裏切りの応酬 3
「よくも……裏切ったな! タルピー!」
熱を持った魔力弾の衝撃を受け、ヒリヒリと痛む後頭部を抑えて右後方のタルピーを睨む。
『ザルガラさまはいい友人だったが、むぼうびなせなかをみせるのがいけないのだよ』
待合室の調度品の上に乗る赤いタルピーが、赤い炎を纏い敬礼のような仕草をしてみせた。
「このぉ~、オレを過去形にしやがったな」
友人だった、だと?
いよいよ本格的に叛意を示したか、タルピー。
だがタルピーは眉をひそめ、なにをいってるの? という顔で首を捻る。
『かこ……けい?』
「いや、なんでもない。オレが悪かった」
通じる表現がわかりにくいので、タルピーの相手はたまに困る。
この分だと、いい友人だったという表現も勢いで言ってるだけかもしれない。
「ふっふっふっ……」
そんなオレたちのやり取りを笑う声があった。
「ザルガラ先輩、いい気味ですね」
左右にディータとイマリーを従え、アザナがにっこり笑って勝ち誇る。
今のオレは、悔しいことに孤立無援だ。
「4対1だから負けた、って泣きながら言い訳するのは、どうやらザルガラ先輩のようですね」
「うるせー、最初に裏切りまくったアザナがいうな」
オレたち間では、裏切りの応酬が繰り広げられていた。
最初こそ、4対1だった。そう、オレには仲間がいたはずだった。
4人もいるとはいえ、閉路回路を掌握しているアザナが相手では分が悪い。なにしろこちらが有利になると回路をショートカットさせ、最初からやり直しの憂き目にあってしまうのだから。
一応、閉路回路の一部となっているイマリーが味方いれば、アザナの妨害も出来ないこともないようだが……。
この不利を克服するため、城の施設を利用したらディータが「お家壊さないで」と第三勢力となった。そして、あとで元に戻るんだからいいだろう、といったらアザナ側に寝返った。
その後、タルピーがオレに誤射したり、間違ってオレがタルピーのサテンボトムを踏んで転ばせたあたりで、誰が敵で味方かわからなくなってきた。
アザナが城の施設を利用したりすると、ディータが第三勢力になったりオレ側に寝返ったり、タルピーが寝返ったことを忘れて、たまにオレと共闘したりと、適当バトルロイヤル染みた流れだ。
……ん、ちょっと待てよ?
「って、結果的に裏切ってねぇの、オレだけじゃん! オマエらには自分ってものがないのかよ!」
振り返ってみたら、オレすげー真面目。
「……ザル様、不器用ですから」
『不器用!』
「ソレ、自分で言う分にはかっこいいが、女の子から言われると凹むな!」
深く茫漠とした目でディータに言われ、タルピーには指差される。コイツらは後でイジメてやる。
などと、上位種と姫様をイジメる計画を思い立ったところで、イマリーの存在を思い出した。
「……そういえば、イマリーはなんで裏切ったんだ?」
いまいち経緯が分からなかったが、流れるようにアザナ側へ回っていた記憶がある。
どういうことだ?
「そういえば、なんで?」
アザナも経緯を覚えていないらしい。隣りに立つイマリーに問いかける。
「ああ、それは……」
「んん? アザナも覚えていない…………はっ! まさか、これもイマリーの能力……」
戦況の変化を悟られない魔法か能力!
そんな恐ろしい力があるとなると、戦争の……戦いの形が変わる…………。
「いえ、特に能力とかではなく、なんだか貴方をイジメた方が面白そうだったので、隙を見て裏切りました」
「オマエはヒドいオンナですね!」
オレたちが気が付かなかっただけか!
しかし理由もヒドいが、隙を見て気が付かれず裏切るとか、それはそれでヒドい才能だよ!
などと、寸劇を繰り広げながらも、オレたちは城内を所狭しと駆け巡り戦い続ける。
古来種が原型を作ったラブルパイル城は、至る所に現在未使用の胞体石が仕掛けられていた。もちろん、セキュリティの面からロックされ、魔力を注ぎ込めないよう施行されている。
だが、オレやアザナには無意味だ。
ロックを解除し、攻撃と防御に利用しながら戦う。
アザナの追撃を躱し、オレは天井の高い広い通路に転がり出る。
飾り鎧が左右に立ち並ぶ、賓客を迎えて通す通路だ。
「お……。いい感じに並んだフリーの胞体陣があるじゃねぇか」
【王者の行進】を使い、一気に後退しつつ両手で床を撫で、未使用胞体陣のロックを解除して新たな魔法を封じ込む。
そしてオレ自身も胞体陣を投影し、追いかけてきたアザナたちを迎え撃つ!
「防御胞体陣を打ち抜く新魔法……見せてやるぜ! 喰らえ! 【ただし摩擦は無いものとする!】」
たった一発の高威力魔力弾を打ち出すための投影魔胞体陣と、その魔力弾に防御魔胞体陣を貫く特性を与える書き換えた胞体陣。
それらが合わさって、廊下へ飛び出してきたアザナに迫る!
「バリア!」
アザナはそう叫んで、左右の飾り鎧を引き倒し、オレの【ただし摩擦は無いものとする】の魔力弾を受け止めた。
防御胞体陣の魔力の合間をすり抜けた攻撃が、盾にされた二つの鎧をバラバラにして霧散する。
魔力弾は物理的破壊力は弱い。
オレほどの魔力弾となると、ただの鎧を打ち壊すくらいの威力は出せる。だが防御胞体陣を打ち抜くために特化させて魔力弾は、物理的な破壊力は乏しい。中身のない飾り鎧を、バラバラにするのが精いっぱいだ。
「なっ……! なんでだよ! 物理で受けるなよ!」
「だって先輩が防御を打ち抜くって言ったから……。なら物理でバリアかなぁ、って」
「なんで魔法の特性を叫んでるんだよ、オレ!」
自分のバカさ加減に呆れた!
そりゃそうだよな!
オレだってそうする!
これから、どこをどう殴りますって言ったらダメだよな!
「……必殺技名を実際に叫ぶ感じ?」
『ザルガラさま……。がんばろうね』
「そんな同情する目で、オレ側に寝返るな!」
アザナの後からやって来たディータとタルピーが、仕方ないにゃあという感じで寝返って来た。
「……だいじょうぶ、わたし、ずっとザル様の味方」
「今の今まで裏切ってたよな!」
ディータが平然と嘘をつく。コイツそういう意味では悪い王族だ。
「わ、わたしを忘れないでっ!」
遅れてやってきたイマリーが参戦してくる。
誰の仲間という形ではなく、ただ適当に誰彼構わず魔法を放ってきた。
『わあ、あぶない!』
「……裏切った?」
「何をしたいんだよ、オマエは! って、うぉ! あぶね!」
これをなんなく防ぐオレたち。
アザナなどはイマリーの攻撃を気にせず、オレへ攻撃を加えてきた。これをなんとか防ぎ、体勢を立て直す。
気楽なケンカが続く中、オレはこの閉路回路という魔法の利点に気が付く。
城を守る兵や騎士のみならず、使用人たちの姿も見えない。
ここは通常とは違う世界になっているのだろう。
人払い……というか対象以外を別次元に自分ごと閉じ込める魔法だが、それは完全無欠のプライベート空間を作りだすという意味もある。
いいなぁ、この魔法。
これがあれば、学園でアザナと遊ぶときも教頭たちの邪魔が入らない。
アザナと2人っきりになることも可能だ。
「……2人きり」
ディータがなにか反応した。
あ……あーそうか。
ディータを仲間はずれにしちゃ悪いな。タルピーもいっしょにしよう。
「……違う、そうじゃない」
ディータが否定する。どういうこと――ああ。
「ああ、そうか。巻き戻って記憶が無くなるってことは、遊んだ記憶がオレとイマリー以外に残らないってことか」
それは意味がない。
アザナとこの空間で遊んでも、魔法が解ければオレの一人遊びとなってしまう。
なんとか改善できないものか。
「ええ、そうなんですか!?」
ディータとの会話を聞いたアザナが、ショックを受けて攻撃の手を止めた。
「そうなんだよ。閉路回路の魔法はそういう風にできてるわけじゃないけど、巻き戻るってことは記憶が残らなくて当然じゃん?」
「言われてみれば、そうですよねぇ。でもなんで先輩は記憶が残るんですか?」
「オレとイマリーが例外なんだよ」
「ぶー」
アザナが納得できません。という感じで頬を膨らませた。
ドキッとした。
なにこれ、可愛い。……いや待て、コイツは男。
顔と仕草に騙されるな、オレ。
「……いえそれもそうだけど、それはそれでいいです。はあはあ……」
なんかディータ、諦めた?
あとなんで興奮してるの?
「仲間外れにしないでよ!」
戦いの手を止めていたら、城内の移動についてこれないイマリーが遅れて乱入してきた。
手当たり次第の薄い弾幕を、オレたち3人に向けて撃ちだしてくる。オレはなんなく防ぎ、ディータは防御に集中し、的の小さいタルピーは回避し、アザナは小雨を払う程度の反応で打ち消す。
イマリーはほんと、戦い方がヘタクソだ。
オレもケンカの延長線上で、抜けた戦い方をしてしまうが、イマリーのソレはさらに拙い。
きっと、閉路回路内ならばやり直せばいいと、戦い方を洗練してこなかったからだろう。
だが、イマリーは笑っていた。
ディータやタルピーよりも笑っていた。
あのアザナより笑っている。
ふと……イマリーのアイマスクの下が気になった。
あのマスクの下……どうなっているか分からない目も、笑ってるのだろうか?
気になる……。
「わたしも仲間にいれなさいよ!」
癇癪を魔法に変え、脅威を感じさせない攻撃をまき散らす。
その姿は、今まで遊んでもらえなかった子供が、どうやって遊びに参加したらいいかわからない姿に似ていた。
孤児院でもいた。
引き取られたばかりだと、どう交わっていいかわからず、立ち尽くすか勢いだけでノリについてこようと空回りする子たちがいた。
イマリーは後者だ。
リーダー格が適度に居場所を作ってやらないと、浮いてしまう子供のようだった。
イマリーの下手な攻撃は無理に受けるまでもない。
集中すれば躱せる。
躱すとイマリーはムキになる。
もっと簡単に躱せてしまう。
躱しながら、イマリーに近づきいたずら心が湧いた。
ほんとうに、魔が指したというか。
思わずイマリーのアイマスクへと手を差し出す。
「【ただし摩擦はないものとする】」
魔力弾に込めた防御魔胞体陣をすり抜ける魔法を応用し、高次元体となっているオレの右手にその魔法を込めた。
その手を伸ばし、飛ばして、イマリーの素顔を隠す一つ目のアイマスクに触れる。
「あ……」
イマリーが抵抗する前に、アイマスクを上にズラした。
「なんだ。ちゃんと2つの目がある可愛い女の子じゃん」
サイクルオプスならぬひとつ目のサイクロプスとして伝えられるイマリーは、ぱっちりおめめの普通の女の子だった。
2つ目のサイクロプスとか、ただの人じゃん。
その2つの目の中で、超々立方体が形を変えながらくるくる回っている。
笑顔が張り付いたまま、驚き固まるイマリーを見つめていたら、オレも思わず笑ってしまった。
その瞬間、窓の向こう、城を包む胞体陣の向こうで、閉路回路を支える巨人たちが外で崩れ去る光景が見えた。
「な、なにをしてるんですか、ザルガラ先輩! って、あれ? この魔力の流れ…………もしかして?」
閉路回路を制御するアザナは、まっさきに異常を感じ取った。
制御、維持しようとあちこちに胞体を投影し、壁や床や天井のフリーな胞体石に魔力を流し込んでいる。
しかし、天才アザナを持ってしても、閉路回路の維持は不可能のようだった。
『くずれーるー』
胞体の辺が飛び交い、魔力の光が雪のように降る中で、タルピーが呑気に踊っていた。
それは降りしきる雪の中の焚き火のような姿だった。
「……どういうこと?」
崩れていく世界を見回し、ディータが不思議そうに首を捻る。
「たぶん、これはあれだ……」
素顔を見られて固まるイマリーのアイマスクを元に戻し、咳払いをしてオレは答える。
「閉路回路の基準たるイマリーが気を失ったからだな」
「なにをしたんですかーーーーっ! なにをしてるんですかーーーーっ、ザルガラせんぱーーいっ!」
倒れそうになったイマリーを抱き寄せたら、アザナがなんか怒った。
怖いんだけど…………、まあ記憶がなくなるから、大丈夫…………だよね?
マスクを取ったら二つ目の描かれた二つ目のアイマスクをつけてるってネタもありました。




