モンスターズサロン(挿絵アリ)
モンスターズサロンには、オレたち以外の人間一行もいた。
魔物に慣れしたしむ……というよりは、魔物の姿かたちと特性を覚えてもらう安全な手段だ。
ゴブリン、オーク、トロール、オーガ、などと言って名前と能力と特性を教えても、外見を知らぬものたちも多い。
戦わずにすみ、見て覚えられるモンスターズサロンは最適だ。
しかし…………、想定が狂い始めていた。
「可愛いねー」
目の前のペランドーが、丸い身体をさらに丸めて屈み、小さく黄色の魔物を撫でて言った。
「……可愛いか?」
いまいち、可愛いと言い切れないソレを指差し尋ねたが、ペランドーは即答した。
「可愛いよ、コカトリス」
オレの友人のセンスが不安!
コカトリスとは鶏を人間ほどに大きくさせ、翼は竜、しっぽは蛇という魔物である。
と、いってもペランドーが撫でているコカトリスは子供だ。
ヒヨコである。
ヒヨコカトリスだ。
か……か……か……か、可愛くなんかない!
『……素直になーれー』
ディータが頭上でくるりと輪を描いた。
可愛い。
『……わたしが?』
なんでだよ、すり替えるな!
コカトリスが、だよ。
とはいえ、くちばしには石化の力があり、突いた相手を石の彫像に変えてしまう。普通なら触りたくもない。いくら、ヒヨコカトリスが友好的で、意図的に石化の能力を使わなくても、さらに可愛いとしても触りたくない。
普通ならば。
「思ったより、【分水路の迷宮】より人が少ないね。こんな楽しいところなのに」
ヒヨコカトリスと危険なふれあいを終えたペランドーが、周囲の様子を見回して言った。
「喜んでくれて良かった。でもまあ賑わいに関しちゃ、そりゃあ白銀同盟が全力で催し物にしてるところとは違うからな…………。あ、そうだ。ペランドー。あそこに遊びに行ったんだってな」
「うん」
「……友達と」
「うん、楽しかったよ」
「誘えよッ! オレも!」
「だって、ザルガラくんは……」
理不尽に怒鳴ると、ペランドーがうろたえた。そう、理不尽なのはオレだ。しかし言わずにはいられなかった。だから、言ってからまずいと思った。
「ああ、たしかにオレはヨーヨーのところに…………じゃなかったカタラン伯のところに行ってたから無理だけどさ!」
ヨーヨーのところ、と言ったら、首狩りウサギと遊んでいたアザナの視線がこっちに向いたので、なぜか言い直してしまった。
いやほら、ペランドーにはヨーヨーのところと言ったほうが通じるじゃん?
さて、現在オレたちは魔物たちと触れ合いの真っ最中だ。
当初、魔物たちに圧倒されていたアリアンマリだったが、今は喜んで交流している。
魔物は区画の支配から解放されているとはいえ危険だ。彼らだって無条件で友好的ではない。
ただ同じ古来種の支配下にある同僚である。しかも、ちょっと前まで殺し合っていた。
仮に殺し合ってなくても、人間とは意識も文化も違う知的生命体だ。無為な衝突がない、とも言えない。
そんなわけで、ここを訪れることができる者は、冒険者や実力のある魔法使い、あとは十分な護衛のいる貴人や金持ちだけだ。
オレたちはその全部が当てはまる存在だろう。冒険者であり実力があり、十分な護衛もいる。
「初心者でも魔物に触れ合えるっていいね。……でもここで魔物に慣れちゃうと、戦うときに鈍っちゃうんじゃないかな?」
「そういうこともあるか」
ペランドーに指摘されて考える。
しかしここで魔物の姿かたちと能力を覚えることは、冒険初心者にとって大きな情報となるはずだ。
見たこともない魔物の話をされるより、目の前にいる……それも本人(本魔物)から能力の説明をされるほうが有益となる。――と思う。
さて、そんな魔物におっかなびっくりだったアリアンマリたちも、今では慣れしたしんでいる。
フモセもヴァリエと一緒にコカトリスを撫でていた。
上位種たるタルピーも、ヒヨコカトリスにめろめろである。
「……なんでコカトリスが人気なの? いやそりゃ可愛いけどさ」
「めったに触れるものじゃないからかな?」
解説係の首狩りウサギがそんなことを言ったが、どうもいまいち理解できなかった。オレはあんまり触りたくないけどなぁ……。
ビビリと言われてもしかなたい。でも、なんかダメだな、オレ。
「可愛さなら、僕が抜群だけどね!」
憎たらしいが、首狩りウサギのいうことは事実だ。なぜかコカトリスが人気だが、ウサギの愛らしさは魔物として飛びぬけている。なにしろ見た目は普通のウサギなのだから。
油断すると首を刎ねる魔物だけどな、コイツ。
いちいち挑発してくるのは、油断した相手に攻撃させる習性か?
「皮を剥いで可愛い分を減算したら、中身と釣り合うんじゃねぇか?」
首狩りウサギに対抗し難癖をつけると、隣りで聞いていたアザナが反応した。
「そんなサメみたいなことを」
サメ……?
ああ、海にいるに肉食の魚類か。
なんでサメ?
皮でも剥ぐ習性があるのか、その魚類?
知らぬ魚類を推察していたオレに、ウサギが反論してくる。
「僕から可愛さ取ったら、血と美味しいお肉しか残らないぞっ」
「うまい肉が残るならいいじゃねぇか。焼くぜぇ、焼いていただくぜぇー」
「その前に、そっちの首が残ってればいいけどね」
にらみ合うオレとウサギ。
ファンシーな光景に似合わないギスギス感がにじみ出す。
「お客様になんてことを言うんですか」
制止するデュラハンによって、キュッと耳を掴まれ大人しくなる首狩りウサギ。
この2人?はお客様対応?をしている。見た目よしのウサギと、常識的な騎士という組み合わせは、客対応できる魔物としてはかなりマシな存在なのだろう。
デュラハン、首を忘れるような子だけど。
そんな2人?を見ていると、なんとなく息のあったコンビに見えた。
「しかし…………首を刎ね飛ばすウサギと、首と胴が離れてるデュラハンが仲いいって……どうよ?」
「彼に首を刎ねられたわけじゃないですよ」
デュラハンが顔の前……何もないが顔の前あたりで手を振って、妙な気遣いを見せた。
「いや、そういう風には思っちゃいないが……」
無意識の黒いユーモアを感じ、ちょっと引きながら答えると、アリアンマリが黄色いヒヨココカトリスを抱えてやってきた。
可愛こわっ!
危ないだろ!
石化するっ!
「アザナ様! この子飼いたい!」
アリアンマリがヒヨコカトリスを突き出し、ワガママ言ってきた。
小さい女の子らしく、見た目相応のワガママだ。しかしもう11歳なんだから、ワガママを言ってはいけません。
「飼いたい!」
エト・インが便乗してきた。
キミにはケルベロスがいるでしょ?
『飼いたい!』
タルピーさん、あなた一万歳でしょ?
ワガママ言うんじゃありません。
コカトリスの何が彼女たちをひきつけるのだろう?
そんなに石化したいのだろうか?
エト・インはケルベロスを理由に拒否できた。アリアンマリはアザナと自分ン家の護衛に食い下がっている。
「なりません、アリアンマリ様」
護衛の騎士はそこそこ権限のある家人のようで、強く言い聞かせていた。
まあ飼えないことはないだろうが、コカトリスは大変だろう。
食い下がるアリアンマリに、アザナが言い聞かせる。
「アリアンマリ。ボクも経験があるけど、いずれ大きくなって大変だよ。カラーヒヨコに魅かれて飼うと、雄鶏になって早朝に鳴くし、ヒヨコの可愛さはすぐなくなるし」
「カラーヒヨコ……?」
「なんだそれ?」
「カラーヒヨコカトリス?」
またアザナがよくわからんことを言い出した。
ぽかんとするオレたちを見渡し、アザナは「こほん」と小さく咳払いをしてみせた。
「とにかく、魔物を従属させるにはアリアンマリの技術と知識が足りないよ」
最終的に魔物従属の古式魔法が使えないからダメ、という理由をアザナに言われ、しぶしぶアリアンマリはコカトリスとお別れをした。
「頑張って、勉強して覚えたら迎えにくるからねー」
名残惜しそうに手を振るアリアンマリ。彼女が自ら勉強を頑張るというとは、ヒヨコカトリス……恐るべし。
……ぴよぴよと未成熟な翼を振るヒヨコカトリスをちょっと可愛いと思ってしまった。くやしい。
「でも……戦った相手に愛嬌を振って、ぼくたちはそれに魅かれるなんて……不思議だよね」
ペランドーも飼いたいのだろう。立ち去るヒヨコカトリスの背を見てそんな感傷を洩らした。
「君たち人間がこなければ、僕たちは静かに暮らせるだろう。魔力も食料も区核と施設頼みで」
ぴょんと跳ね、首狩りウサギがペランドーの疑問に答える。こういうところはしっかりした案内人だ。……人?
「でも種としての繁栄は制限され子は一定数以上は増えない。外の世界どころか、隣りの区画にも行けない。学ぶどころか外を見ることすら難しい」
「ですが、あなたたち人間が区核を得て解放してくれれば変わります。不自由のない生活を捨て、自活せねばならぬ自由を得て、わたしたちは初めて外を見ることができのです」
ウサギの言葉をデュラハンが受け継ぐ。
ああ、そうだな。と、オレは乾いた笑い見せた。
「自由はないが、不自由のない生き方か」
そんな感想が、オレの口をついて出た。
後ろではアリアンマリたちは相変わらず可愛い系魔物を追いかけているが、話に参加していたオレたちはしんみりしてしまった。
「そういえば気になっていたのですが……」
今まで黙っていた下がっていたティエが、疑問を切り出す。
「これほど高い天井ということは、巨大なゴーレムでもあったのでしょうか?」
オレは巨人がいたのかと思ったが、古来種の遺物に詳しいティエは大型のゴーレムではないかと推測したようだ。
なるほど、その可能性もある。
「いえ、いませんよ」
「いないねぇ」
2人?の案内人は首を振る。ティエは質問を変えた。
「では巨人でしょうか?」
「いえ、そのような大型の魔物も亜人もおりませんでした」
返答は同じだった。
「じゃあ……、なんで古来種はこんな巨大な施設をつくったんだ?」
ティエの問いにデュラハンが答え、オレはいまいち納得できず首を捻る。
「他の区画にでもいるんじゃないのかな?」
「そうか。そういう可能性もあるな」
アザナの推論にオレは素直にうなずく。
「もしくは造る予定だったとか?」
研究好きのアザナが興奮している。まだ見ぬ巨大ゴーレム施設に思いを馳せている顔だ。
「とりあえず連絡だけしておくか」
いまだ巨人の遭遇情報がないならば、この推論を開発局に伝えておいた方がいいだろう。推測とはいえ、冒険者がまったく知らないよりは被害が少なくなるはずだ。
「ところで……」
高い高い天井を仰ぎ見ていたアザナが、心配そうに尋ねる。
「ここってまさか、大雨の増水時に水が流れ込むところじゃないですよね?」
「それは大丈夫です。通路こそ他の区画といくつもつながってますが、洪水時の排水は別区画で貯まるようにできております」
デュラハンがそう答えた時、けたたましい女性の悲鳴が奥の通路から響き渡って来た。
「これは、バンシーの叫び!」
泣き声をあげるバンシーは、その驚異的な悲鳴を持って警報とすることができる。
古来、人間に限らず動物はその種の雌……女性の悲鳴に敏感だ。集落や集団への脅威を、全体へ知らしめる効果がある。
悲壮な高音の叫びを聞き、雄……男性は庇護欲と勇猛さを刺激される。
オレたちが身構えると同時に、奥の通路から血だらけの魔物が飛び込んで来た。いや、投げ込まれたという様子だった。
宙を飛ぶ軌道が、そういった曲線を描いていた。
「ごぐぎゃぁーーっ!」
硬いサロンの上を転がる魔物が悲鳴を上げた。
その魔物の悲鳴は老人のそれだったが、魔物は獅子の体躯を持っていた。恐らくマンティコアだろう。
マンティコアは中位種であり、区核を守る魔物として君臨することすらある戦闘向きな魔物だ。
それがここまでやられるとは……相手は相当の使い手か、大軍か?
「ど、どうしましたか?」
デュラハンが駆け寄る。
オレとアザナは防御胞体陣を投影しつつ、それに続いた。
「し、侵入者だ……、でか……きょ……」
マンティコアが力を振り絞り、敵の存在を知らせようとしたが、深い傷が邪魔して言葉はうまく発せられない。
一瞬の沈黙のあと、サロンがにわかに騒がしくなった。
治療の手を止め、見上げると――
首のない全身鎧の巨人が、ぬっ……と通路の奥から姿を現した。
「首なしの巨人……」
魔物の駆逐者であり、魔物に詳しいはずのアザナが相手の正体を測りかねていた。勇者が知らないとなると……まともな魔物ではないということか?
「いや、首はある。無いのは――」
上顎から上だ。
首と下顎はあり、まるでなにかを載せるかのように上顎の無い巨人が、モンスターズサロンに巨大な足を踏み入れる…………。
なぜか……上顎から上……顔の無い巨人だが、なんとなくオレを睨んでいるかのように思えた。




