適当10代あそび場
『お城にくるのも2回目だねー』
ラブルパイル城の窓からタルピーが顔を突き出し、その先に見える一際高い楼閣の上で踊ることを想像し、楽しそうにお尻を振りながら言った。
情報収集から数日後、ザルガラはサイクロプス対策も特に何をするでもなく、登城をする日となった。もちろん、ディータも憂うだけで対策をしていない。タルピーは言うに及ばずだ。
本来、ポリヘドラ家が王城に上がる場合、サロンのような大部屋の待合室に通される。他の貴族もたくさん待たされているような場所だ。
しかし、ディータがいるためか、2人……いや3人は、それはそれは豪奢な待合室へ案内された。もちろん、他に人はいない。
「ちゃんと数えると、もっと来てるんだけどな」
ザルガラは持て成しの茶を飲みつつ、タルピーの2回目という発言を訂正する。
『そう……だっけ?』
タルピーは眉間にシワを寄せ、空を見上げ指で数え始めた。
いまいち数に弱いタルピーだが、たかが数回を数え間違えることなどあるのだろうか?
そう思うディータも、2人が城に来るのは2回目のはずではないか? と考えてみたが、ザルガラのことである。きっと、隠れて城に忍び込んでいたりするのかもしれない。
これ以上は深く考えず、ディータはついこの間まで暮らしてした城内を新鮮な気持ちで見回した。
もっとも待合室など、姫ならば逆に縁のない場所なので新鮮なのは間違いない。
「……ところでザル様。サイクロプスのことですが」
ここならば防諜もされているだろうと、ディータは話を切り出した。
「あーそうか。説明してなかったか」
天井を仰ぎ見たあと、ザルガラは部屋を見渡して言う。
「そうだな……。タルピーもいるから話してもいいか」
窓際のタルピーを呼び、ソファに座らせてからザルガラが説明を始めた。
「まず第一に判明したことだが、あの一つ目はサイクロプスじゃない。サイクルオプスだ」
「……サイクロプス?」
ディータは意味が分からず聞き返した。
「サイクルオプス」
改めてザルガラは訂正する。
「……サイクロプス?」
「サイクルオプス」
「……サイクロプス?」
「サイクロ……サイクルオプス!」
しつこく聞き返すディータに釣られ、ちょっとザルガラが間違った。
誤魔化すように咳払いをして、ザルガラは補足説明を始める。
「サイクロプスじゃない。サイクルオプス」
「……サイクルオプス、サイクルオプス、サイクルォプス、サイクロォプス、サイクロプス?」
繰り返し発音して、ディータは小さくそういうものかと呟いた。
なるほど、間違うのも仕方ない。
早口で言えば、サイクルオプスがサイクロプスになるのもわかる。
しかし身体があるころから本が好きで、さまざまな文献や古来種の遺した物語を呼んだが、サイクルオプスなど聞いたこともない。
タルピーも聞いたことがないらしい。眉間にシワを寄せている。もっとも彼女の記憶力は怪しいので、あまり信用できないが……。
「ディータ。本を読んでいて気が付かなかったか? サイクロプスのスペルがまったく違ってたりしてただろ?」
「……そういえば……そうだった」
ゴーレムでできた顔は表情が変わらないため、意識して大げさに肯く。
あまりにも表記にブレがあったため、脳内で補正して「サイクロプス」として読んでいたが、読み方によっては「サイクルオプス」と読めるスペルも多くあった。
「一つ目の巨人じゃない。閉路回路。それがサイクロプスの正体だ」
ソファに深く座りなおし、茶を飲んで一息つく。
「そしてサイクルオプスは別に敵じゃない。だから対策とは別に本気でやる必要はない」
ザルガラは気楽にいこうぜ、と手を上げて鼻で笑う。
だが、おかしい。
「……最初に攻撃を受けてる、って言ったのは」
あんただ、とディータに指をさされ、ザルガラは顔を背けて追及を避けた。
避けられても諦めず姫はにじり寄り、顔を背ける隙だらけの好きな少年の側頭部を指で突く。
「……最初に言ったのは」
「オレだよ! 悪かったよ!」
側頭部をぐりぐりと指で突かれ、観念してザルガラは事実を認めた。
側頭部への無慈悲な攻撃をひっこめ、ディータは満足げに戦果を語る。
「……ザル様の防御薄いところは頭皮」
「ぶ、分厚いわ! 正16の防御胞体陣より、めっちゃくちゃ分厚いわ!」
つまりそれだけ大事に守ってる。と、心には思ったが言わない。
あと分厚い頭皮って、やっぱり髪に悪い。と、心には思ったが言わない。
「ちょ、ちょっと考えてみればわかることだ」
髪を整えつつ、ザルガラは何事もなかったように説明を続けた。
「殺すつもりの攻撃はしてこない。アジトは破壊したが、あとで元通り。利用したヤツらは怪我こそしてるが解放した。圧倒的に不利になったら、あっさり引いてみせる。モンスターズサロンでの死闘は、文字通り死人がモンスターに出……て? ……死人? あー、死モンスが出たが、全員が怪我だけになっている……。あー、アンデッドは消えてたりするが、あれはノーカウントで」
アンデッドはもともと死人なので、話がややこしくなると例外に放り込む。
「そして誰も覚えてるはずがない。サイクルオプスの記憶は誰も残らないのに、オレに対しては決まり文句の『覚えておきなさい』と言ったからにはもう……」
適温になった茶を飲み干し、カップを置いて嬉しそうに天井を仰ぐ。
「つまりこれは戦いなんかじゃない。ケンカの果たし状だ。ちょっとオレと遊びたいだけなんだろ……。そしてサイクロプスなんて最初からいなかったってわけさ」
ザルガラはソファの背もたれに身体を預けきり、あおむけになって背後へ向かって言う。
「そうだろ? プライマリーのサイクルオプスさん。いや単一仕事に精を出す|マリー《anomaly:特異点》さんかな?」
調度品がならぶ待合室の隅に、いつの間にかアイマスクを付けた女が立っていた。
一つ目の絵が描かれた鋲打ちのアイマスクは、見間違うはずがない。
ゴーレムレースとアジト破壊で見たイマリー・プライマリーだ。
「よう、覚えてたぜ」
ディータは不意に現れたイマリーに驚き、ソファから立ち上がった。
一方、ザルガラは無防備な体勢のままひらひらと手を振って見せた。
「そう……。覚えておいてくれたのね」
アイマスクの女が微笑を浮かべて返答する。
「そりゃまあ……ダレも覚えていられるはずがないところで、覚えてろと言われたら意地でも覚えておかないとね。ところで見たところ、このラブルパイル城にけっこう……仕掛けをしておいたようだな」
ザルガラはぐるりと身を返し、ソファの上に立ち上がる。
12歳となったとはいえ未だ成長中の少年に、サイクルオプスは見下ろされる形となった。不遜な態度に少し不機嫌になったが、ソファに上るという子供っぽい行動をイマリーは笑う。
「ふふ……。先日、ゴールドスケールジッド侯爵について王城に上り、下準備は済ませてあります」
「さすがだな。オレもさっきちょっとイジったが、終わったとは言い難いぜ」
2人とも城に仕込みをしたと言って、ディータは動揺して両手を突き出し震える。
「……待って、ちょっと待って。わたしの実家になにをして……なにをするつもり?」
今でこそザルガラの部屋住みで姿こそ琥珀ゴーレムだが、忘れてはならない。
ディータはお姫様である。
王城を守る胞体陣を、好き勝手に弄られた上に、これからなにをされてしまうのか心配になった。
そのディータに向け、ザルガラが少年らしいさわやかな笑顔を浮かべ、親指で自分を指差し言い切ってみせる。
「オマエの実家は、オレの遊園地!」
「ひどい!」
お家が壊れちゃう! と、ディータは無表情な琥珀の顔を覆った。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと必ず、後でそのうち気が向いて余裕があったら暇なときに、出来るだけ覚えてるかぎりテキトーな感じで元に戻しておくから」
「……『ちゃんと必ず』を徹底的に打ち消しにいってる!」
打ち消しの言葉が信じるに値しすぎて、約束がまったく信用できない。
しかもザルガラの確約?の言葉は、王城に仕掛けられた胞体陣のことである。
「……そうじゃなくて、お家壊れちゃう」
「間違えなければ、巻き戻って壊れてない時間軸の事象を引っ張ってきて……」
言い訳するザルガラに、イマリーが口を挟む。
「人の生き死と記憶の差し替えに、ほとんどすべてのリソースを振り分けてるから無理よ。それでも記憶の差し替えだって、完璧じゃないのに」
「あ、そうなの? じゃあ悪ぃディータ、無理だわ」
結局、王城は物理的と魔法的にいろいろと犠牲になりそうだ。
しかしそれより気に入らないところがあった。
「……なにこの2人。いきなり仲良くてムカつく」
正体がバレたイマリーと見抜いたザルガラが、理解しあった仲という態度になっている。
それに気が付き、姫とは思えない軽薄な言葉使いをした。
「さて、それじゃあ仲良くケンカと行こうか……」
ついに戦い……ケンカが始まろうとしたとき――。
「そうはいきませんよ!」
一人会話に参加せず《話が難しく聞いてなかった》警戒していたタルピーも気がつかなかった誰かが現れた。
「な……オ、オマエ、アザナ! どうしてここに!」
アザナだった。
イマリーのいた場所の横から、タイミングを見計らったかのようにアザナが飛び出してきた。
「イマリーさんに誘われてきました!」
「誘われたぁっ!? な、なんでソイツについてくるだよ、アザナ」
ザルガラは指差して怒鳴る。
「裏切ったんです!」
イマリーの横に並び、わざとらしくポーズを取るアザナ。
誘ったイマリーの方が、そのポーズを横目で見て引いている。
「なぜ裏切ったんっ!?」
「ザルガラ先輩と遊べると聞いて!」
どうやら、アザナはザルガラに放っておかれて寂しかったようだ。
「……じゃあ仕方ないですね」
「なに納得してんだよ、ディータ」
ディータは納得したが、ザルガラはわかっていない。
「……このところ、ザル様はアンドレくんを相手にしてて、ぜんぜんアザナさんをかまってなかったから」
「あ……あ、あーあー……、そういうことか」
やっとわかった、とザルガラは難しい顔でうなずく。
その顏を見て、やっとアザナは満足げに叫ぶ。
「そういうことです! すでにボクもお城の胞体陣に細工を終えています! 【胞体空間に引きずり込め!】」
「え! あなたが閉路魔法を使うの?」
お株を奪われ戸惑うイマリーを差し置いて、魔法を発動させつつアザナは両手を振り上げる。
それを見て、ディータは嫌な予感で身を竦めた。
「……待って。も、もしかしてアザナさんも…………」
心配し、震える琥珀を指をさしむけ尋ねる。
アザナは満面の笑みでディータに答えた。
「お姫様の実家は、ボクの遊園地!」
「やめてーーーーっ!!」
ディータの懇願むなしく、王城の一部が閉路の時空に引きずり込まれていった。




