撤退
主導権はユリにあった。
ディーブとトーマンの息の合ったコンビネーションでユリを追い詰めているように見えても、実はユリのリズムで剣の動きが運ばれていた。ここまでの格の違いを見せつけられるとは思いもしなかったことだ。
お互い外交という面で何度も交流をしていたが、実際に剣と剣を合わせることはしたことはなかった。しかし、長年武道に長けていると、相手の筋肉の付き方や足の運び、普段の動きなどで相手の大まかなレベルというものは想像がつくようになる。
ディーブは、自分一人ではユリには敵わないと感じていたが、トーマンと2人で攻めれば勝てない相手ではないとも思っていた。今、自分とトーマンはやや疲労をしてはいるものの、ベストを尽くせる体力でユリに向かっている。それにも関わらず思い通りに戦えないことに焦りを感じていた。
とはいえ、これが長引けばユリの不利は明らかなはずである。ディーブは集中力を切らさないよう、ユリに余裕を与えないよう挑み続けた。
「疲れた!!」
ユリが突然叫び、足を器用に動かし土埃を起こしてトーマンの視界を遮った。その反動でディーブには大きく剣を回して距離を伸ばした。すぐに驚くほどの跳躍で2人からさらに離れた。
時間を与えてはいけない。2人はすぐにユリのもとに駆けつけようとして、遠くから聞こえる騎士たちが攻めてくる音に気付いた。方向から考えても味方ではない。
「悪いが、僕は次の用事がある。これからやってくるのは今までとは違う。本気で攻めるよ」
ユリは両手に持っていた剣をおさめながらニヤリと不敵に笑った。
「ルービスにはDは国を取ったと伝えておくよ」
「ユリ!」
ディーブがユリの元に走り込もうとして、トーマンに寸前で止められた。ディーブが走り込もうとしたその先に矢が立て続けに飛んできた。すでに騎士の矢の射程内に入ったらしい。
「D、ルービスは諦めろ。交渉は終わりだ」
ユリはぞっとするような冷酷な表情をしていた。
「ふざけるなっ!」
ディーブは頭に血が上ったように《らしくない》言葉を叫び、再びユリの元へ足を踏み出した。トーマンにも予想外の行動で、止めるのが一瞬遅れた。
「殿下!!」
ディーブは降り注ぐ矢の中をお構いなしにユリに突進していった。剣を使って矢を落としながら進む。奇跡的に矢が当たることなく突き進んでいる。トーマンは一歩出遅れその場で矢の攻撃を交わしながらディーブの後ろ姿を見るしかない。
ユリは迫ってくるディーブに驚いた表情を見せながら剣を抜いた。ユリに危険が迫る範囲に入り、ディーブに向けられる矢が止んだ。激しく2人の剣がぶつかり合う。気迫のこもったディーブの剣に、やや圧倒されながらユリが後退する。
「殿下!!」
トーマンが声のかぎりに叫んでいる。
騎士たちはもうあと数分でここまでたどり着いてしまうだろう距離まで近づいている。しかも、数が多い。数百騎はいるだろう。この状況でユリにこだわるのは自殺行為だ。
「殿下!!」
降り注ぐ矢は正確にトーマンとディーブの間を埋めている。助けに行くことができない。これはもう自分の命を惜しんでいる場合ではない、ディーブに今の状況を気づかせなければならないと覚悟を決めた時、背後からトーマンの仲間5人が馬に乗ったまま騎士たちの方へ駆け抜けていった。一瞬で後ろ姿となった自分の仲間を見送りながら、トーマンは安堵した。
やがて仲間たちが先の方で騎士たちとぶつかり始め、矢が数を減らした。
トーマンはディーブのもとに一目散に駆けた。
「殿下! 一度撤退です。騎士の数が多すぎます。仲間が時間を稼いでいるうちに早く撤退を!」
ディーブに参戦しながらトーマンはディーブに諭した。
「そうするんだD。ここで死んでは元も子もないぞ」
ユリは再び2人を相手にしながらも、危なげな様子はない。
「殿下!」
ディーブはそれでもまったく聞こえない様子でがむしゃらにユリに向かっている。トーマンと連携を持つ気もないようだ。
トーマンが尋常ではないディーブの様子に焦りを感じた時、ユリの攻撃によりディーブの剣が飛ばされた。
「頭を冷やせ、D。友人としての最後の忠告だ。次に会うときは敵として対面することになるだろう。その時までに、利口な返事を用意しておくんだな」
剣を失ってまでもまだユリの元に突進しようとしているディーブを羽交い絞めにしてトーマンはユリを見た。驚いたことにユリの衣服が数カ所刀の入った痕跡を残している。
「トーマン、離せ!」
ディーブはすごい力で抵抗する。その様子をユリは冷ややかな目で一瞥して馬に飛び乗り去っていった。
ユリが遠のいて、トーマンがディーブを自由にすると、ディーブはトーマンを力いっぱい殴った。
トーマンは土にまみれ転がった。
「お許しください、殿下。どうか撤退を!」
これほど激高しているディーブを見たのは初めてだ。ディーブは体を震えさせながら、必死に再びトーマンに殴りかかるのを留まっているように見える。
「殿下! ここはもう危険です!」
トーマンは必死に頭を下げた。こうしている間にも危険はすぐそこに迫っている。
ディーブはようやくちらりと騎士の方を見て、口笛で馬を呼んだ。トーマンは恐る恐る顔を上げる。
「・・・すまない、トーマン。行こう」
2人は馬に飛び乗り撤退を開始した。




