺傷性の高い魔法を撃って来た。
もちろん戦闘中だったこともあり、強めに張っていた防御胞体陣でそれを防ぐことができた。だが、このオレでも冷や汗モノの……という攻撃だ。
放たれた魔力の刃を防御胞体陣で砕いたが、アザナの潤沢な魔力が満ちた刃の破片は勢いを失わない。暴風を纏って跳ね回り、天井床壁を削り取りながら直進し続けた。
高次元体であるため、仮に当たっても無傷なタルピーはその中を平然と踊って躱したが、もしもディータとイマリーがオレの後方にいたら巻き込まれて、人としての形を失っていただろう。
……あ、ディータはゴーレム体が壊れるだけか。
とにかくイマリーの気絶と、アザナのレギュレーション違反で戦闘は一旦中断。
ディータはイマリーを介抱し、タルピーは城内のあちこちに移動しながらマイペースに踊りを披露し始めた。
この困った状況で、閉路回路は崩壊の兆しを見せ始めている。主回路と補助制御であるイマリーが意識を失ったため、アザナだけでは不安定になってきたからだろう。
閉路回路の崩壊光景は壮大だ。
建築物も大地も空も幾層にも重なる外の世界が、同心円状に倒れていく様は壮観である。
このスペクタクルを背景にし、なぜか怒ってオレに迫るアザナはとても……ちょっと怖かった。
「てっきり、先輩がイマリーさんにキ、キスしたりとか……、その、変なところ触ったのかと思いました」
怖い顔ではなくなったが、まだ怒気でも残っているのか、アザナの顔が赤い。
「オマエはオレを野獣かなんかだと思ってるのか」
「だって、女の子が急に気絶するなんて、それくらいしか考えられないじゃないですか」
「え? もしかしてユスティティアとかアイツらに、そういうことして気絶させたことでもあんの?」
「そそ、そんなこてゃないですよ!」
アザナの失礼な思い込みに対し、反撃として言い返したら、人類が発音できなそうな反論が返って来た。
……いや、まさかあるのかアザナ、もしかして?
などと疑いの目をアザナに向けていたら――。
「……そう。ザル様は彼女のアイマスクを外しただけ」
イマリーを介抱するディータが、オレの弁護をしてくれた。
まあ外したんじゃなくて、両目が見える程度にズラしただけなんだが……。
「……つまり、ザル様の顔を見て気を失った」
「おいこら。それはどういう意味だ?」
「なるほど」
「なるほどじゃねぇよ、アザナ!」
白眼視しながら口元にいたずらっぽい笑みを浮かべるという器用な表情で、オレの顔をまじまじ見てうなずいて見せる。
「先輩の顔はともかく……」
ともかく、にされてしまったぞ、オレのイケてる顔。
「ザルガラ先輩は、イマリーさんになにをしたんですか?」
怒気を込めた胞体陣を投影するアザナ。
まさか……アザナのやつ…………、また忘れたのか!
「またかよ! ディータ、説明!」
「……え? なにを?」
「イマリーが倒れた理由を説明してやって!」
「……ああ、はい」
イマリーを介抱しながら、ディータがアザナにアイマスクずらしについて説明する。そしてアザナはまた、「よかった、変なことはしてないんですね」と胞体陣を収める。
実はアザナが、イマリーの倒れた理由を聞くのは3度目だ。
つまり、直前の記憶を失っている。
この現象は閉路回路内で、堂々巡りしているときに似ていた。
おそらく、イマリーが意識を失って閉路回路が暴走しているのだろう。
条件付けはなく、そして時間そのものは経過を続け、かなり短いサイクルで記憶だけ巻き戻っている。
イマリーがディータの硬めな膝の上に頭を預け、さきほどアザナが放った刃の暴風により破壊の跡が消えていないのがその証拠だ。
しかし、なんでアザナはこんなに怒るんだ?
女の子たちを侍らせすぎて、女性は守るべきものという紳士の信条を拗らせているのだろうか?
同じ質問を繰り返して、何度も怒るアザナに辟易としてオレは頭を抱えた。
「なんだよ、ここ! 間抜け次元かよ!」
どうやら、オレとイマリー以外は間抜けになる空間が出来上がっている。狙って作れれば、有用なような面倒なような間抜けなような、微妙な結界魔法である。
「いえ、こんなにひどく間抜けな一万年はさすがに……」
イマリーが目を覚ました。
ディータの膝の上から身を起こし、アイマスクをかけなおし二つの目を隠す。
「やっと起きたか」
「大丈夫ですか!? ザルガラ先輩に、なにをされたんですか!」
「また巻き戻ってるのかよ!」
こんなに間抜けなアザナ、初めて見る……あれ、初めて? いや、何度かみたことあるような気が……。
とりあえず、オレの無実を、本人であるイマリーに説明してもらおう。
「いえ、二つ目で世界を見て、オーバーフローになった。だけ」
「世界を? 見て? あふれた?」
どういうことだと聞き返すと、頭痛でもするのかイマリーは額を押さえながら答える。
「わたしの目は。監視者として古来種とつながってる。いえ。つながってた。普段はひとつの目で見てる。だから。周囲だけ見てた。両目で見るときは。古来種に情報を送るとき。でも。急にアイマスクを外された」
短いセンテンスで説明するイマリー。どうも古来種やらそれに近い関係者は、こういうしゃべり方をするようだ。
「両目で世界を見てしまったわけか」
「古来種がこの世界にいないから。全部、わたしの脳で見てしまった」
監視者として、よほど良い『目』を与えられているのだろう。
一目見て、多くの情報を読み取るその『目』は、多くの古来種たちの端末となっており、彼女だけの脳では処理しきれないというわけか。
古来種がこの次元にいない今、行き場のない情報はイマリーの脳を圧迫することだろう。
「わたしは監視者。でも報告先はない」
仕事を任されたのに、放置されたまま。もちろん報酬もない。
オレたちの先祖様たちが不意に捨てられたように、イマリーも投げ出されたまま救済されていない。
世代交代するオレたちはともかく、一万年も無為の残業を務める彼女の苦悩はいかなるものか?
「それで……ザルガラ先輩はイマリーさんに、なにをしたんですか?」
「またか……」
しんみりとして間をあけたら、アザナの記憶がまた巻き戻ってしまった。
改めてイマリーに説明をしてもらい、アザナの怒りを鎮めてもらう。
「そうか。オマエ……こんな経験を一万年も……」
タルピーの味わってきた孤独や、マダンの燻る復讐とも違う一万年に思いを馳せる。
「いえ、こんな間抜けな展開は。ちょっとない」
同情したら否定された。
ああ、そうか。いまのこれ、閉路回路の暴走だもんな。
「もうすぐ、わたしの閉路回路が。いえ直接作ったのはあちらの人。ですが、崩壊のプロセスは始まってる。だから止まらない。閉路から出たら。ザルガラ……。二つ目の閉路回路になって」
イマリーが唐突に閉路の崩壊と、個人的な要望を切り出してきた。
「そうか。……それが目的だったのか。腕試しか、古来種の命令でオレに攻撃を仕掛けてきたと思ったが、腕試し兼ねて上下関係を決めようってわけか?」
「え?」
なんの話、とイマリーは首を捻る。オレも捻る。
「え……って。だから、オレを二つ目のサイクルオプスにするから、わたしが先任だからね! って意味で、最初にガツンとやっておこう。そんな感じで殴りかかってきたんじゃないの?」
「え?」
イマリーの反応は同じだった。
じゃあ、なんでコイツ、オレに突っかかってきたの?
仲間に誘う際、お試しで殴ってくるのに、それ以外の理由ってある?
「……一緒に遊びたかったんじゃない?」
ディータが横からそんな意見を挟んできた。
「おいおい、まさかケンカを売ってきておきながら、実はただ遊びたかった、だと? 伝説のサイクロプス様が、なにバカなことをしてんだよ」
「……あ、はい」
イマリーではなく、なぜかディータが反応した。
「気を引くために、争いふっかける? そんなの仲良しケンカとかありえないだろ~~」
「それを先輩が言う?」
まだ巻き戻ってないアザナが、オレを指差していった。
…………オレは言葉を失う。
みんなの視線が痛い。
しまった。
いつものオレと、イマリーのやってること変わらない。これを否定したら、オレはこの先、生きていけない。
「先輩がお説教嫌いっていうのは、言うことがだいたい戻って自分に突き刺さるからなんですね」
「お、やるかコラ?」
「ほら、それ」
ち、ちげーし。
舐められたこといわれたから、ガツンとやるだけで仲良くケンカごっこをやるって意味じゃねーし。
「え、あ、ま、まあ、それはそれとして、悪いが二つ目になってやるわけにはいかない」
崩壊していく閉路回路を眺めつつ、イマリーの要望につっぱねた。
「じーーーー……」
誤魔化した、とアザナが責める目で腕をつつくが、そこはクールに華麗なスルー。
「見たところ、崩れて消えた一体目がイマリー用と考えて……。あの残っている顎から上のない頭なし巨人が、二つ目の閉路回路らしいが……。オレにあれの頭になってくれってことだろ?」
確認を取ってみると、イマリーは間違いないと肯いてみせた。
閉路回路になるとどんなデメリットがあるかわからないが、監視者として世界を見るのは勘弁してほしい。
終わりのない残業とか、人生の墓場とかいう結婚を皮肉った状況より悲惨だ。
しかし、全部断るのも酷である。
期待するイマリーに、ひとつ提案をしてみた。
「そんなことより、古来種に会いにいくか呼び出して、残業代を請求しながら辞表を叩きつけてやろうぜ。それなら一緒に協力してやるぞ」
それはそれで面白そうだからな。
オレも古来種相手に、いろいろ思うところがある。近い未来、アザナが戦うことになる出戻り古来種に、真実追及くらいしたい。
古来種もいろいろいるが、きっと放置した監視者の要求を聞いてびっくりすることだろう。
それを見てみたい。
…………あ、それに戦力になるかもしれないしな。
「それ、面白そうですね、ザルガラ先輩! やりましょう!」
「オマエが食いつくのかよ!」
まさかのアザナが満面の笑みである。
本来は、未来のオマエが戦うんだぞ。
「な、なんで?」
オレたちのノリについてこれないのか、イマリーは理解できないと顔に手を当てていた。
そんなイマリーに、こちらの事情を教えてやる。
「一万年待ちぼうけなんて珍しくなくってね。タルピーは封印されたまま、一万年置き去りだし、アザナの中にいたマダンは、それ以上の時間、古来種の創造主への復讐をもくろんでたし」
「まさかっ! わたしと……同じ……」
イマリーは仲間がいたなど思わなかったのだろう。
ここにも一万年放置された仲間いたと知って、自由気ままに踊るタルピーを見つめた。
「それに、中位種から下位種にかけて、オレたち人間や亜人たちも捨てられて置いていかれた仲間だし」
「……言われてみればそう」
ディータがうなずく。
オレたちとイマリーやタルピーという単一存在と事情は違うが、その辺を同情してもらいたいという感じは彼女たちにはない。
それにぶっちゃけ、イマリーを利用した閉路回路は有益だ。
なんとかアザナとも記憶保持を共有できれば、どこでも仲良く遊……いやケンカする場所ができる。
「……密会!」
横でディータが興奮しているが、オマエはなにを想像しているんだ?
「二つ目の仲間より、閉路回路の弊害を解除するなり、古来種に調整してもらうなりして、みんなにイマリーを覚えてもらえるようになるほうがいいだろ?」
「そ、そんなこと……できるはずが……」
「そうでもないと思うぞ。ほら、うちの学園の生徒会長。テューキーっていうんだが、そいつはオマエのことをぼんやり覚えてた。もしかしたら直接関係した以外の存在は、オマエのことを少し覚えているのかもしれない。そうじゃなけりゃ、サイクロプスの伝説が残るわけもないしな」
「うそ、でしょ? 今までわたしを覚えていた人……なんて。あなた以外……」
イマリーを覚えているものがいたこと知らなかったのだろう。
信じられない、という表情で、オレの発言の真偽を尋ねてくる。
「たぶん、イマリー自身が意識してないような人たちが、イマリーを覚えてたんだろう。はあ……ままならないもんだな」
「それじゃあ……二つ目の閉路回路を、誰かに預けなくても?」
「オマエを覚えていてくれる奴が、増えていくかもしれないな」
希望的観測ではある。
だが、まったく無根拠というわけではない。
オレとアザナの頭脳が加われば、イマリーを人の社会に戻すことができるかもしれない。
少なくても、イマリーを覚えておくことができるオレが、一緒にいてやることができる。
まあ、そのかわりに……閉路回路を使ってもらうけどな。好きなときに周辺の被害を気にせず、アザナと心行くまでケンカができる。
「……アザナが忘れちゃう。いいの?」
「そうだった」
オレだけしか覚えてないケンカとか、いったい何の意味があるんだ!
浅はかだったと、オレが頭を抱えると同時に、隣りにいたイマリーが突如叫ぶ。
「ああっ! ダメ!!」
「うおっ、びっくりした、なんだ?」
「なにをしたんですか、先輩!」
「なにもしてねーよ!」
アザナはなんでオレをこんなに疑うんだ?
「オレが信用できるか人間かどうか、オレも信用できないけどさ! それでもオレを信じろ!」
「……それ無茶」
「そんなことより、どうしたイマリー!」
疑うアザナと正論ディータはさておいて、突然叫んだイマリーに何事か尋ねる。
イマリーは崩壊していく閉路回路の向こうに立つ、顎から上のない二つ目の巨人を見上げて、悲鳴のような声を上げた。
「二つ目の閉路回路。誰かに…………奪われた!」
なんかまちがって新作が上がってるように思えますが幻です




