出来損ないの閉路
『ザルガラさま! あいつ、古来種様の力を使ってる…………って、あれ? ザルガラさま? なんで座っちゃうの?』
「……ザル様。どこ……え? 座……ちゃう……の…………ですか?」
手頃なガレキに座るオレを、タルピーとディータが何してんだコイツ、という顔で見下ろしてくる。
それも仕方ないことだ。
怪しい人影を見つけて駆け出した、と思ったら直後に座る。などというオレの行動は、ただの奇行にしか見えない。
だが追いかける必要など、今回もない。
2回巻き戻り、ちょっとした実験を得て3回目となった今、それほど慌てる必要はなかった。
だが記憶を維持してるオレと違い、巻き戻ったせいで2人は記憶を失っている。面倒だが仕方ないので、状況を説明する。
「2人とも、ちょっと回りを見渡してみろ」
アイマスク女が逃げた方向を中心とし、外縁部は同心円状に同じ風景が繰り返されている。
並ぶ建物が周期的に続く異様な光景を指差すと、ディータとタルピーが飛びあがるように驚いてみせた。
「……風景が重なってる」
『どこまでも同じ景色だ……。ど、どうなってるのザルガラさま!』
「説明してやろろろろう。オレたちはアイマスク女の時間攻げげげごごごご」
肩の上のタルピーが、小さい手でオレの顔を掴んでシェイクする。
興奮してオレをバターにしようとするタルピーを摘まみ上げ、時間と空間が閉路に放り込まれていることを掻い摘んで説明した。
同じ時間、同じ空間を繰り返す閉路となっていることを、再び説明し納得してもらう。
『つ、つまり無限回廊ってことだね』
タルピーがタルピーなりに理解し、ディータが深刻な表情を浮かべる。
「……脱げん回廊…………それはいけませんね」
ディータも解してくれたようだ…………よね?
「最初に巻き戻されて一回、オレが実験して一回。通算、これが3度目だ。オレの記憶が保持されるからこそ、できる実験ってことさ」
「……ザル様は時間が巻き戻っても、記憶を維持してる?」
『ずるい!』
状況を把握してくれた2人だったが、なぜかタルピーが理不尽に怒っている。
「ずるいって言われても……。いやずるいんだけどさ。ほら、オレって未来から来た男だろ? 記憶を保持してるのは、やり直ししてるからだと思う……たぶん」
なんらかの影響で記憶が保護されているのか、もしくは未来のオレと記憶だけ繋がっているのか。
理由はわからないが、無関係ではないだろう。
『そうなの?』
「……知らない」
ディータとタルピーが顔を見合う。
知らなかった……のか、オマエら?
「いままでなんどか仄めかしてたぞ、オレ。というかディータは具体的にオレの思考を読み取ってんじゃないのか?」
「……だって、信じられないし」
表面的な思考しか感じとれないディータは、記憶を覗いているわけではない。オレが「そういえば一回目の人生のときこうだったな」と考えていることを、なんとなく察せても、記憶を呼び起こしている深い思考までは読むどころか感じることはできない。
ゆえに、未来の記憶や一回目の人生をオレの妄言(妄想?)と判断していたのだろう。
……もしかしたら、アザナも信じてないかも。
聞き流されたりしてないだろうな……。不安だ。
「……それでザル様。前回はどうしたの?」
「ああ、ちょっと実験をしてみたんだ」
『じっけん?』
「ああ、実験だ。この実験のおかげでヤツの限界がわかった」
閉路空間の繰り返される外縁風景を、肩越しに親指で差し示し解説する。
「この閉路の構造は、いくつか条件付けされている。暗号化されているのですべての条件を読む時間はないが……とりあえず、その条件を満たすと最初の時間に戻るように設定されている。そこで試したんだが……」
踊りも忘れてタルピーが真剣に訊いている。
「なにもせず待っていたら時間が巻き戻った」
「……なるほど」
『どういうこと?』
納得したディータに対し、タルピーが首を捻った。
「単純に魔力切れだよ」
『あ……ああ』
ぼんやりとだが理解してくれたようだ。タルピーは納得の一回転を披露する。
その回転が終わる前に、説明を続ける。
「莫大な魔力を必要とする魔法だったから、たぶん術者に負荷がかかっていると思ったがやっぱりそうだったな。閾値はわからないが、術者の魔力が一定数減ると巻き戻るように条件付けされていることがわかった」
「……最初の一手が待ちの実験?」
「いい手だと思うんだけどなぁ」
ディータが不満とも疑問とも言えない声を上げた。
確かにオレの性格らしからぬ、か?
「さて、それじゃあ二手目は、この空間に変化が他にないか調べてみるか」
「……追いかけるという手はない?」
「ない。じゃ、いくか」
『ザルガラさま、ザルガラさま!』
ガレキから腰を上げると、タルピーが遺跡群の合間を指差しオレの髪を引っ張った……やめろ、抜ける!
髪を抑えつつ振り向くと、そこにはみすぼらしい恰好をし、せせら笑う眼帯姿の男がいた。
この閉路空間にいるなんて誰だ……いや、見覚えがある。
少し痩せて、ボロの眼帯などしているが、たしかコイツはユスティティアの弟ユールテルの発見を掠めとったスラムのチンピラ……。名前は確か……。
「オマエ…………カトゥ……なんとかか?」
「ひゃーはっははっ! ざまーみろ! これでお前もおしまいだぁっ!」
オレの曖昧な問いを無視して、こちらを指差して心底嬉しそうに笑ってみせる。その姿は常軌を逸した人間のそれである。
「もう、ここからは出られないぞ! お前は!」
「出られない、だと? どういうことだ……カトゥン」
コイツが誰か思い出したが、コイツがここにいる理由がわからない。
まさかコイツが閉路空間を作ったとは思えないし――。
などと考えていたら、肩の上のタルピーが火炎の軌跡を残し、カトゥンに向かって飛びかかる。
「ここで死ぬんだよ! オマエはあの巨人に……」
『こいつか! こいつがワルいんかぁっ!』
タルピーの決めつける声と同時に、その拳がカトゥンの頬に叩き込まれた。
小さい拳の一撃でカトゥンの身体が吹き飛ばされる。遅れて吹き飛ぶボロを纏ったその身体が、ボッと炎に包まれた。
『ザルガラさまー、たおしたよー! あたいってばさいきょーっ!』
倒れてうごめくカトゥンの上に乗り、トドメの踊りを踊るタルピー。
オレは慌てて駆け寄り、無様に転がるカトゥンの生死を確認した。瀕死だが……まあ死にはしないだろう。
「お、おいおい……。そりゃ敵意むき出しだったけどさぁ。いきなり殴るなんて――」
* * *
『ザルガラさま! あいつ、古来種様の力を使ってる…………って、ザルガラさま? なんで座っちゃうの?』
「……ザル様。どこ……え? 座……ちゃう……の…………ですか?」
「あー……、これでも時間が巻き戻るのかよ……」
人影を追いかける素振りから一転してガレキに座り頭を抱えるオレは2人から見て、さぞトチ狂ったおかしい行動に見えたことだろう。
面倒だが、改めて説明をする。
「って、ことなんだよ」
『つ、つまり無限回廊ってことだね?』
「……脱げん回廊」
続いて実験をしたことも説明したが、時間があるため省略して伝えた。
「とにかくカトゥン……、眼帯男も条件付けされた何かだ。おそらく、だが。あ、こんどは見つけてもいきなり殴るなよ、タルピー」
『しないよ、そんなこと!』
「さっき、やったんだよ! オマエはっ!」
その自信はどこから出るんだろうね、タルピー。
さて――考える。
長手のカトゥンの片目に仕込まれた、古来種由来の超々立方体陣。あれを利用してこの閉路空間は維持されている可能性がある。
もしもタルピーがカトゥンを瀕死にさせなければ、この事実に気が付かなかったことだろう。
「まあ、とにかくお手柄だ、タルピー」
『え? な、なんだかわからないけど、やっぱりあたいってばスゴい!』
偶然だぞ。
「カトゥンの超々立方体陣と、アイマスク女の魔力が弱点とわかったが……。なーんだ。凝った魔法のわりに、けっこうこの閉路はバランスが悪いようだな」
一回の実験と一回の事件で、この閉路空間の問題が浮き彫りとなった。
膨大な魔力が必要であり、魔法の核となる超々立方体陣を外部の人間に頼っている。
かなり不安定な作りだ。
巻き戻すことで、その不安定さを誤魔化している出来損ないの魔法。
それがこの閉路魔法の正体である。
あのアイマスクの女は、オレと戦い不利になっても、何度も繰り返すうちに一回くらいは有利になれると思ったのか?
それと多分、この閉路空間で何度もオレに繰り返しの徒労を味わわせるつもりだったんだろうが、あいにくそうはならなかった。
「今頃、アイマスク女は悔しがっているだろうな」
褒められて喜ぶタルピーを頭に乗せかえ呟く。
「まったくだわ……」
すると思わぬ方向から声がかかる。
振り向くとアイマスクの女が、不機嫌そうにガレキの合間からオレたちを睨みつけていた。
膨大な魔力を放出し続けるせいで、周囲の空気が揺らいでいる。それがプレッシャーとなって、上位種であるタルピーを委縮させた。
『ザルガラさま…………あいつ……古来種に……近い。気を付けて』
以前出会った古来種より危険度が高い。悟ったタルピーが警告してくれた。
その気持ちに、大丈夫だと目で答えてその頭を撫でる。
「逃げる女を追いかけないなんて、ひどい男ね」
アイマスクの女の圧力が増す。
どうやらこの空間を維持しながら、オレと遣り合う気らしい。
「たしか、オマエ……イマリーとかいったか? 魅力不足でオレを誘えなかったからって、恨みごと言われてもねぇ」
女の敵意に、軽口と警戒で答える。
わずかにアイマスクの女――イマリーの左手が動く。
それを見咎めたら、イマリーはその手をローブの裾に隠した。
まさか武器を取り出すわけではないだろうが……一応警戒する。
「……ザル様」
ディータがゴーレムの身体で隣りに寄り添う。
守ってくれるつもりなのか?
あまりその身体は頑丈じゃないし、壊れたら直すのにお金がかかるんだけどな。身体を大切にしてほしい。
しかしタルピーとディータは、オレが健在なかぎり死んだり消滅することはない。ペランドーたちが巻き込まれなくてよかった。
不敵に笑うアイマスクの女。その意識が、オレ以外へも向けられていることを察知した。
タルピーとディータを警戒する気配ではない。
この感覚は、カタラン辺境軍に従軍した紛争扮装で経験した……集団戦特有のにおい……。
そうだっ!
ここにはカトゥンもいた。それはこの空間に、まだ誰かいる可能性も示唆している。
敵が一人ということはない。イマリーとカトゥン以外に、敵がいてもおかしくない。
もしや……あの手は攻撃の手段ではなく、ハンドサインか?
ここまで一瞬!
「そこかっ!」
オレは防御立方体陣を右後方に投影しつつ、同時に魔力弾を打ち放った。
何者かが放った隠密性が高い無数の魔力弾を防御立方体陣が弾き、その合間を抜けて貫通性の高いオレの一撃必殺な魔力弾が突き進んで目標の防御を貫いた。
勘と反射神経が極まって、横後方と死角からの攻撃を防ぎつつ、物陰からオレへ向け魔力弾を撃つ魔法使いを一撃で倒すことができた。
我ながら痛快な一撃だ。
冒険者らしき恰好をした魔法使いが投影していた立法陣が砕け散り、ガレキを押し崩しながら倒れる。
「なっ!」
時間差攻撃しようとしていたイマリーがその足を止めた。
一手を無為にされて驚愕するその顏に目がけ、牽制と余裕の言葉を叩きつける。
「残念だったな! このところのオレは戦闘のセンスが磨かれてね。ただの力任せな魔法使いじゃなくなってるんだよっ!」
閾値をしきい値と慣用読みするのは、いきちだと生き血に聞こえるからでしょうかね?
人の閾値を啜る悪党ども!




