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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第7章 二つ目のサイクロプス

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煙たい男

前話のタイムテーブルが間違ってました。

修正します。

 王国の東方諸侯を取りまとめる貴族連盟現盟主、ニルス・ゴールドスケールジッド侯爵を一言で表すと、<煙たい男>であった。


 王都に向かう馬車の中でも紫煙を巡らし、染みついた葉巻の匂いも煙たいが、とにかくなにもかもが煙っぽい。

 葉巻の煙はもちろん、社会的立場も人格もすべてが煙たい(・・・)


 後ろに撫でつけた白髪まじりの髪も、伝統的で奢侈な礼服も、立派な口ひげも、苦労が刻まれた顔のシワも、すべてに煙が染みついている。

 

 それがゴールドスケールジット侯爵である。


 中央より遠いとはいえ比較的裕福で、歴史ある侯爵家という位のわりに少ない護衛と伴を従え、王都の東の関所を潜った。

 気遣いして最低限の護衛しか従えていない侯爵に対し、関所は目に見えて警戒態勢に入っていた。


 関所の兵たちのぴりぴりとした張り詰める周囲の空気に反し、馬車の通気口からは葉巻の煙がくねくねと立ちのぼる。

 

 その煙たい馬車を迎える王都騎士団一行の姿があった。


「お待ちしておりました。ここよりのご案内と警護を、わたくしども王都騎士団がお手伝いさせていただきます」


 下馬して馬車の外で膝をつき、侯爵に敬意を表す騎士たちだったが、緊張感が隠せないでいた。

 穏健派として直接動かなかったとはいえゴールドスケールジット侯爵は、つい10年前には現王家に叛意を示した組織を引き継いで盟主となった人物である。

 護衛を任された騎士たちは王領出身ということもあり、なにかと思うところがあるのだろう。

 しかしゴールドスケールジットの立場がどうあれ、王領で彼に何事かあれば王国の信用失墜となり、さらに面倒な連盟とも関係にひびが入る。


「うむ。なにかと煩慮はんりょ多きことと思うが、道中よろしくたのむ」

 ゴールドスケールジットは体面を保ちつつ、騎士たちを労う言葉を含めた。

 これを聞いて、騎士たちも少し……わずかにだが緊張を解いた。


 こうして2日かけて王都まで案内された侯爵は、息子アンドレが世話になる屋敷の前までたどり着いた。

 

 アンドレが王都の住まいとしている屋敷は、王家から貸し出されるエンディ屋敷や侯爵所有の王都屋敷ではない。

 ゴールドスケールジット家の分家、さらにその陪臣の屋敷を間借りする形でアンドレは学園に通っていた。


 侯爵の嫡男が、学園に通う間の仮住まいとはいえ、いささか質素な屋敷である。


 裕福であろうとも、中央によく思われていない侯爵のお家事情がここにも表れていた。


「父上! お久しぶりです!」


 案内の騎士団と別れたゴールドスケールジット侯爵の馬車を、玄関先で待つアンドレが満面の笑みで出迎えた。

 心から嬉しいのであろう。

 今にも飛び跳ねそうなアンドレが大げさな礼をし、父が馬車から完全に降りたつまで待って駆け寄った。


「おお、元気にしておったか、アンドレ」

 息子の出迎えに、侯爵は煙の中で手を広げる。


「はい! 王都での生活にも慣れました!」


 理知的だが年相応の表情を見せ、父に胸を張って答えるアンドレ。

 それを見て、安心した侯爵は質問する。


「そうか。友人もできたかな?」


「それは……」

 しかしアンドレの言葉が濁り、表情が曇る。

 会話のと、2人のあいだを煙が流れていく。


「…………うむ、そうか」

 苦労をかけるな、と肩を落とす父に向け、心配しないでくださいとアンドレが再び胸を張る。


「いえ! 一人、小うるさい上級生が絡んでくるだけで、おおむね順調です!」

「そ、そうか!」

 気になる発言が含まれているが、返って心配はなさそうだと侯爵は安堵した。


「ところで……」

 彼女は誰なのか?

 アンドレはそんな視線を、後続の馬車から降りてきたアイマスクの女に向けた。

 

 彼女はついこの間まで、アンドレに付き従っていた。

 だが、この(・・)アンドレはそれを知らない。


「ああ、彼女は連盟の助言役でな」

「イマリーと申します。お見知りおきを」

 心臓を抑えるという古い礼法で、アイマスクの女は挨拶した。


「ア、アンドレだ。よろしくたのむ」

 思わずアンドレも、その古い礼法で応えた。


「それで父上、此度こたびはやはり?」

 助言役との挨拶が入り、家族の時間は終わったとばかりにアンドレの顔つきが変わる。

 子供とはいえ貴族の子息だ。

 貴族社会で生きる覚悟と才能が伺えた。


 父であるゴールドスケールジット侯爵は、アンドレのその態度を無下にはしない。

 鷹揚おうように頷き、静かに決意を含めて息子に答えた。


「ああ……、ついに王城へ上がるぞ」


   *   *   *


「王宮に呼び出し~? このタイミングで、か?」


 読み終えた本を傍らに積み重ねせ、家令のマーレイに返答する。

 オレの自室は本の林となっていた。

 伝説にすぎないサイクロプスを目撃して、慌てて資料をかき集めた結果がコレだ。

 サイクロプスの記述はないに等しい。専門……というかサイクロプスについて書かれた本というものがない。

 なので、関係書籍に書き残された僅かな情報を漁る羽目になっていた。


『たりらりら~』

 そんな資料が林立する中を、タルピーが踊り抜ける。

 ディータは文字の沐浴とばかりに、行儀悪く寝転がって本を読んでいる。


「さようにございます……」

 

 マーレイが老齢で見事に移り変わった銀髪の頭を下げた。

 人手不足が解消され執事バトラーが増えた。これによってエンディ屋敷付き家令として事務仕事に専念でき、このところマーレイの顔色が良い。

 ……まあ、余計な心労を与えていたのはオレだ。

 世間からの評判も上々、優等生とはいえないが学園であまりそれほどまあ問題を起こさない今のオレは、高齢のマーレイの精神にとっても優しい。


「ですが呼び出し、ではございません。ご招待にございます。それと王宮にではなく王城です、坊ちゃん」

「わかってるよ。お招きね、はい、お招きありがとうございます」

 言葉をちゃんと使いなさいってことだろう。

 教育係を兼ねているマーレイの含む意味を、ちゃんと読み取った良い子のオレは言い直した。


 まだ読んでいない積み重ねた本に手を伸ばすと、タルピーがその上で悠長に踊っていた。

 一番上の本をタルピーごと持ちあげて、二番目の本を引き抜き元に戻す。


『ぉおー……、しんきょうちー』

 浮遊感を踊りに取り入れたタルピーがご満悦である。


「……ごめん、たぶん私に会いたいだけ」

 本を読みだすと没頭してしまうディータが、珍しく会話に参加してきた。

 ところで姫さま。

 キミ、さっきからサイクロプスとは関係ない本を読んでない?


「ま、そうだろうな」

 オレも嫌ってるが、あの王様もこっちをそれほど好いてはいないだろう。

 娘に会うためにはオレを呼ぶ必要がある。


 ゴーレムになってオレと離れられるようになったとはいえ、娘だけを呼ぶのは体裁が悪いのだろう。


「じゃあ日程を合わせておいてくれ。それと伴はティエだけでいい。どうせ王宮から迎えがくるんだろ?」

「かしこまりました。そのように……」

「あ、ちょっと待ってくれ、マーレイ」


 退出しようとするマーレイを呼び止める。


「ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「調べものと関わりがおありですか? あいにく魔法については分かりかねまして」

「聞きたいのはマーレイじゃないと分からないようなことだぞ」


 マーレイは謙遜しているが、下手な市井の魔法使いより魔法に長けている。

 しかし聞きたい事は、その点ではない。


 歳を重ねて未だ壮健かつ聡明なマーレイは、我が家の生き字引である。

 古来種の遺跡や遺産に詳しいティエに対し、現行社会の知識は告知係も務めるマーレイの得意分野だ。


「マーレイ。ゴールドスケールジット家といえば、何を思い浮かべる? 連盟の盟主とかそういうところではなく、継承されてきている魔法とか家の特色とか」


 どこもそう。というわけではないが、家や組織ごとに継承される古式魔法というものがある。それは役職に関係していたり、ご先祖様が古来種から授かった家宝的な存在だ。


 複雑な服を創り出す【極彩色の織姫】も、ポリヘドラ家に伝わる服飾の古式魔法を新式魔法に改造したものだ。

 いまでこそ関わっていないが、ポリヘドラ家は王国創立当初は王宮の服飾関係の才人さいじんを務めていたと聞く。オレが裁縫が得意なのも、その名残だ。

 

 さて、そんな理由からイマリーがアンドレに接触した理由が、なにかあるかもしれない。

 ゴールドスケールジット家も古来から続く名家の一つだ。

 何かしら古来種時代から伝来する魔法や技術があるだろう。


 告知係を務めるマーレイは、家系の逸話や紋章などそういったことに詳しい。


「そうですな……。貴族連盟に関わるようなことならいくつか……。ああ、そういえば坊ちゃんが興味を抱きそうな話が1つありましたな」


「なんだ」

 ひらめくマーレイの続く言葉に耳を傾ける。


「たしか儀式魔法を受け継ぐ家系と聞いております」

「儀式魔法~? それはまた古いな」


「先の帝国時代は古来種伝来の儀式を司っておられたそうです。今でこそ王国に属して年月としつきの浅い貴族が多いですが、連盟はそのころ儀式に関わる者たちが中心となって設立されたと聞きましたが……儀式魔法そのものについては、坊ちゃんが詳しいかと」


 ああ、たしかに。貴族の家々の成り立ちと歴史はともかく、魔法そのものはオレの領分だ。


 儀式魔法とは、中位種でも一部の才能ある者を除いて立方体陣……つまり3次元の投影すらおぼつかなかったころ、現在王城と王宮となっているラブルパイル城のあちこちの床や壁に描いた2次元の魔法陣で、大魔法を大人数マンパワーで使用する魔法形式である。


 王国の教育という国是の元、市井の魔法使いでも立方体陣を投影できる者が散見されるようになった現在、古いが現役の古式魔法と違って、儀式魔法は本当の意味で廃れた古い魔法だ。


「儀式魔法は知ってるが……それ、受け継いで使ってるの?」

「新年の慶事として執り行われていると伺っております」

「うわぁ~マジかよ。見てみたいな、それ」


 バカにしてるわけじゃない。

 きっと失伝させまいと、伝承させているのだろう。

 儀式魔法なんて話に聞いたくらいなので、興味が尽きない。

 オレにとって儀式魔法は、サイクロプスと並んで伝説の存在だ。


「……儀式魔法か」


 意外とこれが正解かな。

 

 あのイマリーとかいうアイマスク女が狙っているのは、ゴールドスケールジット家の儀式魔法かもしれない。

 オレにちょっかい出してくる理由は分からないが、アンドレについていたのはこの線か?


 ――――なーんて。

 安易に仮想敵の目的を絞るなんて、失敗だった(・・・)な。


 それを数日後、オレは思い知ることになる。


前回、ペランドーが一晩でやってくれました状態なので休日を一日挟むことにします。

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